カテゴリー「『六ヶ所村ラプソディー』」の記事

2008年11月25日 (火)

現代史のトラウマ、番外編 『六ヶ所村ラプソディー』観てきましたフツー日記 その2

 

 問われているのは、真の意味での「自己責任」である、という言い方もできるでしょう。長期的視野を持つ、リスクも見つめる、その上で自身が判断する。判断に基づいて行動する、行動の結果に責任を持つ。これができるかどうか。
 一人の力は無力であり、行動の結果が望むものの実現をもたらすという保証は無い、わけです、現実には。しかし、ここで妥協せずに生きるということは、結果として、誰かのせいにする、という態度とは無縁の生き方をもたらします。
 現実には再処理工場が稼動へ向けて既成事実を積み重ねていく中、そこで合意することを拒み、反対という姿勢を保ち続け生きる彼ら・彼女らの姿の輝きの源がそこにあるように感じられました。他人のせいにするヤツは醜い、ということです(妥協し、合意していってしまった人々を責めるわけではありません ― それぞれの事情に対する想像力を失ってはなりません)。自分自身の態度決定に当たって、自身に問いかけるべき性質の問題として、ということです。

 現実には、再処理は開始され、微量であれ、放射性物質の空気中への放出が開始されてしまっています。これまで、有機栽培、無農薬栽培にこだわることによって、直接消費者と結びついて来た農家には、危機的状況であるという現実も描かれていました。放射能に汚染された農産物、という現状は否定できなくなってしまったわけです(再処理施設の危険性を言えば言うほど、自らの生産物の汚染状況も否定できなくなるわけですから)。解約されるケースも出てきている現状が紹介されていました。
 ここで、チェルノブイリの事故当時の仲間との会話を思い出しました。酒を飲みながらの話です。よくズブロッカというポーランド製ウォッカを飲んでいた頃の話ですね(ギンギンに凍らせたヤツがうまい)。ビンの中に、バイソングラスという草が入っているんですが、もうこれからは、これも汚染されて、飲めなくなるねぇ、なんて話していたわけです。そしたら、仲間の一人が、いや、今だからこそ飲まなきゃ、って言うわけですよ。飲んでこそ、ポーランド人との連帯じゃないか、って言うわけ。白ロシア人、ウクライナ人との連帯だ、ってね。で、そーだ!そーだ!!と酔っ払いたちが盛り上がった夜のことを。
 たわいない話ですが、他人事(ひとごと)ではなく自分たちのこと、って考えた時に、こういう選択もいいな、って思ったのは確かです。程度問題ではありますけどね。ただ、こんなエピソードも、今後の自分自身の態度決定に当たって、冷たい他人ではないふるまいにつなげられるものじゃないか、って思ったので書いておく気になりました。汚染を隠して売ることは許せませんが、避けられぬ汚染を共有することも、私たちには出来る、ということです。

 生まれ育った場所で生きていく、ということを考えた時、現実に仕事の無い中、原子力産業に雇われて生きていかざるを得ない人々を責めるのではなく、そのように追い込んでいったメカニズムを直視すること。その時、自分自身が追い込んだ側にいることに気が付くこと、これが出来なくては、この映画を観た意味はない、とも思いました。また、チェチェンの紛争を逃れて、とにかく武力による殺害を免れうる場所として、チェルノブイリ近郊の無住地帯に移り住む人々の姿も思い出しました。まずは、目前の危険を逃れること、弱い人間に出来ることはそれだけだ、という現実世界で追い詰められた人間の姿!


 そんなことを考えさせられながら、ポレポレ東中野を後にし、十数年ぶりに、山手通りを渡った先に続くギンザ通り商店街を散歩しました。うねうねと続く、道幅狭く車も通らぬ商店街。途中の中華屋さんで五目焼きそば(好物)を食べ、屋号を見たら茉莉。昔の散歩友達と同じ名前。いったい彼女は今…、なんてことを考えながら歩き続けると、早稲田通り。中野方面に向かって歩きます。ついにオタクの殿堂と化した中野ブロードウェー到着。今日はかああひる・とろろ丼母娘が一緒ではないので、ただ一階を通り抜け、家路へと向かいました。

 と、臨時フツー日記でした。皆様も機会があったら映画ご覧になって下さい。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2006/10/11 17:32 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/2810/user_id/316274

 

 

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現代史のトラウマ、番外編 『六ヶ所村ラプソディー』観てきましたフツー日記 その1

 

 昨日、広島県在住の友人より、封書が届きました。開けてみると、

 ……突然ですが、10月7日より東中野のポレポレ東中野で上映されている、鎌仲ひとみ監督の「六ヶ所村ラプソディー」のチケット(精算済み)を送らせていただきます。どこからか圧力がかかっているらしく、マスコミがまったく反応せず、前売り券がかなり余っている(鎌仲さんのメールより)とのことなので、私も少し引き受けさせていただいています。……

 という手紙と共に、映画のチラシとチケットが同封されていました。
 彼女とはもう十数年は会っていない(年賀状のやり取りのみ)のですが、同じような血が流れているひとりとは思ってきていました。要するに、観ろ、ということですね。
 映画のプロデューサーは、一年に一度、某所の忘年会で挨拶を交わす関係でもありますし、鎌仲監督の前作『ヒバクシャ-世界の終わりに』の共同プロデューサーは友人のひとりでもあります。というわけで、これは観ないわけには行かない、と早速、仕事が休みであった本日、東中野まで出かけてきました。

 まぁ、作品については、自分に責任を持ってこの国で生きていこうとするなら観ておけ、という言い方が出来るでしょうね(内容的に)。と言っても、そんな肩肘張ったものではなく、青森の風景とそこにふりかかる日本国の原子力政策、そしてそれに同意せずにそこに生きる人々の姿が、丁寧に撮られた作品です。ちょっと登場する猫がいいです(猫好き向け情報)。
 今日は映画評というより、タイトルどおり、「現代史のトラウマ番外編」として、私の中に喚起されたいくつかのことども、を書いておきます。

 六ヶ所村、成田三里塚、上九一色村、共通するのは、戦後の引揚者の開拓地としての成立事情ですね。そこに前二者では日本の国家が、後者では日本国家のパロディそのもののオウム教団が、土地を奪い、生活の基盤を奪い、安全な生活を脅かす、というふるまいを繰り広げているわけです。戦前・戦中の国策協力(植民地化の尖兵であったということではあるわけですが)の末に、敗戦と共に引揚者として全てを失った上で帰国し、再び故国の原野を開拓し、やっと生活基盤を確立できたと思った矢先に、再び国家政策により築き上げた全てを否定される。自ら築き上げた世界は重いものです。金銭と交換されてヨシというものではありません(そこのところの想像力が麻痺してしまうと精神的に荒廃します ― 現在の「教育基本法改正」論議にはそのような視点は全くありません)。しかし、戦後日本とは、そのような世界であり、人々の築き上げた風景の破壊者達が「美しい国」などというフレーズを恥ずかしげもなく口に出来るのが、現在のこの国の現実です。

 また、原子力政策の推進という行為には、長期的視野の欠落とマイナス情報の隠蔽がそこでは常にエンドレステープのようにまわり続けているという意味で、この国の姿の縮図を見ることが出来ます。長期的には破綻する政策でありながら、それが常に近視眼的に、リスクからは目をそらしメリットのみを強調することにより推進されていく姿がそこにあります。かつての、大東亜戦争の開戦の決定から敗戦にいたる歴史が、ここでは再び繰り返されているように見えます。米国のイラク戦争開戦決定過程においても情報操作が行われ、マイナス情報は切り捨てられました。その挙句の現在のイラクの状況です。そしてどこにも責任を負う者がいないという事態。

                    続く

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2006/10/11 16:12 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/2800/user_id/316274

 

 

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