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2015年8月12日 (水)

「中曽根談話」を読む

 

 

《一、歴史認識問題》

 

  第2次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであった。
  他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった。

 
 

 これは「現代史のトラウマ」の過去の記事からの引用文(つまり私の文章)ではなく、読売新聞記事からの引用であることを、まずお断りしておく。

 読売新聞によれば、

 

  中曽根元首相は、戦後70年を機に読売新聞と中央公論の書面インタビューに応じた。
  安倍首相が近く発表する戦後70年談話に関し、過去の植民地支配と侵略への「反省」と「おわび」を表明した村山首相談話、小泉首相談話を引き継ぐべきだとの考えを示唆した。
  戦後70年談話について、中曽根氏は「国際関係や外交関係を考えながら、今の首相が判断し、決めていくことで、私がとやかく言うべき問題ではない」としつつ、「過去の歴史を直視し、村山談話、小泉談話を踏襲した上で、これからも日本側の誠意ある表現は時代の流れの中に込められていくべきだ」と語った。

     (読売新聞 2015/8/7 03:00)

 

…ということなのだそうだ。つまり冒頭に示したのは中曽根氏の歴史認識なのである。

 

 

 一方、産経新聞には、中曽根氏の「寄稿」(つまり中曽根氏自身の文章ということになる)が掲載されている(註:1)。読売新聞の示した「第2次世界大戦」をめぐる中曽根氏の歴史認識に関連した部分を抜き書きすると、

 

  「東京裁判」は勝者が敗者を裁いたものであり、戦争の責任は全て日本にあり全て日本が悪いという「東京裁判史観」には違和感がある。第二次大戦、太平洋戦争、大東亜戦争と呼ばれる「あの戦争」は対米欧、対中国、対アジアとそれぞれの面において、さまざまな要素と複雑さを持ち一面的な解釈を許さない。
  米欧に対しては資源争奪の戦いでもあり、帝国主義的な国家、民族間の衝突でもあった。一方、中国に対しては、「対華二十一カ条要求」以降の日本軍による戦火拡大は、侵略行為であったと言わざるを得ない。大東亜共栄圏を旗印に、植民地政策に苦しむアジア諸国救済を謳(うた)い進出していったが、土足で人の家に上がるような面もあったといえる。
  外交における要諦は、世界の正統的潮流を外れぬということにある。
  第一次大戦が終わり、世界の脱植民地化の動きの中で、各国の利害を調整すべく1920年に国際連盟が発足し、日本は英国、フランスとともに常任理事国となった。しかし、昭和に入り、満州事変、満州国建国に至る中国大陸への進出の中で徐々に国際的に孤立し、追い込まれる形で33年に国際連盟脱退を表明することとなった。
  国内では、米英などから石油などの資源の輸入を止められ、経済的に厳しい状況に追い込まれていった。五・一五事件(32年)、二・二六事件(36年)といった要人の暗殺が続いた。混迷を極める国内政治と対外摩擦の中で、米英開戦に突入した。
  私が属した海軍でも日米の歴然たる国力差を認識していた。当時の日米の国力比の見積もりは、1対4、1対10、1対20とさまざまであったが、いずれにおいても長期戦になると勝てない、との結論であった。当時の政権もそれを知っていたが、本来なら冷静な戦略判断の下、外交交渉において戦争を回避すべきところ、そうはなり得なかった。

  やはり、あの戦争は何としても避けるべき戦争であった。地上戦が行われた沖縄をはじめ広島と長崎での原爆の投下など300万人を超える国民が犠牲になり、日本本土への相次ぐ空襲によって国土は焦土と化した。
  政治にとって、歴史の正統的潮流を踏まえながら大局的に判断することの重要性を痛感する。歴史を直視する勇気と謙虚さとともに、そこからくみ取るべき教訓を学び、それをもって国民、国家の進むべき道を誤りなきように導かねばならない。政治家は歴史の法廷に立つ。その決断の重さの自覚無くして国家の指導者たり得ない。

 

…ということになる。

 東京裁判批判、東京裁判史観批判が前フリとなってはいるものの、文章のボリュームとしては、そこに中曽根氏の主張の重心が据えられていないことは明らかであろう。

 

 国内的には、「何としても避けるべき戦争であった」にもかかわらず、

  地上戦が行われた沖縄をはじめ広島と長崎での原爆の投下など300万人を超える国民が犠牲になり、日本本土への相次ぐ空襲によって国土は焦土と化した

…としてその政治的責任を厳しく指摘し、外交的には、

  外交における要諦は、世界の正統的潮流を外れぬということにある

…とした上で、

  本来なら冷静な戦略判断の下、外交交渉において戦争を回避すべきところ、そうはなり得なかった

…と批判し、

  中国に対しては、「対華二十一カ条要求」以降の日本軍による戦火拡大は、侵略行為であったと言わざるを得ない。大東亜共栄圏を旗印に、植民地政策に苦しむアジア諸国救済を謳(うた)い進出していったが、土足で人の家に上がるような面もあったといえる

…と「あの戦争」の「侵略」としての側面を認め、「自存自衛」という名目については触れてもいないのである。

 この産経新聞への寄稿文では、対中国については「侵略」と明言しているのに対し、対アジア諸国については「侵略」とは言わずに「土足で人の家に上がるような面もあったといえる」との言い方で処理しているが、読売紙面とは多少のニュアンスの違いがある。読売紙面ではより直截に「他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった」として、「資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった」と日本軍による「侵略」であったことを明言している。

 読売記事も「書面インタビュー」とされている以上、文言は中曽根氏自身のものであろう。

 

 両者を併せ読めば、中曽根氏は「第二次大戦、太平洋戦争、大東亜戦争と呼ばれる「あの戦争」は対米欧、対中国、対アジアとそれぞれの面において、さまざまな要素と複雑さを持ち一面的な解釈を許さない」との留保を付けつつも、「一面」においては確かに「アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった」と明言しているのだと理解される。

 

 

 その上での、

  政治にとって、歴史の正統的潮流を踏まえながら大局的に判断することの重要性を痛感する。歴史を直視する勇気と謙虚さとともに、そこからくみ取るべき教訓を学び、それをもって国民、国家の進むべき道を誤りなきように導かねばならない

…との中曽根氏の言葉は、戦後七十年の「安倍談話」の発表を前にした安倍政権への牽制として読まれるべきものだろう。「歴史を直視する勇気と謙虚さ」とはもちろん、「あの戦争」の「侵略」としての側面を「直視する勇気と謙虚さ」以外の何物でもないはずだ。

 かつて「青年将校」として活躍された大勲位中曽根氏にして、現在の安倍政権の姿勢は危なっかし過ぎるということなのであろうか?

 

 

 中曽根氏が示した認識は、戦後七十年の首相談話がまず踏まえておくべき認識に思える。

 「安倍談話」はこの重要な歴史認識をごまかした上で、「未来志向」の「談話」とする(し得る)つもりのようだが、それでは「過去の清算」など出来る話ではない。過去に決着を付けられるはずもなく、今後もいつまでも「歴史認識問題」を引きずることになってしまい、未来の世代へツケをまわすだけの結果しかもたらさないことになる。

 本気で「過去を清算し未来志向へ転換」したいのであれば、ごまかさずにまず「過去の清算」をすることがモノの順序であり、それを抜きにした「未来志向」なんてものに信頼が得られるはずもない。中曽根氏は、その点を危惧しているのであろう。

 

 

 

《二、集団的自衛権と非軍事的安全保障》

 

 産経新聞は、「中曽根談話」(実際のタイトルは「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」)を掲載するに際して、

 

  中曽根康弘元首相は6日、戦後70年にあたり産経新聞に寄稿した。集団的自衛権について、「私の従来の立場は、名実ともに国家固有の権利として認めるものだ」として、行使を容認すべきだと主張した。その上で「自衛権は、日本の置かれた安全保障環境や国際情勢に応じ、程度も規模も時局の政策判断に依拠する」として、行使の範囲は時の政権が判断すべきだと訴えた。
   また「既成の考えにとらわれるあまり、時代状況の変化との間に齟齬(そご)をきたしてはならない。既成の考えで日本国民の安全が担保されるわけでもない」として、集団的自衛権の行使を「憲法違反」などとして反対する民主党などを暗に批判した。
  ただ、安全保障関連法案が11本もあることで「国民の理解を促す上で議論を分かりにくいものにしている」として、安倍晋三政権に対し国会審議で丁寧な説明を行うよう求めた。

     (産経新聞 2015/8/7 08:00)

 

…と寄稿内容を要約紹介しているが、中曽根氏の文章の構成からすれば、本意を伝える記述とは言い難い。

 

 確かに中曽根氏は、

 

  現在、「集団的自衛権」の問題が大きく動こうとしている。安全保障法制の衆院の審議では、議論が必ずしも噛(か)みあわぬまま、舞台を参院へと移した。
  たしかに、自衛隊法や国連平和維持活動協力法(PKO)など10本の現行法を改正する「平和安全法制整備法」と、「国際平和支援法」の計11法案があって多岐にわたり、国民の理解を促す上で議論を分かりにくいものにしている。政府・与党一丸となった国民への丁寧な説明が求められる場面でもある。
  戦後の歴史の流れの中で、日本の防衛も国論とともに揺れてきた。その底流には敗戦の影響による厭戦(えんせん)感や戦争につながるものへの拒否感があったことは否定しえない。

  私の従来の立場は、集団的自衛権を名実ともに国家固有の権利として認めるものだ。自衛権というものを考えれば個別的自衛権も集団的自衛権も表裏一体、同根のものであり、これを分けて考えることはできない。そもそも自衛権というものは、日本の置かれた安全保障環境や国際情勢に応じ、自力で対応する場合もあれば、他国の力を借りてその目的を達成する場合もあり、その程度も規模も時局の政策判断に依拠する。ただし、日本の防衛の基本が専守防衛である限りは、自衛権は必要最小限であることは当然のことといえる。
  日本は戦後、自衛隊という必要最小限の自衛力を持ち、それを補う意味で日米同盟を結び、自国の安全保障を担保してきた。東西冷戦の下で、日米同盟が果たした役割は大きい。

 

…として、「集団的自衛権」について「名実ともに国家固有の権利として認めるものだ。自衛権というものを考えれば個別的自衛権も集団的自衛権も表裏一体、同根のものであり、これを分けて考えることはできない」との認識を示してはいる。そこでは「必要最小限の自衛力」としての「自衛隊」の存在と共に「日米同盟が果たした役割」が強調され、「安全保障」の軍事的側面が語られている。特に現状認識として、

 

  日本は戦後、西側陣営の中で日米間の同盟によって貿易立国の道を順調に歩んできた。しかし、冷戦後の一極多元世界は相対的な米国のプレゼンス低下によって大きく変化してきている。片務的な同盟による安全保障や国際貢献が他国任せであることが許されない状況となってきている。民主主義、法の支配、自由、人権、紛争の平和的解決といった共通の価値観に基づく現在の国際秩序を維持し、将来にわたり自由で安定した政治経済システムの中で日本が発展してゆくためにも、責任、役割とともに相応の負担が求められている。

 

…と、軍事的にも更に「相応の負担が求められている」との主張をしてもいる。

 

 しかし、中曽根氏は、続く文章で、

 

  他方、防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある。防衛力は一面的な抑止的効果を狙うものであって、それ以外の方策として、外交や経済協力による安全環境構築を総合的な観点から模索しなければならない。日本はアジア、アフリカ諸国に対しては政府開発援助(ODA)を通じて経済発展に貢献してきた。それは人的支援を含むもので、現在のアジアの興隆に寄与し感謝もされている。こうした国際協調主義による多岐にわたる努力が日本の安全保障にも大いに貢献している。
  政府はこうした多様な政策と施策によって国の安全保障の実を上げねばならないが、北東アジアにおいては日米同盟の上に、日本、中国、韓国の連携が最も重要と考えるべきである。台頭する中国や、歴史問題で膠着(こうちゃく)する日韓関係を心配する声が強いが、日中韓相互の対話への努力をおろそかにしてはならない。北大西洋条約機構(NATO)とは違い、アジアの安全保障は大きな網をかぶせたような連携した仕組みになってはいない。
  米国との2国間の縦割り的な同盟のもとに各国の安全が担保されている。こうした中で、米国も隣国同士の軋轢(あつれき)を心配する。米国はアジア回帰を図るが、その経済を考えれば、アジアは大きな利益拠点である一方で、軍事費が大きな負担となっており、相互対立による不安定要因を嫌う。
  米中関係の帰趨(きすう)は予断を許さないが、日本は同盟関係にある米国と連携しながら、アジアの平和と安定をどう図るか、自らの戦略と構想を描いておく必要があろう。米国もアジアの国々も日本にそうした役割とリーダーシップを期待している。日中韓3カ国の安定的な関係とともに東南アジア諸国連合(ASEAN)が加わり、そこに米国やオーストラリア、ニュージーランドが加わることで大きな経済的機構と経済上の安全確保を図る安全保障の仕組みの可能性が出てこよう。

 

…として、「防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある」ことを主張しているのである。

 更に「国際協調主義による多岐にわたる努力が日本の安全保障にも大いに貢献している」、そして「北東アジアにおいては日米同盟の上に、日本、中国、韓国の連携が最も重要と考えるべきである。台頭する中国や、歴史問題で膠着する日韓関係を心配する声が強いが、日中韓相互の対話への努力をおろそかにしてはならない」とし、(日米同盟による集団的自衛権に基く)軍事力による安全保障ではなく「国際協調主義」、そして(安倍政権が疎かにしているように中曽根氏には見えているのであろう)「日本、中国、韓国の連携」の重要性を強調しているのである。

 中曽根氏は続ける。

 

  一方、アジアの勃興と中国の台頭をどう捉えるべきか。私に中国の行方の重要性を教えたのは徳富蘇峰であり、中国の重要性を実際に教えたのは松村謙三、高碕達之助の両氏であった。アジア外交の大切さは岸信介氏が首相の際の歴訪に随行する形で再認識させられた。
  日本はアジアの同朋として互いに協力しながら繁栄の道を進むことで、アジアの信頼を得ることを第一義と考えねばならないし、その上に立って発言することに日本の役割がある。
  かつて植民地から解放され、低開発と貧困に苦しんできたこうした国々もその経済発展の潜在力に目覚めながら新たな道を模索し始めている。そうした国々の中で中国の急激な拡大は、経済的利益の魅力に反比例して問題を与えている。特に、最近の海洋進出ではアジアの国々と摩擦を引き起こし、領土問題を顕在化させている。
  2度の大戦を経験した欧州と違い、アジアではいまだに民族的メンツや自尊心の要素が強い。国家間の力関係と利害が密接に絡み合いながら、歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される。
  こうした中で、かつては首脳同士の信頼関係で成り立っていた国家間の信頼関係も、最近では世代交代によって人間関係が希薄になりつつあることを心配する。日本のみならず、世界の指導者にそうした懸念を覚える。また、ナショナリズムは健全で中庸を得たものでなければならないし、トップ同士の信頼によって不用意に起こりうるナショナリズムの対立を未然に防ぐべきだ。そのためにも、相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力をしていかなければならない。

 

 中曽根氏は、「2度の大戦を経験した欧州と違い、アジアではいまだに民族的メンツや自尊心の要素が強い。国家間の力関係と利害が密接に絡み合いながら、歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される」と指摘しているわけだが、ここで中曽根氏は、「民族的メンツや自尊心」を強調することで政権への求心力を確保しようとする首脳の一人として安倍晋三首相を想定しているように感じられないでもない。少なくとも中曽根氏が「また、ナショナリズムは健全で中庸を得たものでなければならないし、トップ同士の信頼によって不用意に起こりうるナショナリズムの対立を未然に防ぐべきだ。そのためにも、相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力をしていかなければならない」と語る際に、安倍首相自身による「相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力」の必要が除外されていないこと(というより継続的努力が求められていること)は読み取らねばならないだろう。

 文章全体からすれば、「集団的自衛権」を擁護する以上に、「防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある」ことを強調し、「歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される」現状を危惧し、「首脳同士の信頼関係」に基づく非軍事的な「安全保障」の構築への努力の重要性を主張するためにこそ、中曽根氏の筆はより多く費やされているのである(この点において、産経新聞による要約紹介の仕方は適切さを欠いている)。

 

 産経新聞への寄稿文中で中曽根氏は、自身の靖国神社公式参拝について説明する中で、靖国神社の首相による公式参拝の必要性を主張し、自身による公式参拝の正当性を当然のこととして語っているが、一方で公式参拝のとりやめの経緯について、

 

  しかし、それを境に「A級戦犯合祀」の批判が中国より豁然として沸き起こってきた。「平和友好・平等互恵・相互信頼・長期安定」のもとに友好関係を深めてきた中国の胡耀邦総書記が苦境に立たされる可能性があるとの情報も入ってきた。中国を訪問した新日鉄の稲山嘉寛さんを通じても公式参拝を歓迎せぬ中国側の意向が伝わってきた。
  外交を考える上では、国益を考え、大局に立った大きな判断が求められる。一つには、アジアにおける日本の立場であり、アジアの一員としての信頼関係構築こそが第一義との判断がある。さらに言えば、当時、開放的で開明的、友好的であった胡耀邦氏の立場を日本が守らなければならないという強い思いもあったことも確かである。
  そうした状況の中で、私としては、以後の靖国神社公式参拝を続けることはとりやめることと判断した。ただ、個人の宗教心において私的参拝を否定したわけではない。また、合祀以降、天皇陛下の参拝が途絶えて久しい。参拝に支障があるのであれば、参拝できるように手を尽くすことは政治の責任である。

 

…とも明かし、一度は実現させた公式参拝のとりやめの背景に、「胡耀邦氏の立場を日本が守らなければならないという強い思い」があったことを明らかにしている。

 ここで中曽根氏は「民族的メンツや自尊心」を優先することではなく、「トップ同士の信頼」の醸成を優先し、非軍事的な安全保障の基盤の構築を重視した自身の実際の経験を語っているのである。

 

 

 

《三、憲法改正と日本人の民族固有性》

 

 中曽根氏は、産経新聞に寄稿した「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」と題された文章の中で、戦後一貫して「改憲派」として歩んだ自身の姿に触れている。

 

  戦後からの歩みの中で、憲法問題は最も重要な課題でありながら、憲法改正はいまだ実現を見ないでいる。憲法改正は、私にとっても政治人生における大きなテーマであり、28歳の衆院初当選から一貫して主張してきた。

 

 まさに「改憲派」としての自負に溢れた一節であろう。続いて中曽根氏は、

 

  現憲法は日本の繁栄を支える大きな基礎となったことは評価できる。自由や平等、民主主義や平和といった国際的に普遍性のある考えが受け入れられ定着もした。しかし、日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性は、残念ながら書き込まれていない。
  われわれは、自らが立脚する価値を日常の中から意識することなく自然に身に付けてゆく。それは歴史や伝統、文化と連なって民族固有の共通した価値へとつながってゆく。こうした人間の軸となる価値がしっかりしていなければ、自由、平等、民主といった普遍的価値は機能しなくなる。国の基本たる憲法がこうした日本固有の価値を謳わぬことは大きな欠落と言うべきだ。そして、時代状況も新たな役割と機能を憲法に求めている。

 

…と、氏にとっての問題の所在を明らかにしている。現憲法が表明する「自由や平等、民主主義や平和といった国際的に普遍性のある考え」について語り、そして現憲法が掲げる「自由、平等、民主といった普遍的価値」の重要性を指摘した上で、「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性は、残念ながら書き込まれていない」と言い、「国の基本たる憲法がこうした日本固有の価値を謳わぬことは大きな欠落と言うべきだ」と主張するのである。

 「歴史や伝統、文化と連なって民族固有の共通した価値へとつながってゆく」ところの「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」として、どのような「日本固有の価値」が想定されているのかは私にはわからない。

 「日本人の民族性」について語られようとする場合、私などはつい「付和雷同」とか「身内にはきわめて温情的に配慮するが身内以外には冷淡」といったいささか否定的価値を持つ日本人的心性を思い浮かべてしまうが、肯定的価値を持つであろう心性として「潔さ」の感覚を強調しておきたい。

 もちろん、「日本人はどこまで本当に潔いのか?」を考え出すと、そこに「民族固有の共通した価値」があると言えるのかどうかにも大いに疑問を附さねばならなくなるのも現実というものではある。

 しかし、私は「潔い日本人」が好きであり、日本人の一人として「潔さ」を尊重する人間なのである。

 

 

 戦後七十年の「安倍談話」について、

 

  自民党の稲田朋美政調会長は11日のBSフジの番組で、安倍晋三首相が14日に公表する戦後70年談話について、「未来永劫(えいごう)謝罪を続けるのは違う」と述べ、先の大戦に関する「おわび」の文言は明記すべきでないとの認識を示した。
     (時事通信 2015/8/11 23:35)

 

…などという報道に接するたびに、なぜ「先の大戦」に関する「おわび」の文言」の有無が問題としてクローズアップされてしまうのかを、まず先に考えて欲しいと思う。

 「侵略」及び「植民地支配」を事実として認め、それに対する「おわび」を表明するのは、まさに日本人としての「潔さ」の現れだと私は思う。

 しかし、なぜ、その問題がクローズアップされてしまうのかと言えば、たとえば政権獲得前の安倍晋三氏の言葉を思い出す必要がある。

 

  自民党の安倍晋三元首相は27日、産経新聞のインタビューに応じ、次期衆院選について「政界再編の第一歩と位置づけなければならない。混乱を避けては再編はできない」と述べた。その上で再編のカギを握る大阪市の橋下徹市長率いる大阪維新の会に関し、「違いはあるが、違いを見つけるよりも骨格が同じかどうか、貫く精神が共有できるかどうかだ。橋下氏は戦いにおける同志だと認識している」と表明した。
  次期衆院選とその後の政界再編に向け、橋下氏との連携、協力を深めていく考えを示したとみられる。橋下氏と共有できる具体的な政策の柱については、(1)教育改革(2)憲法改正(3)慰安婦問題をはじめとする歴史認識分野-などを挙げた。
  特に慰安婦問題に関し、橋下氏が「強制連行を直接示すような資料はない」とした平成19年の安倍内閣の閣議決定を引用し、慰安婦募集の強制性を認めた河野談話について「証拠に基づかない内容で最悪」と批判したことを「大変勇気ある発言だった」と評価した。
  再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにした。
     (産経新聞 2012/08/28 00:57)

 

 安倍氏は、「再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにし」ていたのである。

 ここにあるのは「潔さ」の継承ではなく、「潔さ」の否認である。

 そもそも戦後七十年の「安倍談話」は、村山談話・小泉談話等で示された認識の否認、 「あの戦争」が「侵略」であったことの否認と、それへの「謝罪」の否認を目的として画策されたものなのである(「見直し」という言葉で目指されているのが「否認」と理解されてしまうのは当然のことである―稲田氏もこれまでの談話の否認の必要を語っていると理解する以外に解釈の方法が無い)。

 

 だからこそ、繰り返し、これまでに表明された談話の文言解釈の再確認が求められてしまうだけの話で、「未来永劫謝罪を続ける」ように見えてしまうような事態へ追い込んでいるのは、誰でもなく自身の「潔さ」の欠落であるに過ぎない。

 「あの戦争」の「侵略」としての側面を否認し、「潔さ」の現れとしての「侵略」や「植民地支配」への「謝罪」の否認を画策し続ける限り、常に本心が問われ、「未来永劫謝罪を続けるように見えてしまうような事態」を招く結果となるだけの話なのである。「謝罪」が本心からのものであれば、そもそもこれまでの「談話」の「見直し」の必要はないわけで、「見直し」の必要が主張される以上、これまでの「談話」が(本心からのものではなく)口先だけのものと疑われ、「本当のところはどう思っているのか?」が、「未来永劫」の如き様相をもって問われ続けてしまうだけの話なのである。

 

 

 中曽根氏は、読売新聞記事では、ストレートに、

 

  第2次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであった。
  他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった。

     (読売新聞 2015/8/7 03:00)

 

…と、「あの戦争」の「侵略」としての側面を潔く認め、

 

  戦後70年談話について、中曽根氏は「国際関係や外交関係を考えながら、今の首相が判断し、決めていくことで、私がとやかく言うべき問題ではない」としつつ、「過去の歴史を直視し、村山談話、小泉談話を踏襲した上で、これからも日本側の誠意ある表現は時代の流れの中に込められていくべきだ」と語った

 

…とまで伝えられている。中曽根氏は、安倍氏や稲田氏と異なり、村山談話、小泉談話の見直し=否認ではなく「踏襲」の必要を主張しているのである。

 

 

 私は中曽根氏の支持者ではないが、中曽根氏のこの潔い判断については積極的に支持する。

 ただし、私は「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」を特に強調すべき価値として憲法に書き入れる必要は感じないが。

 憲法に規定されてなくとも(誰に言われずとも)、人として潔く生きろ! この態度の中にこそ「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」が見出されるのだと思いたい(あくまでも私の願望に過ぎないのかも知れないが―実際、安倍氏支持者の言動を見ていると、「私の願望に過ぎない」ことを痛感させられるのである)。

 

 

 

【註:1】
「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」

 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n1.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n2.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n3.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n4.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n5.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n6.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n7.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n8.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n9.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n10.html

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2015/08/09 22:16 → http://www.freeml.com/bl/316274/252682/
 投稿日時 : 2015/08/12 18:24 → http://www.freeml.com/bl/316274/252950/

 

 

 

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