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2016年6月

2016年6月26日 (日)

独立した英国の帰結としての分裂する英国

 

 1. スコットランドの「独立」…? 

 

 英国の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票は24日、英国放送協会(BBC)によると382選挙区のうち374選挙区で開票が行われた段階で「離脱」票が52%となり、離脱派の勝利が確実となった。為替市場では英ポンドが急落し、31年ぶりの安値を付けている。
 こうした中、スコットランド(Scotland)のニコラ・スタージョン(Nicola Sturgeon)自治政府首相は「スコットランドの未来はEUの一部となることだ」と発言し、独立を目指す可能性を示唆した。英スカイニュース(Sky News)がBBCへのコメントとして伝えたところによると、スタージョン氏は「スコットランドは62%がEU残留に投票した。明確かつ断固とした答えだ」などと語ったという。
 一方、北アイルランド(Northern Ireland)でも、カトリック系民族主義政党シン・フェイン党(Sinn Fein)が、アイルランドとの統一の是非を問う住民投票を行うべきだと表明。「北アイルランドは、イングランドの投票結果に引きずられている。シン・フェイン党は今こそ長年の要求である南北統一をかけた国民投票の実施を強く求める」とデクラン・キアニー(Declan Kearney)党幹事長が述べた。
     (AFP=時事 2016/06/24 14:40)

 

 

 英国=グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、なわけで、そのグレートブリテン=イングランド+ウェールズ+スコットランドなわけだから、そこからスコットランドが離脱し、北アイルランドがアイルランドとの統一を実現させてしまえば、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と名乗り得る国家は消失してしまう。

 

 ま、これもEUに拘束されない独立した(強い?)英国を目指した国民投票の結果であり、しかしその帰結が英国の分裂(弱体化?―既に経済的打撃は大きい)となり得るのだから皮肉な話ではある。

 

 

 

 2. ロンドンの「独立」…?

 

 英国の欧州連合(EU)残留か離脱かを問う国民投票で離脱派が勝利したことを受けて、数万人のロンドン(London)市民が同市の独立とEUへの残留を求めるネット上の請願に署名した。また、ロンドンのサディク・カーン(Sadiq Khan)市長は、英国のEUからの離脱交渉において、ロンドンには発言権があるはずだと語った。
 署名サイト「change.org」に立ち上げられた「英国からのロンドン独立を宣言し、EUへの加盟を求める」とする請願にはこれまでに4万人以上が署名している。
 23日の国民投票では、英国の登録有権者の52%が「離脱」に投票したが、ロンドン市民の60%は「残留」に投票した。ロンドンの他には、スコットランド(Scotland)と北アイルランド(Northern Ireland)のみで、EU残留の票が過半数を占めた。
 請願は「ロンドンは国際的な都市であり、私たちはこの欧州の中心に残りたい」とし、さらに「ロンドンの独立を宣言し、EUへの加盟を申請するようサディク・カーン市長に求めている」と述べている。
 EU残留派のカーン市長自身は、英国のEU離脱交渉に関する声明を出し「ロンドンは、スコットランドや北アイルランドと共に、交渉の場で発言する権利がある」とし、「われわれはEUから離脱するが、EUの一部としてとどまることは重要」だと述べた。さらにカーン市長は「自由貿易の利益がある、人口5億人のEUを離れることはまちがいだ。このことをEUとの交渉の基盤とするよう政府に働きかけたい」と語った。
     (AFP=時事 2016/06/25 15:10)

 

 

 英国(あるいは英国人)には「保守的」というイメージがあるが、ある局面では非常にラディカルになるのが英国人の伝統的気質であるのも歴史的事実だったりする。英国の歴史は革新の歴史でもあるのだ。

 今回の推移にも、そのような可能性を感じる。「英国=グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」のEUからの独立を支持した国民投票結果は、その英国からのスコットランドと北アイルランドの分離だけではなく、ロンドンの独立という帰結さえ産み出しかねないのである(カーン市長自身が「独立」に言及しているわけではないが)。

 これまでの政治学的常識からすれば、そして近代的国家観からすれば、ロンドンの英国からの独立などナンセンスな話であろうが、(通常は伝統を重視しながらも)必要であれば躊躇することなく前例踏襲から踏み出すことで、国王の権力を抑制した現在の英国の民主的政治制度も確立されたのである。

 そのように考えれば、ロンドンの独立も、一概にナンセンスと切り捨てられるものではなく、実現の可能性あるもののようにも感じられてしまう(まさにそれが英国だからこそ、英国人だからこその話として)。

 

 

 

 3. カタルーニャの、そして沖縄の「独立」…?

 

 EUの難民・移民対策に批判的なハンガリーのオルバン首相は24日、「英国は移民に関し自ら判断することを求めていた。EUは今回の経験から学び、人々の声に耳を傾けるべきだ」と主張した。
 オーストリアで移民規制を訴える自由党のシュトラッヘ党首も「国民投票の結果は民主主義の転換点となり、政治の中央集権主義と継続する移民の流入への反対を示した」と指摘。オランダの極右、自由党のウィルダース党首は「オランダのEU離脱に関する国民投票をなるべく早く行うべきだ」とロイター通信に述べた。
 独立運動が盛んなスペイン東部カタルーニャ自治州のプチデモン州政府首相も、「民主主義が勝利した。英国人が投票の権利を与えられたからだ」と言明。州独立の是非を問う住民投票の実施をスペイン政府に求めていく考えを改めて示した。
 財政危機でEUのユーロ圏諸国から金融支援を受けるギリシャは、投票結果をEU改革に結びつけようとしている。チプラス首相は「より民主的な欧州の未来図が必要だ」とEUの変革を要求。「財政緊縮策は(域内の)南北間の不平等を拡大した」と指摘した。
     (毎日新聞 2016/06/25日 11:01)

 

 

 今回の英国のEU離脱の影響についての記事からの引用である。

 EUからの「離脱」は「統合」以前のヨーロッパ(国境線により分割されたヨーロッパ)への後戻り(に過ぎない)とも言えるのだが、カタルーニャのスペインからの「独立」は、個々の国家の枠組み内部の問題であり、ヨーロッパの現在の国境線の変更にまでつながってしまい得るものだ。

 

 この件についてのより詳しい記事によると、

 

 

 スペイン北東部カタルーニャ自治州のプチデモン州首相は、英国の欧州連合(EU)離脱により、同州がスペインからの独立を求める根拠が強まったとの認識を示した。
 プチデモン氏は声明で、英国がEU加盟国の承認を得ずに離脱を決定できたことで、カタルーニャ州もスペイン政府の承諾を得ずに独立を主張することが可能と指摘。「他のすべての国が行なっているように、主権について決定を下すことが可能なことを示している」と述べた。
 また英国からの独立の是非を問う住民投票を再び実施する「可能性が非常に高い」とスコットランド行政府のスタージョン首相が発言したことをめぐり、支援する立場を示した。
     (ロイター 2016/06/25 06:45)

 

 

…とのことだが、既に示した再住民投票によるスコットランドの英国からの独立の可能性がカタルーニャ独立の正当性の根拠とされているわけである。

 ここで重要なのは、スコットランドの「独立」が英国民による「国民投票」によってではなく、スコットランド住民の「住民投票」によって決定可能とする枠組みである。前回は僅差で否決されたが、この枠組み自体は英国政府も既に認めたものなのである。

 あらためてスコットランド住民の住民投票により、EUを離脱した英国からのスコットランドの「独立」が決定的となれば、スペイン政府にとっては歓迎されない前例となってしまう。もちろん、スペイン政府は国内法の規定を盾に、そのような住民投票そのものを認めない可能性が大きいが、しかしスペインにおける民主主義の原理そのものが問われてしまうことも確かであろう。民族自決原則の下で自身の運命を民主的に決定する権利の問題なのである。

 

 スコットランド独立の理路からは、琉球=沖縄の日本からの独立の可能性(そして正当性)さえも導き出されてしまうだろう。先に、「「民族」としての「沖縄の人々」 (琉球國の「独立」と伊江朝直 9)」で示したように、琉球人=沖縄の人々を、(いわゆる)日本本土の日本人とは異なる民族(ネーション)に属する人々と見做すことには合理的な理由がある。その際に、日本全体を対象とした「国民」投票によってではなく、現在の琉球=沖縄の住民としての沖縄県民による「住民」投票によって決定すべき問題と位置付けてしまえば(そしてそのように位置付けるべき前例をスコットランドが提供するのである=民主主義的決定のお手本として)、独立に至る可能性は高くなるだろう。

 

 私自身はナショナリズムの熱狂に同調する気はないが、しかし、民族的帰属の故に所属する国家内で不利益を被る立場に置かれているのだとすれば(そのように沖縄の人々が自らを位置付けるのだとすれば)、民族自決原則の下での自民族による国民国家設立を希求しようとする心情が生まれるのは理解出来る。

 

 

 欧州統合により、ヨーロッパ内での国家間戦争(それまでの歴史の中で繰り返されて来たものだ)の可能性がほぼ消滅した(と考えられた)一方で、制限された国家主権の代替物としてEUは巨大な政府となってしまったのである。そこに成立したのは、個々の国家の(そして国家の内部での)ローカルな利害には無関心な中央集権的政治機構であり、そこでは形式主義・官僚主義が蔓延したのである。

 ナショナルな心情の問題に止まらず、現実問題として、EUの現状はお気楽に肯定出来るようなものではない。先の記事にあるギリシアのチプラス首相の主張―一律な財政緊縮策批判―は、心情的ナショナリズムの発露というよりは、その点に関してのものである(スペインのポデモスも反財政緊縮策を掲げるEU懐疑派政党であるが、いわゆるウヨク的ナショナリスト政党ではないどころかカタルーニャ独立支持派である―つまりスペインのナショナリズムから距離を置く政党であるのも事実なのである)。

 

 広大な地域、しかも人口の多い地域の支配・統治の困難を考えれば、EUによるヨーロッパの「統合」がそもそも容易な課題ではないことは理解出来るだろう。既に中国もロシアも米国も、それぞれに広大な国土と国民を有する国家として、EUが直面したのと同じ問題に悩まされて来たはずである。中国とロシアは中央集権的で強権的な政府により国土を支配することによって、そして米国は連邦政府に対し独立性の高い各州政府に地域統治の権限を分与することによって分権的に対応することを選んだ。米国は、ローカルな利害対立の問題をローカルに、しかも民主的に解決する方法を選択したとも言えるだろう。

 

 

 現在の日本の中で沖縄県の置かれた状況を考えれば、日本の国土の0.6%の沖縄に米軍基地の75%が集中している事実からすれば、沖縄県民が一方的に不利益を強いられる状況下にあることは認めねばならない(沖縄県に米軍基地を集中させるべき理由はないというのは軍事的常識である―軍事の専門的知識がある者にとっては常識なのである)。

 その際、確かに沖縄県の日本からの独立は、問題解決のための選択肢となり得るではあろう(結果として沖縄は米国との交渉の主体になれるのだ―もちろん、非常に困難な交渉となるではあろうが、沖縄県民の利害を代表しない日本政府に一方的に運命を決められる状況からは脱することが出来る)。今回の英国のEU離脱と、それに伴うスコットランドと北アイルランド(そしてロンドン?)の英国からの離脱(独立)の可能性は、沖縄県の独立という選択肢の実現可能性を、あらためて示唆するものでもあるのだ。

 しかし、沖縄県民が米軍基地問題において圧倒的かつ一方的に不利益を強いられている現状を解消しさえすれば済む話でもある。日本という国家内で対等な存在として沖縄県民を取扱い、基地問題の現状を解消することで、複数の民族が権利において平等である国家としての日本が可能であることをまずイメージしてみること。

 沖縄県民の利益を日本という国家が侵害しさえしなければ解決する問題なのである。

 

 

 このように考えて来ると、高度な中央集権国家としての日本が沖縄県のローカルな利害に無関心である現状は、EUの現状(EUと加盟国の関係)に似ていないでもないようにも感じられるのであった。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2016/06/24 21:03 → http://www.freeml.com/bl/316274/278476/
 投稿日時 : 2016/06/25 19:44 → http://www.freeml.com/bl/316274/278576/
 投稿日時 : 2016/06/26 17:05 → http://www.freeml.com/bl/316274/278657/

 

 

 

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