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2015年8月21日 (金)

平和のための戦争、そして自衛のための戦争

 

 

  《平和のための戦争(1) 東亞永遠ノ平和ヲ確立スル戰争》

 

     米英両國ニ對スル宣戰ノ詔書

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス
朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ
抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顕ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英両國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剰ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ增強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ
朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隠忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

     御 名 御 璽

               昭和十六年十二月八日

 

 

 

 開戦の理由は「帝國」の「自存自衛」であり、結果として「東亞永遠ノ平和ノ確立」がもたらされ、 「帝國ノ光榮」が「保全」されるとの理路である。

 戦争は自衛のためであり、戦争は平和のためであるという理路なのである。

 「安倍談話」には「先の大戦」の評価として、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
  そして七十年前。日本は、敗戦しました。
  戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
  何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

…とある。

 安倍氏はここで、「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた」戦争だと言っているのである。

 その戦争の「宣戦の詔書」では、「自衛」と「平和」が語られ、宣戦の正当化がされているのである。

 「自衛」や「平和」という語で戦争は正当化されてしまう。

 「自衛」や「平和」という語で戦争を正当化した果てにあるのが、

  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

…として評価される「歴史」なのだということは、深くかみしめておいて損はない。

 

 何を教訓とすべきなのか?

 威勢のいい「積極的平和主義」の称揚には眉に唾をつける。

 まずそこからであろうか?

 

 

 より具体的には、まず「自衛のための先制攻撃」という開戦の正当化を認めないことだろう。

 日本の対米英戦争も、ブッシュのイラク戦争も、「自衛のための先制攻撃」として開始された戦争なのである。

 

 

 

 《平和のための戦争(2) 事変、侵略、戦争》

 

     満洲事變に際し關東軍に下し給へる勅語
                    昭和七年一月八日
曩ニ満洲ニ於テ事變ノ勃發スルヤ、自衛の必要上、關東軍ノ将兵ハ、果斷神速、寡克ク衆ヲ制シ速ニ之ヲ芟討セリ。爾来艱苦ヲ凌キ祁寒ニ耐ヘ、各地ニ蜂起セル匪賊ヲ掃蕩シ、克ク警備ノ任ヲ完ウシ、或ハ嫩江・齊齊哈爾地方ニ、或ハ遼西、錦州地方ニ氷雪ヲ衝キ、勇戰力闘、以テ其ノ禍根ヲ抜キテ、皇軍ノ威武ヲ中外ニ宣揚セリ。朕深ク其ノ忠烈ヲ嘉ス。汝将兵、益々堅忍自重。以テ東洋平和ノ基礎ヲ確立シ、朕カ信倚ニ對ヘムコトヲ期セヨ。

 

     支那事變一周年記念日に際して下されし勅語
                    昭和十三年七月日
今次事變ノ勃發以来茲ニ一年、朕ガ武勇ナル将兵、果敢力闘、戰局其ノ歩ヲ進メ、朕ガ忠良ナル臣民、協心戮力、銃後其ノ備ヲ固クセルハ、朕ノ深ク嘉尚スル所ナリ。
惟フニ、今ニシテ積年ノ禍根ヲ絶ツニ非ズムバ、東亞ノ安定、永久ニ得望ムベカラズ。日支ノ提携ヲ堅クシ、以テ共榮ノ實ヲ擧グルハ、是レ洵ニ世界平和ノ確立ニ寄與スル所以ナリ。
官民愈々其ノ本分ヲ盡シ、艱難ヲ排シ、困苦ニ耐ヘ、益々國家ノ總力ヲ擧ゲテ、此ノ世局ニ處シ、速ニ所期ノ目的ヲ達成セムコトヲ期セヨ。

     (森清人 『詔勅虔攷第三巻 詔語索引』 慶文堂書店 昭和十七年)

 

 

 

 満洲事変に際しては、日本の軍事行動は「自衛」のためとされ、日本の軍事行動により「東洋平和ノ基礎ヲ確立」するのだとされた。

 支那事変に際しては、中国に対する日本の敵対的軍事行動は「日支ノ提携ヲ堅クシ、以テ共榮ノ實ヲ擧グルハ、是レ洵ニ世界平和ノ確立ニ寄與スル」ものと位置付けられていた。

 

 現在の日本政府(安倍政権のことであるが)は、首相談話を通して、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

…との認識を示し、

  事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

…との認識を示している。

 

 

 しかし当時の勅語が示す認識を読めば、「事変」は、「自衛」のための軍事行動とされ、日本の軍事力行使は東洋平和の確立のため、世界平和の確立のためとされていたのである。

 そして、事変の終わりの見えない拡大の果ての対米英宣戦の詔書の示す認識もまた、「自存自衞ノ爲」として正当化され、「東亞永遠ノ平和ヲ確立」のためとして正当化された、米国と英国を相手とした全面的な軍事力行使=戦争の開始の宣言なのであった(「自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スル」との文言には、「障礙」としての米英に対する帝國の「自存自衛」との認識が示されていると共に、「障礙」としての米英の「破碎」により「東亞永遠ノ平和」がもたらされるとの理路が用いられている)。

 

 

 安倍首相の戦後七十年談話には、

  我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

…との認識が示されている。「自衛」のため、「東洋平和ノ基礎ヲ確立」するための「事変」、そして「帝國」の「自存自衞ノ爲」であり、「東亞永遠ノ平和ヲ確立」をもたらすはずであった対米英戦争は、実際には「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史」として現実化したのである。

 

 もちろん、帝國日本の「自存自衛ノ爲」に開始された戦争が日本人自身にもたらしたものは、安倍首相によって、

  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

…として語られた歴史的現実であった。

 

 「自衛」を名目とした対外的軍事力行使、「平和の確立」を名目とした対外的軍事力行使がもたらしたのはどのような現実であったのか?

 

 首相は、その談話の中で、

  いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。

…と強調しているのである。

 

 

 強硬姿勢で安保法制の成立を試みる安倍晋三首相は自身の「談話」を通し、自分が何を主張したことになるのかを理解しているのだろうか?

 米議会演説は英語であったが、今回は日本語である。英語で自分が何を話したのかを理解していないように見えたのも困ったものだった(「安倍晋三氏の完全なる転向(米議会演説と「歴史認識」)」参照)が、今回の「談話」は日本語なのである。

 

 

 

 《平和のための戦争(3) 昭和十五年の集団的自衛権》

 

     日獨伊三國條約成立に際して下されし詔書
                    昭和十五年九月二十七日 官報
大義ヲ八紘ニ宣揚シ、坤與ヲ一宇タラシムルハ、實ニ皇祖皇宗ノ大訓ニシテ、朕ガ夙夜眷々措カザル所ナリ。而シテ今ヤ世局ハ、其ノ騒亂底止スル所ヲ知ラズ、人類ノ蒙ルベキ禍患、亦将ニ測ルベカラザルモノアラントス。朕ハ禍亂ノ戡定平和克復ノ一日モ速ナランコトニ、軫念極メテ切ナリ。乃チ政府ニ命ジテ、帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力ヲ議セシメ、茲ニ三國間ニ於ケル條約ノ成立ヲ見タルハ、朕ノ深ク懌ブ所ナリ。
惟フニ萬邦ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ、兆民ヲシテ悉ク其ノ堵ニ安ンゼシムルハ、曠古ノ大業ニシテ、前途甚ダ遼遠ナリ。汝臣民益々國體ノ觀念ヲ明徴ニシ、深ク謀リ遠ク慮リ、協心戮力、非常ノ時局ヲ克服シ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼セヨ。

 

 

 

 まず問題の条約の本文(ただし全六条のうち一条から三条)を示す。

 

  第一條 日本國ハ「ドイツ國」及「イタリヤ國」ノ歐州ニオケル新秩序建設ニ關シ、指導的地位ヲ認メ、且ツコレヲ尊重ス。
  第二條 「ドイツ國」及「イタリヤ國」ハ、日本國ノ大東亞ニオケル新秩序建設ニ關シ、指導的地位ヲ認メ、且ツコレヲ尊重ス。
  第三條 日本國、「ドイツ國」及「イタリヤ國」ハ、前記ノ方針ニ基ツク努力ニ附相互ニ協力スヘキ事ヲ約ス。更ニ三締結國中何レカ一國カ、現ニ歐州戰爭又ハ日支紛爭ニ參入シ居ラサル一國ニ依リ攻撃セラレタル時ハ、三國ハアラユル政治的經濟的及軍事的方法ニ依リ相互ニ援助スヘキ事ヲ約ス。
     「日本國、獨逸國及伊太利國間三國條約」(昭和十五年條約第九號、日獨伊三國同盟條約)

 

 

 第三条は日独伊の三国による「集団的自衛権」について明記したものである。ただし、日本の松岡外務大臣は、条約本文ではなく交換公文中で留保を表明することで、第三条を自動参戦条項としないことを当事者間では明確化することに成功してはいたが、発表された条文を文字通りに解釈すれば三国間の自動参戦条項以外の何物でもなく、米国の対日感情を悪化させることに役立った。

 条約の締結された1940年は、支那事変の拡大の中で既に三年が経過し、ドイツのポーランド侵攻によって開始されたヨーロッパでの戦争の二年目となる時点である。

 先の詔書中にある、

  而シテ今ヤ世局ハ、其ノ騒亂底止スル所ヲ知ラズ、人類ノ蒙ルベキ禍患、亦将ニ測ルベカラザルモノアラントス。

…との文言は、まさにそのような「世局」の認識を示したものであり、

  朕ハ禍亂ノ戡定平和克復ノ一日モ速ナランコトニ、軫念極メテ切ナリ。乃チ政府ニ命ジテ、帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力ヲ議セシメ、茲ニ三國間ニ於ケル條約ノ成立ヲ見タルハ、朕ノ深ク懌ブ所ナリ。

…とあるのは、三国間の集団的自衛権を宣言したものとして発表された「三國間ニ於ケル條約」が、「平和克復」の希望を託し得るものとして位置付けらていることを示す。

 詔書が示している理路は、「帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力」に「平和克復」の希望を託そうとするものであった(三国間の集団的自衛権を核にした平和克復のための―そのような理路を用いて正当化された―軍事同盟だったのである)。

 

 先の「安倍談話」には、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

…とあるわけだが、「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行」った「新しい国際秩序」への「挑戦者」こそが、まさに「帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國」の三國、集団的自衛権により結ばれた「三國」だったのである。

 

 

 あらためて、かつての勅語や詔書の文言を確認することで、安保法制を正当化する際に安倍氏の用いる理路の胡散臭さ(より踏み込んだ言い方をすれば「キナ臭さ」)が明らかになるように思う。安倍政権の用いる「積極的平和主義」という言葉、 日本の軍事力行使の可能な範囲の拡大を目指す「安保法制」を「自衛」の語で正当化しようとする姿勢、かつての日本(大日本帝國)が用いた理路との違いはどこまで明確にし得るものなのだろうか? 既に論理の問題ではなく、安倍氏の言動の信頼性の問題となっているように見える。

 安倍政権が「前のめり」の姿勢で推進しようとする「集団的自衛権」の問題にしても、声高に叫ばれる「積極的平和主義」にしても、(外交の自主性の確保という観点から軍事力保有に一定の合理性を認める私ですら)眉に唾を付けずには聞く気になれないのは、かつてのこの国の経験、「自衛のための戦争」にして「平和のための戦争」がもたらした経験を思い起こさずにはいられないからなのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2015/08/18 20:39 → http://www.freeml.com/bl/316274/253476/
 投稿日時 : 2015/08/19 20:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/253542/
 投稿日時 : 2015/08/20 21:13 → http://www.freeml.com/bl/316274/253542/

 

 

 

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