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2014年6月

2014年6月29日 (日)

「慰霊の日」に、比嘉賢多監督の『沖縄/大和』(2014)を観た

 

 

《主催者ツイート》
上映まで残り3日となりました。
6月23日慰霊の日に武蔵野美術大学12号館302教室で上映します。聾者や聴覚障害者のためにも字幕がついております。ぜひ観にいらしてください!
(沖縄 / 大和 @okinawa_yamato     ·   6月20日)
→ https://twitter.com/okinawa_yamato

 

《予告編動画)
時にはユーモラスに、時には哀愁を含んだタッチで沖縄と大和の間に潜むラインをまなざす新しい沖縄ドキュメンタリー。

監督 撮影 編集 比嘉賢多
監修 高橋巌
三線演奏 比屋根良直
題字 青柳美樹
宣伝美術 福西想人
2014/HD/99min/カラー
→ http://youtu.be/ruwEkS8v9bM

 

 

 

 そんな情報から、どうも、これは観る価値のあるドキュメンタリーとの予感の下に、「慰霊の日」にムサビの12号館を訪れたのであった。

 

 監督は91年生まれで、作品は和光大学の卒業制作として撮影・編集されたもの、ということらしいが、予感は的中し、いろいろと考えるべきテーマが、我が課題として残されたような気分である。

 

 

 映像作品を大別するとドラマとドキュメンタリーということになるが、ドラマ制作には多人数のスタッフと出演者の管理が必須となる。ドキュメンタリーなら撮影・録音・監督を一人でこなすことも不可能ではない…というのが卒制にドキュメンタリー映画を選んだ理由なんだそうで、当初から特別なテーマがあったわけでもないらしい。

 これは、別の側面から言えば、あらかじめの方向性の欠如を意味する。

 ドキュメンタリー作品には、時としてプロパガンダ(あるいはアジテーション)的に、自身の主張を映像で証明する的な手法もあるわけだが、ドキュメンタリー映画撮影の動機も、撮影開始後の経過も、そのような方向性とは無縁であり、それが良い結果をもたらしているようにも見える。

 

 「沖縄と大和の間に潜むライン」という作品のテーマも、やみくもに撮影を続けた中で見えて来たものであり、当初の方向性の欠如が、撮影編集を続ける中で、自身が既に撮影した映像をメタレベルで(つまり自身の視覚的経験の記録の映像を言わば他人の経験として)見るような過程を組み込むことに大きくつながった。つまり、自身の経験の記録でありながら、そこに距離感が生まれ、自身の経験に対する批評的視線が生まれるわけである。良質な(と私が感じる)ドキュメンタリー作品には、そのメタレベルの視線が組み込まれていることが多い。今回も、監督のそのような姿勢を感じられたし、上映後の質疑の中で再確認することも出来た。

 もちろん、未経験な若い監督の第一作ということであり、自らの方法論として、そのように撮影が進められたというわけではないが、結果的にそのように組み上がっている背景には、監督当人の資質があることは疑い得ない。で、私はそのような資質を持った映像作家が好きなのである。

 そのような監督との出会いがうれしい一夜であった。

 

 

 

 

 以下は作品の内容に踏み込むもの(私がいかに読み解いたか、という種類の話)となるので、つまりネタバレ的内容として展開されるので、これ以上読むかどうかは、それぞれに判断していただきたい。

 

 

 

 比嘉賢多監督のドキュメンタリー映画『沖縄/大和』は、(監督の家族・親族という)監督自身の身内の人々と交わす会話(そして彼ら同士が交わす会話)のシーン、基地反対運動に身を捧げる人々の姿と彼らの言葉、基地反対運動に反対する人々の姿と彼らの言葉、そして監督の友人たちとの会話(女友達との会話と、バンド仲間である男たちとの会話)という四種類の登場人物とのやり取りの記録として構成されている。

 

 上映後の監督自身の語りによれば、とにかく出身地(地元)である沖縄で卒業制作作品としてのドキュメンタリーを撮影するというアイディアだけが出発点にあり、どのようなテーマで、どのように撮影を進めるのかについては白紙状態であったということだ。

 まず、身内の撮影から始め、基地反対運動と基地反対運動反対運動に参加する人々の姿を記録することに進み、そこから浮かび上がった問題意識が、友人たちとの会話に結実し、そこでのやり取りの内容があらためて身内の姿を照射し、基地をめぐり対立する運動の背後に潜むであろう構図をも明らかにしていく。

 すべてを観終えた時点で、観客は、それぞれのシーンが見事に照応しあう関係にあることに気付かされるのである。

 

 

 年上の世代の身内が交わす、それほど深刻でもないはずの会話の中にも沖縄戦の記憶が埋め込まれ、学校が「方言」(当人にとってはネイティヴ・ランゲージである)の矯正の場となったような子ども時代が語られることで、そこにいるのは本土(あるいは内地)育ちの私たちとは異なる歴史を背負った人々なのだということが、あらためて明らかになる。

 

 時には警官隊と揉み合いになるような事態を経験しながらも、日常的に黙々と基地の周囲で、基地への反対姿勢をアピールし続ける人々。

 そして、そのような基地反対運動を批判し、米軍人たちとの親和的関係の樹立の必要を主張する人々。

 前者が、基地の周囲で(そしてゲート前で)、米軍人(そして基地関係者)への反感をアピールし続けるのに対し、後者は、前者の非難の対象が米軍関係者の家族を含むものとなってしまっており、それでは「対立」だけが増幅・拡大されるだけではないか(そのような運動では憎しみしか生み出さないではないか)、と前者の運動の方法を批判するのである(米国人との間に「壁」をつくるだけではないか、対立からは平和は生み出せないと)。

 

 ここには、米軍基地の存在をめぐる沖縄内部での対立が描かれているのである。

 後者について、前者は、「従来であれば基地従業員であっても、その多くは基地反対運動の側にいたこと」を語り、基地従業員(とその関係者)と基地反対運動の対立は最近の現象であるとも語る。現在では、基地への依存が自明の前提となりつつあるということだ。

 後者は、自身の運動の経済的・政治的現実性を語るわけだが、つまりそこでは既に経済的な基地依存が自明の前提なのである。

 

 

 

 そのような身内を通した沖縄の現在、そして基地への反対をめぐる対立としての沖縄の現在を撮影し続ける中で、沖縄で生まれ育ったことの意味が、あらためて監督自身への問いとして生まれる。

 上映後のやり取りであらためて明らかになったのは、監督自身にとっての沖縄は「米軍基地の沖縄」ではまったくなく、観光イメージそのものの「青い海と青い空の沖縄」であったということ。これまで「米軍基地の沖縄」を意識することはなかったということ。つまり、そんな感覚の監督が撮り上げたドキュメンタリー映画であるということであり、しかし、それはこの映画の出発点がプロパガンダであること(あるいは「啓蒙」であろうとすること)と無縁な場所にあることを示すものであるし、だからこそドキュメンタリー作品としての独特の価値も生まれるのだということは、再確認しておきたい。

 

 

 

 しかし、それでも、「慰霊の日」と体感としての「暑さ」は身体に刻み込まれ、「慰霊の日」の前後の季節感としての「暑苦しさ」には沖縄の地上戦の記憶(まさに身内から受け継がれた「記憶」なのだ)が貼りついてしまっているのである。「青い海と青い空」という監督自身にとっての沖縄の深層には、地上戦という沖縄の経験が潜んでいるのである。もっとも、そのことにあらためて監督が気付いたのも、撮影の経験を通してだったのかも知れない(それまではあまり意識されることがなかった可能性もあるような気がする)。

 

 

 

 先に、

 

  比嘉賢多監督のドキュメンタリー映画『沖縄/大和』は、(監督の家族・親族という)監督自身の身内の人々と交わす会話(そして彼ら同士が交わす会話)のシーン、基地反対運動に身を捧げる人々の姿と彼らの言葉、基地反対運動に反対する人々の姿と彼らの言葉、そして監督の友人たちとの会話(女友達との会話と、バンド仲間である男たちとの会話)という四種類の登場人物とのやり取りの記録として構成されている。

 

…と、映画全体の構成について述べたが、基地反対運動との絡みで言うならば、最初に登場するのは米軍基地の存在に反対するために行動する人々の姿である。

 彼らはある時には警官隊と対立することも辞せず(彼らは警官隊の実力によって排除される側である)、日常的には基地のフェンスに反対の意思表示としてのテープを巻きつけ、ゲート前では米軍人を中心とした基地関係者に対する反感(彼らからすれば米軍は、海外の戦闘において敵と認定された人々の殺害を任務とした軍事組織であり、沖縄での婦女暴行事件にも関与した人々でありながら日本の国内法で罰せられない存在なのである)を言葉にして叫ぶ。

 

 そのような反対運動の在り方に異議申し立てをするのが、基地反対運動に反対する人々であり、映画の撮影過程の途中から、新たに基地の周囲に登場した人々である。つまり、当初は、彼らの姿は基地の周囲には(あるいは沖縄の地には)存在しないのである。

 映画の中での彼らの登場と、実際の現地での時系列での彼らの登場とは同時的であり、まさに映像は、彼らが基地反対運動の場に新たな対抗者として登場した歴史的瞬間を記録しているのである。

 彼らは、ゲート前で基地関係者に親しげに挨拶の言葉を投げ、米軍への感謝の念を伝え、反対運動関係者により基地周囲のフェンスに結び付けられたテープを剥がし取ることを始める。

 

 上映後に監督に確認したところでは、監督自身は、新たに登場した基地反対運動への反対者の主張に共感するところがあったという。先に紹介したように、彼らの理路の基本(彼らの説明によれば)には、

 

  前者(=基地反対運動)の非難の対象が米軍関係者の家族を含むものとなってしまっており、それでは「対立」だけが増幅・拡大されるだけではないか(そのような運動では憎しみしか生み出さないではないか)、と前者の運動の方法を批判するのである(米国人との間に「壁」をつくるだけではないか、対立からは平和は生み出せないと)。

 

…との認識があり、それ自体に説得力があったということであろう。

 実際問題として、基地反対運動のスタイルは、いわゆる「サヨク」の伝統に連なるものであり、ある意味で保守的なものである。新しい世代からは、「形骸化」したものとして受け取られても仕方がないようにも見えてしまう。

 

 

 

 そのような基地反対をめぐる対立を記録する中から、監督自身の「沖縄」に対する問題意識(自身が沖縄出身者であることの意味、沖縄出身者であることが生み出してしまう意味への問い)も育まれ、友人たちとの対話へと続く。

 そこで登場する友人たちの言葉には、いわゆる「よい子」が発するであろう「平和教育」の中での常套句と思われる表現や、報道や基地反対運動の中で用いられてきたであろう常套的な表現は見出せない。どちらかと言えば、そういうもの(被害者としての沖縄)とは距離を置こうとする態度が友人たちに共通しているように感じられる。

 

 しかし、それでも、彼らにとって彼らはウチナー(沖縄)の人間なのであって、ナイチャー(内地人)とは区別された存在(そこに「沖縄と大和の間に潜むライン」が見出されている)なのである。

 その「区別」の起源(「ライン」の「起源」)がどこにあるのか?

 少なくとも、画面の中では、彼らはその「起源」を、沖縄の「地上戦」の経験にも、沖縄の「米軍基地」の存在にも結び付けようとはしていない。

 むしろ「戦争体験」の圧倒的な相異を語るのは、バンドのメンバーである内地(群馬県)出身者の方である。

 

 ここで、彼らの内部にあるであろう、二つの微妙な問題が見えるようにも思える。

 一つには、沖縄の教育の場でも、報道の場でも、公的な位置を占める「被害者としての沖縄」という構図への違和感。

 同時に、「地上戦の記憶」も「基地の存在」も、彼らの中であまりに日常化していることから来る感覚。当たり前過ぎることは、意識に上りにくくなるのである。

 いずれにせよ、彼ら自身は、積極的には、戦争(地上戦)についても基地問題についても言及しようとはしていない。

 

 しかし、一方で、監督の家族(身内)のやり取りの姿からは、「地上戦の記憶」が、家族の日常の中に埋め込まれていることが明らかにされているし、女友達の一人は、彼女の子どもの頃の基地反対デモ参加の体験を語る(彼女の父は米軍基地従業員であるにもかかわらず反対運動に参加する日常!)。

 

 彼ら(彼女)は、積極的に自身を被害者として位置付けることはしない。そこには彼ら(彼女)自身のプライドの問題もあるだろう。

 自身を積極的に被害者=弱者として位置付けてしまうことは、自身を一人前として取り扱おうとしない態度と同一視され得るものなのであり、彼ら(彼女)もまた、そのような価値意識を持っていることは、当然のこととして考えられる。

 

 

 

 そんな女友達の一人(里穂さん)は、映画の後半でも再び登場する(ここでは、彼女への単独インタビューである)。

 やり取りの中で、そのシーンは「内地」で撮影されたことが明かされる(前半のシーンは沖縄での撮影である)。時間の経過の中で、彼女は「内地」の住人として再登場するのである。

 

 そのやり取りの中に、非常に印象的な言葉があった。

 彼女は、前半のシーンで語った「ナイチャー」と「ウチナー」の間の「ライン」についての認識が(実体験に基づかない)観念的なものであったことを告白する。実際の「内地」での生活は、彼女の認識に変化を与えたと言うのである。

 彼女は、自身が「日本人」であることと「沖縄人」であることを、あらためて語る。

 そこで監督はたたみかける。「沖縄人であることは誇りであるのか?」と。

 そこで彼女の口から発せられたのは、「足かせ」という表現であった。

 

 

 そもそも「内地」に「内地の人間」として生まれ育った人物が、「ライン」の存在について問うことはないだろう。「沖縄人」であることは、「沖縄と大和の間に潜むライン」について、問わざるを得なくなる局面が常に用意されている状況の中で生きることをあらかじめ強いられている存在であることを意味する。

 その背景には、明治期から(あるいは近世の薩摩との従属的関係以来)の内地=日本との歴史的関係があり、「戦後」における米国との歴史的関係が、厳として存在するのである。

 ひとことで言えば(ミモフタモナイ言い方をすれば)、沖縄の置かれた「植民地性」である。沖縄は明治以来の日本の(内国化された)植民地であり(註:1)、戦後は米軍基地のための米国の植民地であり、「返還」後は日本と米国の植民地的状況に置かれたままなのである(沖縄に偏在する基地の存在はその象徴である)。

 そのような問題が、「足かせ」という言葉の背景には潜んでいる。そのような歴史性が、彼女の現在には埋め込まれているのである。

 

 

 

 「足かせ=植民地性」という認識を得た地点から、あらためて映画を振り返ると、基地反対運動と基地反対運動に反対する運動の対立の起源も明らかになるだろう。

 基地反対運動に従事する人々は、「老人」ばかりである。祖父・祖母の世代に属する人々(孫を持つ世代の人々)ばかりなのである。徹底的に、老人達の運動なのだ。

 そのような、老人達による基地反対運動に反対する人々は、明らかに一世代は若い。

 画面からは、明らかなものとして、世代間の認識の対立が見出される。

 老人達は、彼らの育った時代の経験の中から、沖縄の植民地性そのものに異議申し立てをしているのであり、その老人達に対立する人々は、既に沖縄の植民地性を前提として育った世代なのである。彼らは植民地性を「現実」として受け入れ、植民地性への適応こそが、沖縄人としての利益だと主張しているのである。老人達は沖縄の(琉球人の)ナショナリズムを体現し、老人達の運動の批判者は植民地性の受容を、植民地権力への迎合による利益誘導の「現実性」(彼らにとっての「現実性」)を体現しているのである(註:2)。

 

 映画が進行するにつれて(現実の時間経過と共に)、「米国人との間に『壁』をつくるだけではないか、対立からは平和は生み出せない」と主張する彼らが、しかし反対運動を敵対視し、反対運動との間に「壁」をつくり上げている(可能ならば排除しようとしている)ことが、事実として明らかにされてしまう。

 彼らの一人、長身でとても体格のよい(腕っぷしの強そうに見える)人物は、老人達に対して明らかに恫喝的な言動を繰り返すのである。彼は老人達から、(沖縄出身者ではなく)本土の人間ではないかとの疑念を持たれてしまうが、実際、彼の言動には朝鮮人への嘲笑として用いられる常套的表現が含まれており、彼らの活動の主旨として説明された沖縄内部での基地問題を軸にした対立とは、あまりに異質なものに感じられる。

 彼ら自身の一人の振る舞いそのものが、彼らの主張の表面と内実の乖離を、カメラの前で明らかにしてしまうのである。

 そんな沖縄での経験が、映像として記録されているのであった。

 

 

 

 

 もちろん、ここまで読んでしまったからといって、作品を観た気になってしまう必要はない。ドキュメンタリー映画は、あくまでも映像作品なのであり、映像として味わうべきものであるし、この作品にはそれだけの価値がある。

 実際に全編を撮影した比嘉監督のカメラワークは見事であるし、編集も手慣れたものにさえ見える。卒業制作として試行錯誤の中から生まれた作品であることも確かであるが、観る者には、比嘉監督の持つ映像作家としての資質が感じられるはずである。

 私にとって、何度でも繰り返し観たい作品の一つであることを、最後に書き添えておきたい。

 

 

 

 

【註:1】(2014年7月4日追記)
 そこに存在していたのは、日本の外部としての沖縄(琉球)であり、日本人とは異なる存在としての沖縄人(琉球人)であった。

 実際問題として、幕末期の幕府官僚にとっても、明治初期の新政府メンバーにとっても、琉球・沖縄が「日本」の内部存在であることは自明ではなかった。
 琉球國(沖縄)を「異国」と考えることも、琉球人を「日本人類」とは異なる存在(異民族)と主張すること(琉球国王ハ乃チ琉球ノ人類ニシテ国内ノ人類ト同一ニハ混看スへカラス)も、当時は特異な言動ではなかったのである。
 その点については戦後の日本政府も同様で、

  沖縄の人、ウチナーンチュはいつから日本人になったんでしょうか
     (1997年4月の参院特別委員会での照屋覚徳参議院議員の質問)

  政府は明治維新の時点で琉球王国は日本国の不可分の一部を構成していたと認識しているか
     (2006年3月の臨時国会での鈴木宗男衆議院議員の質問)

…のような問いに、明確に返答することは出来なかったのである。
(これらの点の詳細については、「琉球國の「独立」と伊江朝直 3 」及び「琉球國の「独立」と伊江朝直 4 」を参照)

 また近年の言語学的知見の中では、日本語と琉球語は、計量的に、英語とドイツ語程度に異なる事実が指摘され、琉球語を日本語の「方言」とするのではなく、日本語とは独立した言語として取り扱われるようになってもいる。

  木部暢子 「言語・方言の定義について」(『危機的な状況にある言語・方言の実態に関する調査研究事業報告書』 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 国立国語研究所 2011年2月  5~8ページ)
  http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/kokugo_sisaku/kikigengo/pdf/kikigengo_kenkyu.pdf

 松原孝俊氏によれば、近世の朝鮮では、日本語の通訳(通詞)とは別に、琉球語の通訳(通詞)が必要とされていたのだという。朝鮮の官僚組織は、経験に基づき、日本語と琉球語を独立した別の言語として取り扱っていたことになる。

  松原孝俊 「琉球の朝鮮語通詞と朝鮮の琉球語通詞」 (『歴代宝案研究』第8号、沖縄県立図書館史料編纂室 1997年3月  33~55ページ)
  http://matsu.rcks.kyushu-u.ac.jp/lab/wp-content/uploads/4e62ef134ee2d5b76ba5442fab7aff17.pdf

 そもそも日本と沖縄の間には「ライン」が存在していたのだ、と言うことも可能である。現在の枠組みで言えば、(日本国籍の保有者という意味において)どちらも「日本人」であるにしても、歴史的に見れば、(そして言語学的にも)異なる世界を人々は生きていたのである。

 

【註:2】(2014年7月5日追記)
 老人達は、植民地性そのものへの異議申し立てとして、基地のゲート前で米軍人達への憎悪の儀式を繰り返す。それに対し、一世代下の人々は、米軍人への信愛の儀式を始める。老人達の行為(植民地性への異議申し立て)が現実的な力を持ち得ることに、一世代下の人々は疑問を呈しているのである。
 確かに老人達の闘いは、その理念において美しく正しいものなのかも知れないが、沖縄の現在の中では、残念ながら、現実性において無力に見えてしまう。しかし一世代下の彼らによる植民地権力への迎合の儀式は、経済的現実主義において正しいものなのかも知れないが、残念なことに、美しくは見えない。

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
 投稿日時 : 2014/06/23 22:58 → http://www.freeml.com/bl/316274/222422/
 投稿日時 : 2014/06/25 21:09 → http://www.freeml.com/bl/316274/222565/
 投稿日時 : 2014/06/29 11:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/222794/
 投稿日時 : 2014/07/04 21:31 → http://www.freeml.com/bl/316274/223151/

 

 

 

 

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2014年6月 8日 (日)

「積極的平和主義」と国民の利益としての「国益」

 

 日本の防衛のためには日米安保条約は役に立たないから集団的自衛権を認めなければならない、という主張がいかに欺瞞に満ちたものであるのかについては既に明らかにした(「集団的自衛権論議と外交と軍事のリアリズム」を参照)。

 

 

 日米安保条約を日本側の視点からだけで見てしまえば、米国が日本の防衛という日本の国益のために戦争をすることを保障した条約ということになるのだろうが、日本列島は米国にとっては米国の「利益線」(山県有朋の用語法)に相当する地政学的に重要な位置にあり、大陸国家に対峙する太平洋(そして極東)における米軍の最前線として位置付けられるのであって、日本列島に対する大陸国家の攻撃があるとすれば、それは米国にとっては最前線に展開する米軍への攻撃を意味するものとなる。つまり、日本列島への米国以外の国家による攻撃は、米国の視点からすれば、米国の国益の侵害そのものとして理解されるものであり、米国は日米安保条約に基づいて、米国の国益のために、反撃を開始し、攻撃を撃退することになるであろう。

 その際に、自衛隊の役割として期待されているのは、米軍の損失の軽減である。もちろん、日本列島への攻撃に対する日本の防衛を任務としているのが自衛隊であり、軍事衝突の一方の当事者として国土(日本国の主権領域)防衛を遂行することがその任務である以上、自衛隊員の人的損失の可能性は想定されているはずだ。米軍の存在は、日本からすれば、自衛隊員の人的損失の軽減に役に立つものとして位置付けられる。

 日本は日本の国益のために軍事衝突の一方の当事者となり、米国は米国の国益のために日本の側で軍事衝突の当事者となる。ここでは両者の利害は一致している。共同の軍事行動により、強力な反撃を可能にすると共に、単独の軍事行動の際に想定される自国軍(日本の場合は「自衛隊」と呼ばれるが)の人的喪失の軽減を期待することが可能になるのである。

 その際の米軍の戦闘行動は米国の国益に動機付けられたものであり、発生する人的損失(つまり戦死者、ということである)も、米国の国益のための犠牲として理解される。しかし、犠牲者は少ないことが望まれるので(それも米国の国益に属する)、日本の保有する軍事力(つまり自衛隊)の米国のための有効利用が目指されているわけである。「集団的自衛権」をめぐる日本政府のレトリック(日本の防衛に際しての日米安保条約無効論に基づく集団的自衛権の必要論)は、人的損失の軽減を目指す米国の国益に非常に合致したものである。そこでは日本政府自らが、積極的に日本の人的損失(日本人の犠牲)の増大を求めているからである。

 

 しかも、「集団的自衛権」の容認がもたらすのは、日本の国土防衛の範囲を超えた領域での米軍との共同的軍事行動なのである。

 つまり、集団的自衛権の容認がもたらすのは、米国の軍事行動に従属的な日本の軍事行動の保障であり、米軍の人的喪失の自衛隊による肩代わりなのである。

 

 日本人の人的損失(つまり戦死者の発生である)の可能性の最小化を日本の国益と考えるならば(これは日本国民の最大の利益であり、つまり国益そのものである)、日本列島の防衛以外の場面で、その多くは米国の国益に従属した場面での軍事力行使において、日本人の戦死者の発生の可能性を増大させるようなことは、国益に反するものとして理解されることになる。

 

 日本の国外での、米軍に(もちろん米国の国益に)従属した軍事力行使において日本人の死者が発生することを、日本の国益のために必要な死者であると、誰が言えるのであろうか?

 

 

 「集団的自衛権」の必要性を語る際に聞かされる「積極的平和主義」について言えば、日本の防衛のための軍事力行使の延長に位置するような見かけが与えられていはするが、レトリックの内実は国外で行使される攻撃的な軍事力そのものであり、日本国への主権侵害行為への「防衛」とはまったく異なる種類の軍事力行使なのである。そこで日本人(としての自衛隊員)に求められることになるのは、国外における戦闘での対立勢力の積極的な殺害であり、自身が戦死する可能性への積極的容認である。

 内戦状態に陥った国家(あるいは類似的状況)における自国民保護(邦人保護)の問題について言えば、民間航空機・船舶の利用が困難になった段階での軍用機・軍用艦船の利用は、「積極的平和主義」とも「積極的軍国主義」とも関係しない。そこでの軍(日本の場合は自衛隊)の任務は、民間人が戦闘に巻き込まれることを防止し、現地からの脱出を可能にすることであり、その任務全体を防護することであり、民間人の脱出と共に速やかに離脱することである。戦闘の当事者となることではなく、つまり内戦に参加することではない。自衛隊が邦人保護の任に当たることと「積極的平和主義」には何の関係もないことは理解しておく必要がある。

 

 「積極的平和主義」を「集団的自衛権」の延長として考えるならば、米国の軍事行動と一体化した自衛隊による軍事力行使の積極的な展開を意味する。米国の国益と一体化した日本による軍事力行使であり、日本の国土防衛とは関係のない、国外における攻撃的な軍事力行使である。PKOと関連付けて正当化しようとする努力がされているようにも見えるが、国連による平和維持活動は、現に紛争下にある地域における対立する勢力の兵力の分離とその維持に主眼があり、一方(あるいは双方)の勢力に対する攻撃はPKO活動には含まれない。PKO参加各国の軍事力は、非攻撃的な性格によって特徴付けられるものなのである。アフガニスタンであれイラクであれ、米軍による軍事力行使は、米国の国益のための攻撃的なものであり、PKOの精神とは全く関係を持たないものなのである。「集団的自衛権」の容認に基づく米軍との一体化とは、そのような種類の攻撃的な軍事力行使との一体化を意味するのである。

 「積極的平和主義」を「集団的自衛権」とは独立の問題だとするならば、国外における日本の国益のための攻撃的軍事力行使として位置付けられる。国外において、自衛隊員には、日本の国益に対立すると見做された人々を攻撃・殺害することが求められ、そこで自身が戦死する可能性を容認することが求められる。日本の国益のための組織的な殺人が積極的に求められ、日本の国益のための戦死さえ求められる、それが「積極的平和主義」の内実なのである。

 

 善良な日本人の死(自衛隊員が善良な日本人ではないなどと誰が主張するのか?)が日本の国益に合致したものであると主張することは可能であるが、しかし、どのような国益と日本人の死が交換可能であるというのか? 何が国益であるのかを政治家が決定しようとするのであれば、政治家は、戦死する善良な日本人の失われる命に対し全面的な責任を負わねばならないのだが、「積極的平和主義」を主張する人々にはそのことへの自覚が決定的に欠けているように見える。

 「国益」のためには善良な日本人に積極的に死んでもらう。国民に国益のための死を積極的に求めるというのは、国家としての正しい在り方なのであろうか? もちろん、我々の国の歴史にはそのような時代があったことを知っているわけだが、あのような国家の在り方が正当化されるべきとは、私は思わない。そこには、国民の死に対し、積極的に無責任であった軍事的・政治的指導者の姿しか見出せないのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2014/06/06 22:49 → http://www.freeml.com/bl/316274/221283/

 

 

 

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2014年6月 4日 (水)

集団的自衛権論議と外交と軍事のリアリズム

 

 「集団的自衛権」が、現在なぜ「必要」とされるのかと言えば、そこにはいわゆる「尖閣有事」の想定があるわけで、より一般的に表現すれば、

 

 (1) 日中間の外交的対立が軍事的衝突に発展する可能性が想定され

 (2) 日中の軍事的衝突に際しては中国側の軍事的優位が想定され

 (3) 現在の日米安保条約では、その際の日本に対する米軍の十分な支援が望めない

 

以上の三点を前提とした上で、

 

 (4) 日本が集団的自衛権を認めることで米軍の支援を確実なものとし、日本の中国に対する軍事的優位を確保する必要がある

 

…という理路になるのだと思われる。

 ここでは、(3)の想定の妥当性に焦点を絞り、一般的に流通していると思われる、

  アメリカが日本のために命を投げ出してまで中国と戦争等はしない

  日米安保条約は、その不均衡な条約ゆえに、その結束はもろく、有事の時は、殆ど役に立たないであろう

…等の言説が、判断としては現実的なものではないことを示しておくことにする。

 

 

 当然のことながら、「日米安全保障条約」の位置付けが問題の焦点となる。

 

 

 

 まずここで忘れてはならないのは、あるいは誤解してはならないのは、米国からすれば「日米安保条約」は、形式的には、日本防衛という日本の国益のための条約であるにしても、実質的には、太平洋(そして極東)における米国の地位の維持という、米国の国益確保のための条約だという事実であり、日米安保条約の米国から見た現実的意味合いである。

 

 「米国は日本の防衛のために戦争をしない」という種の言明には、もちろん、一定の正しさはあるにしても、しかし米国は米国の利益のためには戦争を回避することはしないということを忘れてはならない。

 日本に米国の軍隊が展開し、日本列島が米軍の影響力の下にある(勢力下にある)現状は、米国の国家的利益に完全に合致するものであり、 当面、現状維持を米国が望み続けるという事実を考えるべきなのである(日本列島は、山県有朋風に言うならば、米国にとっての「利益線」なのである)。

 太平洋における米国の支配的影響力の維持という米国の課題からすれば、大陸・半島国家を封じ込める地政学的条件を満たす日本列島の確保は、まず米国の利益という観点から(米国にとって)重要な問題なのである。

 尖閣の施政権の問題は、日中間の問題である以前に、(米国の観点からすれば)米国の核心的利益にかかわる問題なのだということを、まず我々は十分に理解しておかねばならない。

 付言すれば、米国が日本に基地を保有し大規模な軍隊を常駐させている以上、日本への攻撃があれば米軍は対応しないわけにはいかないということも忘れてはならない(日本の領空の大きな部分を米軍の空域が占めるような現状からすれば、日本のような規模では米軍の駐留しない「同盟国」への攻撃とは軍事的意味が異なるのである)。

 

 

 理路としては、米国が日米安保条約に基づき、日本のために(日本の防衛のために)戦争をするのではなく、米国の利益の維持のために、日米安保条約を口実に米国のために戦争をすることになるということ。

 日米安保条約の存在する現状は、単に日本に有利なだけでなく、既に米国の利益にも合致しているのである。

 ただし、米国としては自軍の犠牲を最小限に抑えるという(当然の)課題があり、日本政府による集団的自衛権の容認を通して、自衛隊(日本の軍事力)の最大限の利用を画策しているのだということは、十分に理解しておく必要がある。

 その意味では、集団的自衛権問題は、米国の利益のため(だけ)に役立つものであり、日本にとってのメリット(だけ)を考えれば、現状(日米安保条約)で十分なのである。

 

 

 もちろん、米国は対中戦争を望んでいるわけではなく(軍事的損失の発生という問題以前に、既に米中間の経済の相互依存状態があり、軍事的衝突は大きな経済的損失を米国にもたらしてしまう)、米国が巻き込まれる日中間の軍事的衝突を望むこともないのであって、安倍氏の挑発的対中政策は、米国の利益に反するものなのである

 ただし、安倍氏の集団的自衛権問題への積極性は、必要な軍事力行使を日本に肩代わりさせることで、地球規模で米軍の損失を減少させる効果を持つので、米国には歓迎されているのだということなのである。

 

 

 「日米安保条約」を二国間の関係だけで捉え、日本側からの視点だけで位置付ければ、

  安保条約=日本防衛のための日米間の条約

…ということになるのであろうが、しかし、その理解では外交のリアリズムを欠いてしまうのである。米国からすれば、先に示したように、

  日本列島が米軍の影響力の下にある(勢力下にある)現状は、米国の国家的利益に完全に合致するもの

  太平洋における米国の支配的影響力の維持という米国の課題からすれば、大陸・半島国家を封じ込める地政学的条件を満たす日本列島の確保は、まず米国の利益という観点から重要なもの

  尖閣の施政権の問題は、日中間の問題である以前に、(米国の観点からすれば)米国の核心的利益にかかわる問題

…ということなのである。日本の視点だけでモノを見ては、本質を見誤る。

 その際に、米国の利益から言えば、米軍の損失を最小化することは当然の課題であり、そこに「日米安保条約」の中での自衛隊の役割があるのだということであり、自衛隊は、日本の視点からは自衛(国家防衛)のための軍事力であるにしても、米国からすれば、米軍の損失を最小化するためにとても役立つ軍事力なのだということは、十分に理解されておくべき問題である。現在の集団的自衛権の容認論は、米軍の損失の肩代わりを地球規模で自衛隊が(つまり日本国民が)負うような状況をもたらすものであり、それを米国が歓迎するのは当然であるが、日本国民の利益(つまり日本の国益)という観点からすれば、無用な選択と言わざるを得ない。

 

 

 「無人兵器」がなぜ現代的最新兵器として開発されているかと言えば、軍隊の存在を、そして軍による戦争の実行を、少子化の進行が脅かしているという現実があるからだ。

 アフガニスタンとイラクでの米国の「戦争」からも明らかなはずだが、米国には既に占領統治のための軍隊は存在しないのであり、その事実が、アフガンとイラクでの米国の失敗をもたらしたのだということを理解しておかねばならない。

 米国は、最新兵器開発で国際的に優位に立ち、戦闘における軍事的能力では世界最強であることは確かであろうが、しかし、そこから先に進むことは出来ないのである。

 正規戦での戦闘では、米軍の優位は明らかであり、人的損失も、確かに最小限度にとどめられる。しかし、戦闘が正規戦で終了しない場合、米軍の人的損失の拡大は免れず、少子化過程の進行する中では反戦世論の拡大を無視出来なくなってしまう(少子化の進行に拘束されている点では中国軍も同じである)。

 米国が「同盟国」を必要としているのは、正規戦で終了しない現代の戦争における、まさに米軍の人的損失の肩代わり装置としてなのであり、現在の「集団的自衛権」問題でも、その構図は生きているのであって、そこを見なければ、リアリズムで軍事や外交を理解したことにはならないのである。

 米国が、日本の集団的自衛権を支持し、日本の軍事力の充実を支持する背景には、米軍の損失の最小化という、米国の利益が存在し、日本の軍事的(人的)損失による、太平洋における(そして地球規模での)米国の国益の確保という、外交的軍事的戦略的思考が働いているのである。

 

 

 

 ここで当初の問題設定に戻れば、日米安保条約の現状によっても、日中の軍事的衝突に際しての米軍の支援は確保されるものなのであり、解釈改憲による集団的自衛権の保障にまで踏み込む必要性は、まったく存在しないことが確認出来るはずである。

 

 

 集団的自衛権が日本に持つ意味は、米国の外交的軍事的利益の確保のために、米国の戦争に自ら参加し、米軍の人的損失の肩代わりを志願することであるに過ぎず、日本という国家の利益、そして日本国民の利益からすれば、無用な選択だと言うしかない。

 日本の国益だけを考えれば(ちなみに米国は米国の国益だけを考えているのであるし、中国は中国の国益だけを考えているのである)日本の防衛には日米安保条約を利用することで十分なのであり、現在の集団的自衛権論議には、日本の国益の(だけの)確保という外交的軍事的リアリズムを見出すことは出来ない。

 もっとも、以上の議論は、日本列島が米軍による占領状態同然にあることの容認により成り立つものであることも押さえておく必要はある。しかし、日本列島に展開する米軍の駐留経費を負担しているのは日本政府=日本国民なのである以上、日本列島に存在する米軍の軍事力を日本政府(そして日本国民)が、日本の国益のために利用するのは当然のことなのだということも、しっかり押さえておかねばならない(そうでなければ、そこに残されるのは米軍による、そして米国による占領状態そのもの以外の何物でもない)。

 

 

 

 いずれにせよ、その前に我々がまず考えなくてはならないのは、(1)の問題(その想定の適切性の問題)なのであり、日中間の外交的対立が軍事衝突となる想定ではなく、対立状況の先鋭化の回避のための双方の外交的努力を求めることでなければならない。

 軍事的衝突の可能性を自明の前提とするのではなく、あくまでも最悪の想定であることに留意することこそが重要なのである。

 最悪の状況へ立ち至ることを回避するのが外交の役割であり、政治家の重要な任務であることを忘れたような議論は、そもそも出発点が間違っているのだと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2014/06/03 21:59 → http://www.freeml.com/bl/316274/221077/

 

 

 

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