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2016年5月15日 (日)

昭和11年のシンデレラ(シボレーのシンデレラ)

 

 

 アメリカのアニメについて話をするとすれば、私にとって最も衝撃的だった作品が、1936年の『A Coach for Cinderella 』 だったりする。

 

 

 9分ちょっとのテクニカラーによるフルカラーアニメなのだが、このミュージカル仕立ての作品は、何とシボレーのコマーシャルとして(マックス・フライシャーにより)作製されたものなのである。確かに、コマーシャルにカネをかけるのは現代でも「当たり前」な話ではあるが、クルマの販促用に、(大人向けではなく)子供向けのアニメを作ってしまうというところに驚かされる。しかもそのクオリティーの高さは「子供だまし」の域を脱している。

 私企業が販促用に、フルカラーのアニメを制作する。自動車メーカーが、自社製品の販促用に、子供向けのしかもクオリティーの高いアニメを制作する。そこでは既にクルマが家族のものであり、一家の必需品となりつつある状況もが反映されている。

 

 

 

A Coach for Cinderella 1936 Chevrolet, Animated Cartoon in Technicolor
     https://www.youtube.com/watch?v=Ejkoga0FyNA

 

 

 

 1936年は、つまり昭和11年である(「戦前」の話、ということなのだ)。2.26事件の年であり、支那事変の始まる前年である。

 5年後には、「事変」は対米英戦争へと拡大する。

 その戦争の相手であった米国では、モータリゼーションが進展し、自動車が既に大衆のものとなりつつあった(あるいは「なっていた」と言うべきかも知れない)。

 米国の国力というものが、フルカラーの自動車メーカーの販促用アニメを通して伝わってくるのである。

 単にフルカラーであるだけではなく、ミュージカル仕立ての映像の動きはスムーズであり、映像と音声は完全に同期しているのである。

 当時の日本にはフルカラーアニメを作る技術そのものがなかった。昭和19年に作製された(公開は昭和20年)国策長編アニメ『桃太郎 海の神兵』も、モノクロ作品である。それが大日本帝國の国力の限界であった。大日本帝國の1944年製の国策アニメがモノクロであり、米国の自動車メーカーによる1936年製の販促用アニメが既にフルカラーであった。彼我の「国力」の懸隔、隔絶した米国の国力を思い知らされるエピソードである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2016/05/14 18:52 → http://www.freeml.com/bl/316274/275106/

 

 

 

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