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2015年10月

2015年10月18日 (日)

日本の「記憶遺産」

 

 

  中国の南京事件(1937年)に関する資料の世界記憶遺産登録に反発する日本からの資金が絶たれることになれば、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が受ける打撃は大きい。
  米国は今回の問題とは関係なく以前から分担金の支払いを停止しており、ユネスコの台所事情は既に火の車。現状でも事務所閉鎖や事業中断といった経費節減策を実施中で、関係者は息を詰めて成り行きを見守っている。
  日本政府はユネスコへの資金拠出見直し検討に着手した。菅義偉官房長官は「停止を含め検討したい」と表明。記憶遺産決定過程の透明性を確保するための改革を促す。
     (時事通信 2015/10/15 14:23)

 

 

 この「時事通信」記事は、

 

  日本が実際に資金を引き揚げた場合、世界遺産などの選定で日本が不利になるなど「有形無形の影響は避けられない」(関係者)と指摘する声もある。「兵糧攻め」のやり方で、果たして日本の主張に対する理解を各国から得られるのか。

 

…との問題も指摘している。

 実際問題として、資金拠出を停止してしまえば、日本のユネスコへの影響力の根拠も失われる。日本は自ら発言権を失い、記憶遺産にせよ世界遺産にせよ選定の外部に置かれてしまうし、現時点でユネスコに登録されている日本国内の世界遺産及び記憶遺産の権威の無効を自ら宣言してしまうことにもなる。同時に、日本政府は、資金拠出の停止を手段として(つまり脅迫材料として)ユネスコへの影響力を行使しようとした悪しき前例の主体として記憶にとどめられることになるだろう。

 日本の拠出分を、その一部でも中国が肩代わりするような事態に至れば、日本の意思に反する選定が常態化されるだけだし、中国もまた(中国だけの問題ではないことはもちろんのことである)資金拠出の金額の増減をユネスコへの影響力行使の手段(つまり脅迫材料)として存分に用いることになるであろう。

 

 それだけではない。

 

  国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に日本のシベリア抑留資料が登録されたことについて、ロシア政府は15日までに、ユネスコの「政治利用」だとして登録の撤回を求める方針を固めた。露ユネスコ国内委員会のオルジョニキゼ書記が国営ロシア通信に対して明らかにした。日本政府は、中国の申請で「南京大虐殺文書」が登録されたことを同様に「政治利用」と批判しており、この問題は日中露が入り乱れる構図となった。
     (産経新聞 2015/10/15 20:46)

 

 日本政府の理路は、既にロシア政府によって日本政府への非難の論理として用いられてしまった。「政治利用」かどうかを問題にしてしまえば、問題が日本にも跳ね返ってくることは当然のこととして予想されていなければならず、問題を歴史的事実の認識としての実証的観点からの適切性に限定することが重要だったはずである。この点においても、安倍政権の対応は稚拙と言わざるを得ない。

 

 

 

 国際連盟を脱退していい気になったり、「国民政府ヲ対手ニセズ」なんて声明を発していい気になったりといった、自ら進んで外交交渉による解決の可能性を断ち切ってしまった歴史(近視眼的外交の歴史)が繰り返されているような気もしないではない。今回の安倍政権の対応に喝采するなど愚かなことである。

 「国際連盟脱退」や「近衛声明」こそ、日本人にとって忘れてはならぬ「記憶遺産」じゃないんですかねぇ? …もっとも、ユネスコに登録を申請するような話でもないですけど。

 

 

 

―参考資料(1)―

 平成27年10月14日付で、自由民主党外交部会、文部科学部会、外交・経済連携本部、国際情報検討委員会、日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会の連名で出された「決議」は以下のようなものであった。

 

中国が申請した「南京事件」資料のユネスコ記憶遺産登録に関する決議

 今般、中国がユネスコ記憶遺産に登録申請していた「南京事件」に関する資料が登録された。

 日本政府は、中国側に対して申請取り下げを申し入れるとともに、申請書類の共有や日本人専門家派遣の受入を要請してきたが、中国側はこれに全く応じなかったと承知している。一方的な主張に基いて登録申請を行うという今回の中国側の行動は、ユネスコという国際機関の政治利用であり、断じて容認できない。

 また、ユネスコは、本来、メンバー国同士の問題に対しては、国際機関として中立・公平であるべきであり、今回登録された案件のように、中国側の一方的な主張に基づく申請を、関係国である我が国の意見を聞くことなく登録したことに強く抗議する。

 こうしたことを踏まえ、政府は中国に対し、ユネスコを始めとする国際機関を、これ以上政治的に利用しないよう強く要請すべきである。また、ユネスコに対しては、本「南京事件」登録を撤回するという新提案を直ちに行うこと、さらにユネスコの設立の本来の目的と趣旨に立ち戻り、関係国間の友好と相互理解を促進する役割を強く求め、記憶遺産制度の改善を働きかけ、ユネスコへの分担金・拠出金の停止、支払留保等、ユネスコとの関係を早急に見直すべきである。

 さらに、二年後の次回登録に向け、我が国主導による「南京事件」及び「慰安婦問題」に関する共同研究の立ち上げ、アジア太平洋地域ユネスコ記憶遺産委員会(MOWCAP)をはじめ関連機関に、日本人の参画を強力に推進すべきである。

 以上、決議する。

 

 政権与党の名において、

  こうしたことを踏まえ、政府は中国に対し、ユネスコを始めとする国際機関を、これ以上政治的に利用しないよう強く要請すべきである。また、ユネスコに対しては、本「南京事件」登録を撤回するという新提案を直ちに行うこと、さらにユネスコの設立の本来の目的と趣旨に立ち戻り、関係国間の友好と相互理解を促進する役割を強く求め、記憶遺産制度の改善を働きかけ、ユネスコへの分担金・拠出金の停止、支払留保等、ユネスコとの関係を早急に見直すべきである

…との「決議」がされているのである。この自由民主党による「決議」と、

  日本政府はユネスコへの資金拠出見直し検討に着手した。菅義偉官房長官は「停止を含め検討したい」と表明。記憶遺産決定過程の透明性を確保するための改革を促す

…との、先の報道にある日本政府の態度表明の連関は明らかであろう。

 

―参考資料(2)―

《「南京大虐殺」についての日本政府の立場》

 千九百三十七年の旧日本軍による南京入城後、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
 これまで公になっている文献等から総合的に判断すれば、非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できないと考えている。
     (「衆議院議員河村たかし君提出いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問に対する答弁書」からの抜粋  内閣衆質一六四第三三五号 平成十八年六月二十二日 内閣総理大臣 小泉純一郎)

 

《「南京大虐殺」についての安倍政権の見解》

 菅氏は1937(昭和12)年のいわゆる南京大虐殺について、「政府の基本的な立場は旧日本軍によって南京入場後、非戦闘員の殺害、または略奪行為があったことは否定できないというものだ。安倍政権も全く同じ見解だ」と述べた。(首相批判の米紙に抗議 菅長官「著しい誤認」)
     (産経新聞 2014/3/4 21:21)

 

 今回の「中国の南京事件(1937年)に関する資料の世界記憶遺産登録」に際しての日中間の争点は、30万人という中国政府の主張する犠牲者数の妥当性にあるのであって、「旧日本軍によって南京入場後、非戦闘員の殺害、または略奪行為があったこと」を否定しようとするものではないはずなのだが、安倍政権支持者の言説はこの重要な点を理解していない(「旧日本軍によって南京入場後、非戦闘員の殺害、または略奪行為があったこと」そのものの否定として受け取られている)ように見えるし、安倍政権の側も、その点について十分に説明する努力をしているようには見えない。
 結果として「歴史修正主義」に基づく主張(「旧日本軍によって南京入場後、非戦闘員の殺害、または略奪行為があったこと」そのものの否定)を「資金拠出の見直し」という手段で強引に推し進めようとしているように見做されてしまっているのは、安倍政権自身の責任である(念のために申し添えておけば、私もまた、30万人という犠牲者数は実証的な歴史学上の数字とは言い難いものと判断しているし、その点についての修正要求自体は正当なものだと考えている)。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/10/15 22:18 → http://www.freeml.com/bl/316274/257913/

 

 

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