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2015年6月

2015年6月28日 (日)

米軍にとっての理想の戦場としての尖閣

 

 

  人も住まない小さな島一つのために、果たしてアメリカの若者が血を流してくれるのか?

 

 

 

 尖閣問題について議論する際に、このような疑問を聞くことがある。

 

 

 結論から言えば、米国にとっても、尖閣には死活的利益が存在するのだと考えるべきであろう。

 尖閣を含む日本列島は、山県有朋風に言えば「米国の利益線」に相当するのであり、尖閣を含む日本列島に対する攻撃を座視してしまえば、アジア太平洋全域における米国の影響力、そして地球規模での米国の影響力の喪失を招く結果となることを忘れるべきではない。

 

 

 尖閣への攻撃の座視は、米国の外交的影響力の徹底的喪失を意味してしまう以上、米国の選択肢としての可能性は相当に低い。

 一方で、もちろん、米国にとって対中全面戦争は避けるべき選択ではある。

 その意味で、安倍政権は米国にとって実に迷惑な存在であろうが、安倍政権による「集団的自衛権」についての政策は、米国の軍事的損失の減少(もちろん、その分は自衛隊の損失により埋め合わされる)に役立つとの理解の下、米国にとっては都合の良いものとして歓迎もされている。

 

 

 

 問題を軍事面に限れば、尖閣での局地戦は(それを局地戦にとどめ得る限り)、米国にとってはもっとも望ましい戦争のスタイルとなることも、確かなことだと思われる。

 民間人を巻き込む可能性が無い戦場で、最新鋭兵器を駆使して圧倒的な軍事力を見せつけ、中国軍を駆逐して見せる。尖閣での軍事衝突は、米国にその機会を与えるのである。そして、(イラク戦争により失われた)米軍の軍事力の圧倒的優越性の国際的イメージは回復されることになる。

 現在の米軍のウィークポイントは、民間人を巻き込んでしまう地上攻撃にあるわけで、純粋に制海権と制空権だけが問題になる(尖閣のような)戦場、純粋な軍事目標に対する攻撃だけが可能になる(尖閣のような)戦場は、米軍にとっては最も好ましいものなのである。小規模な海兵隊による尖閣上陸部隊の排除の必要はあるにしても、基本的には米軍の保有する空軍力と海軍力における圧倒的優位性がモノを言う戦場なのである(註:1)。

 そのような意味で、米国の外交的(政治的)判断の方向性とは別の問題として、軍事的には尖閣は米軍にとっての理想の戦場であること(註:2)については、私たちも十分に理解しておくべき問題ではないかと思う。

 

 

 

 中国側に、そのような米国にとっての尖閣の軍事的位置付けを理解し、合理的判断をし得る軍人・政治家が存在し得ている限り、そして、そのような人物(派閥)が軍事的政治的決定権を握っている限りは、中国軍に圧倒的に不利な選択となる尖閣への直接攻撃は避けるはずである(註:3)。

 問題は、そのような能力を欠いた人物が軍事的政治的決定権を持ってしまった場合であるが、その可能性が低いとは言えないところが、実に厄介な問題点の一つ(註:4)なのである。

 

 

 

【註:1】
 ランド研究所上級研究員の肩書を持つベンジャミン・S・ランベス氏の「実戦に見る現代空軍力」(2001)はアフガン及びイラク戦争の前に書かれたものだが、湾岸戦争(1991)とコソヴォ紛争(1999)での米国空軍の作戦行動について論じる中で、湾岸戦争に対比してコソヴォ紛争で明らかになった問題として、

  第二の問題として、民間の被害と非軍事的建造物への損害を回避することを求める圧力が、コソヴォ紛争ではかつてないほど強かった。しかしながら、アメリカ空軍のチャールズ・ワルド少将が「私の二七年間の軍歴の中で経験したことがないほどの厳しさ」であった交戦規則にもかかわらず、全作戦を通してNATO側の兵器によって予定していなかった損害が発生した例が三十件もあった。その中には、民間人が間違って殺された事件が一二件もあり、これらは大々的に報道された。これらの事件の原因の一つは、NATO機が爆撃にあたって四五〇〇メートル以上の高度を維持しなければならないことであった。NATO機がセルビア側の対空兵器が最も有効な射程圏内に入らないようにこの制約は課せられていた。さらに原因となったのは、セルビアとコソヴォの各地を覆っていた雲と煙である。時にこれらは爆弾が投下された後に爆撃機と爆弾の間に吹き込むことがあった。そのため誘導用のレーザー光線が目標に届かなくなり、誘導されていた爆弾が意図されない方向に落下してしまう場合があった。
  これらの事件に報道関係者が非常に注目したのは、相手側の非戦闘員の損害をゼロに抑えることが戦略の目的を超えて、世論の期待するところとなってしまったためである。非戦闘員の犠牲は戦争の常であるが、それを回避できたはずの人為的ミスとして扱う非現実的な努力がなされた結果、全ての誤爆が大げさにトップ・ニュースとして取り上げられ、精密爆撃ができるはずの空軍の能力を傷付けるものとして扱われた。それどころか、たまたま起きたこれらの悲劇的な出来事への反省としてNATO側搭乗員にさらに厳しい制約が課せられたが、このことは現代空軍力がいかに自らの成功によってかえって束縛されるかを物語っている。湾岸戦争において、レーザー誘導爆弾がまるで何の狂いもなく敵の地下壕の空調口に突入するビデオ映像が放映されたが、多くの視聴者はそれに魅せられてしまった。しかし、まるで狂わない兵器として広く認識されてしまったために、政治指導者たちと一般世論はともにその後も同じことが繰り返されるのを期待するようになった。
  誤爆による被害がないことが戦略の規範として受け入れられてしまうと、空軍の評価基準は事実上達成できない高いレベルのものとなってしまう。そうなれば、ある爆撃作戦の途中で狙われた目標以外のものに被害が出ると、国内の反対勢力と敵のプロパガンダの格好の材料となる。結局、コソヴォ紛争において目標が明確に確認できなかったため、あるいは目標以外に被害が出る可能性があったために、多くの爆撃が出発前に取り消されたり、あるいは爆弾投下直前に中止されたりした。そのために、湾岸戦争に比べてかなり非効率的な爆撃作戦となった。
      『戦史研究年報 第5号』(2002年3月) 防衛省防衛研究所

…と、米空軍の売り物であったはずの精密誘導兵器による民間人への被害がもたらす影響を(かなり悔しそうに?)指摘している。実際、この問題はその後のアフガン戦争でもイラク戦争でも米軍の作戦行動への制約要因となったものであり、それに対し尖閣(あるいは南沙諸島)での作戦行動は、その問題(民間人に対する誤爆の可能性)からほぼ完全に解放されたものとして位置付けられることになるはずである(つまり、軍事的には―軍の論理からすれば―歓迎される戦争として位置付けられる)。

 

【註:2】
《南沙諸島の問題での最近の米国の姿勢》

  米国防総省のウォレン報道部長は21日、中国が領有権を主張する南シナ海・南沙(英語名スプラトリー)諸島の岩礁を埋め立てて人工島を造成している問題に関し、次の段階では島の12カイリ(約22キロ)以内に米軍機を進入させ、一帯は国際空域だと行動で示すことになると表明した。国際法では、海岸線から12カイリ以内は領空・領海と定められている。
  ウォレン氏は、航行の自由の原則を訴える目的で、係争海域に艦船や航空機を意図的に送り込む「航行の自由作戦」を南シナ海で続けていくと記者団に強調。埋め立てをやめない中国をけん制するため、12カイリ以内に派遣するのかと問われ、「次の措置はそれになる」と答えた。実施時期など詳細については、現時点で発表することはないと述べるにとどめた。
     (時事通信 5月22日(金)8時53分配信)

 これも、尖閣と同様、米軍にとっては「最も望ましい戦場」となるわけで、(あまり実績を残せていない)「オバマの実績づくり」としての一つの選択肢となる可能性もある。

《中国に対する米国の牽制的行動の一例》

  「北朝鮮の挑発に備えねばならない。THAADなどについてわれわれが話す理由だ」
  ケリー米国務長官は18日、ソウルの在韓米軍基地で突然こう語った。直前に行われた尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との米韓外相会談では、THAADについては取り上げられなかったため、韓国外務省はパニック状態になったという。
  続いて、米国務省のローズ次官補が19日、ワシントンで開催された討論会で、「米国は、韓半島にTHAADの永久配備を考えている」と発言した。米統合参謀本部のウィニフェルド次長も同日、ワシントンでのセミナーで、「米国は、北朝鮮の脅威のため、韓国と在韓米軍の防衛力増強に向けてTHAADを使う可能性に関心を持っている」と語ったのだ。いずれも、東亜日報(日本語版)が21日報じた。
  THAADとは、米国が韓国での配備を目指す、ミサイル防衛(MD)システムの中核だ。海上配備型迎撃ミサイル(SM3)が大気圏外で敵弾道ミサイルを撃ち漏らした場合、最新鋭の地上配備型迎撃システムであるTHAADが大気圏内の高高度で撃ち落とすという。
  迎撃ミサイルとともに、敵のミサイル発射を早期探知する高性能レーダーの配備も必要となる。このレーダーが配備されると中国国内のミサイル基地の動向が丸裸になるため、中国は猛烈に反対してきた。
     (夕刊フジ 5月23日(土)16時56分配信)

 「敵のミサイル発射を早期探知する高性能レーダーの配備」とは、まさに中国との戦争に至る可能性を視野に入れた上での牽制的発言と考えるべきであろう。

 

【註:3】
 現実問題としては、尖閣以外にも、南沙諸島をめぐって米中両国が互いに緊張を増大させつつある現状があり、その南沙諸島も、条件としては尖閣同様の「米軍にとっての理想の戦場」であることは明らかで、今後の展開は注意深く見守る必要があるだろう。
 尖閣問題にしても、南沙諸島問題にしても、中国軍の予算獲得の名分としては、自国の主権領域の拡大(「回復」と称してはいるが)のための対外(焦点としては対米)軍事力の確保なのであって、その意味で尖閣でも南沙諸島でも、中国側に「譲歩」は難しい。
 日本の対米戦争(「先の大戦」である)においても、対米戦のための軍事力(仮想敵国を米国としての軍事力)として予算獲得を続けた日本海軍は、自ら「引くに引けない状況」に陥り、理性では対米戦争での優位を幻想と知りつつも対米戦争に突入した事実があるわけで、現在の中国の軍人が口にする対米強硬論・対米強硬姿勢が、中国の当局者に引くに引けぬ状況をもたらす可能性は排除出来ないのである。
 一方には、支持率の低迷するオバマ政権の存在があり、今後のオバマ政権の実績づくりへの誘惑を考えれば、「米軍にとっての理想の戦場」の魅力は選択肢としてどこまで無視することが可能なのかについても留意しておきたい。

 

【註:4】
 もう一方には、現在の安倍政権という、これまた日中間の対立を強化することに熱心な、日中間の対立を強化することで政権への支持・求心力を確保しようとする内閣の存在があることも、尖閣をめぐる状況の不安定化要因のひとつとなっていることは否定出来ない。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/05/21 22:46 → http://www.freeml.com/bl/316274/246455/

 

 

 

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