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2019年10月28日 (月)

2019 70JAHRE DDR (幻の東ドイツ建国70年)

 

 2019年の10月の終わり、30年前を思い出してみると、ヨーロッパの東側には社会主義国家群があった。経済的にはコメコン、軍事的にはワルシャワ条約機構により、ソ連に従属的な地位を強いられていた国家群である。30年前の10月の時点では、まだ、いわゆる東西冷戦状況が継続していたのである。

 1989年の10月初頭には、東欧各国(そしてアジア・アフリカの強権的国家の)首脳列席の下、東ドイツ(ドイツ民主共和国=DDR)では建国40周年の式典が執り行われていた。その中心にいたのは、国家評議会議長のホーネッカーであった(ホーネッカーは、かつてベルリンの壁を築いた人物でもある)。しかし10月の終わりには、既にホーネッカーは解任されていた。民主化(つまるところ東独権力システムへの根底的批判を意味する)への市民の期待は高く、市民によるデモも公然と行われるようになっていた。そして11月9日、かつてホーネッカーの築いたベルリンの壁は崩壊する。東側から西側への通行の自由が認められたのである。そして1年後の10月には、国家としてのドイツ民主共和国は消滅する。ベルリンの壁と共に、ユートピアであるはずの世界(DDR)が崩壊したのである。

 

 今年の年賀状を作成していた時、あらためて2019年が東ドイツ建国70周年に当たると同時に、ベルリンの壁崩壊30周年の年でもあることに気付いたのであった。で、年賀状作成に加えて、東ドイツ建国70年祝賀カードを作ってみたのであった。

 

20192-2

 

 年賀状の主人公は(自ら" I'm a Very Stable Genius ! ”と言ってしまえる米国の偉大な兄弟としての)トランプ閣下、建国70周年カードの方は、建国40周年の際の東独デザインにちょっと手を加えただけの安直なモノではあるが、それでもこの30年間の感慨が込められたものでもある。とにかく2019年の年頭、私としては、かつて存在した東独という国家、そしてその国民として生きた人々に思いを馳せることをしておきたかった。あの、まるで市民の移動の自由が国家を崩壊させたような歴史的瞬間にも。

 

Img_20191028_0002

 

 2019年の10月の終わり、あらためて、そんな年頭の感慨を思い出し、若干のセンチメンタルな気分に浸りながら、このような一文を書く気になったのであった。

 1989年の11月の9日、ベルリンの壁の崩壊を迎えることになったわけだが、1989年の10月の終わり、まだ誰もそんな時がやって来ようとは考えていなかったはずだ。もちろん、多くの人々の期待の中に、いつか来るはずの出来事としてベルリンの壁の崩壊は待ち望まれていたであろうが、2週間もしないうちにその日を迎えようとは思われていなかった。そんな10月の終わりであった。

 

 

 

〈オマケ〉

 映画『グッバイ、レーニン!』の予告動画。日本語字幕版のDVDのキャッチコピーは「ベルリンの壁は崩壊した。だけど僕は母を守る壁を作ろうとした。」であった。まさに1989年の10月からの一年間を舞台とした映画である。

 Good Bye Lenin! - Trailer
     https://www.youtube.com/watch?v=lv5FO9PtAvY



 建国40周年の祝賀軍事パレードの動画(延々と45分続くが、列席の各国首脳の顔ぶれには、その後、独裁者として悲惨な最期を遂げた人物も含まれ、これまた感慨深い)。

 40 Jahre DDR East Germany Military Parade 1989
     https://www.youtube.com/watch?v=6vBGYe19Ibk

 

 

〈関連記事〉

  「トラバント

  「幻のドイツ民主共和国建国60周年

  壁を築くことの意味

  「1961年8月13日(ベルリンにおける公衆衛生学的処置としての「壁」)

 

 

 

 

 

 

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