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2014年3月 7日 (金)

産経の捏造 1 (「河野談話」と「強制連行」)

 

 ネットを用いて「慰安婦」や「強制連行」という語を検索すると、「朝日の捏造」という語とセットになった記事を多く目にする。いわゆる「従軍慰安婦問題」について、「朝日新聞」による「捏造記事」を起源とする理解が存在することを、ネット上で確認することは難しくない。

 今回は、「では産経は大丈夫なのか?」という問題を考えておきたい。「産経新聞」もまた「慰安婦問題」については、重要な情報の「捏造」の当事者であると、私は言わざるを得ない。

 

 

 まずは、サンプルとして、以下の記事を読むことから始めたい。

 

  慰安婦に関する平成5年の河野洋平官房長官談話について、菅義偉官房長官が「政治、外交問題にすべきでない」としつつ、「学者や有識者の研究が行われている。そうした検討を重ねることが望ましい」と述べた。
  河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたものだ。その見直しが必要とされ、有識者による検討の必要性に言及した菅氏の発言を評価したい。
  安倍晋三首相は秋の自民党総裁選で「私たちの子孫にこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」と述べ、衆院選前の党首討論会では「有識者の知恵を借りながら考える」と有識者会議を設置する意向を示していた。菅氏の発言は、こうした安倍首相の意向を受けたものといえる。
  繰り返すまでもないが、河野談話が出される前、当時の宮沢喜一内閣が集めた二百数十点に及ぶ公式文書には、旧日本軍や官憲が慰安婦を強制連行したことを裏付ける資料は一点もなかった。
  にもかかわらず、談話発表の直前に韓国のソウルで行った韓国人元慰安婦からの聞き取り調査だけで、強制連行があったと決めつけた。有識者会議では、これらの経緯や当時の時代背景などを改めて検証してほしい。
(【主張】官房長官発言 河野談話の見直しに期待 『産経新聞』 2012/12/28 03:11 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/618160/

 

 この『産経新聞』の「主張」によれば、

  河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの

…ということになるらしいが、実際には、「河野談話」には「強制連行」を認める記述は存在しない。そもそも、「強制連行」という語が、「河野談話」では一度も用いられていないのである(「河野談話」の中には「強制連行」という四文字熟語は存在せず、「強制」が一か所で用いられているが、「連行」の二文字は存在しない。「強制」が用いられているのは、「また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」という一文においてのみであり、これは「強制連行」の含意に連なる文脈ではないことは明らかである)。

 「強制連行」という語を用いずに、「強制連行を認める」ことは、常識的に不可能であろう。

 このような公文書の記述における用語選定には細心の注意が払われている(解釈に際しては、どのような語が選択され、どのような語が排除されているのかを注意深く読み取らなければならない)。「河野談話」の文言に「強制連行」という語が用いられていない以上、原理的に、「強制連行を認めたもの」とされ得る文書にはなり得ないのである。

 繰り返すが、「河野談話」には「強制連行」という語は用いられていないのである。それにもかかわらず、「産経新聞」は、「河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの」だと位置付けてしまった。まさに「産経新聞」の「捏造」である。重要な問題なのでしつこく繰り返せば、「産経新聞」は、文言上の根拠もないまま「河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの」と「決めつけた」のである。

 

 

 文言として「強制連行」という語を用いているかどうかは別としても、「河野談話」では、慰安婦の軍による直接的・組織的な暴力的拉致を、事実として認定してはいない。慰安婦の募集時における軍の関与については、基本的に、間接性がその特徴であることは明示されているのである(つまり、「産経新聞」が「河野談話」を否定する必要は最初から存在しない―「産経の捏造 3 (橋下徹氏と「河野談話」の解釈と鑑賞)」では、あらためて「河野談話」の理路の詳細を追うことで、橋下徹氏の慰安婦問題に関する主張と「河野談話」の示す認識が一致していることも示してある)。

 

 「河野談話」の実際の文言では、その点について、

 

  慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。
 (慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話  平成5年8月4日 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 

…と記されているし、その上で、

 

  なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 

…との認識を示しているのである。

 要するに、いわゆる「強制性」の問題としては、

  総じて本人たちの意思に反して行われた

…と認定しているわけだが、この「総じて」という挿入は重要で、

  すべて本人たちの意思に反して行われた

…という話とはなってはいない。つまり、

 すべての慰安婦が本人たちの意思に反して、
 軍により直接的・暴力的に拉致連行された

…という認識は、「河野談話」のどこにも書かれていないのである。

その上で、

 

  いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。

 

…との言い方をしている。

 「お詫びと反省」の対象は、朝鮮半島出身者のみではなく、「その出身地のいかんを問わず」となっている。これも重要な点で、日韓の間の問題としてだけで「河野談話」の文言を解釈することは不適切なのである。軍による直接的・暴力的な拉致連行の事実が南方占領地域に存在したことを前提とすれば、むしろ適切な認識と言えよう。

 

 

 もっとも、「河野談話」にある、

  官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった

…との記述が具体的にどのような根拠を持つものであるのかは、必ずしも明確ではない。ただし、

 

三 一九九三年八月四日の「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」には、〔法務省関係〕(バタビア臨時軍法会議の記録)がある。それは、1「ジャワ島セラマン所在の慰安所関係事件」、2「ジャワ島バタビア所在の慰安所関係の事件」についての「被告人」「判決事実の概要」などを記したものである。この事実に間違いないか。
四 この〔法務省関係〕(バタビア臨時軍法会議の記録)は、1「ジャワ島セラマン所在の慰安所関係事件」について、「判決事実の概要」を記しているが、そこには、「ジャワ島セラマンほかの抑留所に収容中であったオランダ人女性らを慰安婦として使う計画の立案と実現に協力したものであるが、慰安所開設後(一九四四年二月末ころ)、「一九四四年二月末ころから同年四月までの間、部下の軍人や民間人が上記女性らに対し、売春をさせる目的で上記慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどしたような戦争犯罪行為を知り又は知り得たにもかかわらずこれを黙認した」などの記述がある。間違いないか。
(平成二十五年六月十日提出 質問第一〇二号 「強制連行の裏付けがなかったとする二〇〇七年答弁書に関する質問主意書」 提出者 赤嶺政賢 http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a183102.htm

三及び四について
 内閣官房内閣外政審議室が平成五年八月四日に発表した「いわゆる従軍慰安婦問題の調査結果について」において、御指摘のような記述がされている。
(平成二十五年六月十八日受領 答弁第一〇二号 内閣衆質一八三第一〇二号 平成二十五年六月十八日 内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 麻生太郎 http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b183102.htm

 

…とのやり取りが、その後の国会においてなされている。「河野談話」の作成に際し、この「バタビア臨時軍法会議の記録」を参照した事実(「内閣総理大臣臨時代理」としての麻生氏は、その点について否定していない)からすれば、「官憲等が直接これに加担したこともあったこと」の根拠が、「産経新聞」の主張するように、「談話発表の直前に韓国のソウルで行った韓国人元慰安婦からの聞き取り調査だけ」ということにはならないだろう。

 

 

 「河野談話」の全体を、その文言の示す通りに読めば、「産経新聞」流の非難が的外れというか、実際には「河野談話」に書いてないことを非難していたというか、いずれにせよ結果的に「産経新聞」の「捏造」問題は、その熱心で無批判な読者を不必要に刺激し、日本の不利益としてのみ帰結するものであったということになる。

  「強制連行」という語自体を一度も用いず、軍による組織的・暴力的な拉致を認定する文言も存在しない「河野談話」を、「河野談話は、根拠もないまま慰安婦の強制連行を認めたもの」として非難し続けることで、「産経新聞」は「河野談話」を実際に読んで確かめもしない人々を煽り、問題の解決をより困難にし、より日本にとって不利な状況に追い込んだのである。実に罪深い、「産経新聞の捏造問題」と言えるだろう(「河野談話」をめぐる「産経新聞の捏造問題」については「産経の捏造 2 (櫻井よしこ氏と「人身売買」)」も参照のこと)。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2014/03/06 19:53 → http://www.freeml.com/bl/316274/215666/

 

 

 

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