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2013年11月 1日 (金)

山本太郎氏およびその支持者による憲法の精神の否定という問題

 

 現憲法の精神、現憲法の根幹にあるのは、旧憲法との比較で言えば、政治過程からの天皇の権能の分離である。「日本国憲法」においては、政治的決定に天皇は関与しない。

 

 である以上、原発災害への政治的対応の責任を負うのは議会と政府であり、天皇に原発災害への対応を求め、問題解決への寄与を期待する(そうでなければ今回の行為は存在しない)のは、現憲法における天皇の地位・権能の否定以外の何物でもない。園遊会での山本太郎議員による天皇への手紙の手渡し(直訴だか請願だか)は、まったくお門違いも甚だしい話なのである。問題の解決を国民から委任されているのは、まずもって立法府を構成する国会議員であり議院内閣制の下での日本政府なのであって(原発災害への対応は、あくまでも「政治」の責任なのである)、天皇はあくまでも政治過程の枠外の存在として位置付けられ続ける必要がある。

 山本議員の行動は、国会議員としての自らの責務の放棄に止まらず、現憲法の精神の否定以外の何物でもない行為を、軽率にも無自覚なままに実行してしまったところが問題なのである。

 

 現憲法の精神の否定という重大な行為をした人物を、「護憲」を主張する人々が擁護する現状は理解に苦しむ。

 

 

 「あの戦争」に先立つのは、「大日本帝國憲法」に基づく国家体制であり、政治的過程に関与する天皇像の強調された時代であった。

 大正期から昭和の初めまでの「天皇機関説」による憲法解釈では、天皇を政治過程から分離する努力が払われていたわけだが、昭和10年代には、いわゆる「国体明徴論」により「天皇機関説」的天皇像は否定され、「天皇大権」の強調により、天皇は政治的意思決定の主体として位置付けられたのであった。その結果、天皇の裁可を経た政治的決定(そして「統帥権」の関係から軍事的決定においても)の事後の変更は困難となり、政治においても軍事においても意思決定における柔軟性が失われ硬直化したシステムの下で、支那事変から対米英開戦、そして敗戦への我が国の歴史が展開されることになったのである。

 その反省が、現憲法における「象徴」としての天皇の地位・権能に反映され、いわゆる「戦後民主主義」の基盤となったことは、いやしくも国会議員として(しかも「護憲」を掲げる人々を支持者とする国会議員としては)、理解を欠いてはならない事項である。

 

 「あの戦争」に先立つ時代の(「あの戦争」の先導役となった)もう一つの現象として、青年将校により実行されたテロの問題がある。テロ行為の基本構図は、議会主義の否定であり、テロ行為を通じての天皇への「直訴」であった。

 政治的問題の解決を天皇への直訴(そして天皇親政の実現)という形で求めたのである。議会政治による政治的解決の可能性を否定し、政治的意思決定過程への天皇の直接的関与を求めたのである。

 天皇自身が決起した青年将校の期待に沿うような行動を採ることはまったくなかったにしても、「国体明徴論」的天皇像が公的なものとなる時代において、議会を否定し天皇を政治的意思決定の主体として位置付けた彼らの思想は、「国体明徴論」的天皇像を強化することに寄与するものとなり得たにしても、その反対ではない。

 今回の山本太郎議員の行動を支える論理(あるいは心情)は、かつての青年将校の思考にこそ重なるものなのであって、そのような歴史的経験への反省の下に生まれた現憲法の精神には、決定的に反するものなのである。

 心情の正しさ(あるいは目的の正しさ)は手段における誤りを正当化しないし、させてはならないのである。

 

 

 当人に現憲法の精神を否定したことへの自覚がないばかりでなく、彼を擁護する(しかも「護憲」を主張する)彼の支持者にその自覚がないことは、まったくもって致命的と言うしかない。

 

 「護憲」を主張するなら、まずは「日本国憲法」の成立過程をその前史から学び直し、出直す必要がある。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/11/01 23:20 → http://www.freeml.com/bl/316274/209409/

 

 

 

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