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2013年6月

2013年6月25日 (火)

『リオフクシマ』を(やっと)観る

 

 先日というか先月というか、「メイシネマ祭’13」の二日目に上映されたものの見逃した岡村淳監督の『リオフクシマ』を(やっと)観た。

 

 

 

 パートナーは「メイシネマ祭」の時に観ていて、帰って来るなり誉めちぎるのを聞かされたのであった。パートナーは上映後の観客と監督、映画祭主催者が一緒になった飲み会にも参加していて(当日上映された『タケヤネの里』の青原監督は以前からの友人で、前日の『相馬看花』の松林監督も娘を通しての顔見知り)、あらためて岡村監督とも意気投合してしまったらしい。

 で、そんなわけで、今回(6月23日)の上映には私と娘も参加。岡村監督の待つ、西荻窪のブラジル料理店に向かったのであった。

 

 

 
 
 
 
 「メイシネマ祭」のチラシでは、

 

  ’12年6月リオデジャネイロで行われた国連の環境会議 日本政府が隠ぺいと矮小化を図る福島原発事故の問題を訴える市民グループを追う。岡村監督注目の新作。

 

…という紹介の仕方をされていたのだが、この紹介文を読んで多くの人が期待するであろう内容の作品ではない。

 主題を福島原発事故における日本政府の対応の告発と想定すると、その期待は見事に裏切られる。その裏切られ方を絶賛(?)していた一人がわがパートナー、ということになるし、私もその一員に加わることに躊躇しない。

 とは言うものの、紹介文に書かれたことが誤りを伝えているわけでもない。しかし、より正確に表現するならば、

 

  ’12年6月リオデジャネイロで行われた国連の環境会議 日本政府が隠ぺいと矮小化を図る福島原発事故の問題を訴える様々な日本の市民グループが会場で自ら作り出した混乱と、それでもその向こうに見える希望を追う。岡村監督の最新作。

 

…とでも書くべきであろうか?

 

 

 
 
 環境会議のためにリオデジャネイロを訪れた福島で有機農法を実践してきた農家(現在は除染の可能性に取り組んでいる)と、ブラジルの放射線被ばく被害者(ゴイアニアでの医療用放射性廃棄物被曝の当事者)を引き合わせての記者会見の席として設定されていたらしい場に、次々と日本からの環境会議参加者が自身の発言を求めて押しかける。本来その場で語られるべき福島の農家の原発事故体験と除染の実践の具体的報告のための貴重な時間は、後からやって来た人々の自己アピールの時間のために削られてしまう。

 どこにも悪意など存在しないのだが、しかし、善意と善行は全くの別物なのである。あふれる善意の中に、しかし、あふれるのは善意だけであって、自己満足以外の具体的成果を生み出すことはない。

 そのような実に困った話が、その場に立ち会う破目に陥った岡村監督によって丁寧に記録されているのであった(註:1)。

 

 
…などと書くと、何やら21世紀の現実の絶望的な話という印象を受けてしまうかも知れないが、しかしそこには様々な出会いもあり、その出会いの中からはどーしよーもない現実の中にある希望も垣間見えたりもするのである(それには、映像の中に登場する人々との出会いだけでなく、上映会場での岡村監督との出会い、わざわざ会場へやって来た他の観客との出会いも含まれる、と考えてよい―今回の会場では、ブラジルの酒との美味しい出会いというおまけもあったし)。

 

 

 

【註:1】
 話が話なので、このドキュメンタリー作品に関しては、被写体となった人たちへの無用な誤解のないように必ず岡村監督自身が上映に立ち会い、観客の質疑応答に応じるというスタイルをとっているのだが、岡村監督はブラジル在住であって、つまり観客として上映に接する機会は貴重である。

 

 

 

 

(オリジナルは)、投稿日時 : 2013/06/23 21:29 → http://www.freeml.com/bl/316274/204831/

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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2013年6月 8日 (土)

隊務執行官としての―・ド・カヴァリー少佐の秘められた任務

 

     (橋下徹氏のツイートより)
 日本軍と世界各国の軍との違いとして今言われているのは、暴行・脅迫・拉致を用いて、強制的にそのような仕事に就かせたかどうかだ。しかしここは今のところはっきりしていない。軍が施設を管理し、意に反して慰安婦になった方が悲惨な境遇であったことは確かだが、これは他国の軍でもある話だ。
     posted at 15:27:37 5月14日

 もっと端的に言う。アメリカの日本占領期では日本人女性を活用したのではなかったのか。戦場での性の対応策として、女性を活用するのは言語道断だ。しかしアメリカも、世界も、日本の慰安婦だけを取り上げて、日本だけが性奴隷を活用していた特殊な人種と批判する。これは違う。
     posted at 07:46:47 5月17日

 日本の慰安婦利用は悪かった。しかし、世界各国の軍も当時は女性を利用していた。にもかかわらず、世界は日本だけ「性奴隷」を使っていたと徹底非難。日本の国会議員も政府もメディアもなぜ徹底抗議しない。今年に入ってから、アメリカの州議会で4件も、日本に対する非難決議がなされている。
     posted at 19:47:54 5月19日

 

 

 

 ジョーゼフ・ヘラ―の小説『キャッチ=22』の舞台となったのは、第二次世界大戦時のイタリア戦線、ピアノーサ島に駐留する米陸軍爆撃機大隊(機種としてはB-25を使用する)である。

 様々な常軌を逸した登場人物の常軌を逸したエピソードを通して、戦争(というより現代社会の、と言うべきかも知れないが)の常軌を逸した(しかしそれが既に我々の日常でもあるような)不条理な現実が描かれる。

 

 

 橋下氏の主張に関連すると思われる部分を読んでみよう。

 

 

 ―・ド・カヴァリー少佐は獅子を思わせるがっしりした頭を持ち、威風堂々として人々に畏敬の念を起させるような老人であり、怒気天を衝くがごときその乱れた白髪は、彼の峻厳で族長的な顔の周囲に大吹雪のように猛り狂っていた。大隊の隊務執行官としての彼の任務は、ダニーカ軍医とメイジャー少佐が同じく推測したとおり、蹄鉄投げと、イタリア人労務者の誘拐と、将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげることであり、彼はその三つすべてに抜きん出た才能を発揮していた。
 ナポリ、ローマ、フィレンツェなどの都市陥落がさし迫るたびに、―・ド・カヴァリー少佐は小雑嚢の荷造りをし、飛行機一機と操縦士ひとりを徴発して飛んでいき、一言も発することなく、ただ彼の重々しくいかめしい表情と皺だらけの指の威圧的なジェスチャーだけでいっさいをやり遂げるのであった。都市陥落の一日か二日後に、彼はふたつの―ひとつは将校用で、もうひとつは下士官兵用だが、両方ともすでに有能で陽気な料理人と給仕女のついている―大きくて豪華なアパートメントの賃貸契約書を持って帰ってくるのであった。その二、三日後には世界中の新聞に、崩れた石を乗り越え、砲煙のなかをくぐって、壊滅した都市に勇ましく突入しようとしているアメリカ軍将兵の写真が載った。―・ド・カヴァリー少佐の姿はかならずそのなかにあった。彼はどこからか手に入れたジープに乗り、彼の不屈の顔の近くで砲弾がしきりに炸裂し、カービン銃を構えた体のしなやかな若い歩兵が燃える建物のかげになった歩道を走ったり、家の戸口で倒れて死んだりしているにもかかわらず、まるで杖みたいにまっすぐな姿勢をとったまま、右にも左にも目を向けることがなかった。彼は危険にとりかこまれて坐っていながらも永遠に不滅であるかのように見え、その顔は、大隊のあらゆる将校、下士官、兵によって常によく知られ、畏敬されているのと同じ、剛毅で威厳に満ち、狷介にして孤高の風貌を備えていた。
 ドイツ軍の諜報機関にとって、―・ド・カヴァリー少佐はいまいましくも解き難い謎であった。数百人にのぼるアメリカ軍捕虜のだれひとりとして、ごつごつした凄みのある額と力づよく燃える目を持ち、あらゆる重要な侵攻においていささかも恐れを知らず首尾よく一番乗りを果たすと思われる、この白髪の老将校については、具体的な情報を全然持ち合わせていなかった。アメリカ軍当局にとっても彼の正体は同様に不明確きわまるものだった。優秀なCIDが一個連隊分も彼の本性を突きとめるために前線に送られる一方、歴戦の宣伝部将校が一大隊分も、彼の正体がわかりしだい、それを公表せよという命令を受けて、一日二十四時間ぶっつづけで特別に注意の目を注いていた。
 ―・ド・カヴァリー少佐は、ローマではアパートメント契約に関してかつてない成功を収めていた。四、五人ずつ群れをなしてやってくる将校のためには、新築の石造りの建物のなかに、ひろびろとした二間つづきの部屋をひとりについて一組ずつあてがい、そのほかに壁に藍緑色のタイルを張った大きなバスルーム三つと、ミカエラという名の、なにかにつけてクスクス笑う癖のある、そしてどの部屋も塵ひとつなくきれいに掃除する痩せたメードをひとり用意していた。下の踊り場のところにはへつらい上手の家主たちが住んでいた。
     ジョーゼフ・ヘラ― 『キャッチ=22 上』 ハヤカワ文庫 1977  220~222ページ

 

 

 あくまでもヘラ―の小説中のエピソードであるが、米軍がどのように問題に対処していたのかが描かれているわけである。小説=フィクションではあるけれど、「女たち」と米軍将兵との関係のあり方には、ヘラ―自身のイタリア戦線での従軍経験が反映されているものと考えられる。個々のエピソードは創作であるにしても、米軍と米軍の展開した地域の現地女性との関係のあり方については、実際の米軍の方針に対応した記述となっているであろうということだ。執筆者であるヘラ―には、米軍を美化するいかなる動機も存在しないのである。

 

 

 下士官兵のほうは十二人かそれ以上の集団をなし、ガルガンチュワ的な食欲と罐詰食品でいっぱいの木箱をかかえてローマに降り立ち、すばらしいエレベーターのついた赤煉瓦の建物の六階にある彼ら専用ののアパートメントの食堂で、女たちに料理と給仕をさせるのだった。下士官兵の休養所のほうがいつも活気に満ちていた。だいいち下士官兵のほうが数が多かったし、料理、給仕、掃除のための女の数も多かった。そのほかに、ヨッサリアンが見つけてはそこに連れて帰る陽気で頭の弱い肉感的な若い娘たちや、精力を使い果たす七日間の放蕩の後でピアノーサ島に帰る眠たげな下士官が勝手に連れてきて、そのあと欲しい者のために残しておく女たちもいた。女たちは好きなだけそこに留まっていても、ちゃんと寝るところと食べものを与えられた。彼女たちがお返しすることといえば、体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ることだけであり、それで万事めでたしだと思っているらしかった。
     同書 222~223ページ

 

 

 

 日本軍の「慰安所」システムとの相違点がどこにあるのか? その点をきちんとを把握しておくことは重要である。

 

 

 小説中で、問題の中心に位置するのは、―・ド・カヴァリー少佐である。少佐のファーストネームが「―」で示されているのは、誰も少佐のファーストネームを知らない(小説上の設定では、連隊長のキャスカート大佐でさえ知らず、それは「本人に聞くだけの勇気を持っている者がひとりもいなかったからである」と説明されている)からだ。

 その「威風堂々として人々に畏敬の念を起させるような老人」であるところの―・ド・カヴァリー少佐は、大隊の「隊務執行官」であり、その任務について説明されている部分を、あらためて抜き書きしてみよう。

 

  大隊の隊務執行官としての彼の任務は、ダニーカ軍医とメイジャー少佐が同じく推測したとおり、蹄鉄投げと、イタリア人労務者の誘拐と、将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげることであり、彼はその三つすべてに抜きん出た才能を発揮していた。(註:1)

  ナポリ、ローマ、フィレンツェなどの都市陥落がさし迫るたびに、―・ド・カヴァリー少佐は小雑嚢の荷造りをし、飛行機一機と操縦士ひとりを徴発して飛んでいき、一言も発することなく、ただ彼の重々しくいかめしい表情と皺だらけの指の威圧的なジェスチャーだけでいっさいをやり遂げるのであった。都市陥落の一日か二日後に、彼はふたつの―ひとつは将校用で、もうひとつは下士官兵用だが、両方ともすでに有能で陽気な料理人と給仕女のついている―大きくて豪華なアパートメントの賃貸契約書を持って帰ってくるのであった。

  ―・ド・カヴァリー少佐は、ローマではアパートメント契約に関してかつてない成功を収めていた。四、五人ずつ群れをなしてやってくる将校のためには、新築の石造りの建物のなかに、ひろびろとした二間つづきの部屋をひとりについて一組ずつあてがい、そのほかに壁に藍緑色のタイルを張った大きなバスルーム三つと、ミカエラという名の、なにかにつけてクスクス笑う癖のある、そしてどの部屋も塵ひとつなくきれいに掃除する痩せたメードをひとり用意していた。下の踊り場のところにはへつらい上手の家主たちが住んでいた。

  下士官兵のほうは十二人かそれ以上の集団をなし、ガルガンチュワ的な食欲と罐詰食品でいっぱいの木箱をかかえてローマに降り立ち、すばらしいエレベーターのついた赤煉瓦の建物の六階にある彼ら専用ののアパートメントの食堂で、女たちに料理と給仕をさせるのだった。下士官兵の休養所のほうがいつも活気に満ちていた。だいいち下士官兵のほうが数が多かったし、料理、給仕、掃除のための女の数も多かった。

 

 ―・ド・カヴァリー少佐の「任務」とされる中にある「蹄鉄投げ」というのは、「イタリア人労務者の誘拐と、将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげること」以外の時間を、大隊内で「蹄鉄投げ」をして過ごしていることを示すもので、要するに少佐の「暇潰し」の方法である。「イタリア人労務者の誘拐」については、軍のための現地での「労務者の確保」という任務を「誘拐」という語を用いてヘラ―が表現したのであって、いわゆる「労務者の強制連行」的問題ではないと思われる。

 現在の我々の関心の焦点となるのは、―・ド・カヴァリー少佐の三つの「任務」の中でも「将校および下士官兵用の休暇用アパートメントを借りあげること」についてであろう。

 再確認すると、

  ひとつは将校用で、もうひとつは下士官兵用だが、両方ともすでに有能で陽気な料理人と給仕女のついている―大きくて豪華なアパートメント

…の確保が、―・ド・カヴァリー少佐の最大の任務であり、少佐はその任務に関しての有能さにおいて抜きん出ている人物、ということなのである。

 

 各アパートメントには「料理、給仕、掃除のための女」あるいは「メード」が「用意」されており、それとは別に、

  そのほかに、ヨッサリアンが見つけてはそこに連れて帰る陽気で頭の弱い肉感的な若い娘たちや、精力を使い果たす七日間の放蕩の後でピアノーサ島に帰る眠たげな下士官が勝手に連れてきて、そのあと欲しい者のために残しておく女たちもいた。女たちは好きなだけそこに留まっていても、ちゃんと寝るところと食べものを与えられた。彼女たちがお返しすることといえば、体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ることだけであり、それで万事めでたしだと思っているらしかった。

…として示される「女たち」がいた。

 「女たち」には「寝るところと食べものを与えられた」が、その代償としては、「体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ることだけ」が期待されていた、ということになる。

 「女たち」は、軍との直接間接のいかなる契約関係も持たないのであり、米軍将兵との個人的関係の延長でアパートメントに滞在し、「体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝る(=性行為の相手をする)こと」によって、「寝る(=身体を休める)ところと食べものを」確保していたわけである。そこでは「女たち」の「自由意思」が保たれていたことになる。「女たち」には、―・ド・カヴァリー少佐の契約したアパートメントに滞在せず、「体を求めてくるどのアメリカ兵ともいっしょに寝ること」をしない「自由」は保たれているのである。

 

 各アパートメントに用意されていた「料理、給仕、掃除のための女」あるいは「メード」については、小説中の続く部分で、

 

 ライム色のパンティーをはいたメードというのは、三十代の半ばにも達する威勢のいい、よく肥えた、世話好きの女で、ぶよぶよの腿を持ち、よく揺れ動く臀をライム色のパンティーに包んでいたが、彼女は自分の体を求めるどんな男のためにも必ずそのパンティーをたくし下ろした。だった広い平凡な顔の持ち主だったが、この世で最も美徳に満ちた貞女であった。
 なぜなら彼女は、相手の人種、信条、、皮膚の色、生まれた国などにかかわらずだれとでも寝たし、歓待の行為として愛想よくわが身を捧げ、男から抱きつかれると、そのとき持っているものが布巾であれ、箒であれ、モップ雑巾であれ、それを捨てるのに一瞬たりとも躊躇しなかったからである。彼女の魅力はその近づきやすさから発していた。エベレストのように彼女はそこにあり、男たちは切なる欲望を感じるたびに彼女の上にのぼればよかったのだ。ヨッサリアンはこのライム色のパンティーのメードを愛していたが、それは彼女こそ恋に陥ることなく抱ける、いまや残された唯一の女だと思われたからである。シシリー島の頭の禿げた娘ですら、まだ彼のうちに同情とやさしさと後悔の強い感情をあおるのだった。
     同書  223~224ページ

 

…という描かれ方をされているが、しかし、この「ライム色のパンティーのメード」もまた、米軍将兵の性行為の相手をすることについて米軍と契約していたというわけではなく、彼女の自由意思は保たれている。彼女は自由意思に基づいて「相手の人種、信条、、皮膚の色、生まれた国などにかかわらずだれとでも寝たし、歓待の行為として愛想よくわが身を捧げ」たのであって、であるからこそ、主人公ヨッサリアンにとって、「このライム色のパンティーのメードを愛していたが、それは彼女こそ恋に陥ることなく抱ける、いまや残された唯一の女だと思われた」のであった。

 しかし、アパートメントに用意されていた「料理、給仕、掃除のための女」や「メード」のすべてが「ライム色のパンティーのメード」のように振る舞い、あるいは米軍将兵から「ライム色のパンティーのメード」のように取り扱われていたわけではない。すべての「女たち」が米軍将兵の性行為の相手として期待されていたわけではないのである。将校用アパートメントのミカエラは下士官兵用アパートメントの女たち、たとえば「ライム色のパンティーのメード」とは異なり、米軍人に性行為の相手として期待され取り扱われる存在ではなく、あくまでも「そしてどの部屋も塵ひとつなくきれいに掃除する痩せたメード」なのであった。

 しかしミカエラは、ヨッサリアンの乗機の航法士アーフィーの気まぐれと独善と冷酷の犠牲となり、強姦された果てに二階の窓から投げ落とされ、殺されてしまう。ここで重要なのは、将校用アパートメントのメードとして雇われていたミカエラが、アーフィー以外のすべての将校たちから性的対象としては取り扱われていなかったことである。アーフィーによるミカエラの強姦と殺害は、どちらかと言えば、アーフィーの個性の帰結として描かれているのである。もちろん、それはあくまでも戦時下の米軍支配地という条件下で引き起こされた強姦と殺人であるが(註:2)。

 

 『キャッチ=22』の主人公ヨッサリアンの相手となる女としては、米軍の病院看護婦、ローマの街の女、そして下士官兵用アパートメントのライム色のパンティーのメードなどが登場する。もちろん看護婦は、米国籍の同年代の(つまり若い)女性であり、それ以外は現地イタリアの若い女たちである。そして、どちらもが性欲の対象であると同時に、どちらもが恋愛の(それも熱烈な恋愛の)対象ともなるのである。

 ヘラーは、そのように、第二次世界大戦当時の米軍将兵と「女たち」の関係を描いているが、ヘラー自身のイタリアでの従軍体験が反映されたものであろう。

 ヨッサリアンには、街で出会ってアパートメントに連れて帰る「女たち」との性行為は、どこか「うしろめたさ」の感覚を残すものであったのに対し、この「ライム色のパンティーのメード」の当人の徹底的な自由意思に基づく性行為には、そのような感覚を抱く必要がなかった、ということなのであろう。日本軍の慰安婦と将兵の関係について言っても、性行為という究極の個人と個人との関係の中で、「慰安婦」としての「女たち」と、「慰安婦」としての「女たち」に性行為の相手をさせる日本軍将兵との間に(慰安婦の境遇への「うしろめたさ」をも含む)共感的な個人的感情の交流は存在し得たし、実際に存在もしていたわけである。

 もちろん、これは作中人物としてのヨッサリアンのキャラクターから発するものであり、ヨッサリアンのキャラクターはヘラ―により設定されたものであって、米軍将兵の「感覚」として一般化すべきものではない。ここでは「ライム色のパンティーのメード」がどのような存在として描かれているのかを、ヨッサリアンとのエピソードを通して読み取ることが問題なのである。実際の米軍将兵と「女たち」との関係の一面を反映したものと考えても間違いはないはずである。

 

 

 

 いずれにしても、敗戦後の占領下の日本で「進駐軍」としての米軍将兵の相手をした「パンパンガール」にしても、ヨッサリアンがアパートメントに連れて帰る「女たち」にしても、「ライム色のパンティーのメード」にしても、米軍将兵の性行為の相手をしない自由は残されているのであり(いかなる契約にも拘束されてはいないのである)、そこが日本軍の「慰安婦」とはまったく異なるのだということ(註:3)は、十分に理解しておかなくてはならない。

 
 

 
 

 

【註:1】
 原文は以下の通り。
 His duties as squadron executive officer did consist entirely, as both Doc Daneeka and Major Major had conjectured, of pitching horseshoes, kidnaping Italian labores, and renting apartments for the enlistedmen and officers to use on rest leaves, and he excelled at all three.

【註:2】
 ヘラーは、ミカエラとアーフィーのエピソードを以下のように描いている。ヘラーは戦時下の米軍将兵の行状を美化しようとしてはいないのである。

 手近なところで彼の知っている唯一の女は、将校たちがだれひとりいっしょに寝たことのない例の将校用アパートメントの不器量なメードであった。ミカエラという名前であったが、将校たちは甘ったるい作り声で愛そうよさそうにきたならしい呼びかたをした。しかし彼女は英語が全然わからないので、お世辞を言われたり、罪のない冗談を言われたりしたのだろうと思って、そのたびに子供みたいに喜んでクスクス笑った。彼女は将校たちのどんな粗野な行為を見ても、喜びに満たされてうっとりした。字は読めず自分の名前すら、満足に書けないが、幸福で、純朴で、よく働く女だった。肌は土色。しかも近眼で、将校たちのだれひとりとして彼女とは寝なかった。だれもそうしたいと思わなかったからである。ただひとりの例外がアーフィーで、彼はその晩に一回だけミカエラを強姦し、それから約二時間、彼は衣装戸棚の中に、手をミカエラの口に押し当てたまま監禁した。やがて民間人の外出禁止を告げるサイレンが鳴った。それ以後彼女が外へ出るのは違法というわけであった。
 たちまちアーフィーはミカエラを窓から投げ出した。ヨッサリアンがやってきたとき、彼女の死体はまだ舗道に放置され、そのまわりを厳粛な顔をした近所の人々が淡い光のカンテラを下げてとり巻いていた。ヨッサリアンは腰を低めて彼らを押しわけたが、しりごみをする人々の目は憎悪で輝き、おたがいにひそひそと、不気味な、非難のこもったことばを交しながら、にがにがしげに二階の窓を指さしていた。潰れた死体の哀れな、不吉な、血だらけの姿を見たヨッサリアンの心臓は驚愕と恐怖のために激しく鼓動した。彼は頭をかがめて玄関に突進し、一気に階段を駆け上がってアパートメントに入ると、そこにはアーフィーが、もったいぶった、ほんの少し不安げなほお笑みを浮かべながら、おちつきなく歩きまわっていた。アーフィーはいくらかあわて気味に彼のパイプをもてあそんでいたが、万事うまくいくだろう、とヨッサリアンに保証した。なにも心配することはない、というのである。
「おれはたったの一回あの女を強姦しただけだから」と彼はその理由を説明した。
 ヨッサリアンは唖然とした。「しかしおまえはあの女を殺したんだぞ、アーフィー。あの女を殺したんだぞ!」
「ああ、強姦してしまった以上、ああするほかなかったんだよ」と、アーフィーは彼にしてはこの上なくへりくだった口ぶりで答えた。「あの女がこれからおれたちの悪口をふれてまわるのを放っておくわけにはいかないじゃないか、なあ」
「それにしても、なんだってあんな女に手を出さなきゃならなかったんだ。この抜け作め」とヨッサリアンはどなった。「女が欲しけりゃなぜほかの女を手に入れなかったんだ。この市はどこへいっても淫売だらけじゃないか」
「ああ、そりゃだめだよ、おれには無理だ」とアーフィーは大きな顔をして言った。「おれはこれまでいっぺんだって淫売のために金を使ったことはないんだから」
「アーフィー、おまえは気が狂っているのか」ヨッサリアンはほとんどものを言う気力も失っていた。「おまえはひとりの女をころしたんだぞ。監獄にぶちこまれるんだぞ!」
「いや、そんなことはないよ」と、アーフィーはわざとらしい微笑を見せながら答えた。「おれにかぎってそんなことはない。だれも善良なアーフィーさんを監獄に入れやしないよ。あの女を殺したという理由ではね」
「しかしおまえはあの女を窓から投げ落とした。あの女は路上に倒れて死んでいる」
「あの女はここにいる権利はないんだよ」とアーフィーが答えた。「外出禁止時間が過ぎているんだから」
     ジョーゼフ・ヘラ― 『キャッチ=22 下』 ハヤカワ文庫 1977  303~305ページ

【註:3】
 日本軍の「慰安婦制度」の特徴として、慰安婦の募集には(そして多くの場合、慰安所の運用にも)民間業者を活用し、軍の直接的関与を避けていた事実がある。軍の関与の直接性ではなく間接性が、慰安婦制度の基本構図なのである。
 しかし、間接的関与ではあっても、慰安所の設置を起案するのは軍であり、民間業者に慰安婦の募集を求めるのも軍であり、戦地に慰安婦を移送するのも軍であり(これは直接的関与に属する)、民間業者の運営する慰安所を警備するのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の衛生管理をするのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の顧客も軍であった。
 慰安所は軍による軍のための施設なのであり、慰安婦は軍が集めさせた軍のための戦時売春婦(平沼赳夫)なのである。
 慰安婦と軍の間での直接的な契約は避けられていることは確かであるが、しかし、日本軍将兵を相手にした性行為を契約に基づいて遂行することが慰安婦には求められていたのであり、軍はそのような契約を民間業者に代行させたに過ぎない。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、
     投稿日時 : 2013/06/03 22:13 → http://www.freeml.com/bl/316274/204222/
     投稿日時 : 2013/06/07 20:21 → http://www.freeml.com/bl/316274/204327/

 

 

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2013年6月 2日 (日)

眩惑的清華寮

 

 

 評判を聞いて、本日の午後に、「ここにあるだけの記憶を煙にからませて 今井新 個展」を観た。武蔵野美術大学課外センターでの学生の個展、ということになる。

 原画による同タイトルの漫画作品の展示と、映像作品という構成。

 作品の舞台となっているのが文京区にあった(というか現在も「廃墟」として「ある」らしい)「清華寮」と呼ばれる昭和初期の集合住宅建築である。

 「ガロっぽい」と評判だった漫画作品(「ガロっぽい」というのならジャンルは「コミックス」なんかではなく「漫画」であろう)では、主人公である作者本人が清華寮住人となる体験(幻想)を、清華寮の建物細部の描写と共に作品化しているのだが、映像作品の方は、作者本人の細部へと向かう視線と共に、廃墟となった清華寮内を移動する仕掛けになっている。

 

 その映像作品にハマってしまった。

 手持ちのカメラ(と言っても本格的専用機材ではない)で撮影されており、つまり揺れる画面を通して、作者の興味関心の対象を追体験することになる。最上階(三階)から、各フロアの部屋の内部にも立ち入ったりしながら、一階の出入り口まで巡るのである。

 漫画作品の中に現れる建築内のディティールに重なるイメージも映像には収められており(もちろん、オリジナルはこちらだが)、幻想としての漫画作品と、リアルな記録としての映像作品ということに(形の上では)なる。

 

 映像は、火事により放棄された建築内部を撮影したものである。と言っても、その痕跡をとどめるのは一部の部屋であって、多くの部屋、そして建築自体は当時の現状のまま廃墟化しているのである。火事の影響を受けていない多くの部屋も、家財もそのままに放棄されているために、かつての居住者の生活がそのまま原状保存されているような状態になっている。もちろん、放棄されてからの時間は室内および家財を風化劣化させ、その風化劣化した家財の姿から、放棄されてからの時間を、作者の視線を通して観る者は感得することになる。

 

 そもそもが昭和初期に台湾総督府の手により、台湾出身者の内地居住用に建築された「寮」であり、昭和初期のコンクリート造りのモダンデザイン建築(同潤会アパート群をイメージするとよいだろう)なのだ。全体のフロア構成(中心を吹き抜けにした回廊形式には中国的伝統が意識されていたかも知れないが)にしても、窓の意匠にしても、タイルを使用した装飾にしても、いかにもな昭和初期のモダン建築である。

 廃墟化し風化劣化しながらも、映像からは、かつての姿が(建築当時の姿が)想像力の中に蘇る。そして放棄される直前の建築の状態もまた、想像力の中で現状に重ねられる。そして最後の居住者たちの生活の場としての建築の姿であり、最後の居住者たちの生活が、映像の中に立ち現れるのである。焼けただれたピアノ、開かれたままのノートパソコン、本棚の本、キッチンの調味料、ノートを開けば日記が記されている。

 室内に放棄された家財の原状のままにある姿は、静止した時間を象徴するが、放棄された家財の風化劣化している現状は、時間の経過を意味するものとなる。撮影時にもなお動き続けている時計(まだ生きている時計の存在!)が印象深い。清華寮での生活の時は止まり、しかし、確実に時間は経過しているのである(経過した時間は、しかし、時計の電池が切れるほどには長くない)。

 室外には窓の擦りガラスを通して、繁茂する樹木の緑が浮かび上がる。自然は、人間の営みと関係なく、存在し続けている。擦りガラスの白い中に浮かび上がる窓外の緑が実に美しい。

 

 遺棄された家財からは、最後の居住者の家族構成、趣味、息遣いまでが伝わってくるのだ。今井新の視線は、そのような細部に向けられ、彼の手持ちのカメラを通して、観る者は今井新の興味関心の向かう先を目眩感と共に追体験させられることになる。

 

 で、それが2~30分の映像だろうくらいの予想で観始めたら、続くのだ。結局、一時間以上、映像を凝視してしまった。

 専用機材ではない手持ちカメラの映像は揺れるだけでなく、ズームの度に焦点は失われるし、観続ければ酔いが回るのである(目眩感は、手持ちカメラが単に揺れるだけではなく、その振れ幅の大きさによってももたらされたように思われる)。

 しかし、(私の場合は)ディティールへの興味が上回り、その一時間以上という時を、映像に魅入られて過ごすこととなってしまったのであった。

 

 

 私が観たのは、リアルな、清華寮の現状の映像、つまりドキュメントとしての映像。

 しかし、その映像の背後には、創建時の清華寮の姿も浮かび上がるし、その後の年月(戦争があり、戦後があり、現在に至る)も刻み込まれ、最後の居住者たちの生活の痕跡もそのままに保存され(建屋内に家財を残してのその後の生活が気にかかる)、しかし、その痕跡にもまた放棄後の時間が重ねられているのである。

 結果として、リアルな映像を前にしながら、幻影を観続けていたような印象が残される。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/06/02 00:08 → http://www.freeml.com/bl/316274/204179/

 

 

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