「現代史のトラウマ」案内

 

 「現代史のトラウマ」シリーズは、本来は、「freeml」のサーヴィスを利用し、自分のページに「日記」として掲載していたものだ( → http://www.freeml.com/bl/316274/ca/4306/ テーマにより、「日記」はいくつかのバインダーに分類されており、「現代史のトラウマ」シリーズも、そのバインダーの一つである)。

 「現代の、その都度の問題を、歴史的展望の下に論じてみる」というのが、そのテーマということになる。

 「現代史のトラウマ」だけでも投稿数が150近くなり、その一方で他のバインダーの投稿に埋もれてしまう状態となり、過去の文章を読むにも不便な事態となりつつある。

 そこで、今回、こちらを「現代史のトラウマ」シリーズ専用のブログとして設定することにした次第だ。

 議論の参考にしていただければ幸いである。

     (11/25/2008)

 

 以上は、ココログに当ブログを開設した際に書いたもの(総目次ナンバーは「0」)であるが、あらためてウェブページに要旨を再録し、当ブログの案内とすることにした(2013年1月現在では記事数は350を超えている)。

 「日本を守る」という名目での歴史の改変の試みが横行しているが、そのような試みから「日本の歴史を守る」ことをこそ志しているつもりである。

 「潔さ」を日本人が守るべき美徳と考えるが故に、「歴史」に、自己に都合のよい来歴の記述を求めるのではなく、父祖により達成された誇るべき業績への畏敬と同時に、父祖の失敗をも祖国の歴史の事実として受け入れることから始めたいと思う。自らのものであれ、父祖のものであれ、「経歴詐称」を恥ずべき行為と考えるだけの話である。

 父祖の遺産の継承者には、負債の継承も求められることは(そしてそれを引き受けることは)、当然至極の話であると(私には)思われるのである。父祖の資産と負債は同時に我々のものなのである。

 

 

〔追記〕

 当ブログは、この国の歴史をめぐるネット上での不正確な情報の氾濫という現状に鑑み、歴史的事実に関する基本的な情報を提供すること及び歴史的事実に関する私の考察を示すことを主眼としており、その都度のコメント欄での議論の求めにお応えすることはいたしませんが、有意義と思われるコメントに対しては、可能な限り、新たな関連記事を追加することで対応する所存であり、コメントをいただくこと自体を拒否することではありませんので、その点はご遠慮なくコメント欄をご活用願います。(2013年1月1日)