« 『シン・ゴジラ』(2016)をついに観た | トップページ | フォードの爆撃機、あるいはロージーのリベレーター »

2016年11月11日 (金)

「あかり/AKALI」展(武蔵野美術大学美術館)を観る

 

 展示を通して何より衝撃を受けたのは、かつての「あかり」の暗さであった。そこにあったのは、まさにかつての世界の「暗さ」を「目の当たりにする」経験である。

 

 

 企画は、平成25年に武蔵野美術大学 美術館・図書館が一般財団法人山際照明造形美術振興会より譲り受けた、広瀬二郎氏収集の灯火具コレクション(約1300点)を広く一般に公開することを目的としたものだそうで、3つの展示室で構成されている。

 それぞれにテーマごとに展示が構成されており、「あかりの世界」として日本の「あかり」の歴史の全体像が示され、「あかりのデザイン」として日本の「あかり」の特質を象徴する器具がピックアップされ、「あかりの感覚」として日本の歴史の中で経験されてきた「あかり」の明るさ(あるいは暗さ)を体感することになる。前二者は展示がそのままコレクションの紹介にもなっているが、「あかりの感覚」の展示は、コレクションにある様々な照明器具の実際の「明るさ(あるいは暗さ)」を体感すると同時に、その照明器具の「明るさ」に規定されたかつての日本の室内空間の特質を示し、更にその中に絵画や彫刻、茶道具等の美術作品(現代では「美術作品」と総称されてしまうが、もちろん、歴史的に言えば、そのようなカテゴリー自体が近代に輸入されたものでしかない)を置くことで、当時の空間にある「あかり」の中でどのように見えたかを体感するように構成されている。

 

 その「あかりの感覚」の展示室は更にいくつかに分割され、導入部の後に続くのが、当時の闇の暗さ(新月の夜の闇)を体感することから始められ、障子越しの光や、行灯の明るさ(暗さ)を体感し、浮世絵の中での光の描かれ方や、「枕草子」の記述を視覚的に経験することで構成されたコーナーであった。

 そこは入り口と出口が暗幕で仕切られており、まず「闇」が何であるかを知ることが出来る。自身の手を目の前にかざしても、何も見えないのだ。そして行灯である。

 実は、私は三回も展示に通ったのだが、最初は衝撃。二回目はその再確認。三回目は、書棚にあった和書(和綴じ本―ただし江戸期のものではなく手近かにあった明治初期の教科書を用いたが、問題は文字のサイズなのでそれでよしとした)と戦前の岩波新書(現在より活字が小さい)を持ちこんで、実際に行灯の光で読めるのかどうかの確認をした次第。結論としては、読むのは難しい。もちろん、行灯の明るさ自体、ある程度は調節可能(灯心の数を増やす等、あるいは有明行灯のように構造上の工夫による直接光と反射光の利用)であり、かつても読書時には今回の展示とは異なった光量であった可能性もあるが、しかし暗いことにはかわりはない。

 いずれにせよ、水戸黄門(テレビドラマの話だが)の室内空間の明るさは虚構であり(エンタメ作品を責める必要はないが)、実際の水戸光圀公が『大日本史』の編纂作業を始めた頃の読書空間の明るさは、この行灯の明るさ(暗さ)から想像する必要がある、ということになるだろう。

 その先の展示コーナーでは、谷中の茶室寿庵の室内空間が再現され、そこに上り込んで、夜明けから日が沈み灯火の下に至るまでの茶室内の光の在り方の移ろいを体験出来るようにもなっている。

 日の移ろいと共に、障子越しの光の差し方も変化し、日中の光と朝夕の光の質的変化までもが体感出来る。その上で、灯火が点される日没後の世界となる。こちらは和紙を通した透過光であった行灯とは異なり、蝋燭の直接光なので、読書には行灯ほどの難はない。しかも、光源が室内の低い位置なので、床上あるいは膝上(そして書見台上)での読書には適したものと言い得る。この光源の位置は、日中の座位に対しては高めの位置の障子越しの光とは異なり、茶道具を用いて茶をたてる手元に意識を集中させることにも役立つ(逆に顔の表情は見えづらくなる)。

 そんな経験を通して、現代の感覚からは想像し難い、かつての日本の室内空間の在り方が見えて来るのである。かつての視覚的経験の世界を、視覚的経験を通して体感する(目の当たりにする)のである。

 それに関連して、「あかりの感覚」展示の中で興味深かったのは、高い位置に光源のないかつての日本の室内空間の中での屏風や襖絵の金の意味(反射光の創出)であったり、浮世絵の陰影のないフラットな表現(輪郭線と面で構成された画面)と暗い室内(日中でも現代感覚からすれば暗いし、日没後には、これまで述べた通りの環境となる)での鑑賞の関係性の指摘であった。

 また、東大寺の「お水取り」だったり、様々な民俗行事などの祝祭的空間での「かがり火」の明るさの持つ意味の性格(夜の闇が当たり前の世界の中での、まさに非日常なのである)。かつての屋内空間の中での仏像彫刻や宗教画の見え方についても深くは考えたことなどなかったし、そこに一貫している座位を中心とした振る舞い方についての重要性についても同様である(光源の位置や座位との関連については「あかりの世界」の中でも示されている)。

 

 そんな視覚的経験を通った上で、あらためて広瀬二郎氏のコレクションに接する。それが単なる今では貴重となったモノのコレクションであることから、かつての日本の空間感覚を宿した道具のコレクションであることに思い至る。

 

 

 教科書的知識としては、たとえば明治になってのガス燈の明るさに驚嘆する当時の人々については十分に知っていたつもりなのだが、それがあくまでも机上の知識に過ぎなかったこと―ガス燈以前の「闇」の深さへの想像力の至らなさ―が暴露される展示でもあった。

 また、そんなガス燈の輸入があり、その後の電化による電燈というより明るく扱いやすい光源(スイッチ一つで点灯・消灯が可能なのだ)を手に入れ、少なくとも都市部での普及には成功した20世紀の日本が、「先の大戦」の際には「灯火管制」により再び「闇」の世界に戻り、更に空襲によるインフラ破壊により「停電」による「闇」を経験することになる。戦時日本は、昂揚される戦意の一方で、(比喩ではなく)実質的に「闇」を体験する世界となっていたことになる(戦後の蛍光灯による明るさの標準化も、戦時の「闇」体験の反動という一面もあるのかも知れない)。

 もちろん、インフラ破壊がもたらされるような大災害時には再び「闇」の支配する世界となるわけで、それと隣り合わせなのが、私たちの享受する明るい日常なのだ。

 

 

 

 かつての「闇」と、その中での「あかり」の明るさ(暗さ)を「目の当たりにする」ことで、様々な思いに導かれる。

 そのような実に秀逸な展示であった(ただし、11月12日で終了してしまう)。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2016/11/11 20:25 → http://www.freeml.com/bl/316274/289160/

 

 

 

|

« 『シン・ゴジラ』(2016)をついに観た | トップページ | フォードの爆撃機、あるいはロージーのリベレーター »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1135955/68386273

この記事へのトラックバック一覧です: 「あかり/AKALI」展(武蔵野美術大学美術館)を観る:

« 『シン・ゴジラ』(2016)をついに観た | トップページ | フォードの爆撃機、あるいはロージーのリベレーター »