« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »

2015年2月

2015年2月22日 (日)

敗兵先戦而後求勝 (軍事的リアリズムと戦争)

 

 

 

     敗兵先戦而後求勝

 

 

 出典は『孫子』である。

 

 

     敗兵はまず戦いて而る後に勝を求む

 

 

 

 金谷治氏は、岩波文庫版の『孫子』に収録した現代語訳の中で、

 

     敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるものである

 

…と訳している。

 これだけではわかりにくいかも知れないので、ネット上にある読み下し文と訳文(http://kaburen.com/library/sonshi/son04.html)を用いて、全体の文脈の中での理解を試みよう。

 

 

  勝を見ること衆人の知るところに過ぎざるは、善の善なる者にあらず。戦い勝ちて天下善というは、善の善なる者にあらず。故に秋亳を挙ぐるも多力となさず、日月を見るは明目となさず。雷霆を聞くは聡耳となさず。古のいわゆる善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。故に善く戦う者の勝つや、智名なく、勇功なし。故にその戦い勝ちてたがわず。たがわざるは、その措くところ必ず勝つ、すでに敗るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わず。この故に勝兵はまず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵はまず戦いて而る後に勝を求む。

 

 

   勝機を掴むのに一般人でもわかる程度なら、誰も名将とは言わない。同様に、戦いに勝って世間から名将だと賞賛される程度なら、本当の意味での名将とは言えないのである。何故なら、細い毛を持ち上げられても力持ちと言われないし、太陽や月が見えても視力が良いとは言われないし、雷鳴が聞こえても耳が良いとは言われないのと同じである。(つまり、一般人が凄いと気付く程度なら、実際は凄くないのである。)昔の名将と呼ばれる人たちは、無理なく勝てるときに勝っているのである。だから名将の勝利には、奇策だとか、知略だとか、武勇だとかの手柄話が何もないのである。何故なら、戦って勝つのに間違いない状況で勝っているからである。間違いないということは、自身は必勝の態勢で臨んでいるので、敵は戦う前から敗北しているのである。だから名将というのは、自身は不敗の地に立ち、敵を必敗の地に立たせるのである。必勝の軍は先ず勝利してから敵と戦うのに対して、必敗の軍は戦ってから勝利を探すのである。

 

 

 

 最後の部分は、金谷訳の方が理解しやすいかも知れない。

 

 

 

 

     敗兵先戦而後求勝

 

 

 総合的戦略を欠いたその場しのぎの「事変の拡大」の果ての対米英開戦と、その帰結としての(わが国体の危機的状況をさえ招いた)敗戦とは、まさに「敗兵先戦而後求勝」の二十世紀的事例であったと言えよう。教訓として学ぶべきは、軍事におけるリアリズムには、武力行使への積極性だけではなく、開戦の回避への努力も含まれるのだということである。

 今回の「イスラム国(IS)」をめぐる安倍氏の言動を振り返るにつけ、この孫子の言葉が現代においてもなおリアリティーを持つものであることを痛感させられる。

 「イスラム国」に対し、安倍氏が事態を主導することが出来ていなかった以上、「イスラム国」に翻弄され続けてしまった以上、ヨルダンに「イスラム国」への対応を丸投げするような事態にまで立ち至ってしまった以上、まさに「まず戦争を始めてからあとで勝利を求める」ような状況に陥ってしまっていたのであり、安倍氏は「イスラム国」との初戦で自ら敗れているようなものだ。

 このような人物が、「対テロ戦争」に国家を巻き込み、「対テロ戦争」の総指揮官であるという現実(テロとの戦争には「前線」と「銃後」の区別、そして「戦闘員」と「非戦闘員」の区別はないのである―既に日本国民のすべてがテロの対象となってしまったのであり、日本国内は戦場そのものなのだ)の危うさに気付くことが出来ないのも、一般人が真の名将を見抜くことが出来ないことの裏返しなのであろう。危機管理能力の高さは危機的状況が存在しないことによって示されるので、鈍感な人間に気付かれるものではないし、自ら危機的状況の発生を招き事態に翻弄されていたに過ぎないのにもかかわらず、危機への対処に奮闘し可能な限りのことをしたのだと鈍感な人々から評価されることさえあるのだ。

 

 

 

 いずれにせよ、孫子の時代と現代に断絶はない、ように見える。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/02/06 20:21 → http://www.freeml.com/bl/316274/238514/

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月13日 (金)

『沖縄/大和』、『ヘイトスピーチ』、『風和里』、『イラク チグリスに浮かぶ平和』を観る

 

 昨夜は、パレスチナ製のビールを飲んで、そのまま寝てしまった。

 ビールは「座高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」の会場で手に入れたもので、昨日は午前中から高円寺まで出かけ、四本のドキュメンタリー作品を観てしまったのである。

 

 

 

 すなわち…

 

 

 座高円寺ドキュメンタリーフェスティバル
   (http://zkdf.net/index.html

 

 コンペティション部門 入賞作品上映

  10:00 -
   沖縄/大和 (99min)
    比嘉賢多監督

  12:10 -
   ヘイトスピーチ (92min)
    佐々木航弥監督

  14:00 -
   風和里 (80min)
    田中健太監督

  15:40 -
   イラク チグリスに浮かぶ平和 (108min)
    綿井健陽監督

  (各回上映終了後 監督挨拶あり)

 

 シンポジウム

  18:00 -
   ドキュメンタリーは今、何と闘うのか?

    プレゼンター:田原総一朗
    パネリスト:原一男/金平茂紀/三上智恵/ヤン・ヨンヒ/渡辺考/橋本佳子

 

  20:00 -

 表彰式
  入賞者トーク
 閉会式

 

 

 

 上映だけでも長丁場なので、残念ながら、シンポジウムと表彰式は失礼してしまったが、忘れないうちに、各作品についてメモだけは記しておきたい。

 

 

 

 綿井健陽監督の『イラク チグリスに浮かぶ平和』は、上映された四作品の中では唯一、プロのジャーナリストによる堅実な作品である。

 イラク戦争から10年間(2003年の戦闘開始前夜から2013年まで)に及ぶイラクの現実を、ある家族の姿を中心に記録したもの。

 描かれるのはブッシュの「テロとの戦争」がもたらしたイラクの現実である。当初はイラクが保有している(とされた)大量破壊兵器の脅威を口実とし、後にはフセインを排除してのイラクの民主主義化を目的として正当化された戦争は、しかしイラク国民に平和も民主主義ももたらさなかった。ブッシュは「世界はより安全になった」の言葉と共にイラク戦争の戦闘終結宣言をしたものだが(どれだけの人間があのセリフを覚えているだろうか?)、しかし、現に「イスラム国」の存在が示すように、イラクの国内にもイラクの国外にも「安全」などもたらされてはいない。

 その「現実」が、綿井監督が出会い取材を続けた家族の姿を通して、一般論としてではなく個々の個人の運命(生のすぐ横に死がある「現実」がもたらす「運命」である)の苛烈さを通して、明らかにされてしまう。個人を襲う現実はあまりに残酷であり、問題を総論で語ろうとすることの小賢しさを痛感させられるばかりであった。

 実際に映像に向き合って欲しいと思う。

 

 

 

 綿井監督作品以外の三作は、どれも学生の作品で、大学の卒業制作をそのままコンペティション応募作品としたもののようだが、それぞれに見応えがある作品であった。

 

 

 『沖縄/大和』(比嘉賢多 2014)は和光大学の卒業制作作品で、実は昨年の6月の武蔵野美術大学での上映の際に観ている(詳細は「「慰霊の日」に、比嘉賢多監督の『沖縄/大和』(2014)を観た」参照)。

 今回あらためて、沖縄の歴史を見事に埋め込んだ作品であることを感じさせられた。

 沖縄出身の監督当人の家族や友人との語らい。基地反対運動に身を捧げる老人達、老人達の基地反対運動に(いわば)反旗を翻す老人達の子どもの世代、そして老人達の孫の世代となる監督と友人達。戦後の沖縄の歴史が、(因果がめぐるが如くに)それぞれの姿に凝縮されているように見える。先の世代と後に続く世代、そしてさらに後に続く世代。それぞれの世代固有の経験としての現実の中で、継承されるものがある一方で反発の対象となり克服の対象とされてしまうものもある。そのような個々の世代の経験の歴史の背後には、より大きな歴史としてのより大きなスパンでの日本(本土あるいは内地)と沖縄(ウチナー)の関係がある。

 比嘉監督は、作品を通して、本土と沖縄の間にある(と彼が考える)「心的ライン」について問うのである。友人たちに問い、自問を続けるのだ。「心的ライン」は歴史的に形成された現実であると同時に、沖縄人としての自身の思いが作り出す心理的現実でもある。

 今回の上映後に監督の口から語られたのは、沖縄にとって攻撃的な存在である(そのように位置付けざるを得ない)本土に対する防御反応としての「心的ライン」(ウチナーとしてのアイデンティティーを守るための一線)が、本土への反発的心情に伴われる時、防衛的心理を超えて攻撃性を帯びてしまうこと、帯びてしまいかねないことへの反省的自覚であった。本土と沖縄の歴史的関係性からすれば、「心的ライン」の存在そのものは正当なものであると私は思うのだが、それは同時に被害感情の絶対化にもなり得るものなのであり、比嘉監督の視線はその先を見据えているのだ。人は自らの歴史的条件の中で生きざるを得ないものだが、歴史的条件を対象化し相対化することで、自ら引いてしまったラインの外へ踏み出し得るのである。

 

 

 『ヘイトスピーチ』(佐々木航弥 2014)は大阪芸術大学の学生の作品である。

 内容はタイトルの通りで、映し出されるのは、いわゆる「在特会」による在日韓国朝鮮人を対象とした扇動的で差別的な「運動」の実像であり、それに対抗しようとする「カウンター」と呼ばれる人々の姿である。

 「在特会」の運動形態については、それこそ語るに落ちるような話であって、不当な「在日特権」なるものの是正を口実としてはいるが、本当に不当な特権が存在するのであれば運動の対象は行政や議会であるのが当然であるにもかかわらず、在日の子どもたちの学ぶ学校にまで押しかけ、小さな子どもに対して暴力的恫喝的な言動を平然と繰り返しているのである。街頭での示威行為の内容も、行政に「特権」の是正を求めるようなものではまったくなく、ひたすら恫喝的民族差別的スローガンを叫ぶだけのものである。

 作品には、それに対抗しようとする「カウンター」の流れに参加する、というより「カウンター」の流れを作り出そうとする、作り出しつつある人々の姿が記録されている。様々な場所に、「在特会」の活動を放置しておくことを自分に対し許すことの出来なかった人がいて、それぞれに活動を開始し、やがて連携し、運動として賛同者を獲得して行く過程が、撮影と同時進行していくのである。

 運動は決して一枚岩という形にはならないし、一枚岩であることを目指さない運動のあり方が、(結果として)求められているようにさえ見える。

 運動の中心となっているのは(大学院生であったりするような)若い世代であり、運動形態を見ても、かつての体制批判運動を支えた(かなり年長の世代の)活動家の世界とは一線を画しているようにも感じられる。そのような意味で、歴史的経験が継承されていない、あるいは先行世代との断絶があるようにも見えるが、先行世代の失敗(手詰まり感の中で先鋭化することで共感を得るべきマジョリティーへの説得力が失われてしまう)を繰り返す必要もないだろう(しかし、失敗そのものの在り方は学んでおくに値すると思うが)。

 二十歳そこそこの監督が、少し上の世代がやむにやまれず始めた活動を記録する映像は新鮮である。「カウンター」の運動の中心を担う人々にとっても、社会運動はまさに初めての新鮮な経験であり、それを学生というさらに若い(社会経験のない)年齢の佐々木監督が初めての新鮮な経験として映像による記録作業をしているのである。全体として荒削りなところは確かにある。言うならば年上のカッコイイ先輩の姿を追う後輩のカメラという印象もあって、そこに学生作品としての限界を見出し批判することも出来るのだろうが、私は映像に記録された若い眼差しを肯定的に評価することから始めたい。

 

 

 『風和里』(田中健太 2014)もまた大阪芸術大学の学生の卒業制作作品である。

 こちらは大阪の富田林市にある小さな駄菓子屋を舞台とした作品。

 七十代の明子さんと、彼女の四十代の娘が切り盛りしている駄菓子屋さんである。店名が「風和里」(「ふわり」と読む)。

 店にやって来るのは小学生から高校生までと幅広い。その幅広い年齢層の客が入り浸る、その魅力が、作品を通して描かれる。

 「入り浸る」ようなお得意さんには共通点があることが明らかになっていく。小学生から高校生(高校中退者も多い)まで、両親の離婚等により、それぞれに家庭(家族として集う場)が居心地の良い場所ではなくなっているのである。

 そんな子供たちに、居られる場所を提供しているのが風和里(そして明美さん)なのである。

 たむろしていても居心地が悪かったり追い出されたりすることのない場所であるだけではなく、明子さんが(そして明子さんの娘さんが)子どもたちのカウンセラー(あるいはセラピスト)の役割を果たしていることが、映画の進行と共に、観客にも伝わってくる。

 もちろん、公的な(あるいは資格を持った公式の)カウンセラーではないわけだが、しかし、駄菓子屋というプライベートな場であるからこそ、やって来る子供たちと明美さんの間には、より踏み込んだ関係が形作られもするのである。

 映画の中で一年分のエピソードが過ぎ、「卒業制作作品」だから(通常は最終学年の一年間で製作するものなので)そろそろラストかなと思うと、まだ続く。終了後の監督の挨拶によれば、風和里には一年の時の課題で訪れ、その後の三年間、撮影を続けたのだというが、その成果は十分に映像化され得ていると思う。三年という時間は、記録された人間関係に豊かな厚みを加えるのだ。登場する子どもたちも確かに成長するし(その瞬間が見事に記録されている)、撮影を続ける監督自身も確かなものを得ているのが伝わってくる。

 ここでも、卒業制作ゆえの新鮮さを感じる。ベテランの監督が同じ場所で撮影しても、このような映画としては仕上がらないだろう。撮影者が学生であるということは、人生の経験において被写体となる子どもたちに近い場所にいることを意味するし、しかしそれぞれの子どもの家庭生活の過酷さは自身の経験からの想像力を超えているかも知れないし、もちろん人生経験を積んだ明子さんは見上げるべき位置にいる存在なのである。

 ベテラン監督にとっては、明子さんは取材対象として尊重し敬意を持つべき存在であっても、人生経験・社会経験においては対等の関係であり得る―つまり学生とは視線のあり方が異なるものとならざるを得ないということなのだ。それは語る側、取材される側にとっても同様で、完全な「大人」としてのベテラン監督のカメラに向かうのと、若く試行錯誤の中にある学生監督のカメラに向かうのとでは、異なる関係性の中に対応することになってしまうはずだ。そのような意味で、どんなに経験を積んだ監督にも作れない作品、経験を積んでいればこそ作り得ないような作品となっている。

 

 

 

 そのような学生作品(卒業制作)であるからこその新鮮さは三作品に共通している。

 映画制作においても、人生経験・社会経験においても手探りな部分があることは確かだが、しかし撮影し編集することを通して世界をつかみ、観客と共に味わう。彼らのその第一歩を観客として共有する時間を持てたのは、私にとっても幸せなことであった。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/02/13 00:20 → http://www.freeml.com/bl/316274/238996/

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 8日 (日)

「テロとの戦争」と「平和ボケ」 2 (戦争と後方支援)

 

 

  安倍総理大臣は、参議院予算委員会の集中審議で、自衛隊が多国籍軍などに対する後方支援活動に迅速に当たれるようにするため、恒久的な法律の制定を目指すとともに、自衛隊の派遣には国会の承認を必要とすることなどを検討していく考えを示しました。
     (NHK 2月5日 18時48分)

 

 

 

 安倍氏は「後方支援」に限定すれば問題が軽く済むのだと考えているのかも知れないが、どのような戦争であれ、「戦争」というものは前線における戦闘部隊によってのみ遂行されるものではなく、後方での効率的な兵站(補給)が死活的役割を果たすものであって(この点については大東亜戦争でいやほど学んだはずだが)、「前線への戦闘部隊の派遣」に対し「後方支援」が副次的役割を果たすというものではない。「後方支援(兵站・補給)」を欠いた前線部隊は、戦闘能力を失い、最終的には敗者となるしかないのである。

 「対テロ戦争」での米国を中心とした「多国籍軍」の「敵(今回は「イスラム国」)」の視点からすれば、彼らが「戦争」という事態をリアルに認識していればいるほど(この点に関しては、「イスラム国」を軍事面で支えるのはイラク国軍出身者―プロの軍人―であることを忘れるべきではない)、前線(戦闘)も後方(補給)も彼らにとっての「敵(「イスラム国」の「敵」としての「有志連合=多国籍軍」)」の戦争を支える不可欠な要素なのであり、後方支援だから戦争へのコミットメントが軽いと見做されるなどと考えるのは、大きな誤りなのである。

 後方と前線の違いは、派遣された部隊の損耗率の違いの問題であって(言うまでもなく前線での戦闘部隊の死傷率は高くなるわけだが)、「有志連合=多国籍軍」の内部での役割分担の問題に過ぎず、「対テロ戦争」の「敵」にとっては、その違いが大きな意味を持つものではない。しかも「対テロ戦争」は、国家の正規軍同士による正規戦とは異なり、ゲリラ戦として展開されるものなのであり、そこでは前線と後方の区別は失われるのである。(比較すれば前線より安全ではあろうが)後方もまた戦場化してしまうものなのだ。

 

 ここで私たちが把握しておかなければならないのは、「対テロ戦争」における「有志連合=多国籍軍」の「敵」である「イスラム国」からすれば、「対テロ戦争」での「後方支援」に日本が参加するということは、日本が「対テロ戦争」の直接の参戦国となったことを意味し、「戦争」における明白な「敵」となったことを意味するものとなるという構図である。

 

 結果として、当然、日本国内でのテロ実行の優先順位も高くなるわけである。

 以前にも指摘した(「「テロとの戦争」と「平和ボケ」 1 (戦争と最高指揮官の危機管理能力)」参照)ように、テロリストは外部からだけやって来るのではなく、テロの実行にはイデオロギー的共感も必要ない。テロリストとなるのはイスラム原理主義者とは限らず、もちろんアラブ系の人間である必要もないのである。

 宅間守(池田小事件)や加藤智大(秋葉原事件)のような人物にとって、今後、「イスラム国」は、無差別殺傷の実行の機会と手段を提供する存在となるのだということ。少なくとも、「イスラム国」にとって(もっとも、今後、日本を敵と見做すテロ組織は「イスラム国」だけとは限らないものとなるのだが)、日本国内でのテロ実行のハードルは、私たちが想像するほど高いものではないのだということは覚えておいた方がよい(その気になるのかならないのかは彼ら次第なのである)。

 

 

 

 米国主導の「対テロ戦争」へ参戦しないことは、日本国としても国民としても決して国際的に「卑怯」なことではない。

 911以来の米国主導の「対テロ戦争」、つまり軍事的手段による問題の解決の試みは、現在に至るまで成果をあげているとは言い難い状況であり、それは、現に「イスラム国」の存在が証明している現実でもある。軍事的手段による問題解決とは別の方途を探ることは合理的でさえあるし、「対テロ戦争」の出口を用意することにもつながり得る(米国の利益にもなり得る)のだと考えておくことも必要だろう(もちろん、そこには、日本の外交的力量の限界という高いハードルがあるのだが)。

 いずれにせよ、国民がテロの標的になることを避けようとするのは、個々の国民にとっても一国の首相としても「賢明」な方向性である。もちろん、テロリストの行為を非難すること自体は間違っていないし、テロの土壌を除去することに努めることは必要なことである。

 しかし、 米国主導の「対テロ戦争」にわざわざ積極的に参戦する必要もないのである。

 

 

 このような構図を理解し、首相としての安倍氏の軽い口先により、既に国民がこの「対テロ戦争」の渦中に巻き込まれていることを理解し(理解することが「賢明」に振る舞うことへの第一歩である)、「卑怯」になることなく、しかし国民の犠牲を最小限にとどめること(首相にとっても国民にとっても大事なことは、何よりも事に際して「賢明」であることであって、「賢明」であることには「卑怯」と見做されるような振る舞いをしないことも含まれるのだと考えておきたい)。

 思考停止に陥らずに、その方途を探ることが大事なのだと思う。

 

 

 

 問われているのは、私たち自身の賢明さなのだとも言えるだろう。

 もっとも「原発安全神話」に「騙されていた」というのが、国民の多数の認識であったのがそう古い話でもないという現実からすれば、「私たち自身の賢明さ」に期待することも賢明ではない、そのように言うしかないのかも知れない。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/02/07 21:20 → http://www.freeml.com/bl/316274/238597/

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 7日 (土)

「テロとの戦争」と「平和ボケ」 1 (戦争と最高指揮官の危機管理能力)

 

 「平和ボケ」という言葉は、 通常は安倍晋三氏と対極の位置にある人々に対し、 安倍晋三氏にシンパシーを持つ人々が揶揄的に用いる。

 そのように言うことが出来るであろう。

 

 

 しかし、あらためて、 今回の「イスラム国」による日本人人質事件に端を発する、 「対テロ戦争」への安倍氏の「前のめり」状態を見るにつけ、 安倍氏もまた「平和ボケ」そのものなのではないのか?

 安易に「対テロ戦争」に参加してしまうことの意味(その厳しさ)を、安倍氏は、そして安倍氏を支持する人々は、まったく想像し得ていないのではないのか?

 そんなことを、深く痛感させられる。

 

 まず今回のことで言えば、 最悪の状況へ立ち至ることを回避するのが外交の役割であり、 政治家の重要な任務であることを忘れたような議論は、そもそも出発点が間違っているのだということ。

 そのためにこそ、政治家には慎重に言葉を選ぶことが求められるのであり、その点において安倍氏はあまりに不用意であったことは明らかである。前回の記事での指摘を繰り返せば、

 

  日本国の首相が「イスラム国(IS)」を敵と見做している国家を歴訪し友好関係を誇示してしまえば、(「イスラム国」の側からすれば)「イスラム国」の敵の味方として見做されることになるのは当然過ぎる話である。つまり「イスラム国」から日本は敵として見做される(しかも歴訪諸国への援助名目を「シリア難民対策」で済ませればよいところで、わざわざ「イスラム国」を名指してしまったのは致命的である)。
  その際、昨年来、「イスラム国」の人質とされている日本人がいる以上、彼らが「イスラム国」に利用される(日本国への脅迫材料とされる)ことを想定するのも当然過ぎる話であるはずである。
     (「敵の味方は敵」)

 

…という問題である。

 

 「危機管理」の要諦は、まず危機的状況を生じさせないことにあるのであって、 自らの不用意な言行により危機的状況を招いてしまった事実は、安倍氏の危機管理能力に問題があることを意味する。

 

 『産経新聞』の報道によれば、国会で、

 

  小池氏はこれに先駆けて首相がエジプトで行った演説についても「『非軍事の人道支援』という表現はない。2人の日本人に危険が及ぶかもしれないという認識があったのか。首相の言葉は重い」などと追及した。

  首相は「いたずらな刺激は避けなければいけないが、テロリストに過度な気配りをする必要はない。ご質問はISIL(イスラム国)に対して批判をしてはならないような印象を受ける」と反撃。イスラム国と対峙(たいじ)する国々への協力姿勢を打ち出した演説は現地で高評価を得たとも主張した。
     (産経新聞 2月3日(火)14時59分配信)

 

…とのやり取りがあったということだが、安倍氏の、

  いたずらな刺激は避けなければいけないが、テロリストに過度な気配りをする必要はない

…との言葉は、安倍氏に問題の本質が理解出来ていないのか、理解した上で問題を回避しようとしたのかは不明だが、ここで重要なのは、「テロリストに過度な気配りをする必要」があるかどうかではなく、必要であったのはテロリストの拘束下にある国民の存在への「気配り」の方だということ。その状況への「気配り」の欠如が、テロリストをいたずらに刺激し、人質殺害という結果にまで至ってしまったのである。

 その責任への自覚の欠如には、呆れるよりない。

 

 

 

 しかも、その間の対処も迷走している。

 たとえば『ロイター通信』によれば、

 

  イスラム国は1月20日にインターネット上に投稿した映像の中で、拘束していた湯川遥菜さんと後藤健二さん解放の条件として、身代金2億ドルを要求していた。菅官房長官は会見で、身代金を用意していたかについて記者から問われ、「それは全くない。100%ない」と明確に否定した。さらに、イスラム国と交渉する気は「全くなかった」と述べた。
     (ロイター 2015/2/2 17:08)

 

 そうであるなら、なぜヨルダンの死刑囚との交換という「イスラム国」の要求に対し、「要求」を拒絶することなく、(他の主権国家である)ヨルダン政府を巻き込み、対応を委ねてしまったのか?

 これは「イスラム国」に対する日本政府の主体的な振る舞いの放棄であり、日本の外交的主権の意味が問われるべき事態(失態と言うべきであろう)なのである。

 官房長官の会見内容が事実であるならば、日本政府は「イスラム国との交渉」を当初から否定していたことになり、ヨルダン政府への対イスラム国交渉の「丸投げ」的対処との整合性が取れない。

 この経過は、日本政府の対応の場当たり性を疑わさせるに十分なものである。

 別の言葉を用いれば、危機管理能力のレベルの低さを示す。

 

 

 「集団的自衛権」の運用を、このような政権に任せてよいのか?

 「国軍(=自衛隊)」の最高指揮官を安倍氏に任せて大丈夫なのか?

 安倍氏と安倍政権を、その点において信頼するというなら、それこそ「平和ボケ」と言われるべき認識であろう。

 

 外交交渉についても、軍事力行使(戦争の実行)に際しても重要なのは、自らの最小限の犠牲において最大の成果(戦果)を確保することなのであって、その点において、今回の対「イスラム国」問題では、安倍氏と安倍政権の能力不足が明らかになってしまった。

 私はそのように判断せざるを得ない。

 

 

 

 しかも「対テロ戦争」への積極的参戦を意味してしまうような、 一連の安倍氏の発言がどれだけ危険なものであるのか? 国民は、そして安倍氏支持者はどこまで理解しているのであろうか?

 

 「対テロ戦争」は、国家間の正規戦とはまったく異なるものなのである。そこでは戦闘員と非戦闘員(市民)の区別が最初から失われているのだ。

 国家間の戦争では、少なくとも建前上は、市民(非戦闘員)は戦闘に巻き込まれるものではあっても、標的にしてはならないことになっている(にもかかわらず、住民は巻き込まれ、犠牲者の家族は「対テロ戦争」を実行する国家に憎しみを抱き、テロリストのプロパガンダを正当なものと感じるようになってしまうのが、「対テロ戦争」が不毛化する理由であることをも十分に理解しておくべきである)。

 いずれにせよ、「対テロ戦争」においては、テロリストの標的は無差別であり、戦闘員への限定はない。国民のすべてが標的となるのである。

 安倍氏の安易な言動と、その言動への安易な支持は、その事実への想像力を欠いているものとしか言えない。

 まさに「平和ボケ」そのもの、と言うべきであろう。

 

 

 

 もちろん、テロリズムの横行する現状を放置してよいという話ではない。

 20世紀の歴史的経験が明らかにしているのは、外部の敵に対し容赦なくテロを実行しそれを誇示するような集団は、内部に対しても容赦のないテロを手段として支配を確立し、住民に対する容赦のないテロを背景に統治をするものだという事実であり、「イスラム国」についてもその構図をもって理解することは適切だと思われる。

 「イスラム国」は外部にとって危険なだけでなく、その内部にも抑圧的暴力的な支配体制が存在するであろうことは、容易に推測出来るのである。「イスラムl国」を擁護する必要はない(「イスラム国」の用いるレトリックを理解し、「イスラム国」を生み出してしまった歴史的政治的経緯を理解することは問題解決のために必須だが、テロリストに同調しテロリズムを支持する必要はないのである)。

 

 そして、外部への攻撃と同時に、内部では熾烈な権力闘争が展開されているはずである。権力確立期のボルシェビキであれナチスであれ、強権的で一元的に見える体制の内実は、競合した組織間、組織の指導者間の闘争と離反・粛清に彩られ、意思決定過程からは(一見した「一枚岩」の体制の印象に反して)統合性が失われてしまうのが現実である。(現実の経験として明らかになった)「イスラム国」との「交渉」の難しさの起源の一端はここにある(と考えるのが、あらかじめそのように想定するのが、20世紀の全体主義的体制の、あるいは新左翼運動の悲劇の歴史的経験から学ぶということである)。

 

 

 

 さらに言えば、テロリストに対し、直接的な軍事力の行使による「戦争」という対応は、必ずしも有効ではないのである。これもまた911以降、アフガン戦争、そしてイラク戦争から現在に至る経験が明らかにしている問題と言い得る。「イスラム国」の存在自体が、米国による「対テロ戦争」の現実的帰結の一つでもあるのだということの意味は、十分に踏まえておくべきである。

 日本には他の方法の選択は可能であったはずだ(鳩山氏のように「友愛」を説けば済むようなお花畑な話でももちろんないが)。

 

 

 

 首相が自ら「対テロ戦争」への積極的参加表明(あわてて「空爆には参加しない」などと言ってみたって遅い)をしてしまった以上、既に日本国民である我々は、テロリストの標的となってしまったのだ。

 テロリストは外部からだけやって来るのではない。テロの実行には、イデオロギー的共感も、実は必要ないのである(つまり、テロリストとなるのはイスラム原理主義者とは限らないし、もちろんアラブ系の人物である必要もない)。宅間守(池田小事件)や加藤智大(秋葉原事件)のような人物にとって、今後、「イスラム国」は無差別殺傷の実行の機会と手段を提供する存在となるのである。

 

 

 

 

 この現実の変化に気付かない(気付けない)ような人物を「平和ボケ」と呼ぶのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2015/02/05 21:38 → http://www.freeml.com/bl/316274/238369/

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »