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2013年5月27日 (月)

橋下氏の新たな一歩

 午後、時間がとれたので、橋下徹氏の、日本外国特派員協会での記者会見の後半をニコ動の中継で見ていた。

 内容的には、『毎日新聞』の以下の報道に相当する部分(この「毎日」による要約は、橋下氏の発言内容をほぼ正確に伝えている)だ。

 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。
 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。
 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】
(毎日新聞 5月27日(月)21時30分配信)

 要するに、「河野談話」が「いわゆる強制連行」を認めたものであるのかどうかについての疑念と、日韓の歴史学者による問題の解明を求めたものである。

 別稿(註:1)で述べたように、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味において「強制連行」という語を用いるのだとすれば、「河野談話」はそのような意味での「強制連行」を認めたものではない。しかし、この、

  国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ

  最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う

…との言い方は諸刃の剣である。

 実際問題として、『ニューヨークタイムス』の女性記者は、「人身売買」はシステムとして考えるべき問題であること、募集の時点だけではなく、(人身売買された)女性の移送、(人身売買された)女性の使役、(人身売買された)女性の利用のすべての局面により構成されるものであることを指摘し、その点についての橋下氏の認識を問うていた。

 しかし、橋下氏は、この問いに対する明確な返答をしていない。問題の所在に気付けなかったのか、気付いていながらはぐらかそうとしたのかは不明だが、この論点は重要である。

 別稿(註:1)で書いたように、日本軍の「慰安婦制度」の特徴として、慰安婦の募集には(そして多くの場合、慰安所の運用にも)民間業者を活用し、軍の直接的関与を避けていた事実がある。軍の関与の直接性ではなく間接性が、慰安婦制度の基本構図なのである。

 しかし、間接的関与ではあっても、慰安所の設置を起案するのは軍であり、民間業者に慰安婦の募集を求めるのも軍であり、戦地に慰安婦を移送するのも軍であり(これは直接的関与に属する)、民間業者の運営する慰安所を警備するのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の衛生管理をするのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の顧客も軍であった。

 慰安所は軍による軍のための施設なのであり、慰安婦は軍が集めさせた軍のための戦時売春婦(平沼赳夫氏の表現)なのである。

 つまり、慰安婦の募集の時点での出来事としての「人身売買」であるにしても、「人身売買」の現場での一方の当事者が「民間業者」であったにしても、その背後には軍による募集依頼の事実があり、その後の全過程は軍のためのものであったのである。

 その意味で、募集の時点での「強制連行」の有無の問題は、今後の議論では、大きな問題ではなくなってしまう可能性が高い。

 繰り返せば、

  慰安所は軍による軍のための施設なのであり、慰安婦は軍が集めさせた軍のための戦時売春婦(平沼赳夫氏)なのである

…ということなのであり、たとえそれが間接的関与であっても、その全過程に(システムとしての人身売買の全過程に、ということである)軍が関与しているという事実の重さが、あらためて我々の上にのしかかってくることになるはずである。

 橋下氏の今回の日本外国特派員協会での主張は、そのような新たな展開への第一歩であったように思われる。

【註:1】
 いわゆる「河野談話」について、「強制連行」を認めたものとして非難されることが多いが、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味において「強制連行」という語を用いるのだとすれば、「河野談話」は「強制連行」を認めたものではない。

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

               平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 「強制連行」の有無の判断に関わるのは、

  慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。

…との記述ということになるが、ここに示されているのは軍の直接的関与ではなく、間接的関与(軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たった)の事実であり、確かに「官憲等が直接これに加担したこともあった」にせよ、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味においての「強制連行」の事実を認めたものではない。

 日本軍の慰安婦制度の特徴は、あくまでも慰安所の設置に軍が主導的役割を果たしながらも、募集においては軍が前面に出ることを避け、民間業者を利用していた点にある。

 しかし同時に、植民地という当時の状況(橋下氏は「植民地支配」の事実を認めている)を考えれば、そこには日本人と朝鮮人の間に、権力における圧倒的に非対称的な関係がある。日本人は政治的にも経済的にも圧倒的な強者であり、朝鮮人は弱者であった。その弱者が「慰安婦」にならざるを得ない状況に追い込まれていたわけである。日本人慰安婦について考えればわかるはずだが、慰安婦になる動機は愛国心ではなく絶対的な貧困なのである(そうでなければ良家の子女-まずは高級軍人の子女-が率先して慰安婦となっていたはずである)。
  また、100人の人間を服従させるために100人全員に暴力をふるう必要はないという点にも配慮が必要だろう。見せしめは一人で十分なのである。
 実際には、詐欺的な募集が横行し、人身売買として理解される状況が多く存在していたことも確認されている。
 「河野談話」は、それらの点について、

  甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり

…との言い方をしているわけである。

 ところで橋下氏は自身のツイートで以下の主張をしている。、

  日本の慰安婦制度が世界的な非難を浴びているのは、国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点。この点については、僕は歴史家ではないので、具体的な事実を全て把握しているわけではないが、2007年の閣議決定で、それを裏付ける証拠は見当たらないとなっている。
     posted at 06:53:02 5月14日

 が、「河野談話」は、

  国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせた

…と言っているわけではない。 

 しかし、橋下氏は、

  日本の慰安婦利用は悪かった。しかし、世界各国の軍も当時は女性を利用していた。にもかかわらず、世界は日本だけ「性奴隷」を使っていたと徹底非難。日本の国会議員も政府もメディアもなぜ徹底抗議しない。今年に入ってから、アメリカの州議会で4件も、日本に対する非難決議がなされている。
     posted at 19:47:54 5月19日

…という形で「性奴隷」という語の用語としての妥当性にまで論及してしまう。

 そうなると、募集時の「強制連行」の有無とは別に、慰安婦であり続けることへの自由意思の問題がクローズアップされてしまう。

 自由意思で慰安婦をやめることが出来たのかどうか?

 また、朝鮮半島を遠く離れて海外へ移送された慰安婦には、そもそも帰還の自由さえ存在しないのである。
 職業離脱の自由がなく移動の自由がなければ、それは「奴隷」の境遇であるし、そこで「戦時売春婦」(平沼赳夫氏)として取り扱われ続けたのであれば、それはまさに「性奴隷」と言うしかない話となってしまう。

 結果として募集時の「強制性」の有無を論じる意味が、それを論じることに当初期待されていたはずの意味が失われてしまう。

 一方で、米軍兵士(進駐軍兵士)の利用したパンパンガールには、その経済的事情を抜きにすれば、

 自由意思でパンパンガールをやめることは可能であり

 もちろん移動の自由は存在していた

…という点は明らかであり、日本軍の慰安婦とは事情が違い過ぎる。「性奴隷」とのくくりで両者を呼ぶことは乱暴に過ぎる話なのである。

 これもまた、橋下氏の不用意な論法の帰結である。

(オリジナルは、
     投稿日時 : 2013/05/27 22:09 →  http://www.freeml.com/bl/316274/203978/
     投稿日時 : 2013/05/26 21:46 → http://www.freeml.com/bl/316274/203952/

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コメント

朝日新聞の報じた記事を事実と思い込んで謝罪した宮沢内閣の軽率さである。「する必要のない、というより、してはならない謝罪」をして世界に誤解を撒き散らしたのであった。宮沢内閣の犯した過ちこそが慰安婦問題の原点である。

話は変わるが、大阪の北新地の風俗を活用してきたのは橋下徹自身である。
また、彼は風俗業者の組合の弁護士でもあった。

投稿: うなぎ | 2013年5月28日 (火) 07時25分

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