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2016年2月28日 (日)

日本人がよくやったような、なぐったり蹴ったり(シベリア出兵編)

 

 

  ただし、派遣軍に対して全く批判がないわけではなかった。議員たちは、いくつかの事項で日本軍への批判を述べたという。第一次派遣時における中屋の報告書には、次のような例がある。一つは、日本軍兵士はロシア語が分からないため、「悠長ナル露国民ニ対シ性急ナル我将卒ハ不知不識威力ヲ用フル」ことがあった。『日露会話篇』というロシア語会話手帳が兵士に配布されていたのであるが、これが間に合っていなかったためである、という。
  もう一つは先行研究でも一部指摘されている、雇用した「軍役夫」の態度が悪いことであった。軍役夫は軍隊の荷物運びのために雇われていたのであるが、彼らは全く規律に従わなかった。そのためロシア人や中国人住民とのトラブルが絶えなかった。藤井幸槌第七師団長は「動モスレハ露、支両国民ノ感情ヲ害シ殊ニ其服装ノ軍人ニ類似シタルニ因リ軍隊ノ威信ヲ傷クルモノアリ」として、最終的に軍役夫制度をやめるように中央に意見を提出している。
     井竿富雄 「衆議院議員のシベリア慰問旅行―一九一八-一九一九年」 『山口県立大学国際学部紀要』第9号 2003  45~46ページ

 

  派遣軍の現地住民への態度は改まっていなかった。派遣とは別系統で出かけた憲政会の加藤定吉は、先述した講話で「日本の軍隊でありますが、残念ながら西伯利に於て甚だ不人望である」と語った。言葉が通じない上に、「実際日本の軍人は偏狭であって、国際的でない。事ある時は直に大和魂を振り廻わし、直ぐ怒るとか、若くは殴るとか云やうな事を為し勝ちである」というのである。第一回の派遣の際に指摘されていた、ロシア人とのコミュニケーションが取れないことが改善されていなかったのである。だが、このことは、「ロシア人は鈍重で恩義を感じない」などという偏見と表裏一体であっただろう。
     同論文  46ページ

 

 

 兵站のために「雇用した「軍役夫」の態度が悪いこと」に関しては、日清戦争時からの対外戦争の際の問題であった。実際、佐々木輜重兵大佐の『兵站勤務ノ研究』(偕行社 昭和7年)には、「大東溝ノ横田兵站司令官カラ日本人夫ノ亂暴狼藉ナル始末ヲ略説シタル末今日ニ於テハ何トモ仕方ナイカラ不良分子ハ悉ク撲殺致シタケレハ其ノ承認ヲ請フトノ親展電報カ来タ」との、日清戦争時の兵站司令官が直面させられた「雇用した「軍役夫」の態度が悪いこと」に起因する「困難」についての記述がある(その詳細については、「兵站勤務ノ困難(苦笑篇)」参照)。

 井竿氏の論文は、それが1910年代の終わりになっても改善されていなかったことを示している。

 

 

 「悠長ナル露国民ニ対シ性急ナル我将卒ハ不知不識威力ヲ用フル」、あるいは「実際日本の軍人は偏狭であって、国際的でない。事ある時は直に大和魂を振り廻わし、直ぐ怒るとか、若くは殴るとか云やうな事を為し勝ちである」という構図については、大東亜戦争期になっても変わらずに続いた問題であった。

 会田雄次の表現を用いれば「日本人がよくやったような、なぐったり蹴ったり」である。

 

 日本放送協会編の『日本教育の道統』(日本放送出版協会 昭和十九年十月二十日発行)に収録された、幣原坦文学博士による「大東亜建設と次代育成」には、大東亜戦争下の次世代教育の重要性という課題を前にしての十項目の提言が記されているが、その中にある、

 

  一 国民の品位を墜さぬこと―このことは米英蘭も、最も注意してゐた。彼等は、人の見ていない所では可なり悪いことを行ふが、人の面前にては、自戒自粛して醜態を暴露せず、どこまでも自分等は、上等な国民であると見せかけてゐた。我々日本人は、露骨にして裏表のないのは一面美点ともいへるが、行儀が悪くして、原住民の反発をかひ、甚しきは原住民との間に殺傷事件を生ずることは、南方から帰った人々が、異口同音に唱ふる所である。三百年前、礼儀の民として賞賛を受けた国民が、今俄にかく変化したとは考へられないところである。恐らく他の住民を軽く見る結果かと思はれる。何れにしても、次代の育成上、考慮すべきことであると思ふ。

  三 生活安定の注意―何れの処とても同様であるが、特に原住民の場合においては、先づ以て生活を安定せしめるのが要件である。彼らの信仰慣習を無視したり、一個人の感情を以て彼らを苦しめたりすることなく、而して、衣食住の満足を得しめる工夫をしてやるのが大切である。

  八 小事を忍んで、大事を決行する勇気―小事に腹を立てて、個人の感情を以て人の頭を打つやうなことは、我々日本人の間に少なくない。原住民の多くは、人の霊が頭の中に宿ると信じてゐるから、頭を打たれることは、殺されるに等しいと思つて反抗する。何分にも小事に気を取られることなく、而も東亜建設の為に為さねばならぬ大事は、何の躊躇もなくこれを断行する勇気を要する。次代育成の為には、幼き時より、小事と大事とを見極める見識を養つておく必要がある。

 

…といった「次代育成」・「青少年の練成」の要点からは、反語的に、大東亜諸地域における日本人の振る舞いの実状が読み取れる。そこで幣原文学博士は、控えめな表現ながら、

  行儀が悪くして、原住民の反発をかひ、甚しきは原住民との間に殺傷事件を生ずることは、南方から帰った人々が、異口同音に唱ふる所

  彼らの信仰慣習を無視したり、一個人の感情を以て彼らを苦しめたりすること

  小事に腹を立てて、個人の感情を以て人の頭を打つやうなことは、我々日本人の間に少なくない

…などの事象を、南方での日本の占領統治の際に噴出した「我々日本人」の問題点として指摘しているのである。博士は、まさに「日本人がよくやったような、なぐったり蹴ったりの直接行動」に心を痛めているのだ(「『アーロン収容所』を読む 3 (日本人がよくやったような、なぐったり蹴ったりの直接行動)」参照)。1910年代のシベリア出兵時に指摘された問題は、1940年代になっても改善されることはなかったのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/02/21 23:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/239640/

 

 

 

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