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2016年3月

2016年3月31日 (木)

トランプのルール

 

 米国大統領選挙の共和党指名争いで(意外にも)トップを走り続けるトランプ氏の主張を通して、日本の安全保障問題について考えてみたい。

 

 

 まず紹介したいのは、

 

  3月23日、元大阪市長の橋下徹氏は、ツイッターで以下のように発言したことがにわかに注目された。

   沖縄の米軍基地をなくしたい人たちへ。トランプ氏が大統領になればすぐに沖縄米軍基地はなくなるよ。朝日新聞、毎日新聞、沖縄米軍基地反対派はトランプ氏を熱烈応援すべきだ。
          出典:橋下徹氏Twitter
     (古谷経衡 「日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―」 Yahoo!ニュース 個人  2016/03/27 10:39)

 

…というお話である。古谷氏は続けて、

 

  無論この発言は、リベラルメディアへの揶揄を含んでいるが、橋下氏の見解には一理どころか二理も三理も、四理もある。ジャーナリストの冷泉彰彦氏によれば、「(トランプの姿勢は)強いて言えば、不介入主義とか、孤立主義と言えるもの」(Newsweek日本語版 2016年2月16日)という。特にトランプの対日姿勢に関する発言を聞いていれば、この分析は正鵠を得ている。
  トランプは「在日米軍の駐留経費を(日本が)大幅増額せねば撤退」と発言しているし、「日本がアメリカの防衛義務を負わないのに、なぜアメリカが日本を守る必要があるのか」と言った主旨の発言(その事実認識はともかく)を繰り返している。この発言を額面通りとれば、このまま共和党予備選挙でトランプが指名され、本戦でも勝ったならば確実に日米同盟は後退する。あるいは辺野古移転問題が進展しないのならば、いっそのこと米軍はグアムまで後退し、日本防衛の必要なし、という流れになるかもしれない。
  そうなると、逆説的には「対米従属」から日本は「強制的に脱却」する、という流れが強まる。中国の海洋進出や北朝鮮の核の脅威に、日本はアメリカの援護なしに自主防衛の道を余儀なくされるだろう。

 

…と論じている。この古谷氏の分析も「正鵠を得ている」、と私は思う。

 

 念のために、トランプ氏自身は何を言い、それがどのように理解されているのかを確認しておこう。

 

  トランプ氏は21日にワシントン・ポスト紙、26日にはニューヨーク・タイムズ紙の取材に応じ、外交・安保政策を語った。トランプ氏は「米国はもはや裕福ではない」と指摘。財政上の観点から、同盟国などとの協力関係や負担のあり方を見直すべきだと繰り返し強調した。
  トランプ氏は、太平洋地域の平和維持に貢献することが米国の利益になるという考えを否定。在日・在韓米軍の駐留経費について「なぜ(日韓の負担が)100%ではないのか」と疑問を示し、撤退をちらつかせて大幅な負担増を日韓両国に迫る考えを示唆した。
  米政府は沖縄県・尖閣諸島が日本防衛の義務を定めた日米安保条約第5条の適用対象だと明言してきた。しかし、トランプ氏は、中国が尖閣諸島を占拠した場合に「何をするかは言いたくない」と回答を避けた。
     (毎日新聞 2016/03/29 19:48)

 

 毎日新聞は、ワシントン・ポスト紙及びニューヨーク・タイムズ紙のトランプ氏取材記事を要約する形で、「トランプ氏は、太平洋地域の平和維持に貢献することが米国の利益になるという考えを否定」しているとの解釈を示している。「毎日新聞」は愛国派の人々からはサヨク新聞扱いをされているので、ここではバランスをとってサヨクの人々からは政府御用新聞扱いをされている「産経新聞」の記事も確認しておこう。産経新聞は「トランプ氏「日韓は核を独自保有したら」「在日米軍撤退を」止まらぬトンデモ安保論」(トランプ氏の主張は産経新聞的にも「トンデモ」であるらしい)と題された論説的記事で、

 

  トランプ氏の原則は「米国のことを第一に考える」だ。米国は国際社会の平和と安定に、カネも軍事力も費やすべきではなく、余剰資金を国内経済に投下しようというわけだ。そこから米軍撤退や、日韓の核兵器保有容認論も出てくる。
  米国は第二次大戦への参戦によって、それまでの孤立主義を放棄し、国際協調主義に転 換。世界の「超大国」として、義務と責任を果たすという道を突き進んだ。オバマ政権は、「世界の警察官」という役割を放棄し、米国の指導力は相対的に低下した。しかし、国際協調主義は維持し、地球規模の課題などでは指導力を発揮している。
     (産経新聞 2016/03/28 10:30)

 

…との理解を示している。産経新聞もまた「トランプ氏の原則は「米国のことを第一に考える」だ。米国は国際社会の平和と安定に、カネも軍事力も費やすべきではなく、余剰資金を国内経済に投下しようというわけだ。そこから米軍撤退や、日韓の核兵器保有容認論も出てくる」との構図を描いているのである(つまり、この理解に関しては、「サヨク反日新聞」と「ウヨク御用新聞」は一致している)。

 産経新聞が明示しているのは、「孤立主義」が源泉であり、米軍撤退や日韓の核兵器保有の主張はその帰結との理解である。太平洋や東アジアの現状は米国の関与によって維持されていることは事実であり、たとえ現状が好ましいものではないとしても(実際、望ましい状態にあるとは思わないが)、米国の関与がなくなれば地域は更に大きく不安定化することにもなってしまう(米国の性急な撤退が生み出すのは地域のアナーキー状況であり、確実に現状よりも悪い状態―相互の軍事力行使をも含む紛争状態―をもたらすだろう)。

 この問題については、

 

  民進党の岡田克也代表は日本テレビの番組で「(在日米軍)基地は日本防衛のためだけでなく、米国がアジアでプレゼンスを確保するためにある。そういう基本的なことをどこまで理解しているのか」といぶかった。
     (時事通信 2016/03/28 17:13)

 

…との報道もあるが、トランプ氏は既に(岡田氏の言葉を用いれば)「米国がアジアでプレゼンスを確保する」ことに関心を持っていないのだと理解されているのである。この認識(あるいは危惧)は野党党首だけではなく日本政府にも共有されたもので、

 

  菅義偉官房長官は28日午前の記者会見で、米大統領選の共和党候補指名争いで首位を走るドナルド・トランプ氏が、米メディアのインタビューで在日米軍撤退の可能性に言及したことに関し「誰が大統領になろうと、日米安保体制を中核とする日米同盟はわが国外交の基軸で、アジア太平洋と世界の繁栄と安全のために極めて大事だ」と指摘した。その上で「米国と緊密に連携することに全く変わりない」と強調した。
  トランプ氏が日本の核保有を容認する考えを示したことについては「『持たず、つくらず、持ち込まず』の非核三原則は政府の重要な基本政策だ。今後も堅持していくことは全く変わらない」と語った。
     (産経新聞 2016/03/28 12:19)

 

…と報じられている通りである。

 

 

 そのような認識を共有しさえすれば、古谷氏の主張、

 

  (トランプ氏の)発言を額面通りとれば、このまま共和党予備選挙でトランプが指名され、本戦でも勝ったならば確実に日米同盟は後退する。あるいは辺野古移転問題が進展しないのならば、いっそのこと米軍はグアムまで後退し、日本防衛の必要なし、という流れになるかもしれない。
  そうなると、逆説的には「対米従属」から日本は「強制的に脱却」する、という流れが強まる。中国の海洋進出や北朝鮮の核の脅威に、日本はアメリカの援護なしに自主防衛の道を余儀なくされるだろう。

 

…との問題提起が「正鵠を得」たものとして位置付けられるだろう。

 いくら日本政府(菅義偉官房長官)が「誰が大統領になろうと、日米安保体制を中核とする日米同盟はわが国外交の基軸で、アジア太平洋と世界の繁栄と安全のために極めて大事だ」と主張しようが、決めるのは次の米国大統領なのである。

 トランプ氏自身は、

 

  自身は孤立主義者ではないと語る一方、米国は貧しい債務国なのに北大西洋条約機構(NATO)や国連(UN)といった国際機関への資金分担は不相応に多いとの認識を示した。日本や韓国、サウジアラビアといった同盟諸国との関係についても、同じように不公平だと述べた。
  トランプ氏は「われわれは、知恵が回り抜け目がない手ごわい人たちから、長年見下され、笑われ、搾取されてきた」と述べた。「従って、米国を第一に考えてこれ以上搾取されない形にする。友好関係はあらゆる方面と結ぶが、利用されるのはごめんだ」と強調した。
     (AFP=時事 2016/03/27 15:22 ニューヨーク・タイムズのインタビュー記事)

 

…としており、自身が「孤立主義者」であることを否定しているようだが、トランプ氏の主張は孤立主義者のものである。「孤立主義者」であることを否定する理由としては、

 

  米大統領選の共和党候補指名争いでトップを走る不動産王ドナルド・トランプ氏は21日、11月の本選で勝利すれば米国とイスラエルの強固な同盟を追求すると公約した。
  また、国連が自らの意思をイスラエルに押し付けようとすれば抵抗すると述べた。
  同氏は米イスラエル広報委員会(AIPAC)向けの演説で、イスラエルとパレスチナの交渉ではイスラエル側に立つと表明。「パレスチナは米国とイスラエルの結束が壊れることはないということを知った上で交渉の席に着かなければならない」と述べた。
  また「イスラエルはユダヤ人の国家であり、永遠にユダヤ人国家として存在することを受け入れるつもりで交渉の席に着かなければならない」とも指摘した。
     (ロイター 2016/03/22 09:49)

 

…と強調される、イスラエルとの特別な関係があるのかも知れない。しかしイスラエルとの関係を除けば、トランプ氏は中東に大きな関心を払わないし、ヨーロッパにも太平洋東アジアの安定にも関心がないように見える(実際、「トランプ氏は、太平洋地域の平和維持に貢献することが米国の利益になるという考えを否定」していると理解されている)。もし、トランプ氏が大統領選挙に当選し、トランプ米国大統領が実現し、トランプ大統領が共和党予備選挙時の主張通りの政策を展開することがあるとしたら、古谷氏の提起した問題は我々が直面させられる現実となるのである。

 

 

 日本の安全保障問題を米国抜きで考えなければならなくなる、ということだ。

 そして、橋下氏が指摘(揶揄)しているのは、日本が非武装国家としてあるべき(いわゆる9条原理主義―一般的にはサヨク的と位置付けられている立場)との主張が、そのような現実に対応するに際してどこまで現実的であるのか(現実的であり得るのか?)との問題なのである。

 

 考えなければならないのは、中国の存在であり、北朝鮮の存在である。

 

 私はかつて、この問題を、

 

  問われているのは、日本国憲法の楽観主義をもって、大日本帝国に立ち向かうことが出来るものであるのかどうか、ということなのである

 

…と定式化してみたことがある(「現代史のトラウマ、その5 大日本帝国 vs 日本国をめぐるフツー日記」参照―ブログ開始初期の一文なので、現在から見ればおかしなタイトルとなっているが)。かつては、北朝鮮との関係で論じたのだが(金正日時代の北朝鮮―現在の金正恩体制の粗暴さと比較すれば、金正日時代にはまだ冷静な計算が存在したようにさえ感じられる―を大日本帝國との相似点ににおいて関連付けた上で)、現在の中国もまた、かつての大日本帝國の似姿として位置付けられ得る存在となっていることを忘れてはならないだろう。

 現在の中華人民共和国は、厳しい言論統制によりかろうじて権力の維持が可能になっている強権的国家であり、軍事力の強化に依存した拡張主義的政策を進める強権的国家なのである。

 内政に問題を抱えた強権的政府は、対内的求心力の確保を対外的緊張の創出に求め、軍事的威嚇により支配領域を拡大することに熱心である。その意味において、現在の中華人民共和国の姿にかつての大日本帝國を重ねて考えてみる想像力は役に立つはずである。

 軍事国家としての大日本帝國のご主人たちに、「日本国憲法」の戦争放棄の精神が理解し得るようには、私には思えない。中華人民共和国の強権的政府を支える党幹部と軍人たちが、「日本国憲法」の平和主義を尊重し、軍事的威嚇に依存した外交政策を修正して下さるようにも思えない。そのような期待が現実的であるとは、私には思えないのである(願望だけで国家の政策を決定することは許されない)。

 

 国家としての独立は、対外的にはまず外交の自主性の確保によって示されるものだと思う。軍事力の保有は外交の自主性の確保に有効だというのが私の考えである(詳細は「外交の自主性の確保と軍事力保有の有効性の関係」参照)。もちろん、保有する軍事力を外交上の威嚇の手段として用いろという話ではない(ましてや外交上の要求実現の手段として軍事力を行使しろという話ではない)。保有する軍事力を外交上の威嚇の手段として使用しようとする国家に対し、その無効化の手段として、一定の軍事力の保有は役に立つという現実的な話であるに過ぎない。

 現に、中華人民共和国は、南沙諸島において、保有する軍事力を背景に(軍事力を威嚇の手段として用い)、支配領域を拡大しているのである(係争の相手であるベトナムやフィリピンには中華人民共和国に対抗し得る軍事力の備えがなく、軍事的解決―軍事力の発動―を望まない米国の姿勢を見越してのことである)。

 「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という点に「日本国憲法第9条」の核心を見出すならば、先の意味においての軍事力の保有は、必ずしも現在の日本国憲法の精神に反するものでもないだろう(国際紛争を解決する手段として武力の行使を厭わない国家に対して、武力行使の試みを躊躇させる目的での軍事力の保有、ということである)。「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とは、いずれ実現されるべき理想として位置付けるべきであって、その性急な原理主義的実行を求めることは実際的ではないように、私には感じられる。

 非武装を主張するのであれば、非武装が理想状態であるから非武装を選択するということではなく、非武装が現実的であるから非武装を選択することを、希望的観測や願望ではなく政治的リアリズムの帰結として示すことが、まず求められるのである。

 

 

  問われているのは、日本国憲法の楽観主義をもって、大日本帝国に立ち向かうことが出来るものであるのかどうか、ということなのである

 

 

 

 さて、ツイッター上での橋下徹氏の、

 

  沖縄の米軍基地をなくしたい人たちへ。トランプ氏が大統領になればすぐに沖縄米軍基地はなくなるよ。朝日新聞、毎日新聞、沖縄米軍基地反対派はトランプ氏を熱烈応援すべきだ。

 

…との発言について、古谷経衡氏は「無論この発言は、リベラルメディアへの揶揄を含んでいるが」と評していたわけだが、同時にトランプ氏自身の主張の帰結として、「そうなると、逆説的には「対米従属」から日本は「強制的に脱却」する、という流れが強まる。中国の海洋進出や北朝鮮の核の脅威に、日本はアメリカの援護なしに自主防衛の道を余儀なくされるだろう」と論を展開していた。そこで、この帰結が非武装論を掲げるサヨク的(と一般に考えられている)人々にどのような影響を与え、どのような事態に直面させられ、何を考えねばならないのかを考えてみたわけだ。

 

 

 一方、古谷氏はその先で、

 

  現在のところ、日本の保守論客からは、トランプが白人ブルーカラー層から支持をされている点に着目して、民主党候補のサンダースと同様に反グローバリズムの視点から評価を下しているもの(三橋貴明氏)、既存メディアのタブーを突破して過激な言説が受けている姿勢そのものを評価するべき(田母神俊雄氏)などといった声が上がっている。

  特に後者の、「トランプが既存メディアのタブーに果敢に挑戦する姿勢」を日本の国内状況に重ねあわせ、リベラルの姿勢を糾弾するもの(馬渕睦夫氏)など、「反メディア」の観点からトランプを評価する視点が多数であり、日本国内の「ネット右翼(ネット保守とも)」にもそのような風潮は根強くある。つまり反メディア、反リベラルとしてのトランプ評価(そしてそれを日本国内の状況に援用する)が圧倒的であり、いずれも「対米従属からの脱却」という視点での声は鈍かった。

  が、前述の橋下氏のように「対米従属からの脱却」という視点からトランプを「逆張り」で評価する声も出始め、例えば憲政史家の倉山満氏は自身の動画番組で「(トランプが大統領になった場合)日本が自主独立を果たす最後のチャンスになる」(2016年3月13日)と肯定的な見解が保守正面から出始めている。

 

…と、保守(あるいはウヨク的)層の反響がどのようであるかを示している。続けて古谷氏は(私なりに要約すれば)、

  従来からの(主流派としての)親米保守=トランプ批判

  所謂「ネット保守層」=「反メディア」「反リベラル・左派」としてのトランプ支持

  反米保守=「日本の対米従属脱却」という視点からのトランプ大統領待望論

…と分析し、「トランプをめぐり三分される日本の保守層」について論じている。「ネット保守層」については、そのトランプ支持は心情論以上のものではないと考えられるが、つまり大統領としてのトランプ氏が日本に(そして国際社会に)もたらすであろう政治的影響を知的に分析した上での判断ではないと考えられるが、従来からの親米保守は、米国の存在に支えられた現在の国際法秩序(いわゆるパクス・アメリカーナであり、その中で日本が利益を得ていると考えられている)がトランプ大統領の登場によって崩壊することを危惧し、だからこそ安倍首相も新聞記者に対し、

  次の米国大統領が誰になるにせよ、日米同盟は日本外交の基軸であり、アジア太平洋や世界の平和と繁栄のために米国と緊密に協力をしていくことに変わりはないと考えております

…と、自身の期待(=現状維持への希求)を言葉にして見せているのである。

 現実には、安倍氏が「日米同盟は日本外交の基軸であり、アジア太平洋や世界の平和と繁栄のために米国と緊密に協力をしていくことに変わりはない」と希望したとしても、大統領選挙でトランプ氏が選出されてしまえば、「太平洋地域の平和維持に貢献することが米国の利益になるという考えを否定」し、「米国のことを第一に考える」を原則とし「米国は国際社会の平和と安定に、カネも軍事力も費やすべきではな」いと考える大統領の下で、米国は「孤立主義」政策へと転換することになる(トランプ氏が誠実に自身の主張を実行に移すとすればの話ではあるが)。安倍氏の言葉の背後には、そのような事態への危惧があることくらい読み取っておくべきであろう。

 そもそもの話、野党党首の岡田氏の指摘するように、「(在日米軍)基地は日本防衛のためだけでなく、米国がアジアでプレゼンスを確保するためにある」のである。その点については既に尖閣の領有権問題に関連させて、

 

  まずここで忘れてはならないのは、あるいは誤解してはならないのは、米国からすれば「日米安保条約」は、形式的には、日本防衛という日本の国益のための条約であるにしても、実質的には、太平洋(そして極東)における米国の地位の維持という、米国の国益確保のための条約だという事実であり、日米安保条約の米国から見た現実的意味合いである。

  理路としては、米国が日米安保条約に基づき、日本のために(日本の防衛のために)戦争をするのではなく、米国の利益の維持のために、日米安保条約を口実に米国のために戦争をすることになるということ。

  日米安保条約の存在する現状は、単に日本に有利なだけでなく、既に米国の利益にも合致しているのである。

 

…と指摘してある通りだ(たとえば「集団的自衛権論議と外交と軍事のリアリズム」参照)。

 

 米国が国際社会への積極的介入主義(「国際協調主義」と呼ばれているが)を維持し、その下で日米同盟が存続する限り、安倍氏が立憲主義に反してまで手に入れた「集団的自衛権」で米国に媚を売る必要などなかったはずなのである。

 トランプ大統領の誕生で、その「集団的自衛権」の価値も大きく低下することになるだろう。

 米国が国際社会への積極的介入主義から孤立主義に転換したとすれば、地球規模での米軍の展開の時代は終わり、米軍が国外での攻撃の対象となる可能性は低下し、集団的自衛権に基く自衛隊の出る幕も無くなる(これ自体は悪い話ではないが、反対に米軍の代理の軍事力として駆り出され続けることになるかも知れない)。しかも、同時に米国にとっての日本の地政学的価値は失われ、たとえ(トランプ氏の要求通りに)在日米軍駐留経費を全額日本が負担するようになったとしても、米国には「日本の防衛」のために軍事的に介入する積極的理由はなくなってしまう(となれば、米軍は頼りになる存在ではなくなってしまうだろう)。そこでは、米国にとっての日米同盟の価値は限りなく低下しているのである(そもそもトランプ氏自身は日米同盟に価値を認めていない)。

 だからこそ、これまでの保守の主流的位置にいた親米派の人々にはトランプは受け入れ難い存在ということになっているのだ。

 もっとも、安倍氏がその「集団的自衛権」だの「積極的平和主義」だのを、今後の日本の地球規模での軍事力を伴った積極的介入主義の起点として位置付けているのだとしたら話は違ってくるが、現実的に考えれば、日本には米国の撤退した世界で米軍の肩代わりをする力量はない(軍事的にも外交的にも)。

 

 

 サヨク的心情主義に対して「保守」がどのようであるのかを考えれば、「保守」もまた心情主義者であることに違いはない。

 心情主義に彩られたサヨク的平和主義に対しては、それが「親米保守」であろうが「ネット保守」だろうが「反米保守」であろうが、「空想的平和主義」とのレッテルを貼ることにおいては行動を共にしているようである。

 

 しかし、「空想的平和主義」批判に熱心な側もまた、現実的思考が得意というわけではないように見える。

 古谷氏によれば、反米保守(ただし古谷氏は「反米」という直接的表現は用いてはいないが)は「日本の対米従属脱却」という視点からの「トランプ大統領待望論」を展開する人々である。そして「空想的平和主義」を嘲笑し、軍事力保有とその強化の必要を主張する人々でもある。

 対米従属を脱却した日本が、軍事的に自立することによってこそ、「真の独立」の達成が可能になる。そのように考える人々でもあるだろうし、軍事力の強化が外交力の強化を意味する、と考える人々でもあるだろう(この点においては、親米保守もネット保守も同様であろう)。

 確かに(先に指摘したように)、現代世界においても、軍事力の保有は外交の自主性の確保の基底として役に立つ(「必要条件」と言ってもよいだろう)。保有する軍事力を威嚇の手段として用いることで、外交的問題の解決を図ろうとする国家は現に存在する(もちろん米国はその代表である)。それが現実である。そのような国家に対し、軍事的威嚇を無効化する手段としての対抗的軍事力を保有することには意味がある(それによって、軍事的威嚇に屈することなく、外交の自主性の確保が可能になる―つまり国家としての独立が維持される)。

 しかし、自らが軍事的威嚇を外交の手段として位置付けてしまうに至れば、その向うところ、軍事力だけが決着の手段となってしまうのである。

 必要なのは外交的力量なのである。外交に未熟なままで軍事力だけを決着の手段としてしまえば、日本には国際社会の中で生き残る可能性はない(既に「先の大戦」でも示されたことである)。

 保守一般に、日中間の紛争の解決法として軍事的決着を予期する中で、保有する軍事力をその手段として位置付けようとする傾向があるが、しかし、これは想像力の貧しさを自ら表明しているものであろう。特に(これまでに論じてきた)トランプ大統領の誕生という事態を考えれば、日米関係もこれまでのような「同盟」ではなくなってしまうわけで、同時に米中の対立関係もこれまでとは異なる様相に移行する可能性が大きい。米中同盟と日本の対立という事態さえ「想定内」としなければならないし、「米中露」と日本の対立という事態さえ現実となり得るのである。そこで軍事力での対抗は論外である。

 つまり、米国の孤立主義化と日米同盟の空洞化は、日本に、軍事力による問題解決をより困難にする状況をもたらすのである。軍事力に依存すれば何とかなる的発想は捨てねばならない。

 

 トランプ氏の日韓の核武装についての主張は、

 

  対話集会の司会者はトランプ氏が日本と韓国の核兵器保有を容認した発言を繰り返し質問。核拡散防止条約(NPT)による不拡散体制を否定すれば、米国の優位性を揺るがす大きな政策転換になるからだ。
  だが、トランプ氏は政策を変更する可能性があると指摘し、「北朝鮮が核兵器を持っているのだから日本も持った方がいいということにならないか」と問いかけた。また、「日本が北朝鮮に対して防衛力、攻撃力を持った方がいい。米国は引き金を引きたくない」と語り、日韓双方に自主防衛の努力を促した。
     (産経新聞 2016/03/31 07:55)

 

…との理路を持つものだが、これに対し日本政府は、

 

  トランプ氏が日本の核保有を容認する考えを示したことについては「『持たず、つくらず、持ち込まず』の非核三原則は政府の重要な基本政策だ。今後も堅持していくことは全く変わらない」と語った。
     (産経新聞 2016/03/28 12:19)

 

…と、その基本姿勢を示している。一方で野党代表からは、

 

  おおさか維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は29日、「完璧な集団的自衛権の方向にいくか、自国で全て賄える軍隊を備えるのか、今こそ政治家が議論しなければならない」と述べた。その上で「自国で武力を持つなら最終兵器が必要になる」とし、安全保障環境次第では日本の核武装も議論の対象にすべきだとの考えを示した。府庁で記者団に語った。
  松井氏は、米大統領選の共和党候補指名争いで首位のドナルド・トランプ氏が在日米軍撤退の可能性などに言及したことに触れ、「聞こえないふりをするのは無責任極まりない」と発言。安全保障関連法も変更を検討すべきだとした。「核保有も否定しないのか」と問われ、「僕はやめた方がいいと思うが、夢物語で何とかなるではすまない」と語った。
     (毎日新聞 2016/03/30 13:32)

 

…との認識も表明されている。この松井氏の見解は、与党自民党議員の中にも(そして広く保守層の中にも)共感者を持つものであろうと思われる。

 しかし、この点に関して米国政府は、

 

  アーネスト米大統領報道官は30日の記者会見で、大統領選の共和党候補指名争いの首位に立つ不動産王ドナルド・トランプ氏(69)が日韓両国の核武装容認を主張していることについて、「信じられないほど(地域情勢が)不安定化する」と批判した。
  その上で「自分の言葉と政策決定から生じる結果を理解できる最高司令官」を選出するよう、国民に訴えた。
  アーネスト氏は「トランプ氏の主張は、米国が長い間追求し、国際社会が支持してきた政策と正反対だ」と指摘。「核兵器計画を加速させる言い訳と動機を北朝鮮に与えるのが、なぜいい考えなのか、想像しがたい」と語った。
     (時事通信 2016/03/31 07/28)

 

…との認識を示し、トランプ氏の主張の乱暴さを指摘している。私は、このアーネスト報道官の見解に同意する。現在の核不拡散体制(つまり「米国が長い間追求し、国際社会が支持してきた政策」である)に満足すべきとは決して思わないが、しかし、アーネスト氏の指摘するように、トランプ氏の主張は「核兵器計画を加速させる言い訳と動機を北朝鮮に与える」ものとして帰結するのは確かであり、現在の核不拡散体制を崩壊させ(そこで核武装を正当化するのは北朝鮮だけではない)、増加するであろう核保有国の核兵器使用へのハードルを低くさせ、人類をより危険にさらすことにしかならない。

 この点において、トランプ氏を支持するのは愚かである。

 

 

 求められるのは外交的賢明さであり、外交的巧妙さである。軍事力の保有は、外交の自主性の確保に役立つという意味で一定の合理性を持つものだが、外交を軍事力に依存させるのは愚かな方向なのである(「先の大戦」の敗戦国として肝に銘じておくべき事柄である)。

 自らが心情主義に溺れながらサヨク的「空想的平和主義」を批判しても、自己満足以上のものにはなり得ない。まず、「現実」という地に足が着いていない現状を脱却することから始めなければならないのは、「保守」の側も同様なのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2016/03/30 19:46 → http://www.freeml.com/bl/316274/271329/
 投稿日時 : 2016/03/31 22:57 → http://www.freeml.com/bl/316274/271455/

 

 

 

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2016年3月24日 (木)

洋上のB-29 (映像編)

 

 見つけたのは一ヶ月以上前になるのだが、多忙な日が続き、そのままになっていた動画である。

 不時着水したB-29の乗員の救助の模様が撮影された(それもカラーである!)フィルムなのだが、あらためて詳細を見、解説を読んでみると、何とそれが3月10日のあの「東京大空襲」の際のエピソードであったことに驚かされた。

 

 

 B-29の手厚い救難システムについては既に記事としてあるが(「統帥の無責任としての特攻精神 3 (B-29と戦争遂行のマネジメント)」、「統帥の無責任としての特攻精神 4 (洋上のB-29)」、「統帥の無責任としての特攻精神 5 (洋上のB-29と特攻精神)」)、その実際が映像として記録されていたのである(そしてそれが動画サイトにアップされていた!)。

 映像としては、未編集なままであり、ナレーションもなく(撮影に際して同時録音もされていないのでオリジナルは完全なサイレントである―アップロードされた動画にはBGMが付加されているが)、そのまま見たのでは(ただただ地味な映像で終わってしまう可能性が大きく)内容の理解も難しいと思われるので、映像に先立って解説めいたことをしておきたい(本記事全体の構成としては、映像の後に「資料編」を付してフィルムの背景をより理解し得るようにし、最後にあらためて、これまでの当ブログ上の論点と関連させた考察的な文章を加えてある)。

 

 

 動画に付された説明によれば、12分ほどのフィルムは不時着水したパイロットの子息であるマイク・マッキャスキル(Mr. Mike McCaskill)氏から提供されたもので、不時着水の際に背中を負傷したマッキャスキル氏の父が後送先の米国本土の病院での療養中に、フィルムを撮影したカメラマンと偶然に出会い、カメラマンから贈られた未編集状態の2巻の16ミリフィルム(父のために作成されたコピー)なのだという。ただし、16ミリ映写機を所有していなかったので未見のまま父のクロゼットの中で数十年の時を過ごすこととなっていたという話である。

 

 カメラマンは、救難活動に従事していた米海軍の水上機母艦「ベーリング・ストレイト」( USS Bering Strait (AVP-34) )の艦上から、マッキャスキル氏の父バーナード・“バーニー”・マッキャスキル・ジュニア大尉(Captain Bernard "Barney" McCaskill Jr.)の操縦するB-29「ホープフル・デビル」( "Hopefull-Devil" )の不時着水の瞬間と、救助の過程をフィルムに収めている。

 燃料の不足からテニアンの基地までの飛行が不能になったための「ホープフル・デビル」からの救難要請に「ベーリング・ストレイト」が対応し、マッキャスキル大尉の操縦するB-29は「ベーリング・ストレイト」を目標に飛行し、幸運にも艦の近くに不時着水するのである(作戦―1945年3月10日のいわゆる「東京大空襲」である―での任務を終え、帰投する途上での出来事である)。

 

 更に動画に付された説明を要約(フィルムに映ってない部分も含め)しておくと、2メートル近い波浪に覆われた海面への着水であったために、時速100マイルで着水した機体は海面を滑走することなく、ほぼその場で停止し、その衝撃の大きさのために大尉は背中に大きなダメージを受けてしまう(機体も大破している)。

 それでも操縦室からの脱出には成功し、幸いにもクルー全員の無事を確認する(機長以外の負傷者は、顎に裂傷を負ったリヴァス伍長(Corporal Rivas)のみ―この二名はパープル・ハート勲章を受ける)。しかし、機体は大破しており、大尉は泳げない部下のために自身の救命胴衣(「メイ・ウェスト」と呼ばれている)を提供するだけでなく、副操縦士として搭乗していた(ただし、正規のクルーではない)マコンバー大佐(Col. Macomber)と共に海に飛び込み、部下のための救命用ゴムボートの保持に苦闘する。

 フィルムには着水シーンと、救助艇の接近、救助の過程、救助艇から母艦へのB-29クルーの引揚げ、母艦内のクルーの様子、救助艇による海上浮遊物の回収の模様、そして母艦からの下船までが記録されている。

 

 

 

1945 ABSOLUTELY UNEDITED! B-29 Ditching & Rescue RAW (HD)
       https://www.youtube.com/watch?v=Cme9JcdSepA

 

 

 フィルム全体を通して、現場の浪の高さが感じられたことと思う。他の不時着水の事例(「統帥の無責任としての特攻精神 4 (洋上のB-29)」参照)などを読むと、B-29は沈みにくい構造を持つ機体だったようで(例えば「アルバート・クロッカー大尉操縦の捜索機が行方不明のB-29と乗組員を初めて発見したのは、正午少し前であった。大尉は捜索開始六時間後ようやく、まだ浮いていたB-29の尾翼が太陽に反射してきらめくのに気づき、なお仔細に観察していると、近くに搭乗員の乗る筏が浮いているのが見えた。クロッカー大尉は駆逐艦を呼び出し、軍艦「カミングス」が現場に到着するまで四時間半上空を旋回していた。不時着水から一七時間が経過していた」のようなエピソードがあるし、搭乗員救助後も浮き続ける機体を救助作業に携わった海軍艦艇がわざわざ砲撃して沈めた―浮遊物化すると危険である―ような記述もある)、現場が浪静かであれば機体は大破を免れ、大尉も負傷せずに済んでいたかも知れない。

 また、9分30秒過ぎくらいに、艦の甲板上構造側面ハッチにある(爆撃機で言えば)出撃マーク状の記入が興味深い。救命胴衣を装着した人型のステンシルが55確認出来る。これまでの救助者の数なのであろうか?

 

 

 

《資料編》

 まずは、3月10日の「東京大空襲」の際の米軍の「作戦任務報告書(Tactical Mission Report)」から、「空海救助計画」の項と、「空海救助」の実際を記した部分を中心に抜き書きをしておく(奥住喜重・早乙女勝元 『新版 東京を爆撃せよ 米軍作戦任務報告書は語る』 三省堂 2007 による)。映像の背景には、事前に周到に準備された米軍の救難システムがあることが理解出来るはずである。

 

 

2 作戦の戦略と計画
c.計画の詳細―作戦関係:
 (7) 空海救助計画
  a海軍はこの作戦任務について詳細な情報を提供され、空海救助の目的に役立つ便宜を図るように求められた。
   ①4隻の潜水艦が以下の位置に就いて救命の任に当るよう命じられた(位置は緯度と経度で示されているが詳細は略)。
   ②3隻の水上艦艇が以下の位置に就くよう命じられた(位置の詳細は略)。
   ③2機のダンボ機が次の位置に就くよう命じられた(位置の詳細は略)。
   ④監視艇と救難艇は、離・着陸の危険な時間帯の間、管制塔から解除命令が出るまで、空海救助の任務を遂行するよう命じられた。
  b当爆撃機集団は、4機のスーパー・ダンボ機(救難用B 29)に、以下の位置で旋回することを命じた(位置の詳細は略)。これらのスーパー・ダンボ機は、遭難位置の発見を援け、遭難信号を受信し、救急設備を投下し、空海救助作業が必要となった場合には、潜水艦を誘導することとなっていた。

 

 

 まさに映像では、②の「水上艦艇」の一隻である水上機母艦「ベーリング・ストレイト」によって、海上に不時着水したB-29乗員が救助されるまでの一部始終が記録されているわけである。また、救助作業に当る「ベーリング・ストレイト」の上空を旋回し続けるスーパー・ダンボ機の姿も映像に度々登場するが、それもb項に規定されている通りだということがわかる。米海軍と米陸軍航空軍に属する爆撃機集団が緊密に連携・準備し、実行すること(まさに映像に記録されているように)で、海上で遭難したB-29搭乗員が確実に救助されているのである。

 

 

3 作戦任務の実行
f.作戦の概要:
 (6)空海救助: (詳しくは付篇A、第Ⅵ部を見よ)
  4機のB-29が不時着水し、全部で40名の生存者が救助された。

 

付篇A 作戦
第Ⅵ部 空海救助
1.以下はこの作戦任務で起きた不時着水事故の要約である:(この報告のあとの空海救助図を見よ。―図は省略)
a.No.7 V 759機:第313航空団所属――この機は100145Zに、北緯17”40’-東経145”38’に不時着水した。11名の搭乗員は100725Zに1機のダンボ〔海軍大型飛行艇〕に発見され、101130Zに、水上機母艦ベーリング・ストレイトによって、全員が救助された。〔*訳注 the tender Bering Strait は、作戦任務29番の報告書中に a small seaplane tender "Bering Strait" として登場している〕
b.No.19 V 757機:第313航空団所属――この不時着水は、092238Zに、北緯18”00’-東経145”15’で、水上機母艦ベーリング・ストレイトの傍らで起き、8名の搭乗員に1名の同乗者を加えた全員は、18分以内に救助された。
c.No.25 V 527機:第314航空団所属――この機については、092244Zに、北緯22”00’-東経147”30’の位置で最終の報告が入った。11名の生存者は、102233Zに、北緯22”24’-東経146”19’で発見された。DMS-18(掃海艇)がこの報告を受けて引き返したが、その位置に到着した時刻は110700Zと推定された。11名の生存者の救助は、この掃海艇によって110700Zから111211Zの愛dに行われた。
d.No.44 V 759機:第313航空団所属――この不時着水は、100145Zに北緯19”10’-東経145”30’で報告された。3名は不時着水時に生き残らなかった。9名の生存者はパジャリス島(原語表記略)の海岸にたどりつき、捜索機と連絡をとって、1隻の船が1時間以内に彼らを収容するはずだと知らされた。救出は、補給船クックス・インレット(原語表記略)によって110800Zに実現された。
2.この作戦では、ほかに7機の行方不明機があり、それからは何の連絡もなかった。連絡がないため、捜索することができなかった。

 

 

 「付篇A」からの抜き書きにある不時着水機の2機目が、まさにフィルムに登場するマッキャスキル大尉の「ホープフル・デビル」であり、「8名の搭乗員に1名の同乗者」とある「同乗者」が副操縦席に搭乗していたマコンバー大佐であった。B-29の搭乗員は通常は(他の機がそうであるように)11名であるのだが、なぜ「8名の搭乗員に1名の同乗者」という少ない人数で作戦に参加したのかはわからない(この作戦では、爆弾搭載量を増加させるために装備から防御用の銃砲を取り除いていたので、機銃手の搭乗は必ずしも必要ではなかったということなのかも知れないが)、大佐の搭乗理由(任務)も今のところ不明である。

 時刻表示にある「Z」は、世界協定時ないし標準時を示すもので現地時間とは異なる(動画サイトの解説では、不時着水時刻は「Captain McCaskill ditched alongside at 12:38PM on March 10, 1945」であり、「Wikipedia」の「USS Bering Strait (AVP-34)」の項(https://en.wikipedia.org/wiki/USS_Bering_Strait)でも「On 10 March, Bering Strait established contact with a B-29, nicknamed Hopeful Devil, that radioed a distress call during its return from a bombing mission over the Japanese home islands. The Superfortress ditched alongside at 12:38 hours, and Bering Strait picked up the nine-man crew in short order」となっている)。

 

 

 マッキャスキル大尉の「ホープフル・デビル」の所属は、動画に添えられた説明によれば「484th Squadron, 505th Bombardment Group, 313th Bombardment Wing」となっており、指揮系統の序列で(上位から下位へ)示せば、陸軍航空軍>第20航空軍>第21爆撃機集団>第313爆撃航空団>第515爆撃群団>第484爆撃戦隊の1機であったことになる。

 「作戦任務報告書」の「付篇E 集約統計表」によれば、313爆撃航空団のB-29保有機数は146機で、出撃予定機数が121機、実際の出撃機数が110機であった。そのうち3機が不時着水しており、その1機が「ホープフル・デビル」ということになる。

 「ホープフル・デビル」については、「USAAF Nose Art Research Project」に爆弾を手にした角の生えた悪魔の描かれたノーズ・アート画像(http://www.usaaf-noseart.co.uk/plane.php?plane=hope-full-devil#.VvOILa1f2M8)が掲載されており、ボブ・ホープにちなんだ命名だと説明されている。また、機体のシリアル・ナンバーが「42-63482」であることも示されているので、手元の資料を参照することで、ボーイングのウィチタ工場製の1634機―量産初期に生産された機体―の1機であることもわかる。

 

 

 「ホープフル・デビル」のクルーを救助した水上機母艦「ベーリング・ストレイト」については、先の『Wikipedia』記事から、1944年7月に米海軍の水上機母艦として就役し、退役が1946年6月。以後、米沿岸警備隊、ベトナム海軍、フィリピン海軍で就役し、最終的に1990年4月に退役していることがわかる。

 米海軍の水上機母艦としては、輸送船の護衛任務、B-29搭乗員の救難、そして沖縄戦では航空機搭乗員救難任務に加え対潜哨戒任務も大戦中にこなしている。

 

 『Wikipedia』記事中で重要だと思われるのは、「ベーリング・ストレイト」による搭乗員救難活動に対し、313爆撃航空団司令官から感謝の言葉が贈られたエピソードである。水上機母艦に宛てたメッセージの中で爆撃航空団司令官は、「ベーリング・ストレイト」が不時着水した搭乗員の「守護天使」として50名の戦闘員を海上で取戻すことに貢献し、彼らの多くを再び敵への戦闘に従事させることが可能になったことに感謝しているのである。

 不時着水した爆撃機搭乗員の救難システムの構築が、単に米軍の将兵への人命尊重精神を示すにとどまらず、まさに戦争遂行のマネジメントの問題でもあったことが示された言葉であろう(将兵の「無駄死に」を避けることはヒューマニズムの問題でもあるが、戦争遂行のマネジメントの問題でもあり、日本の軍隊は、そのどちらにおいても米軍の水準に大きく劣っていた)。

 その点については、動画に添えられた解説の結びの言葉からも読み取れるだろう。そこでは、「ベーリング・ストレイト」による着実な爆撃機搭乗員救難活動が(これは単に「ベーリング・ストレイト」一艦だけの問題ではなく、背景にある空海軍の緊密な協力により組み上げられた救難システムの存在を考えるべきであろう)爆撃機搭乗員の高い士気を後押ししたとの認識が示されているのである(The USS Bering Strait was part of a well coordinated Air-Sea Rescue operation deployed each time the B-29s attacked Japan.  It was a prime concern of the Bomber Command to rescue as many of these downed crewmen as possible.  For American aircrews, this was a huge morale booster)。

 

 

 

《あらためての考察》

 以前の記事(「統帥の無責任としての特攻精神 7 (ボンバールとスーパー・ダンボ)」)で、アラン・ボンバールの知見に基づき、

 

  ここには不時着水と難船との違いはあるが、広い洋上をいつか発見される偶然に頼り漂流するだけという状況は多くの人間には耐え難いものであり、たとえ救命ボートを手に入れられたとしても「死ぬのには三日で十分」という事態になってしまう、とボンバールは言うのである。
  それに対し、スーパー・ダンボやOA-10A飛行艇が空から捜索し、海軍艦艇が洋上から支援し、つまり太平洋上を漂流する搭乗員を発見し救助するための努力が存在するという事実は、孤立無援の絶望感に沈むことではなく生き延びる可能性を考えることにつながるだろう。それは、洋上に不時着水した搭乗員の生存率の向上に、大きく寄与したはずである。
  そこにあるのは自分たちが「見捨てられてはいない」という希望であり、より正確には自分たちが「見捨てられることはない」という信頼感である。

  実際に捜索されることで救助され生存が確保されるわけだが、ボンバールの知見により推測されるのは、捜索されているという事実があり、救助のためのシステムが存在するという事実が、それだけで生存率の向上をもたらすだろうという構図である。

 

…と指摘したが、まさにその点に、フィルムに記録された「ホープフル・デビル」と「ベーリング・ストレイト」のエピソードの背景にある、米軍の手厚い救難システムの存在の意味が見出されるであろう。

 

 また、「統帥の無責任としての特攻精神 5 (洋上のB-29と特攻精神)」で要約して示した、

 

  救難システムの存在には、単なる人命尊重以上の意味があったのである。搭乗員には訓練が必要であり、その養成には時間と資金の投下が不可欠なのである。爆撃機搭乗員とは、その養成に多くのコストを要するものなのであり、使い捨てにするのではなく使いまわさねばならないものなのである。要するに、米軍における救難システムの存在は、単に軍人兵士の人命尊重を意味するだけではなく、戦争遂行のマネジメントの問題でもあるということなのだ。
  特攻とは、訓練養成にコストを要するパイロットを使い捨てにすること(もちろん、航空機という生産に高いコストを要する兵器も使い捨てにされる)で可能となる軍事行動である。
  戦争遂行のマネジメントという観点からしても、軍事作戦としての「特攻」という選択は、「統帥の無責任」を象徴した行為であることを、あらためて確認しておく必要を感じる。

 

  B-29一機の喪失は、11人の搭乗員の喪失に結びつく。機体は失われても、搭乗員を失わないための努力が、このような海上救難システムとして組み上げられていたわけである。それは何より搭乗員自身の生命の問題であるが、銃後で無事な帰還を待つ搭乗員の家族―それぞれに一票を投じる権利を持った、政治的決定に関与出来る、国内世論を形成する家族である―の問題であり、訓練を経た貴重な搭乗員を失う軍の問題でもある。
  米軍の場合、手厚い救難システムの整備をすることが、前線兵士のより高い士気を支えると考えられ、戦争遂行に対する国内世論の確保に結びつくと考えられ、様々な意味で軍の利益に合致すると考えられていた、ということになるのであろう。

 

…との認識の重要性が、動画サイトにある1945年3月10日の太平洋上の記録フィルムを通して、あらためて確認され得たように思われる。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2016/03/23 21:51 → http://www.freeml.com/bl/316274/270785/
 投稿日時 : 2016/03/24 19:07 → http://www.freeml.com/bl/316274/270848/

 

 

 

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