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2015年8月

2015年8月21日 (金)

平和のための戦争、そして自衛のための戦争

 

 

  《平和のための戦争(1) 東亞永遠ノ平和ヲ確立スル戰争》

 

     米英両國ニ對スル宣戰ノ詔書

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス
朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ
抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顕ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英両國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剰ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ增強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ
朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隠忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

     御 名 御 璽

               昭和十六年十二月八日

 

 

 

 開戦の理由は「帝國」の「自存自衛」であり、結果として「東亞永遠ノ平和ノ確立」がもたらされ、 「帝國ノ光榮」が「保全」されるとの理路である。

 戦争は自衛のためであり、戦争は平和のためであるという理路なのである。

 「安倍談話」には「先の大戦」の評価として、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
  そして七十年前。日本は、敗戦しました。
  戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
  何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

…とある。

 安倍氏はここで、「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた」戦争だと言っているのである。

 その戦争の「宣戦の詔書」では、「自衛」と「平和」が語られ、宣戦の正当化がされているのである。

 「自衛」や「平和」という語で戦争は正当化されてしまう。

 「自衛」や「平和」という語で戦争を正当化した果てにあるのが、

  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

…として評価される「歴史」なのだということは、深くかみしめておいて損はない。

 

 何を教訓とすべきなのか?

 威勢のいい「積極的平和主義」の称揚には眉に唾をつける。

 まずそこからであろうか?

 

 

 より具体的には、まず「自衛のための先制攻撃」という開戦の正当化を認めないことだろう。

 日本の対米英戦争も、ブッシュのイラク戦争も、「自衛のための先制攻撃」として開始された戦争なのである。

 

 

 

 《平和のための戦争(2) 事変、侵略、戦争》

 

     満洲事變に際し關東軍に下し給へる勅語
                    昭和七年一月八日
曩ニ満洲ニ於テ事變ノ勃發スルヤ、自衛の必要上、關東軍ノ将兵ハ、果斷神速、寡克ク衆ヲ制シ速ニ之ヲ芟討セリ。爾来艱苦ヲ凌キ祁寒ニ耐ヘ、各地ニ蜂起セル匪賊ヲ掃蕩シ、克ク警備ノ任ヲ完ウシ、或ハ嫩江・齊齊哈爾地方ニ、或ハ遼西、錦州地方ニ氷雪ヲ衝キ、勇戰力闘、以テ其ノ禍根ヲ抜キテ、皇軍ノ威武ヲ中外ニ宣揚セリ。朕深ク其ノ忠烈ヲ嘉ス。汝将兵、益々堅忍自重。以テ東洋平和ノ基礎ヲ確立シ、朕カ信倚ニ對ヘムコトヲ期セヨ。

 

     支那事變一周年記念日に際して下されし勅語
                    昭和十三年七月日
今次事變ノ勃發以来茲ニ一年、朕ガ武勇ナル将兵、果敢力闘、戰局其ノ歩ヲ進メ、朕ガ忠良ナル臣民、協心戮力、銃後其ノ備ヲ固クセルハ、朕ノ深ク嘉尚スル所ナリ。
惟フニ、今ニシテ積年ノ禍根ヲ絶ツニ非ズムバ、東亞ノ安定、永久ニ得望ムベカラズ。日支ノ提携ヲ堅クシ、以テ共榮ノ實ヲ擧グルハ、是レ洵ニ世界平和ノ確立ニ寄與スル所以ナリ。
官民愈々其ノ本分ヲ盡シ、艱難ヲ排シ、困苦ニ耐ヘ、益々國家ノ總力ヲ擧ゲテ、此ノ世局ニ處シ、速ニ所期ノ目的ヲ達成セムコトヲ期セヨ。

     (森清人 『詔勅虔攷第三巻 詔語索引』 慶文堂書店 昭和十七年)

 

 

 

 満洲事変に際しては、日本の軍事行動は「自衛」のためとされ、日本の軍事行動により「東洋平和ノ基礎ヲ確立」するのだとされた。

 支那事変に際しては、中国に対する日本の敵対的軍事行動は「日支ノ提携ヲ堅クシ、以テ共榮ノ實ヲ擧グルハ、是レ洵ニ世界平和ノ確立ニ寄與スル」ものと位置付けられていた。

 

 現在の日本政府(安倍政権のことであるが)は、首相談話を通して、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

…との認識を示し、

  事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

…との認識を示している。

 

 

 しかし当時の勅語が示す認識を読めば、「事変」は、「自衛」のための軍事行動とされ、日本の軍事力行使は東洋平和の確立のため、世界平和の確立のためとされていたのである。

 そして、事変の終わりの見えない拡大の果ての対米英宣戦の詔書の示す認識もまた、「自存自衞ノ爲」として正当化され、「東亞永遠ノ平和ヲ確立」のためとして正当化された、米国と英国を相手とした全面的な軍事力行使=戦争の開始の宣言なのであった(「自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スル」との文言には、「障礙」としての米英に対する帝國の「自存自衛」との認識が示されていると共に、「障礙」としての米英の「破碎」により「東亞永遠ノ平和」がもたらされるとの理路が用いられている)。

 

 

 安倍首相の戦後七十年談話には、

  我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

…との認識が示されている。「自衛」のため、「東洋平和ノ基礎ヲ確立」するための「事変」、そして「帝國」の「自存自衞ノ爲」であり、「東亞永遠ノ平和ヲ確立」をもたらすはずであった対米英戦争は、実際には「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史」として現実化したのである。

 

 もちろん、帝國日本の「自存自衛ノ爲」に開始された戦争が日本人自身にもたらしたものは、安倍首相によって、

  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

…として語られた歴史的現実であった。

 

 「自衛」を名目とした対外的軍事力行使、「平和の確立」を名目とした対外的軍事力行使がもたらしたのはどのような現実であったのか?

 

 首相は、その談話の中で、

  いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。

…と強調しているのである。

 

 

 強硬姿勢で安保法制の成立を試みる安倍晋三首相は自身の「談話」を通し、自分が何を主張したことになるのかを理解しているのだろうか?

 米議会演説は英語であったが、今回は日本語である。英語で自分が何を話したのかを理解していないように見えたのも困ったものだった(「安倍晋三氏の完全なる転向(米議会演説と「歴史認識」)」参照)が、今回の「談話」は日本語なのである。

 

 

 

 《平和のための戦争(3) 昭和十五年の集団的自衛権》

 

     日獨伊三國條約成立に際して下されし詔書
                    昭和十五年九月二十七日 官報
大義ヲ八紘ニ宣揚シ、坤與ヲ一宇タラシムルハ、實ニ皇祖皇宗ノ大訓ニシテ、朕ガ夙夜眷々措カザル所ナリ。而シテ今ヤ世局ハ、其ノ騒亂底止スル所ヲ知ラズ、人類ノ蒙ルベキ禍患、亦将ニ測ルベカラザルモノアラントス。朕ハ禍亂ノ戡定平和克復ノ一日モ速ナランコトニ、軫念極メテ切ナリ。乃チ政府ニ命ジテ、帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力ヲ議セシメ、茲ニ三國間ニ於ケル條約ノ成立ヲ見タルハ、朕ノ深ク懌ブ所ナリ。
惟フニ萬邦ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ、兆民ヲシテ悉ク其ノ堵ニ安ンゼシムルハ、曠古ノ大業ニシテ、前途甚ダ遼遠ナリ。汝臣民益々國體ノ觀念ヲ明徴ニシ、深ク謀リ遠ク慮リ、協心戮力、非常ノ時局ヲ克服シ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼セヨ。

 

 

 

 まず問題の条約の本文(ただし全六条のうち一条から三条)を示す。

 

  第一條 日本國ハ「ドイツ國」及「イタリヤ國」ノ歐州ニオケル新秩序建設ニ關シ、指導的地位ヲ認メ、且ツコレヲ尊重ス。
  第二條 「ドイツ國」及「イタリヤ國」ハ、日本國ノ大東亞ニオケル新秩序建設ニ關シ、指導的地位ヲ認メ、且ツコレヲ尊重ス。
  第三條 日本國、「ドイツ國」及「イタリヤ國」ハ、前記ノ方針ニ基ツク努力ニ附相互ニ協力スヘキ事ヲ約ス。更ニ三締結國中何レカ一國カ、現ニ歐州戰爭又ハ日支紛爭ニ參入シ居ラサル一國ニ依リ攻撃セラレタル時ハ、三國ハアラユル政治的經濟的及軍事的方法ニ依リ相互ニ援助スヘキ事ヲ約ス。
     「日本國、獨逸國及伊太利國間三國條約」(昭和十五年條約第九號、日獨伊三國同盟條約)

 

 

 第三条は日独伊の三国による「集団的自衛権」について明記したものである。ただし、日本の松岡外務大臣は、条約本文ではなく交換公文中で留保を表明することで、第三条を自動参戦条項としないことを当事者間では明確化することに成功してはいたが、発表された条文を文字通りに解釈すれば三国間の自動参戦条項以外の何物でもなく、米国の対日感情を悪化させることに役立った。

 条約の締結された1940年は、支那事変の拡大の中で既に三年が経過し、ドイツのポーランド侵攻によって開始されたヨーロッパでの戦争の二年目となる時点である。

 先の詔書中にある、

  而シテ今ヤ世局ハ、其ノ騒亂底止スル所ヲ知ラズ、人類ノ蒙ルベキ禍患、亦将ニ測ルベカラザルモノアラントス。

…との文言は、まさにそのような「世局」の認識を示したものであり、

  朕ハ禍亂ノ戡定平和克復ノ一日モ速ナランコトニ、軫念極メテ切ナリ。乃チ政府ニ命ジテ、帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力ヲ議セシメ、茲ニ三國間ニ於ケル條約ノ成立ヲ見タルハ、朕ノ深ク懌ブ所ナリ。

…とあるのは、三国間の集団的自衛権を宣言したものとして発表された「三國間ニ於ケル條約」が、「平和克復」の希望を託し得るものとして位置付けらていることを示す。

 詔書が示している理路は、「帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國トノ提携協力」に「平和克復」の希望を託そうとするものであった(三国間の集団的自衛権を核にした平和克復のための―そのような理路を用いて正当化された―軍事同盟だったのである)。

 

 先の「安倍談話」には、

  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

…とあるわけだが、「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行」った「新しい国際秩序」への「挑戦者」こそが、まさに「帝國ト其ノ意圖ヲ同ジクスル獨伊両國」の三國、集団的自衛権により結ばれた「三國」だったのである。

 

 

 あらためて、かつての勅語や詔書の文言を確認することで、安保法制を正当化する際に安倍氏の用いる理路の胡散臭さ(より踏み込んだ言い方をすれば「キナ臭さ」)が明らかになるように思う。安倍政権の用いる「積極的平和主義」という言葉、 日本の軍事力行使の可能な範囲の拡大を目指す「安保法制」を「自衛」の語で正当化しようとする姿勢、かつての日本(大日本帝國)が用いた理路との違いはどこまで明確にし得るものなのだろうか? 既に論理の問題ではなく、安倍氏の言動の信頼性の問題となっているように見える。

 安倍政権が「前のめり」の姿勢で推進しようとする「集団的自衛権」の問題にしても、声高に叫ばれる「積極的平和主義」にしても、(外交の自主性の確保という観点から軍事力保有に一定の合理性を認める私ですら)眉に唾を付けずには聞く気になれないのは、かつてのこの国の経験、「自衛のための戦争」にして「平和のための戦争」がもたらした経験を思い起こさずにはいられないからなのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2015/08/18 20:39 → http://www.freeml.com/bl/316274/253476/
 投稿日時 : 2015/08/19 20:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/253542/
 投稿日時 : 2015/08/20 21:13 → http://www.freeml.com/bl/316274/253542/

 

 

 

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2015年8月15日 (土)

「安倍談話」を読む

 

 戦後七十年の「安倍談話」から、いわゆる「歴史認識」問題の核心部分を抜き書きしてみることから始める。

 

 

 

  世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
  当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
  満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
  そして七十年前。日本は、敗戦しました。
  戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
  何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
  これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
  二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
  事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
  先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
  我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
  こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
  ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
  ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
  戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
  戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
  そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
  寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
  日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

     平成27年8月14日内閣総理大臣談話

     http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html

 

 

 

 「先の大戦」あるいは「あの戦争」を「侵略」と位置付けるかどうかについて(つまり「歴代内閣の立場」との整合性について、ということになるのだろうが)今回の「談話」では曖昧である、との批判があるようだが(註:1)、安倍氏は、

 

  先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

  戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

  何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 

…と記しているのである。

 「戦火を交えた国々」(後段ではあらためて「中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域」が指定されている)での「先の大戦(あの戦争)」の被害者として、直接の戦闘での死傷者だけではなく、「食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲とな」った事実をも認めているし、「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません」との言葉でまず念頭に置かれているのは、日本軍のいわゆる「従軍慰安婦」とされた人々の存在であろう。

 「あの戦争」における「被害」の問題を、日本人の間の国内問題としてだけではなく、「戦火を交えた国々」そして「戦場となった地域」をも巻き込んだ問題として位置付け、それらの国々と地域の「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実」を語ることで、被害をもたらした主体として「我が国」が指名されていることは重要である。

 「侵略」の文言の用法にこだわることも一つの視点ではあろうが、「あの戦争」における加害・被害の関係の中で、「我が国」が「加害」の主体であるとの認識が、安倍氏によって明確に示されていること(及びその重要性)には気付いておくべきである。

 

 

 

 産経新聞は、安倍晋三首相が戦後70年談話の作成に向けて設置した有識者会議「21世紀構想懇談会」が提出した報告書についての「社説(産経新聞紙面では「主張」欄である)」の中で、

 

  未来へ進む土台となる歴史をめぐる表現には、英知の発揮が必要である。過去を一方的に断罪した村山富市首相談話は、日本の名誉と国益を損なってきた。その轍(てつ)を踏んではなるまい。
     (産経新聞 2015/8/7 05:03)

 

…との見解を述べていたが、実際の「安倍談話」に記された「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実」との認識の重大性、「我が国」を「戦火を交えた国々」そして「戦場となった地域」に被害を与えた主体(すなわち加害の主体)として位置付けたことの重大性を理解しておいたほうがよい。

 「安倍談話」において、「先の大戦(あの戦争)」は「アジアの植民地からの解放のための戦争」としての自賛の対象でない(註:2)ばかりか、「自存自衛の戦争」としての正当化の対象ですらなく、安倍氏が示しているのは「満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」との認識であり、その際の「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実」であり、「先の大戦への深い悔悟の念」なのである。

 

 安倍氏は談話中で、

  日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

…と主張している。

 この前段に着目すれば、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」ということになり、歴代内閣談話が示した認識を過去完了形のものとしようとする試みとして批判の対象とされる可能性もある。しかし、後段には「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」と明記されているのであり、歴代内閣談話を過去完了形の遺物として取り扱おうとするすべての試みは、「安倍談話」の示した認識に反するものとして位置付けられることになる。

 たとえば、「安倍談話」の発表に先立ち、

  自民党の稲田朋美政調会長は11日のBSフジの番組で、安倍晋三首相が14日に公表する戦後70年談話について、「未来永劫(えいごう)謝罪を続けるのは違う」と述べ、先の大戦に関する「おわび」の文言は明記すべきでないとの認識を示した。
     (時事通信 2015/8/11 23:35)

…との報道があったが、「安倍談話」が示した「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」との認識は、稲田氏のような主張とは両立し得ない。「安倍談話」が示した認識は、文字通りに理解する限り、先の稲田氏に代表されるような歴史修正主義的言説をあらかじめ否認し、歴史修正主義者の言説に対する予防拘束的機能を持つものとなっているのである。この点には、十分に着目しておくべきではないかと思う。

 

 いずれにせよ、先に示したように、実際に発表された「安倍晋三首相談話」では、加害の詳細について、「村山富一首相談話」以上に踏み込んだ表現が用いられてもいるのである(註:3)。そのような意味で、「安倍談話」の内容は、産経新聞を含む多くの安倍支持者の期待に対する実質的な「裏切り」と言うしかないように思えるのだが、ネットの反応を見る限り、誰もそれに気付いてはいないようである(註:4)。

 

 

 

【註:1】
 もちろん、今回の「安倍談話」が注目を集めることになったのは、安倍氏(そしてその支持者)が「植民地支配と侵略によりアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実に対する痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を表明した歴代内閣談話の否認をこそ、新たな談話の発表によって画策しているものと見做されていたからである。
 実際、政権獲得前の安倍氏は、再び自民党が政権の座に就いた場合は「宮沢喜一官房長官談話、河野談話、村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」と明言していたのであるし、今回の談話の作成に際しても、

  安倍晋三首相は戦後70年談話の14日の閣議決定に向け、文案の最終調整に入る。首相の私的諮問機関「21世紀構想懇談会」が6日に首相に提出した報告書は、満州事変以後の日本の「大陸への侵略」を認め、1930年代後半から植民地支配が過酷化したことも指摘した。これを踏まえ、首相が談話でアジア諸国への「おわび」を表明するかどうかが焦点になっている。ただ、首相が7日、与党幹部に示した素案には「おわび」の文言は盛り込まれていなかった。
     (毎日新聞 2015/8/9 21:11)

  首相は当初、戦後の歴史に区切りを付ける目的から、談話に先の大戦への「謝罪」を盛り込まない意向だった。だが、公明党は「心からのおわびの気持ち」を表明した村山談話などの継承を要求。首相は同党への配慮のほか、安全保障関連法案の審議などの影響による内閣支持率下落を受け、さらなる世論の反発を避けるため安全策に傾いたとみられる。
  原案は、「侵略」と「植民地支配」も盛り込んだ。有識者会議から異論も上がった「侵略」に関して政府内では、国際社会で認められない行為などの文脈で取り上げ、先の大戦での日本の行為との位置付けと一線を画す案が浮上している。 
     (時事通信 2015/8/11 19:59)

…と報道されていた通りである。「首相が7日、与党幹部に示した素案には「おわび」の文言は盛り込まれていなかった」のであるし、「有識者会議から異論も上がった「侵略」に関して政府内では、国際社会で認められない行為などの文脈で取り上げ、先の大戦での日本の行為との位置付けと一線を画す」ことが目論まれていたのである。
 しかし、「談話」を閣議決定の対象としたことで、

  公明党の山口那津男代表は11日の記者会見で、安倍晋三首相の戦後70年談話について首相と7日に会談した際、「(先の大戦をめぐる)歴代内閣の談話を継承した意味が国民や国際社会に伝わるようにしてほしい」と求めたことを明らかにした。「首相に受け止めていただいたと思っている。首相がどう仕上げるか見守る」と強調した。
  会談では「中韓両国の関係改善への流れが進みつつあり、それに資するものにしてほしい」と伝えたとも話した。
  談話をめぐり、首相は「おわび」の文言を記述する方向で最終調整している。
     (共同通信 2015/8/11 12:17)

…と、公明党の意向を無視し得なくなると同時に、

  NHKは今月7日から3日間、全国の20歳以上の男女を対象に、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行い、調査対象の65%に当たる1057人から回答を得ました。
  この中で、安倍総理大臣が戦後70年のことし発表する予定の談話の中に「過去の植民地支配と侵略に対するおわび」を盛り込んだほうがよいと思うか尋ねたところ、「盛り込んだほうがよい」が42%、「盛り込まないほうがよい」が15%、「どちらともいえない」が34%でした。
     (NHK 8/11日 04:26)

…との世論調査の結果への配慮をしないで済ますことも難しいところへと追い込まれたのであろう。世論調査は、「盛り込まないほうがよい」は15%に過ぎず、たとえ倍にしても42%の「盛り込んだほうがよい」に届かないことを示したのである。
 首相の意思表明として十分に明確なものとは言い難いにせよ、歴代内閣談話に用いられたキーワードはすべて盛り込まれ、新たな談話においては、(歴代内閣談話の否認という)当初の安倍氏(及び支持者)の意図は挫かれたと言い得る結果とはなったのである。
 ちなみにNHKの世論調査では、

  安倍内閣が、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備を進めていることを、評価するかどうか聞いたところ、「大いに評価する」が7%、「ある程度評価する」が23%、「あまり評価しない」が32%、「まったく評価しない」が32%でした。
 集団的自衛権の行使を可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連法案を、今の国会で成立させるという政府・与党の方針には、「賛成」が16%、「反対」が47%、「どちらともいえない」が31%でした。
 安全保障関連法案について、政府は国会審議の中で十分に説明していると思うか尋ねたところ、「十分に説明している」が9%、「十分に説明していない」が58%、「どちらともいえない」が24%でした。
 礒崎総理大臣補佐官が、安全保障関連法案を巡って「法的安定性は関係ない」などと発言し、その後、国会で陳謝し、発言を取り消した問題について、安倍内閣が適切に対応していると思うか聞いたところ、「適切に対応している」が9%、「適切に対応していない」が51%、「どちらともいえない」が30%でした。
 沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画について、工事を1か月間中断し、沖縄県側と集中的に協議することにした政府の対応を、評価するかどうか尋ねたところ、「大いに評価する」が8%、「ある程度評価する」が40%、「あまり評価しない」が28%、「まったく評価しない」が13%でした。
 現在停止している原子力発電所の運転を再開することについて聞いたところ、「賛成」が17%、「反対」が48%、「どちらともいえない」が28%でした。
     (NHK 2015/8/10 19:01)

…との結果も出されており、国民の間では、ネトウヨ的心性を持つ安倍支持者が実は少数派であることが、あらためて明らかにされたところは注目点だと思う。

 

【註:2】
 もっとも、引用紹介した部分の直前には、

  百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

…との記述があり、「日露戦争」の波及効果として「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけ」たことが語られているが、「日露戦争」(の勝利)が日本にもたらしたのは満洲の権益であり朝鮮半島の支配権なのであって、日本は植民地支配からの解放者ではなく、植民地支配の実行者としての「列強」の一員となったのだという事実は、安倍氏によって見事に無視されている。

 

【註:3】
 参考のために、実際の「村山談話」と「小泉談話」では、どのように「植民地支配と侵略への反省とお詫び」が表現されていたのかを引いておく。

  わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
     「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)

     http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

  また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。
     平成十七年八月十五日内閣総理大臣談話(いわゆる小泉談話)

     http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2005/08/15danwa.html

 

【註:4】
 参考のために、政権獲得前の安倍晋三氏の言葉を、産経新聞記事から引いておこう。

  自民党の安倍晋三元首相は27日、産経新聞のインタビューに応じ、次期衆院選について「政界再編の第一歩と位置づけなければならない。混乱を避けては再編はできない」と述べた。その上で再編のカギを握る大阪市の橋下徹市長率いる大阪維新の会に関し、「違いはあるが、違いを見つけるよりも骨格が同じかどうか、貫く精神が共有できるかどうかだ。橋下氏は戦いにおける同志だと認識している」と表明した。
  次期衆院選とその後の政界再編に向け、橋下氏との連携、協力を深めていく考えを示したとみられる。橋下氏と共有できる具体的な政策の柱については、(1)教育改革(2)憲法改正(3)慰安婦問題をはじめとする歴史認識分野-などを挙げた。
  特に慰安婦問題に関し、橋下氏が「強制連行を直接示すような資料はない」とした平成19年の安倍内閣の閣議決定を引用し、慰安婦募集の強制性を認めた河野談話について「証拠に基づかない内容で最悪」と批判したことを「大変勇気ある発言だった」と評価した。
  再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにした。
     (産経新聞 2012/08/28 00:57)

 安倍氏は、「再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにし」ていたのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/08/14 21:49 → http://www.freeml.com/bl/316274/253138/

 

 

 

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2015年8月12日 (水)

「中曽根談話」を読む

 

 

《一、歴史認識問題》

 

  第2次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであった。
  他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった。

 
 

 これは「現代史のトラウマ」の過去の記事からの引用文(つまり私の文章)ではなく、読売新聞記事からの引用であることを、まずお断りしておく。

 読売新聞によれば、

 

  中曽根元首相は、戦後70年を機に読売新聞と中央公論の書面インタビューに応じた。
  安倍首相が近く発表する戦後70年談話に関し、過去の植民地支配と侵略への「反省」と「おわび」を表明した村山首相談話、小泉首相談話を引き継ぐべきだとの考えを示唆した。
  戦後70年談話について、中曽根氏は「国際関係や外交関係を考えながら、今の首相が判断し、決めていくことで、私がとやかく言うべき問題ではない」としつつ、「過去の歴史を直視し、村山談話、小泉談話を踏襲した上で、これからも日本側の誠意ある表現は時代の流れの中に込められていくべきだ」と語った。

     (読売新聞 2015/8/7 03:00)

 

…ということなのだそうだ。つまり冒頭に示したのは中曽根氏の歴史認識なのである。

 

 

 一方、産経新聞には、中曽根氏の「寄稿」(つまり中曽根氏自身の文章ということになる)が掲載されている(註:1)。読売新聞の示した「第2次世界大戦」をめぐる中曽根氏の歴史認識に関連した部分を抜き書きすると、

 

  「東京裁判」は勝者が敗者を裁いたものであり、戦争の責任は全て日本にあり全て日本が悪いという「東京裁判史観」には違和感がある。第二次大戦、太平洋戦争、大東亜戦争と呼ばれる「あの戦争」は対米欧、対中国、対アジアとそれぞれの面において、さまざまな要素と複雑さを持ち一面的な解釈を許さない。
  米欧に対しては資源争奪の戦いでもあり、帝国主義的な国家、民族間の衝突でもあった。一方、中国に対しては、「対華二十一カ条要求」以降の日本軍による戦火拡大は、侵略行為であったと言わざるを得ない。大東亜共栄圏を旗印に、植民地政策に苦しむアジア諸国救済を謳(うた)い進出していったが、土足で人の家に上がるような面もあったといえる。
  外交における要諦は、世界の正統的潮流を外れぬということにある。
  第一次大戦が終わり、世界の脱植民地化の動きの中で、各国の利害を調整すべく1920年に国際連盟が発足し、日本は英国、フランスとともに常任理事国となった。しかし、昭和に入り、満州事変、満州国建国に至る中国大陸への進出の中で徐々に国際的に孤立し、追い込まれる形で33年に国際連盟脱退を表明することとなった。
  国内では、米英などから石油などの資源の輸入を止められ、経済的に厳しい状況に追い込まれていった。五・一五事件(32年)、二・二六事件(36年)といった要人の暗殺が続いた。混迷を極める国内政治と対外摩擦の中で、米英開戦に突入した。
  私が属した海軍でも日米の歴然たる国力差を認識していた。当時の日米の国力比の見積もりは、1対4、1対10、1対20とさまざまであったが、いずれにおいても長期戦になると勝てない、との結論であった。当時の政権もそれを知っていたが、本来なら冷静な戦略判断の下、外交交渉において戦争を回避すべきところ、そうはなり得なかった。

  やはり、あの戦争は何としても避けるべき戦争であった。地上戦が行われた沖縄をはじめ広島と長崎での原爆の投下など300万人を超える国民が犠牲になり、日本本土への相次ぐ空襲によって国土は焦土と化した。
  政治にとって、歴史の正統的潮流を踏まえながら大局的に判断することの重要性を痛感する。歴史を直視する勇気と謙虚さとともに、そこからくみ取るべき教訓を学び、それをもって国民、国家の進むべき道を誤りなきように導かねばならない。政治家は歴史の法廷に立つ。その決断の重さの自覚無くして国家の指導者たり得ない。

 

…ということになる。

 東京裁判批判、東京裁判史観批判が前フリとなってはいるものの、文章のボリュームとしては、そこに中曽根氏の主張の重心が据えられていないことは明らかであろう。

 

 国内的には、「何としても避けるべき戦争であった」にもかかわらず、

  地上戦が行われた沖縄をはじめ広島と長崎での原爆の投下など300万人を超える国民が犠牲になり、日本本土への相次ぐ空襲によって国土は焦土と化した

…としてその政治的責任を厳しく指摘し、外交的には、

  外交における要諦は、世界の正統的潮流を外れぬということにある

…とした上で、

  本来なら冷静な戦略判断の下、外交交渉において戦争を回避すべきところ、そうはなり得なかった

…と批判し、

  中国に対しては、「対華二十一カ条要求」以降の日本軍による戦火拡大は、侵略行為であったと言わざるを得ない。大東亜共栄圏を旗印に、植民地政策に苦しむアジア諸国救済を謳(うた)い進出していったが、土足で人の家に上がるような面もあったといえる

…と「あの戦争」の「侵略」としての側面を認め、「自存自衛」という名目については触れてもいないのである。

 この産経新聞への寄稿文では、対中国については「侵略」と明言しているのに対し、対アジア諸国については「侵略」とは言わずに「土足で人の家に上がるような面もあったといえる」との言い方で処理しているが、読売紙面とは多少のニュアンスの違いがある。読売紙面ではより直截に「他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった」として、「資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった」と日本軍による「侵略」であったことを明言している。

 読売記事も「書面インタビュー」とされている以上、文言は中曽根氏自身のものであろう。

 

 両者を併せ読めば、中曽根氏は「第二次大戦、太平洋戦争、大東亜戦争と呼ばれる「あの戦争」は対米欧、対中国、対アジアとそれぞれの面において、さまざまな要素と複雑さを持ち一面的な解釈を許さない」との留保を付けつつも、「一面」においては確かに「アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった」と明言しているのだと理解される。

 

 

 その上での、

  政治にとって、歴史の正統的潮流を踏まえながら大局的に判断することの重要性を痛感する。歴史を直視する勇気と謙虚さとともに、そこからくみ取るべき教訓を学び、それをもって国民、国家の進むべき道を誤りなきように導かねばならない

…との中曽根氏の言葉は、戦後七十年の「安倍談話」の発表を前にした安倍政権への牽制として読まれるべきものだろう。「歴史を直視する勇気と謙虚さ」とはもちろん、「あの戦争」の「侵略」としての側面を「直視する勇気と謙虚さ」以外の何物でもないはずだ。

 かつて「青年将校」として活躍された大勲位中曽根氏にして、現在の安倍政権の姿勢は危なっかし過ぎるということなのであろうか?

 

 

 中曽根氏が示した認識は、戦後七十年の首相談話がまず踏まえておくべき認識に思える。

 「安倍談話」はこの重要な歴史認識をごまかした上で、「未来志向」の「談話」とする(し得る)つもりのようだが、それでは「過去の清算」など出来る話ではない。過去に決着を付けられるはずもなく、今後もいつまでも「歴史認識問題」を引きずることになってしまい、未来の世代へツケをまわすだけの結果しかもたらさないことになる。

 本気で「過去を清算し未来志向へ転換」したいのであれば、ごまかさずにまず「過去の清算」をすることがモノの順序であり、それを抜きにした「未来志向」なんてものに信頼が得られるはずもない。中曽根氏は、その点を危惧しているのであろう。

 

 

 

《二、集団的自衛権と非軍事的安全保障》

 

 産経新聞は、「中曽根談話」(実際のタイトルは「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」)を掲載するに際して、

 

  中曽根康弘元首相は6日、戦後70年にあたり産経新聞に寄稿した。集団的自衛権について、「私の従来の立場は、名実ともに国家固有の権利として認めるものだ」として、行使を容認すべきだと主張した。その上で「自衛権は、日本の置かれた安全保障環境や国際情勢に応じ、程度も規模も時局の政策判断に依拠する」として、行使の範囲は時の政権が判断すべきだと訴えた。
   また「既成の考えにとらわれるあまり、時代状況の変化との間に齟齬(そご)をきたしてはならない。既成の考えで日本国民の安全が担保されるわけでもない」として、集団的自衛権の行使を「憲法違反」などとして反対する民主党などを暗に批判した。
  ただ、安全保障関連法案が11本もあることで「国民の理解を促す上で議論を分かりにくいものにしている」として、安倍晋三政権に対し国会審議で丁寧な説明を行うよう求めた。

     (産経新聞 2015/8/7 08:00)

 

…と寄稿内容を要約紹介しているが、中曽根氏の文章の構成からすれば、本意を伝える記述とは言い難い。

 

 確かに中曽根氏は、

 

  現在、「集団的自衛権」の問題が大きく動こうとしている。安全保障法制の衆院の審議では、議論が必ずしも噛(か)みあわぬまま、舞台を参院へと移した。
  たしかに、自衛隊法や国連平和維持活動協力法(PKO)など10本の現行法を改正する「平和安全法制整備法」と、「国際平和支援法」の計11法案があって多岐にわたり、国民の理解を促す上で議論を分かりにくいものにしている。政府・与党一丸となった国民への丁寧な説明が求められる場面でもある。
  戦後の歴史の流れの中で、日本の防衛も国論とともに揺れてきた。その底流には敗戦の影響による厭戦(えんせん)感や戦争につながるものへの拒否感があったことは否定しえない。

  私の従来の立場は、集団的自衛権を名実ともに国家固有の権利として認めるものだ。自衛権というものを考えれば個別的自衛権も集団的自衛権も表裏一体、同根のものであり、これを分けて考えることはできない。そもそも自衛権というものは、日本の置かれた安全保障環境や国際情勢に応じ、自力で対応する場合もあれば、他国の力を借りてその目的を達成する場合もあり、その程度も規模も時局の政策判断に依拠する。ただし、日本の防衛の基本が専守防衛である限りは、自衛権は必要最小限であることは当然のことといえる。
  日本は戦後、自衛隊という必要最小限の自衛力を持ち、それを補う意味で日米同盟を結び、自国の安全保障を担保してきた。東西冷戦の下で、日米同盟が果たした役割は大きい。

 

…として、「集団的自衛権」について「名実ともに国家固有の権利として認めるものだ。自衛権というものを考えれば個別的自衛権も集団的自衛権も表裏一体、同根のものであり、これを分けて考えることはできない」との認識を示してはいる。そこでは「必要最小限の自衛力」としての「自衛隊」の存在と共に「日米同盟が果たした役割」が強調され、「安全保障」の軍事的側面が語られている。特に現状認識として、

 

  日本は戦後、西側陣営の中で日米間の同盟によって貿易立国の道を順調に歩んできた。しかし、冷戦後の一極多元世界は相対的な米国のプレゼンス低下によって大きく変化してきている。片務的な同盟による安全保障や国際貢献が他国任せであることが許されない状況となってきている。民主主義、法の支配、自由、人権、紛争の平和的解決といった共通の価値観に基づく現在の国際秩序を維持し、将来にわたり自由で安定した政治経済システムの中で日本が発展してゆくためにも、責任、役割とともに相応の負担が求められている。

 

…と、軍事的にも更に「相応の負担が求められている」との主張をしてもいる。

 

 しかし、中曽根氏は、続く文章で、

 

  他方、防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある。防衛力は一面的な抑止的効果を狙うものであって、それ以外の方策として、外交や経済協力による安全環境構築を総合的な観点から模索しなければならない。日本はアジア、アフリカ諸国に対しては政府開発援助(ODA)を通じて経済発展に貢献してきた。それは人的支援を含むもので、現在のアジアの興隆に寄与し感謝もされている。こうした国際協調主義による多岐にわたる努力が日本の安全保障にも大いに貢献している。
  政府はこうした多様な政策と施策によって国の安全保障の実を上げねばならないが、北東アジアにおいては日米同盟の上に、日本、中国、韓国の連携が最も重要と考えるべきである。台頭する中国や、歴史問題で膠着(こうちゃく)する日韓関係を心配する声が強いが、日中韓相互の対話への努力をおろそかにしてはならない。北大西洋条約機構(NATO)とは違い、アジアの安全保障は大きな網をかぶせたような連携した仕組みになってはいない。
  米国との2国間の縦割り的な同盟のもとに各国の安全が担保されている。こうした中で、米国も隣国同士の軋轢(あつれき)を心配する。米国はアジア回帰を図るが、その経済を考えれば、アジアは大きな利益拠点である一方で、軍事費が大きな負担となっており、相互対立による不安定要因を嫌う。
  米中関係の帰趨(きすう)は予断を許さないが、日本は同盟関係にある米国と連携しながら、アジアの平和と安定をどう図るか、自らの戦略と構想を描いておく必要があろう。米国もアジアの国々も日本にそうした役割とリーダーシップを期待している。日中韓3カ国の安定的な関係とともに東南アジア諸国連合(ASEAN)が加わり、そこに米国やオーストラリア、ニュージーランドが加わることで大きな経済的機構と経済上の安全確保を図る安全保障の仕組みの可能性が出てこよう。

 

…として、「防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある」ことを主張しているのである。

 更に「国際協調主義による多岐にわたる努力が日本の安全保障にも大いに貢献している」、そして「北東アジアにおいては日米同盟の上に、日本、中国、韓国の連携が最も重要と考えるべきである。台頭する中国や、歴史問題で膠着する日韓関係を心配する声が強いが、日中韓相互の対話への努力をおろそかにしてはならない」とし、(日米同盟による集団的自衛権に基く)軍事力による安全保障ではなく「国際協調主義」、そして(安倍政権が疎かにしているように中曽根氏には見えているのであろう)「日本、中国、韓国の連携」の重要性を強調しているのである。

 中曽根氏は続ける。

 

  一方、アジアの勃興と中国の台頭をどう捉えるべきか。私に中国の行方の重要性を教えたのは徳富蘇峰であり、中国の重要性を実際に教えたのは松村謙三、高碕達之助の両氏であった。アジア外交の大切さは岸信介氏が首相の際の歴訪に随行する形で再認識させられた。
  日本はアジアの同朋として互いに協力しながら繁栄の道を進むことで、アジアの信頼を得ることを第一義と考えねばならないし、その上に立って発言することに日本の役割がある。
  かつて植民地から解放され、低開発と貧困に苦しんできたこうした国々もその経済発展の潜在力に目覚めながら新たな道を模索し始めている。そうした国々の中で中国の急激な拡大は、経済的利益の魅力に反比例して問題を与えている。特に、最近の海洋進出ではアジアの国々と摩擦を引き起こし、領土問題を顕在化させている。
  2度の大戦を経験した欧州と違い、アジアではいまだに民族的メンツや自尊心の要素が強い。国家間の力関係と利害が密接に絡み合いながら、歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される。
  こうした中で、かつては首脳同士の信頼関係で成り立っていた国家間の信頼関係も、最近では世代交代によって人間関係が希薄になりつつあることを心配する。日本のみならず、世界の指導者にそうした懸念を覚える。また、ナショナリズムは健全で中庸を得たものでなければならないし、トップ同士の信頼によって不用意に起こりうるナショナリズムの対立を未然に防ぐべきだ。そのためにも、相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力をしていかなければならない。

 

 中曽根氏は、「2度の大戦を経験した欧州と違い、アジアではいまだに民族的メンツや自尊心の要素が強い。国家間の力関係と利害が密接に絡み合いながら、歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される」と指摘しているわけだが、ここで中曽根氏は、「民族的メンツや自尊心」を強調することで政権への求心力を確保しようとする首脳の一人として安倍晋三首相を想定しているように感じられないでもない。少なくとも中曽根氏が「また、ナショナリズムは健全で中庸を得たものでなければならないし、トップ同士の信頼によって不用意に起こりうるナショナリズムの対立を未然に防ぐべきだ。そのためにも、相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力をしていかなければならない」と語る際に、安倍首相自身による「相互理解のための多層的で多面的、多重的な人間関係構築の継続的努力」の必要が除外されていないこと(というより継続的努力が求められていること)は読み取らねばならないだろう。

 文章全体からすれば、「集団的自衛権」を擁護する以上に、「防衛力偏重の安全保障ではおのずと限界がある」ことを強調し、「歴史の葛藤が重なって国益が強く前面に押し出されながら、ナショナリズムの高揚とともに争いが惹起される」現状を危惧し、「首脳同士の信頼関係」に基づく非軍事的な「安全保障」の構築への努力の重要性を主張するためにこそ、中曽根氏の筆はより多く費やされているのである(この点において、産経新聞による要約紹介の仕方は適切さを欠いている)。

 

 産経新聞への寄稿文中で中曽根氏は、自身の靖国神社公式参拝について説明する中で、靖国神社の首相による公式参拝の必要性を主張し、自身による公式参拝の正当性を当然のこととして語っているが、一方で公式参拝のとりやめの経緯について、

 

  しかし、それを境に「A級戦犯合祀」の批判が中国より豁然として沸き起こってきた。「平和友好・平等互恵・相互信頼・長期安定」のもとに友好関係を深めてきた中国の胡耀邦総書記が苦境に立たされる可能性があるとの情報も入ってきた。中国を訪問した新日鉄の稲山嘉寛さんを通じても公式参拝を歓迎せぬ中国側の意向が伝わってきた。
  外交を考える上では、国益を考え、大局に立った大きな判断が求められる。一つには、アジアにおける日本の立場であり、アジアの一員としての信頼関係構築こそが第一義との判断がある。さらに言えば、当時、開放的で開明的、友好的であった胡耀邦氏の立場を日本が守らなければならないという強い思いもあったことも確かである。
  そうした状況の中で、私としては、以後の靖国神社公式参拝を続けることはとりやめることと判断した。ただ、個人の宗教心において私的参拝を否定したわけではない。また、合祀以降、天皇陛下の参拝が途絶えて久しい。参拝に支障があるのであれば、参拝できるように手を尽くすことは政治の責任である。

 

…とも明かし、一度は実現させた公式参拝のとりやめの背景に、「胡耀邦氏の立場を日本が守らなければならないという強い思い」があったことを明らかにしている。

 ここで中曽根氏は「民族的メンツや自尊心」を優先することではなく、「トップ同士の信頼」の醸成を優先し、非軍事的な安全保障の基盤の構築を重視した自身の実際の経験を語っているのである。

 

 

 

《三、憲法改正と日本人の民族固有性》

 

 中曽根氏は、産経新聞に寄稿した「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」と題された文章の中で、戦後一貫して「改憲派」として歩んだ自身の姿に触れている。

 

  戦後からの歩みの中で、憲法問題は最も重要な課題でありながら、憲法改正はいまだ実現を見ないでいる。憲法改正は、私にとっても政治人生における大きなテーマであり、28歳の衆院初当選から一貫して主張してきた。

 

 まさに「改憲派」としての自負に溢れた一節であろう。続いて中曽根氏は、

 

  現憲法は日本の繁栄を支える大きな基礎となったことは評価できる。自由や平等、民主主義や平和といった国際的に普遍性のある考えが受け入れられ定着もした。しかし、日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性は、残念ながら書き込まれていない。
  われわれは、自らが立脚する価値を日常の中から意識することなく自然に身に付けてゆく。それは歴史や伝統、文化と連なって民族固有の共通した価値へとつながってゆく。こうした人間の軸となる価値がしっかりしていなければ、自由、平等、民主といった普遍的価値は機能しなくなる。国の基本たる憲法がこうした日本固有の価値を謳わぬことは大きな欠落と言うべきだ。そして、時代状況も新たな役割と機能を憲法に求めている。

 

…と、氏にとっての問題の所在を明らかにしている。現憲法が表明する「自由や平等、民主主義や平和といった国際的に普遍性のある考え」について語り、そして現憲法が掲げる「自由、平等、民主といった普遍的価値」の重要性を指摘した上で、「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性は、残念ながら書き込まれていない」と言い、「国の基本たる憲法がこうした日本固有の価値を謳わぬことは大きな欠落と言うべきだ」と主張するのである。

 「歴史や伝統、文化と連なって民族固有の共通した価値へとつながってゆく」ところの「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」として、どのような「日本固有の価値」が想定されているのかは私にはわからない。

 「日本人の民族性」について語られようとする場合、私などはつい「付和雷同」とか「身内にはきわめて温情的に配慮するが身内以外には冷淡」といったいささか否定的価値を持つ日本人的心性を思い浮かべてしまうが、肯定的価値を持つであろう心性として「潔さ」の感覚を強調しておきたい。

 もちろん、「日本人はどこまで本当に潔いのか?」を考え出すと、そこに「民族固有の共通した価値」があると言えるのかどうかにも大いに疑問を附さねばならなくなるのも現実というものではある。

 しかし、私は「潔い日本人」が好きであり、日本人の一人として「潔さ」を尊重する人間なのである。

 

 

 戦後七十年の「安倍談話」について、

 

  自民党の稲田朋美政調会長は11日のBSフジの番組で、安倍晋三首相が14日に公表する戦後70年談話について、「未来永劫(えいごう)謝罪を続けるのは違う」と述べ、先の大戦に関する「おわび」の文言は明記すべきでないとの認識を示した。
     (時事通信 2015/8/11 23:35)

 

…などという報道に接するたびに、なぜ「先の大戦」に関する「おわび」の文言」の有無が問題としてクローズアップされてしまうのかを、まず先に考えて欲しいと思う。

 「侵略」及び「植民地支配」を事実として認め、それに対する「おわび」を表明するのは、まさに日本人としての「潔さ」の現れだと私は思う。

 しかし、なぜ、その問題がクローズアップされてしまうのかと言えば、たとえば政権獲得前の安倍晋三氏の言葉を思い出す必要がある。

 

  自民党の安倍晋三元首相は27日、産経新聞のインタビューに応じ、次期衆院選について「政界再編の第一歩と位置づけなければならない。混乱を避けては再編はできない」と述べた。その上で再編のカギを握る大阪市の橋下徹市長率いる大阪維新の会に関し、「違いはあるが、違いを見つけるよりも骨格が同じかどうか、貫く精神が共有できるかどうかだ。橋下氏は戦いにおける同志だと認識している」と表明した。
  次期衆院選とその後の政界再編に向け、橋下氏との連携、協力を深めていく考えを示したとみられる。橋下氏と共有できる具体的な政策の柱については、(1)教育改革(2)憲法改正(3)慰安婦問題をはじめとする歴史認識分野-などを挙げた。
  特に慰安婦問題に関し、橋下氏が「強制連行を直接示すような資料はない」とした平成19年の安倍内閣の閣議決定を引用し、慰安婦募集の強制性を認めた河野談話について「証拠に基づかない内容で最悪」と批判したことを「大変勇気ある発言だった」と評価した。
  再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにした。
     (産経新聞 2012/08/28 00:57)

 

 安倍氏は、「再び自民党が政権の座に就いた場合は「(教科書で周辺諸国への配慮を約束した)宮沢喜一官房長官談話、河野談話、(アジア諸国に心からのおわびを表明した)村山富市首相談話、全ての談話の見直しをする必要がある。新たな政府見解を出すべきだろう」との考えを明らかにし」ていたのである。

 ここにあるのは「潔さ」の継承ではなく、「潔さ」の否認である。

 そもそも戦後七十年の「安倍談話」は、村山談話・小泉談話等で示された認識の否認、 「あの戦争」が「侵略」であったことの否認と、それへの「謝罪」の否認を目的として画策されたものなのである(「見直し」という言葉で目指されているのが「否認」と理解されてしまうのは当然のことである―稲田氏もこれまでの談話の否認の必要を語っていると理解する以外に解釈の方法が無い)。

 

 だからこそ、繰り返し、これまでに表明された談話の文言解釈の再確認が求められてしまうだけの話で、「未来永劫謝罪を続ける」ように見えてしまうような事態へ追い込んでいるのは、誰でもなく自身の「潔さ」の欠落であるに過ぎない。

 「あの戦争」の「侵略」としての側面を否認し、「潔さ」の現れとしての「侵略」や「植民地支配」への「謝罪」の否認を画策し続ける限り、常に本心が問われ、「未来永劫謝罪を続けるように見えてしまうような事態」を招く結果となるだけの話なのである。「謝罪」が本心からのものであれば、そもそもこれまでの「談話」の「見直し」の必要はないわけで、「見直し」の必要が主張される以上、これまでの「談話」が(本心からのものではなく)口先だけのものと疑われ、「本当のところはどう思っているのか?」が、「未来永劫」の如き様相をもって問われ続けてしまうだけの話なのである。

 

 

 中曽根氏は、読売新聞記事では、ストレートに、

 

  第2次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであった。
  他方、アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった。

     (読売新聞 2015/8/7 03:00)

 

…と、「あの戦争」の「侵略」としての側面を潔く認め、

 

  戦後70年談話について、中曽根氏は「国際関係や外交関係を考えながら、今の首相が判断し、決めていくことで、私がとやかく言うべき問題ではない」としつつ、「過去の歴史を直視し、村山談話、小泉談話を踏襲した上で、これからも日本側の誠意ある表現は時代の流れの中に込められていくべきだ」と語った

 

…とまで伝えられている。中曽根氏は、安倍氏や稲田氏と異なり、村山談話、小泉談話の見直し=否認ではなく「踏襲」の必要を主張しているのである。

 

 

 私は中曽根氏の支持者ではないが、中曽根氏のこの潔い判断については積極的に支持する。

 ただし、私は「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」を特に強調すべき価値として憲法に書き入れる必要は感じないが。

 憲法に規定されてなくとも(誰に言われずとも)、人として潔く生きろ! この態度の中にこそ「日本の歴史の中で育まれた日本人の民族固有性」が見出されるのだと思いたい(あくまでも私の願望に過ぎないのかも知れないが―実際、安倍氏支持者の言動を見ていると、「私の願望に過ぎない」ことを痛感させられるのである)。

 

 

 

【註:1】
「転換への挑戦 元首相・中曽根康弘 戦後70年 前進の起点」

 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n1.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n2.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n3.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n4.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n5.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n6.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n7.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n8.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n9.html
 http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150807/plt15080708000001-n10.html

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2015/08/09 22:16 → http://www.freeml.com/bl/316274/252682/
 投稿日時 : 2015/08/12 18:24 → http://www.freeml.com/bl/316274/252950/

 

 

 

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