« 『タケヤネの里』を観る | トップページ | 『先祖になる』を観る »

2013年5月 6日 (月)

『オロ Olo. The boy from Tibet』を観る

 

 平井の小松川区民館ホールでの「メイシネマ祭’13」も二日目、最終日。

 最終日のプログラムの最後の上映作品、岩佐寿弥監督の『オロ Olo. The boy from Tibet』を観る。

 

「メイシネマ祭」のチラシには、

 

 6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年の物語。なんと愛しく、美しい映画。今映画祭のとり。ぜひ、この素敵な映画を見て下さい。

 

…とある。主催者の思い入れのほども伝わってくるのである。

 

 

 『オロ』については、知人が関わっており、ここ数年の賀状にも必ず『オロ』に触れた一文が添えられていて、ずっと気になっていた作品でもあった。そんな作品を、ついに、それも「メイシネマ祭」の場で観ることにになるのだ(こちらも気合が入ってしまう展開である)。

 

 「6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年の物語」といっても、主人公は既に6歳ではない。映画の中で、これから小学校5年に進学するという話が出てくるから、主人公の少年オロは、撮影時には(多分)小学校4年生ということになる。

 

 画面は、スタート!の声と共に階段を上り下りするオロの姿から始まる。ナレーションの原稿を読むのもオロだということも、マイクの前で原稿を読んでいるオロの姿で示される。

 オロは、ダラムサラにある「チベット子供村」に寄宿し、勉強している。そんなオロの日常が、オロを取り巻く人々の姿と共に丁寧に描かれるわけである。

 前半は、主にダラムサラでのエピソード。後半は、冬休みを利用しての、ネパールのポカラにあるチベット難民居住地区訪問の際のエピソード。

 

 オロのおじさんが語る、オロの家族・親せきのエピソードを聞いても、ダラムサラの学校でのオロの仲良しの姉妹の父のエピソードを聞いても、ポカラで出会った家族のエピソードを通しても、チベットが中国の占領下にあり、彼らは難民としてダラムサラやポカラに亡命生活を送っているのだという事実が痛いほど伝わってくる。

 オロは、確かに「6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年」なのだが、その「亡命」が家族と別れてオロ一人でのものであった事実(家族に支援されての亡命ではあるけれど)は、やはり衝撃的である。家族と別れての、一人でのダラムサラ生活なのである。

 夏休みのエピソードでは、オロは寄宿舎を出てダラムサラの街のおじさん宅に滞在することになるのだが、そんな行き先(親族)のない少年は夏休みも寄宿舎で暮らしているのである。祖国が占領下にあるということの意味が、そこに凝縮されて示される(中国の支配するチベットでは、チベット語の教育が許されていない。チベット語の伝統を守り、チベット文化の伝統を守るために、チベット人は小さい我が子を一人で「亡命」させ、チベット語による教育を受けさせようと努力するのである)。

 

 しかし、そんな屈託を感じさせないオロの性格と、オロが出会う周囲の人々の姿からは、難民・亡命者としての悲劇的状況がストレートに伝わるわけではない。そこには日常生活があり、日常生活からは様々な感情が生まれ、小さな幸福も遍在しているのである。

 登場する人々が、小さな幸福を慈しみ生きる姿を岩佐監督は丁寧にすくい取っており、そんなチベット人への憧憬と共感が伝わってくる(こここはあえて「憧憬」という言葉を使ってしまうことにする)。政治的プロパガンダドキュメントにもなってしまい得る状況を、政治的プロパガンダとして図式的に示すことはしていないのである。

 

 

 「メイシネマ祭」の最終日に出会うにふさわしい映画であった。主催者への感謝の念を強く感じる中、上映後のトークが始まった。

 登場したのはプロデューサーとして『オロ』に関わった代島治彦さんである。その代島さんの口から語られたのは、岩佐監督の死であった。それも昨日の話だという(宮城での上映会の後、宿泊先での出来事!)。

 代島さんに促されて、会場内にいた関係者がトークに加わる。南椌椌さんと田嶋朗子さんのおふた方が、監督の突然の死の悲しみの中、参加者に語りかけた。

 

 ここでは、南さん(実は毎年の賀状の主である)の話の特に印象深いものを書きとめておく。

 2011年の3月11日の話である。

 岩佐監督と南さんは(多分、東京で)、撮り上がったばかりのラッシュをチェックしていた。一段落したところに、あの地震。テレビをつければ被災現地の惨状が次々と伝わってくる。

 そこでの岩佐監督のひとこと。

  こういう時は、まず、コーヒーを飲みましょうよ。

 その言葉と共に、コーヒーを淹れる作業に取り掛かる岩佐監督の姿。

 そんなエピソードを語った南さんもまた、昨日の岩佐監督の訃報に接した際は、もちろん動揺しながらも、まずコーヒーを飲むための作業に取り掛かったのだという。

 渦中にいて溺れないための知恵とでも言えるであろうか? 『オロ』というドキュメンタリーもまた、その知恵に貫かれた作品であったようにも思われてくる。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/05 22:32 → http://www.freeml.com/bl/316274/203076/

 

 

|

« 『タケヤネの里』を観る | トップページ | 『先祖になる』を観る »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1135955/51507011

この記事へのトラックバック一覧です: 『オロ Olo. The boy from Tibet』を観る:

« 『タケヤネの里』を観る | トップページ | 『先祖になる』を観る »