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2013年5月

2013年5月27日 (月)

橋下氏の新たな一歩

 午後、時間がとれたので、橋下徹氏の、日本外国特派員協会での記者会見の後半をニコ動の中継で見ていた。

 内容的には、『毎日新聞』の以下の報道に相当する部分(この「毎日」による要約は、橋下氏の発言内容をほぼ正確に伝えている)だ。

 一方で、従軍慰安婦についての政府の公式見解である河野洋平官房長官談話については「否定するつもりはない」としつつ、内容に疑問を呈した。
 橋下氏は「国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ」と説明し、拉致・人身売買については日韓両国の歴史学者による事実解明を主張。「この核心的論点について河野談話は逃げている。これが日韓関係が改善しない最大の理由だ」と述べ、日韓間の慰安婦を巡る対立は河野談話に起因しているとの主張を展開。河野談話に「表現はもっと付け足さないといけない」と述べた。
 これに対し、河野談話が元慰安婦の証言などをもとにしていることを踏まえ、「元慰安婦の証言は信用できないのか」などと追及されると「最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う」などと主張し、明確には答えなかった。【阿部亮介、林由紀子】
(毎日新聞 5月27日(月)21時30分配信)

 要するに、「河野談話」が「いわゆる強制連行」を認めたものであるのかどうかについての疑念と、日韓の歴史学者による問題の解明を求めたものである。

 別稿(註:1)で述べたように、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味において「強制連行」という語を用いるのだとすれば、「河野談話」はそのような意味での「強制連行」を認めたものではない。しかし、この、

  国家の意思として組織的に女性を拉致、人身売買した点を裏付ける証拠はないのが日本の立場だ

  最大の論点は人身売買を国家の意思として組織的にやったかどうかだと思う

…との言い方は諸刃の剣である。

 実際問題として、『ニューヨークタイムス』の女性記者は、「人身売買」はシステムとして考えるべき問題であること、募集の時点だけではなく、(人身売買された)女性の移送、(人身売買された)女性の使役、(人身売買された)女性の利用のすべての局面により構成されるものであることを指摘し、その点についての橋下氏の認識を問うていた。

 しかし、橋下氏は、この問いに対する明確な返答をしていない。問題の所在に気付けなかったのか、気付いていながらはぐらかそうとしたのかは不明だが、この論点は重要である。

 別稿(註:1)で書いたように、日本軍の「慰安婦制度」の特徴として、慰安婦の募集には(そして多くの場合、慰安所の運用にも)民間業者を活用し、軍の直接的関与を避けていた事実がある。軍の関与の直接性ではなく間接性が、慰安婦制度の基本構図なのである。

 しかし、間接的関与ではあっても、慰安所の設置を起案するのは軍であり、民間業者に慰安婦の募集を求めるのも軍であり、戦地に慰安婦を移送するのも軍であり(これは直接的関与に属する)、民間業者の運営する慰安所を警備するのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の衛生管理をするのも軍であり、民間業者の運営する慰安所の顧客も軍であった。

 慰安所は軍による軍のための施設なのであり、慰安婦は軍が集めさせた軍のための戦時売春婦(平沼赳夫氏の表現)なのである。

 つまり、慰安婦の募集の時点での出来事としての「人身売買」であるにしても、「人身売買」の現場での一方の当事者が「民間業者」であったにしても、その背後には軍による募集依頼の事実があり、その後の全過程は軍のためのものであったのである。

 その意味で、募集の時点での「強制連行」の有無の問題は、今後の議論では、大きな問題ではなくなってしまう可能性が高い。

 繰り返せば、

  慰安所は軍による軍のための施設なのであり、慰安婦は軍が集めさせた軍のための戦時売春婦(平沼赳夫氏)なのである

…ということなのであり、たとえそれが間接的関与であっても、その全過程に(システムとしての人身売買の全過程に、ということである)軍が関与しているという事実の重さが、あらためて我々の上にのしかかってくることになるはずである。

 橋下氏の今回の日本外国特派員協会での主張は、そのような新たな展開への第一歩であったように思われる。

【註:1】
 いわゆる「河野談話」について、「強制連行」を認めたものとして非難されることが多いが、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味において「強制連行」という語を用いるのだとすれば、「河野談話」は「強制連行」を認めたものではない。

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

               平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 「強制連行」の有無の判断に関わるのは、

  慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。

…との記述ということになるが、ここに示されているのは軍の直接的関与ではなく、間接的関与(軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たった)の事実であり、確かに「官憲等が直接これに加担したこともあった」にせよ、慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行されたという意味においての「強制連行」の事実を認めたものではない。

 日本軍の慰安婦制度の特徴は、あくまでも慰安所の設置に軍が主導的役割を果たしながらも、募集においては軍が前面に出ることを避け、民間業者を利用していた点にある。

 しかし同時に、植民地という当時の状況(橋下氏は「植民地支配」の事実を認めている)を考えれば、そこには日本人と朝鮮人の間に、権力における圧倒的に非対称的な関係がある。日本人は政治的にも経済的にも圧倒的な強者であり、朝鮮人は弱者であった。その弱者が「慰安婦」にならざるを得ない状況に追い込まれていたわけである。日本人慰安婦について考えればわかるはずだが、慰安婦になる動機は愛国心ではなく絶対的な貧困なのである(そうでなければ良家の子女-まずは高級軍人の子女-が率先して慰安婦となっていたはずである)。
  また、100人の人間を服従させるために100人全員に暴力をふるう必要はないという点にも配慮が必要だろう。見せしめは一人で十分なのである。
 実際には、詐欺的な募集が横行し、人身売買として理解される状況が多く存在していたことも確認されている。
 「河野談話」は、それらの点について、

  甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり

…との言い方をしているわけである。

 ところで橋下氏は自身のツイートで以下の主張をしている。、

  日本の慰安婦制度が世界的な非難を浴びているのは、国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点。この点については、僕は歴史家ではないので、具体的な事実を全て把握しているわけではないが、2007年の閣議決定で、それを裏付ける証拠は見当たらないとなっている。
     posted at 06:53:02 5月14日

 が、「河野談話」は、

  国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせた

…と言っているわけではない。 

 しかし、橋下氏は、

  日本の慰安婦利用は悪かった。しかし、世界各国の軍も当時は女性を利用していた。にもかかわらず、世界は日本だけ「性奴隷」を使っていたと徹底非難。日本の国会議員も政府もメディアもなぜ徹底抗議しない。今年に入ってから、アメリカの州議会で4件も、日本に対する非難決議がなされている。
     posted at 19:47:54 5月19日

…という形で「性奴隷」という語の用語としての妥当性にまで論及してしまう。

 そうなると、募集時の「強制連行」の有無とは別に、慰安婦であり続けることへの自由意思の問題がクローズアップされてしまう。

 自由意思で慰安婦をやめることが出来たのかどうか?

 また、朝鮮半島を遠く離れて海外へ移送された慰安婦には、そもそも帰還の自由さえ存在しないのである。
 職業離脱の自由がなく移動の自由がなければ、それは「奴隷」の境遇であるし、そこで「戦時売春婦」(平沼赳夫氏)として取り扱われ続けたのであれば、それはまさに「性奴隷」と言うしかない話となってしまう。

 結果として募集時の「強制性」の有無を論じる意味が、それを論じることに当初期待されていたはずの意味が失われてしまう。

 一方で、米軍兵士(進駐軍兵士)の利用したパンパンガールには、その経済的事情を抜きにすれば、

 自由意思でパンパンガールをやめることは可能であり

 もちろん移動の自由は存在していた

…という点は明らかであり、日本軍の慰安婦とは事情が違い過ぎる。「性奴隷」とのくくりで両者を呼ぶことは乱暴に過ぎる話なのである。

 これもまた、橋下氏の不用意な論法の帰結である。

(オリジナルは、
     投稿日時 : 2013/05/27 22:09 →  http://www.freeml.com/bl/316274/203978/
     投稿日時 : 2013/05/26 21:46 → http://www.freeml.com/bl/316274/203952/

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2013年5月22日 (水)

橋下氏の終着点

 第一次安倍政権時の官邸によるプレスリリース用に作成されたと思われる文書には、記者団の前で安倍首相とブッシュ大統領の間に交わされた、次のような「慰安婦」をめぐるやり取りが掲載されている。

 
 

 

「平成19年4月27日キャンプ・デービットにて行われた
 安倍総理とブッシュ大統領による共同プレス行事(概要)」

(4)((安倍総理に対し)従軍慰安婦問題について、ブッシュ大統領に説明したのか。またこの問題について改めて調査を行ったり、謝罪をするつもりはあるのか、また(ブッシュ大統領に対し)人権問題について、またアジアの歴史認識についての貴大統領のお考えをお聞かせ願いたい、との問いに対し)
(安倍総理)慰安婦の問題について昨日、議会においてもお話をした。自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである、20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている、と述べた。またこのような話を本日、ブッシュ大統領にも話した。
(ブッシュ大統領)従軍慰安婦の問題は、歴史における、残念な一章である。私は安倍総理の謝罪を受け入れる。自分は、河野談話と安倍総理の数々の演説は非常に率直で、誠意があったと思う。私は安倍総理と共に日米両国を率いていくことを楽しみにしている。安倍総理は安倍総理の思うところを率直に語ってくれた。その率直さを私は評価する。我々の仕事は、過去から教訓を得て、将来に生かすということである、そしてそれは正に安倍総理がしっかりとなさっていることである。
http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2007/04/27press.html 

 

 
 当時の安倍総理は記者団に対し、

 

 慰安婦の問題について昨日、議会においてもお話をした。自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである、20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている、と述べた。またこのような話を本日、ブッシュ大統領にも話した。

 

…と述べ、それを受けてブッシュ大統領は、

 

 従軍慰安婦の問題は、歴史における、残念な一章である。私は安倍総理の謝罪を受け入れる。自分は、河野談話と安倍総理の数々の演説は非常に率直で、誠意があったと思う。

 

…と安倍氏の言葉を「謝罪」として評価した上で「受け入れ」を表明しているのである。

 まず問題の焦点となるのは、安倍氏の、

  自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである

…という発言で、それが「謝罪」であるにしても、誰に対するものであるかが問われることになるだろう。安倍氏の言葉は、論理としては、

  辛酸をなめられた元慰安婦の方々に…申し訳ないという気持ちでいっぱいである

…という形になる。である以上、ブッシュ大統領の「私は安倍総理の謝罪を受け入れる」という言葉は、

  私は安倍総理の・慰安婦に対する・謝罪を受け入れる

…として解釈されることになる。

 ここで重要なのは、ブッシュ大統領は、

  自分は、河野談話と安倍総理の数々の演説は非常に率直で、誠意があったと思う。

…という形で、安倍氏の、

  自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである

…という「謝罪」の言葉を「河野談話」とセットにして、「非常に率直で、誠意があったと思う」と述べている点である。「謝罪」と「河野談話」がセットであることに、いわば念押しをされているような構図である。

 この言葉が掲載されているのが「安倍総理とブッシュ大統領による共同プレス行事(概要)」であり、官邸自らが発表した(つまり公式の)文書であることの意味は重い。

 安倍氏の言葉が「慰安婦に対する謝罪」であり、それが「河野談話」とセットのものとしてブッシュ大統領に評価された事実を、「官邸」の作成した文書が示していることになる。安倍氏の「謝罪」と「河野談話」の不可分性を、第一次安倍政権時の官邸自ら認めていることになるのだ。

 「安倍総理とブッシュ大統領による共同プレス行事」は日米間の公的な性格を持った「行事」であり、この「謝罪」と「河野談話」のいずれかを否定する試み、ましてや両者を否定しようとするような試みは、ブッシュ大統領が代表した米国に対する背信行為となってしまうのである。

 


 その構図を確認した上で、橋下徹氏による「慰安婦必要論」の論理について、というより「慰安婦必要論」の釈明の論理を考えてみたい。

 




 橋下氏の当初(5月14~15日)のツイート(http://twilog.org/t_ishin)には、

  日本の慰安婦制度が世界的な非難を浴びているのは、国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点。この点については、僕は歴史家ではないので、具体的な事実を全て把握しているわけではないが、2007年の閣議決定で、それを裏付ける証拠は見当たらないとなっている。
     posted at 06:53:02 5月14日

  ただ国を挙げて韓国女性を拉致して強制的に売春させた事実の証拠がないことも、厳然たる事実。世界が誤解しているなら、日本が不当な侮辱を受けないために言うべきことは言わなければならない。だいたい、アメリカはずるい。アメリカは一貫して、公娼制度を否定する。現在もそうだ。
     posted at 07:16:43 5月14日

  この問題については当初より言っているが、国を挙げて女性を拉致したと言う事実があれば、それはある意味日本の特殊性になる。しかし現段階ではその証拠がないと言うのが日本政府の立場だ。このようなことは、グローバル化時代、国民はしっかり認識しなければならない。
     posted at 08:29:48 5月15日

…といった形で、「国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点」についての問題意識が記されている。

 慰安婦が軍により組織的・暴力的に拉致連行された証拠の存在を問い、「国を挙げて韓国女性を拉致して強制的に売春させた事実の証拠がないこと」を指摘し、「現段階ではその証拠がないと言うのが日本政府の立場」であると説明し、「世界が誤解しているなら、日本が不当な侮辱を受けないために言うべきことは言わなければならない」と主張していたのである。

 橋下氏は、「政府が発見した資料には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」との閣議決定に依拠して、当初の論(のひとつ)を展開していたのである。いわゆる「狭義の強制性」の有無を問題とし、「現段階ではその証拠がないと言うのが日本政府の立場」であることを強調していたわけである。

 

 しかし、一方で、既に安倍氏は米国議会と大統領を前に、

  自分は、辛酸をなめられた元慰安婦の方々に、人間として、また総理として心から同情するとともに、そうした極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ないという気持ちでいっぱいである

…と述べてしまっている。これは、

  軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった

…にもかかわらず、「謝罪」を表明していることを意味する。

 


 さて、5月19日の『産経新聞』は、その日の民放番組での橋下氏の主張を、

 

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は19日の民放番組で、旧日本軍の従軍慰安婦について「暴行、脅迫、拉致を、国を挙げてやり、嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた『性奴隷』と言われている。それは違う」と述べ、27日に東京で外国特派員協会に対し、こうした見解を説明する考えを示した。
(2013/05/19 14:13 産経新聞)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/655569/

 

…と紹介しているが、この、

  「暴行、脅迫、拉致を、国を挙げてやり、嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた『性奴隷』と言われている。それは違う」

…という部分に着目すると、

  軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった

…というのが事実であるにせよ、それは、

  暴行、脅迫、拉致を、国を挙げてやり

…の否定材料にはなり得ても、

  国を挙げて、嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた

…という構図の否定にはなり得ないという問題の存在に気付く。

 「国を挙げて、嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた」、その事実があるからこそ、安倍氏は、

  辛酸をなめられた元慰安婦の方々に…申し訳ないという気持ちでいっぱいである

…との「謝罪」の言葉を述べねばならなかったということなのである。

 その事実が存在しないのなら、一国の首相が軽々しく「謝罪」の言葉など述べるわけはない。そのように国際的には評価されてしまうものである(註:1)。

 

 この点に関しては、橋下氏も自身のツイッター上で、

  慰安所での慰安婦の生活や、慰安婦の心情をみるに、それは大変不幸なことであり、筆舌に尽くしがたい。このようなことが二度と起こらないようにするのは当然だ。
     posted at 15:21:52 5月14日

  軍が施設を管理し、意に反して慰安婦になった方が悲惨な境遇であったことは確かだが、これは他国の軍でもある話だ。
     posted at 15:27:37 5月14日

  当時意に反してそのような職に就かざるを得なかった方は大変不幸であり、その心身の苦痛は筆舌に尽くし難いものがある。ただそれは韓国人だけでなく、日本人も、その他世界各国の軍が活用していたいわゆる慰安婦制度の慰安婦も同じだ。
     posted at 00:14:09 5月15日

  現在、慰安婦制度が必要だとは言ったこともない。むろん、現在はあってはならない。むしろ、日韓基本条約がある中でも、意に反して慰安婦になった方へは配慮が必要だと言い続けている。
     posted at 11:44:56 5月15日

…などと慰安婦問題に関する見解を明らかにしている。橋下氏のツイートにある、

  意に反してそのような職に就かざるを得なかった方は大変不幸であり、その心身の苦痛は筆舌に尽くし難いものがある

…などという言葉は、

  国を挙げて、嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた

…との認識を持っていればこそのものであって、そうでなければ、つまり、「それを望んだ女性に望み通りに(慰安婦を)やらせた」のであれば、それが「大変不幸なことであり、筆舌に尽くしがたい」ことだと言うなど、あり得ない話なのである。

 
 

 募集・徴募の時点での「強制」の有無がどうであろうが(「狭義の強制性」の有無がどうであろうが)、慰安所での慰安婦の取り扱いの実態が、「嫌がる女性に無理やり(慰安婦を)やらせた」状況(「広義の強制性」が明らかな状況)なのであれば(註:2)、そのような「慰安婦」の境遇について「性奴隷」と表現されても、文句を言うことは困難になる。

 自由意思で慰安婦を続けたものではなく、慰安婦を続けることを拒否可能な状況になかったのであれば(註:3)、それはまさしく「奴隷」の境遇である。

 これは論点を「狭義の強制性の有無」に絞ることをせずに、その都度の思い付きで論を展開したツケである。論点を「狭義の強制性の有無」に絞り、米軍に日本の(「最後の性行為に至らないところでの」合法的な)風俗業の活用を強弁するようなこと(註:4)をせずに、米国の世論を味方につけること(そのことの政治的重要性は計り知れない)に努力していれば、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」という日本政府の認識への国際的理解も少しは得られていたかも知れない。

 しかし、もはや手遅れである。「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」という認識への国際的理解の獲得どころか、「性奴隷」としての日本軍の慰安婦という認識への国際的理解が深められるだけだ。

 弁護士による弁論術として、あまりに稚拙と言わねばならない。その上に米国世論をわざわざ敵にまわすような論法は、政治家のセンスとしても話にならない。

 


 もっとも橋下氏は、

 

 強制連行があろうとなかろうと、こういう制度を持ったことは申し訳ないし恥ずべきことだし、二度と繰り返してはならない
 『日本が強制連行をしたのではない』と言って、慰安婦問題を正当化しようとしたり、自分たちの責任を回避しようとしたりする人が非常に多い
(2013/05/16 12:31 産経新聞)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/654768/

 

…と述べていた。橋下氏は、「強制連行があろうとなかろうと、こういう制度を持ったことは申し訳ないし恥ずべきことだ」と言い、慰安婦問題について日本には責任がありその責任を回避してはならないと主張してもいるのである。

 また、ツイッター上でも、

  自民党との違いが見えないと言うことですが、僕は敗戦国として侵略と植民地政策の評価は受け止めます。自民党は、ここを認めない人たちも多いのではないでしょうか?ここを否定するなら、もう一度戦争して戦勝国になるしかないでしょう。馬鹿げています。
     posted at 09:15:21 5月15日

  敗戦国として侵略の評価はしっかりと受け止めなければならない。日本の侵略の評価を否定する人たちは、武士道を重んじる人たちに多い。負けは負け。潔く負けを認めなければならない。そして周辺諸国に対しても多大な苦痛と損害を与えたのも事実。反省とお詫びをしなければならない。
     posted at 06:27:32 5月14日

  そして日本のこの立場は、一方当事者である日本から、敗戦後既に70年経ったからもうチャラにしてくれと言えるものではない。被害者、第三者の評価が重要。日本の態度振る舞い如何と時が解決するしかない。
     posted at 06:32:04 5月14日

  僕は、日本の侵略の事実、植民地政策の事実を敗戦国として認め、反省とお詫びをしなければならないことは大原則としている。
     posted at 08:33:19 5月14日

  ただし当時の世界の状況だったり、事実はしっかりと押さえなければならない。日本が不当に侮辱を受けることについては反論すべきだ。これまでの政府や政治家は、歴史認識になると、反省とお詫びだけで何も言わないか、それとも自己正当化だけで反省とお詫びを全くしないか、どちらかだった。
     posted at 08:36:04 5月14日

  日韓の間で法的な賠償問題は解決済みだからと言って、紋切り型の役所的な言葉を慰安婦の方にぶつけるのは政治家の態度振る舞いではない。法的な問題は解決済みであっても、言葉のかけ方、接し方は別だ。
     posted at 07:14:11 5月14日

  現在、慰安婦制度が必要だとは言ったこともない。むろん、現在はあってはならない。むしろ、日韓基本条約がある中でも、意に反して慰安婦になった方へは配慮が必要だと言い続けている。
     posted at 11:44:56 5月15日

…との見解を示している。つまり橋下氏は、当初から慰安婦問題への我々の責任を認め、日本による侵略を歴史的事実として認め、日本による植民地支配を歴史的事実として認めているのである。

 

 橋下氏の主張の終着点はというと、慰安婦問題への我々の責任を認め(強制連行があろうとなかろうと、こういう制度を持ったことは申し訳ないし恥ずべきことだし、二度と繰り返してはならない)、「性奴隷」という用語の妥当性を結果的に認め、それと引き換えに、かろうじて、世界を相手に、「世界各国がみんな当時やってたじゃないですかと。日本も悪いけれども日本だけが非難されるというのは不当な侮辱です」という主張を展開することにしかなりそうもない。

 いずれにしても、橋下氏によって、慰安婦問題への我々の責任は逃れようもないものとして明らかにされることになる(註:5)し、加えて橋下氏による、日本は侵略者であったし植民地支配をした責任もあるという主張も、世界の知るところとなる。

 私自身の問題としては、橋下氏がそのように主張することを止めようとはまったく思わない(註:6)が、石原慎太郎氏がそのような結末を求めているとは思えないし、現在、この問題に関して橋下氏を熱心に支持している人々の多くが、そのような終着点を求めているとも思えないのだが、まぁ、そこまで私が心配する必要はないということか?

【註:1】
 現在の第二次安倍内閣の慰安婦問題に対する公式見解を以下に示しておく。

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が従軍慰安婦を容認する発言をしたことに対し、14日の閣議後の記者会見で閣僚から批判が相次いだ。
 稲田朋美行政改革担当相は「慰安婦は女性の人権に対する大変な侵害だ」と批判した上で、海兵隊員の風俗業活用発言に「意味が分からない」と不快感を示した。下村博文文部科学相も「あえて発言をする意味があるのか。党を代表する人の発言ではない」と酷評した。谷垣禎一法相は「今の時点で(慰安婦の)必要性を強調する必要があるのか。大変疑問だ」と論評した。
 菅義偉官房長官は「他党の発言なので、政府の立場でコメントすることは控えたい」と指摘。その上で「慰安婦問題は筆舌に尽くしがたい、つらい思いをされた方々の思い、非常に心が痛む。この点は安倍内閣として歴代内閣と同様の認識だ」と政府の立場を強調した。岸田文雄外相は外交への影響を問われ、「個々の問題が日韓関係全体に影響を及ぼさないよう、大局的見地からコントロールしたい」と述べた。
(2013/05/14 11:47 産経新聞)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/654170/

 「慰安婦問題は筆舌に尽くしがたい、つらい思いをされた方々の思い、非常に心が痛む。この点は安倍内閣として歴代内閣と同様の認識だ」

 自由意思で慰安婦となり、自由意思で慰安婦を続けた状況があるのであれば、慰安婦を続けることを拒否可能な状況が常にあったというのであれば、「つらい思いをされた方々の思い、非常に心が痛む」などという認識を、日本政府が持つ必要自体が存在しないのである。

【註:2】
 日本人は前線に淫売婦を必ず連れて行った。朝鮮の女は身体が強いと言って、朝鮮の淫売婦が多かった。ほとんどだまして連れ出したようである。日本の女もだまして南方へ連れて行った。酒保の事務員だとだまして、船に乗せ、現地へ行くと「慰安所」の女になれと脅迫する。おどろいて自殺した者もあったと聞く。自殺できない者は泣く泣く淫売婦になったのである。戦争の名の下にかかる残虐が行われていた。
(高見順 『敗戦日記』 昭和二十年十一月十四日)

 高見順が記した状況が現実を反映しているからこそ、

  「慰安婦問題は筆舌に尽くしがたい、つらい思いをされた方々の思い、非常に心が痛む。この点は安倍内閣として歴代内閣と同様の認識だ」

…との日本政府の認識も生まれ、

  慰安所での慰安婦の生活や、慰安婦の心情をみるに、それは大変不幸なことであり、筆舌に尽くしがたい

…という橋下氏の認識も正当なものとして理解されるのである。

【註:3】
 植民地という当時の状況(橋下氏は「植民地支配」の事実を認めている)を考えれば、そこには日本人と朝鮮人の間に、権力における圧倒的に非対称的な関係がある。日本人は政治的にも経済的にも圧倒的な強者であり、朝鮮人は弱者であった。その弱者が「慰安婦」にならざるを得ない状況に追い込まれていたわけである。日本人慰安婦について考えればわかるはずだが、慰安婦になる動機は愛国心ではなく絶対的な貧困なのである(そうでなければ良家の子女-まずは高級軍人の子女-が率先して慰安婦となっていたはずである)。
 また、100人の人間を服従させるために100人全員に暴力をふるう必要はないという点にも配慮が必要だろう。見せしめは一人で十分なのである。
 実際には、詐欺的な募集が横行し、人身売買として理解される状況が多く存在していたことも確認されている。

 他国が利用した戦地での現地徴募での「慰安所」あるいは類似施設と、日本軍の慰安婦制度の違いは大きい。
 もちろん、 それは日本軍が現地徴募での慰安所開設をしなかったということではない。 中曽根氏の海軍の事例は現地での「土人」を慰安婦として活用している。
 しかし、朝鮮人慰安婦が問題になるのは、彼女らは現地徴募ではなく、故郷から遠く離れた戦地に日本軍の輸送船で送られ、自力での帰還不能な場に日本軍により開設された慰安所において、日本軍の軍兵に対する売春行為に従事させられていた点においてである。
 朝鮮人慰安婦は離脱不能な条件の下に売春行為を継続させられていたのだ。
 完全な自由意思の存在を主張することは困難である。

 しかし、それでも常に軍が前面に出て暴力的に拉致連行したものではないこと(国を挙げて暴行脅迫をもって女性を拉致して慰安婦にさせたとされている点)に関しては、現在のところ、一定程度の説得力を持つ主張たり得るものであるし、その主張をすることは国益に適うことではあるだろう。
 が、橋下氏は論点をその問題に絞り込むことに関心を示さず、「興奮してしゃべりまくる」ことに専念している(「ツイッター(twitter)は短文投稿サイトで「つぶやき」と訳されるが、英語では「鳥のさえずり」「興奮してしゃべりまくる」である」 2013/05/18 11:00 産経新聞 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/655262/)。

【註:4】
 「星条旗新聞」(Stars and Stripes)2013年5月14日の「大阪市長:野蛮な海兵隊員は売春婦の利用を検討すべき」('Wild Marines' should consider using prostitutes)と題された記事には、在日米海軍の広報担当者による、「米兵は日本着任直後のオリエンテーションで、マッサージパーラーや同様の施設への出入りが禁じられていることを説明される」という話と共に、

 海軍は、売春婦、マッサージパーラー、ソープランドや、その他の性的サービスをひいきにする行為を許容しない。これらは、人権の尊重、品行方正、人間の尊厳といった我々の基本的価値観と完全に相容れないからだ

…との、米軍としての基本的立場が示されている(J-CASTニュース 5月15日(水)18時42分配信)。

 当初、この問題について橋下氏が何を主張していたかというと、

  僕が普天間の司令官に、風俗業の活用を進言したのは、法律違反のことをしろと言っているわけではない。朝日の記事によれば、米軍報道担当は、「法律違反の事はしない。橋下は馬鹿げている」と言ったとのこと。僕は、法律上認められている風俗業を活用しろと言ったんだ。建前は止めた方が良いと。
     posted at 07:24:20 5月14日

  米軍は、法律上認められている風俗業にも、出入り禁止としているらしい。出入り禁止としても、軍人の性的欲求が0になるわけではない。風俗業を活用したからと言って、沖縄での米兵の性的事件が収まるかは分からない。因果関係については立証はない。ただ、建前論は止めてくれと。
     posted at 07:27:13 5月14日

  要は人間の性的な欲求解消策について真正面から認めるのかそこに目を瞑るのかだ。経済後進国では女性が意に反してそのような職に就かざるを得ない状況もあるだろう。それは防がなければならない。しかし、日本をはじめ完全なる職業選択の自由がある国で、法律上認められた風俗業を否定するのか。
     posted at 07:41:37 5月14日

  僕は日本国において法律で認められた風俗業を否定することは、それこそ、自由意思でその業を選んだ女性に対する差別だと思う。米軍が、法律で認められた日本の風俗業を利用することは何ら問題はない。
     posted at 07:43:23 5月14日

  ただ当時の経済状況下では女性がそのような職に就かざるを得なかった場合もあるだろうから、全て良しとは言えない。しかし、今の日本において法律上認められている風俗業で働く女性の選択の意思は尊重されなければならない。今法律上認められている風俗業を否定することこそ、当該女性に対する差別だ。
     posted at 08:30:29 5月14日

  加えて僕が米軍に進言したのは、きちんと米兵の性的エネルギーをコントロールして欲しいと言うこと。これは時代を超えて、軍のオペレーションの最大の課題。そして法律上認められている風俗業の活用を持ち出したが、批判する人は風俗業を知らないだろうな。
     posted at 15:38:30 5月14日

  風俗業=売春業と早合点して、そんなことは法律では許されていない!と言う声。うちの母親もすぐにメールしてきた。今の法律では売春業は認められていない。しかしそのレベルに達しない所で、風俗業が法律上認められている。要は最後の性行為に至らないところでの風俗業。
     posted at 15:41:01 5月14日

  批判者は、風俗業=売春業=性行為と短絡的に考えているね。日本人は賢いから、性行為に至る前のところで、知恵をこらしたサービスの提供を法律の範囲でやっているよ。そして今の日本の現状からすれば、貧困からそこで働かざるを得ないと言う女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。だから積極活用すれば良い。
     posted at 15:43:08 5月14日

  もし昔の時代のように、貧困から意に反して風俗業で働いている女性が多いと言うのであればそもそも風俗業自体を禁止にしなければならない。しかし今の法律ではそうは考えていない。昔の身売りの時代とは異なる。女性も自ら考えて職に就いている。嫌なら他の仕事に就けばいい。それが日本の風俗業の現実
     posted at 15:45:04 5月14日

  兵士の性をどのようにコントロールするか。それはいつの時代にあっても軍のオペレーションとしての最重要課題。だから沖縄の米軍基地を訪問したときにもう少ししっかりとやって欲しいと司令官に言ったんだ。法律上認められている風俗業を活用してはどうかと言ったら拒否された。売春じゃないんだけどね
     posted at 15:48:49 5月14日

  アメリカの国防総省からも、アメリカ軍は買春を拒否するとコメントをもらった。買春なんて誰も言ってないでしょ。日本の法律で認められている風俗業は買春でないことくらい国防総省は知らないのかね。買春は日本でも認められていない。繰り返すが、日本には法律上認められている風俗業が存在する。
     posted at 23:45:25 5月14日

  「沖縄に米軍基地は必要だ。米軍が日本の安全保障に貢献してくれて感謝している。しかし、沖縄で米軍が犯罪を犯す度に米軍への反感の念が強くなる。特に性犯罪については。もっと兵士の性的エネルギーをコントロールしてくれないか。法律上認められる風俗業の活用はどうだ」と言ったんだ。
     posted at 23:50:40 5月14日

  アメリカでは風俗と言えば即買春なのか。そんなことはないだろ。買春は日本でもダメだ。しかし買春でない法律上認められた風俗業が存在する。特に沖縄では米兵が日本人に対して性犯罪を犯す度に、日米間の信頼関係ががた崩れになる。これが基地問題にも影響する。
     posted at 23:54:41 5月14日

  だから建前論ではなく、本気で兵士の性的エネルギーをコントロールするための策を講じて欲しいと言ったんだ。法律上認められた風俗業の活用のどこが悪い。その業が、そもそも女性の人権を侵害していると言うなら、風俗業は全面禁止だろう。女性の人権侵害と言うなら、風俗業の全面禁止を主張すべきだ。
     posted at 23:58:11 5月14日

  米軍へ風俗活用を進言したこともメディアでは一斉に非難。じゃあ、米兵の性犯罪についてどのように迫るの?米兵の性的エネルギーをしっかりとコントロールして欲しいと司令官に申し入れた。朝日新聞の記者は、規律を厳格化するとか処罰を厳格化するとか要請したらいいじゃないかと言ってきた。バカか。
     posted at 22:43:42 5月15日

…と、自身のツイートで力説していたのである。
 その後の橋下氏の発言として、

 また橋下氏は「アメリカは自分たちの歴史を直視しないから、沖縄での人権蹂躙行為を本気になってやめようという改善策をやらない」と指摘しました。
(TBS系(JNN) 5月18日(土)12時39分配信)

…というものがある。この橋下氏の「指摘」自体は正しいが、 しかしその「改善策」として「風俗業の活用」を主張してしまった事実が、橋下氏の話を聞く者にはあらためて想起されてしまうことになる。

 橋下氏の、

  今の法律では売春業は認められていない。しかしそのレベルに達しない所で、風俗業が法律上認められている。要は最後の性行為に至らないところでの風俗業。

…に対し、

  海軍は、売春婦、マッサージパーラー、ソープランドや、その他の性的サービスをひいきにする行為を許容しない。これらは、人権の尊重、品行方正、人間の尊厳といった我々の基本的価値観と完全に相容れないからだ。

…というのが米軍の認識なのである。
 たとえそれが「最後の性行為に至らないところでの風俗業」であろうが、あくまでも、

  人権の尊重、品行方正、人間の尊厳といった我々の基本的価値観と完全に相容れない

…ということなのであって、橋下氏の主張は、米軍の価値観に基本的な部分で抵触しているのだ。

 「沖縄での人権蹂躙行為を本気になってやめようという改善策」、それを米国に求めることは正当である。
 しかしその「改善策」として橋下氏が示し、強弁したのが「風俗業の活用」であった。「最後の性行為に至らないところでの風俗業」であろうが、米軍側の認識としては「人権蹂躙行為」なのである。
 米軍に対し「人権蹂躙行為」を提案した当人が、米軍の「沖縄での人権蹂躙行為」を非難している構図になってしまっているのだ。

 「アメリカでは風俗と言えば即買春なのか。そんなことはないだろ。買春は日本でもダメだ。しかし買春でない法律上認められた風俗業が存在する」と橋下氏は主張し、「最後の性行為に至らないところでの風俗業」の「合法性」を力説し、「僕は、法律上認められている風俗業を活用しろと言ったんだ。建前は止めた方が良い」とまで言っていたわけだが、そのような日本の法律上の「合法性」自体が「建前」であることには当人は徹底的に無自覚である(補注:1)。
 日本の法律上の合法性を根拠とした橋下氏の提案を拒否した米国に対し、「建前」と言い募って批判するのは、米国の歴史文化的背景への、あまりの認識不足というものであろう(これは「教養」の問題である)。
 ここでの米国の「建前」は、米国の歴史文化の根幹となるような種類の「建前」なのであって、共和党支持者であろうが民主党支持者であろうが、保守であろうがリベラルであろうが、米国民に深いところで共有されている「建前」なのである。
 橋下氏の主張が米国民に対し説得力を持ち得るはずはないのである(米軍は、その国民によって選出される議会と大統領に拘束される存在である)。
 この時点で橋下氏は米国民を敵にまわしたも同じである。

【註:5】
 また、橋下氏は第二次世界大戦中の慰安婦制度をめぐる自身の発言と西村氏の今回の発言との違いを問われ、「全然違う。僕は慰安婦を侮辱する意図は全くない」と強調。その上で「日本国民は慰安婦問題をずっと背負う。自分たちの先祖がやったことを正当化するのは言語道断だが、それに加えて(慰安婦を)侮辱することはあってはならない」と改めて持論を展開した。
(2013/05/17 22:27 産経新聞)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/655176/

橋下氏は、

  日本国民は慰安婦問題をずっと背負う。自分たちの先祖がやったことを正当化するのは言語道断だが、それに加えて(慰安婦を)侮辱することはあってはならない

…と、強く主張しているのである。

【註:6】
 問題のそもそもの発端となった13日の記者会見での、

  軍の規律維持のために、慰安婦制度は当時は必要だった。

…という橋下氏の見解などは、「慰安婦制度」への軍の主体的関与を認めるものであるし、「慰安婦制度」の成立理由を考えれば、むしろ歴史的理解として正確なものだと言い得るものとして、私はこの発言をまったく問題視しないし、積極的に肯定評価している。問題の記者会見時の、

  慰安婦制度じゃなくても、風俗業は必要。普天間飛行場に行った時、「もっと風俗業を活用してほしい」と言ったら、米海兵隊司令官は凍り付いたように苦笑いして「米軍では禁止している」と。建前論ではだめだ。そういうものを真正面から活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーはきちんとコントロールできない。

…という橋下氏の主張と併せ考えれば、「軍の規律の維持のため」という言い回しの焦点となるのは、軍兵による婦女暴行・強姦という形での軍紀の乱れということになり、まさに南京攻略戦の過程で日本軍が直面することになった、戦時強姦の多発という事態が想起されざるを得ない。大日本帝國陸軍が見舞われた「軍の規律」の喪失という事態である。その問題に対処するための「慰安婦制度」の考案こそが、日本軍における「軍の規律の維持」のためのアイディアだったのである。

【補注:1】
 橋下氏の、

  批判者は、風俗業=売春業=性行為と短絡的に考えているね。日本人は賢いから、性行為に至る前のところで、知恵をこらしたサービスの提供を法律の範囲でやっているよ。そして今の日本の現状からすれば、貧困からそこで働かざるを得ないと言う女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。だから積極活用すれば良い。

  もし昔の時代のように、貧困から意に反して風俗業で働いている女性が多いと言うのであればそもそも風俗業自体を禁止にしなければならない。しかし今の法律ではそうは考えていない。昔の身売りの時代とは異なる。女性も自ら考えて職に就いている。嫌なら他の仕事に就けばいい。それが日本の風俗業の現実

…という主張自体が、まさに「建前」でもある。

 確かにヘルスやピンサロなどの合法風俗と非合法の売春とをごっちゃにして、批判されている面はある。風俗業界の反応はどうか。風俗情報誌「俺の旅」の生駒明編集長は「橋下氏の言わんとすることは分かりますが、業界からすると触れないでほしい」と話す。
 「公の場で風俗のことは言ってほしくない。そっとしておいてほしい。目立つと摘発されるのが、この業界の常識です。一方、摘発を指示した政治家の株は上がる。そうなれば働いている人たちがダメージを受けてしまいます」(生駒氏)
 橋下氏の風俗に対する認識にも間違いがあるという。「貧困で働く風俗嬢が皆無なんてことはない。お金に困っている女性が消極的選択で働いているケースもある。現代の格差社会において、風俗は働き場のない女性のセーフティーネットなんですよ。橋下氏は風俗について知らないのでしょう」(同)
(東スポWeb 5月16日(木)11時48分配信)

 橋下氏の、

 そして今の日本の現状からすれば、貧困からそこで働かざるを得ないと言う女性はほぼ皆無。皆自由意思だ。
 昔の身売りの時代とは異なる。女性も自ら考えて職に就いている。嫌なら他の仕事に就けばいい。それが日本の風俗業の現実

…との主張に対し、生駒氏は、

 貧困で働く風俗嬢が皆無なんてことはない。お金に困っている女性が消極的選択で働いているケースもある。現代の格差社会において、風俗は働き場のない女性のセーフティーネットなんですよ。橋下氏は風俗について知らないのでしょう

…と、問題の所在を指摘しているのである。生駒氏の「現代の格差社会において」との認識は重要である。(5月25日追記)

(オリジナルは、  
  投稿日時 : 2013/05/21 23:23 → http://www.freeml.com/bl/316274/203715/
  投稿日時 : 2013/05/21 23:26 → http://www.freeml.com/bl/316274/203716/
  投稿日時 : 2013/05/21 23:27 → http://www.freeml.com/bl/316274/203717/

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2013年5月18日 (土)

あるときには兵隊さんを肉体的に激励する「無給軍属」としての「慰安婦」

 

 昭和43年というから、1968年の国会での「戦傷病者戦没者遺族援護法等の一部を改正する法律案」をめぐる議論の中に、「慰安婦」をめぐるやり取りがあるので、まず関係する部分を抜粋しておく。

 

 

 

第058回国会 社会労働委員会 第21号
昭和四十三年四月二十六日(金曜日)
   午前十時二十五分開議
 出席委員
   委員長 八田 貞義君
   理事 小沢 辰男君 理事 佐々木義武君
   理事 田川 誠一君 理事 橋本龍太郎君
   理事 藤本 孝雄君 理事 河野  正君
   理事 田邊  誠君 理事 田畑 金光君
      大坪 保雄君    海部 俊樹君
      齋藤 邦吉君    澁谷 直藏君
      世耕 政隆君    田中 正巳君
      竹内 黎一君    中山 マサ君
      増岡 博之君   三ツ林弥太郎君
      箕輪  登君    粟山  秀君
      加藤 万吉君    後藤 俊男君
      西風  勲君    平等 文成君
      八木 一男君    山本 政弘君
      本島百合子君    和田 耕作君
      伏木 和雄君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 園田  直君
        労 働 大 臣 小川 平二君
 出席政府委員
        厚生政務次官  谷垣 專一君
        厚生省援護局長 実本 博次君
        社会保険庁医療
        保険部長    加藤 威二君
        労働省労働基準
        局長      村上 茂利君
 委員外の出席者
        専  門  員 安中 忠雄君

 

   午後零時四十三分開議
○八田委員長 休憩前に引き続き、会議を開きます。
 内閣提出の戦傷病者戦没者遺族援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。後藤俊男君。
○後藤委員 大臣のほうが、時間が十分ないそうでございますので、まず第一番にお尋ねいたしたいと思いますのは、大東亜戦争当時、第一線なり、いわゆる戦場へ慰安婦がかなり派遣されておったと思うのです。私も内々これらの派遣されたいきさつにつきまして、できるだけ、どういうふうな計画でどういうふうにやられたかを調べようと、かなり苦心をしたわけでございますが、聞くところによりますと、無給軍属ということで派遣をしておる。さらにこの派遣につきましては、それらの業者と軍との間で、おまえのところでは何名派遣せよというようなことで、半強制的なようなかっこうで派遣されておるというようなことも私聞いておる次第でございますが、さらにこれらの派遣された慰安婦につきましては、戦場におきまして、戦闘がたけなわになると、あるいは敵の急な襲撃等があった場合には、看護婦の代理もやっておる。さらに弾薬も運ぶというような、さながら戦闘部隊のような形でやられておるというような実績もかなりあると聞いておるのです。
 いま申し上げましたような、この慰安婦に対する現在の援護法の適用の問題でございますけれども、これも、過去において五、六十名適用したこともあるというようなことも聞きました。これは、たとえば自分の家族なりきょうだいなりが戦場に派遣された――振り返ってそういうことは言えるわけでございますけれども、しかしながら、あまりかっこうのいい話ではございませんので、言いたくても言わずにしんぼうしておる人があるんじゃないかというふうなことも推察できるわけなんです。いま申し上げましたような、先ほど言ったように、戦場で、あるときには戦闘部隊になり、あるときにはたまを運ぶ、あるときには兵隊さんを肉体的に激励する、こういうふうないろいろな苦労をした慰安婦に対しまして、この援護法との関係、いままでの経過、さらにこれからの問題につきまして、どういうふうな方向をとっていこうとされておるのか、この点につきまして大臣にお伺いをいたしたいと思います。
○園田国務大臣 ただいまの御指摘の問題は、その実情が、海軍と陸軍とで関係も違っておりますし、それからもう一つは、戦争の初めごろと終わりごろとではまた資格、契約等のことも変わっておるようでございます。また終戦後の混乱時については、御指摘のような点もございますが、事の本質上、この問題として援護することは実態もなかなかわかりませんし、調査も困難でございますので、じかにこの問題として取り上げることはなかなか困難な問題が多いわけでございますが、委員の御指摘の点、私もそのように考えますので、たとえば無給軍属の契約をしておる、あるいは戦争の混乱時で後方勤務をやったとか、あるいは弾薬運びをやったとか、あるいは看護婦さんの仕事をやったとか、そういうものはそういう面からできるだけ広げていって、将来こういう方々にも何とかお報いができるような方針で、事務当局で検討したいと考えております。
○後藤委員 いま大臣が言われたのは、こちらがやかましくてあまり十分聞き取れなかったわけでございますけれども、私はこのいま申し上げました問題について、別に厚生省なり政府としても、そういう関係にあった者については援護法を適用しますというようなPRも全然していないと思うのです。さらに通達その他につきましても、例示等をして、こういう件については援護法が適用されるのだ、こういうふうなことも全然されておらないと思います。先ほど言いましたように、五十名ないし六十名が適用されておるというのは、だれかに聞いて、聞いた者だけがうまくやったと言うと語弊がありますけれども、そういう人だけは適用されたのではないかというふうに思うわけでございますけれども、当時大臣も兵隊に行っておられて、慰安婦等の数なりその他につきましては、千名や二千名ではなかろうと思います。おそらく数千名の慰安婦が第一線なりその他多くの戦場に派遣されておった、これはもう間違いないと思うのです。その中の、先ほど申し上げましたような犠牲者が、全部うまく把握されて援護法の適用をされておるかというと、そこまではいっておらないと私は思います。それなら一体、先ほど申し上げましたような条件にある人を、その援護法の適用対象にする、そういうようなことになったといたしますと、それなりの何かの手続をしていただかないと、せっかくそういう条件にありながら、ありがたい法律が適用されないことになってしまう、こういうふうに思うわけでございますけれども、その辺のところはいかがでありましょうか。
○実本政府委員 いま先生のお話にございますいわゆる慰安婦と申しますか、そういった人々の問題につきましては、援護法のたてまえからいたしますと、先ほど大臣も申し上げましたように、ちょっとそういう見地からの適用のことを考えたことがございませんので、実は何らそういう面からの実態を把握いたしておりません。ただ、大臣が先ほど申し上げましたように、現実に本来の尉安婦の仕事ができなくなったような状態、たとえば昭和二十年の四月以降のフィリピンというような状態を考えますと、もうそこへ行っていた慰安婦の人たちは一緒に銃をとって戦う、あるいは傷ついた兵隊さんの看護に回ってもらうというふうな状態で処理されたと申しますか、区処された人たちがあるわけでございまして、そういう人たちは戦闘参加者あるいは臨時看護婦というふうな身分でもってそういう仕事に従事中散っていかれた、こういうふうな方々につきましては、それは戦闘参加者なりあるいは軍属ということで処遇をいたしたケースが、先ほど四、五十と申し上げました中の大部分を占めておるわけでございます。したがいまして、こういう人たちの実態というものは、先生が先ほどちょっと触れられましたように、現実には何か相当前線の将兵の士気を鼓舞するために必要なわけで、軍が相当な勧奨をしておったのではないかというふうに思われますが、形の上ではそういった目的で軍が送りました女性というものとの間には雇用関係はございませんで、そういう前線の将兵との間にケース、ケースで個別的に金銭の授受を行なって事が運ばれていた模様でございます。軍はそういった意味で雇用関係はなかったわけでございますが、しかし、一応戦地におって施設、宿舎等の便宜を与えるためには、何か身分がなければなりませんので、無給の軍属というふうな身分を与えて宿舎その他の便宜を供与していた、こういう実態でございます。いま援護法の対象者としては、そういう無給の軍属というものは扱っておりませんで、全部有給の軍属、有給の雇用人というものを対象にいたしておりまして、端的にいいますと、この身分関係がなかったということで援護法の対象としての取扱いはどうしてもできかねる。しかしながら、先ほど申し上げました例のように、戦闘参加者なり、あるいは従軍看護婦のような臨時の看護婦さんとしての身分を持った方々につきましては、そういう見地から処遇をいたしておるわけでございまして、もしそういう意味での方がこういう方々の中にまだ処遇漏れというふうになっておりますれば、援護法は全部申請主義でございますので、そういう人があれば申請していただくということになるわけでございます。ただ、時効の問題その他ございますが、そういう面で援護法の適用をそういう方々にしてまいりたいというのが、このケースの処理としていまのところ援護局と申しますか厚生省の態度でございます。
○後藤委員 そうしますと、いま言われましたように、たとえば第一線へ派遣されたその人らが戦闘に参加した、あるいは看護婦という身分にはなっておりませんけれども、看護婦と同じ作業に従事させられたというとおかしいのですが、従事した、それでなくなった、こういうふうな人もあると思うのです。それらの人に対しては援護法を適用してもよろしい、そういうことなのですか。
○実本政府委員 いま先生のおっしゃいますようなケースといたしましては、戦闘参加者なり、あるいは臨時看護婦としての身分でなくなられた人については、当然請求をしていただいて裁定する、こういうことに相なります。
○後藤委員 そうしますと、いまあなたが言われたように、当時第一線なり戦場へどれくらいの数の慰安婦が派遣されておったか、数千人だろうというふうな想像をいたしておるわけでございますけれども、これらの中に、先ほどの援護法を適用してもよろしいというような条件に該当する人があったとしたならば援護法の適用をされるわけなのです。ところが、局長も言われるように、これは申請しなければ問題にならない。しかしそれらの条件に該当する遺族なりそれらの人は、全然そういうことを知らないと思うのです。百人のうち一人や二人は知っておる人があるかもしれませんが、ほとんどの人がわからない。わからなければ申請をしない。申請をしないからこのままいくのだ、こういうふうなかっこうに進んできたのが今日であり、これからもそういうふうになるのではないかと思われるわけでございますけれども、局長がせっかくそこまではっきりきちっと言い切られましたら、それらの条件に該当する人については、これは援護法の適用がされるのだということで、やはり連絡なり、PRなり、通達なり、それらに十分なる手配をとっていただく必要があると思うのです。
 それと同時に、こんなことを申し上げるとまことに失礼かもしれませんけれども、それらの条件に該当する人は、生活も裕福な人は少なかろうと思うのです。いわば生活に非常に苦しんでおられる家庭の人が多いのじゃないか。しかも遺族の人も、まことにいい話ではございませんので遠慮しがちになってくる。全然声が出てこない。そういうところへこの援護法等の適用につきましても手を差し伸べていくのが政治の力であろうと私は考えるわけです。だから、これは具体的に局長として、いま申し上げました問題をどう進めていこうとされておるのか、もう少し具体的にお答えいただきたいと思います。
○実本政府委員 先生のおっしゃることはまことにごもっともなことでございまして、単にいま先生のおっしゃるケースだけではなくて、やはり同じような法の適用が受けられるケースというもので、現実には当たっているのだけれども、当たっているかどうかわからないままに、たとえばこれは、法律ができましてからいろいろな請求の時効は七年の期間を与えておりますが、七年間徒過してしまったというふうな人がほかにもあるわけでございます。特に援護法とか恩給法とかいうものは、非常に難解でございまして、そのときそのときでまたいろいろ範囲の拡張とかあるいは給付の対象になる人の拡大とかいうふうな改善が行なわれまして、継ぎはぎ継ぎはぎで、専門家が見ましても非常に難解な法律になっておりますので、その点は特にそういう方々にとっては、条件の逆に働いている場合だと思います。ただここで私が申し上げましたように、現にこういう方々であって、援護法上の準軍属なり軍属として処遇されていた方々は、これはもうはっきりとそういうケースとして、軍のほうから戦闘参加を要請したというケースが事実としてあり、あるいは日赤の従軍看護婦のような臨時に雇った者につきましては、そういう事情がございます。それから、ある前線からある前線へ大量の人を輸送船で運んでいた。それが海没したような場合につきましては、はっきりそういう人たちのケースがわかっておりますので、ほんとうに先生がおっしゃられるような準軍属なり軍属として取り上げてもいいような人たちについては、おおむねそういうケースとして処遇してきたつもりであります。しかし、それの数は、さっき先生が言われましたように、われわれのほうとしても的確な数字を持っておりませんが、大体四、五千というふうなことを聞いております。そのうちの四、五十人ということでございますから、あるいはまだほかにそういったケースも、知らないために眠っている、あるいは泣いているという方があることが考えられます。これは援護法のほかの対象者にもそういうことがございますので、この問題のみならず、常にそういった人たち全体についてのRRなり徹底の方法といたしまして、月並みではございますけれども、年に二回、都道府県の部課長会議を開いて、そういった意味での徹底を、窓口でございます市町村の援護係のほうにさせるようにやっておるわけでございます。そういった都道府県、市町村のルートを使いまして、こういった問題、特に法律改正があるとか、あるいはいろんな特別措置が行なわれるとかというようなことになりますときには、その問題と同時に、そういう意味でのPRをして、一人でも漏れのないようにしていくということをやっておるわけでございますので、そういう際には、こういうケースは必ず徹底するように運んでいく、いまの段階ではそういうことを考えております。
○後藤委員 そうしますと、いま局長が言われましたように、さっきのような条件につきましては援護法の適用はされるんだ。だけれども、いままで知らずに漏れてきた人――四、五十名は過去において適用されておりますけれども、それ以外で漏れておる人があるとするならば、これは援護法の適用になる。ところが、一般国民の中には、そういうことを全然知らない人もあろう。だから、あらゆる機会を通じまして――これだけではございません。ほかの条件で漏れておる人もあろうかとは思いますけれども、この問題については十分徹底をして、漏れておるような人のないように今後やっていきたい、こういうことでございますね。
○実本政府委員 お示しのとおりでございます。先ほど先生のおことばにもありましたように、こういう人たち並びにその御遺族の人は、何といいますか、外へ出たくないというようなグループですから、特にそういう面についてはそういう観点から、遠慮しないで出ていらっしゃいというような導き方といいますか、引き出し方をするように指導してまいりたいと思います。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/058/0200/05804260200021c.html

 

 

 

 政府側委員として出席していた、厚生省援護局長の実本博次の発言にまず注目しておきたい。「戦傷病者戦没者遺族援護法」の適用対象という観点から、実本援護局長は「慰安婦」の法的地位について、

 

 こういう人たちの実態というものは、先生が先ほどちょっと触れられましたように、現実には何か相当前線の将兵の士気を鼓舞するために必要なわけで、軍が相当な勧奨をしておったのではないかというふうに思われますが、形の上ではそういった目的で軍が送りました女性というものとの間には雇用関係はございませんで、そういう前線の将兵との間にケース、ケースで個別的に金銭の授受を行なって事が運ばれていた模様でございます。軍はそういった意味で雇用関係はなかったわけでございますが、しかし、一応戦地におって施設、宿舎等の便宜を与えるためには、何か身分がなければなりませんので、無給の軍属というふうな身分を与えて宿舎その他の便宜を供与していた、こういう実態でございます。

 

…と述べている。「慰安婦」の法的地位は「無給の軍属」だというのである。

 

 厚生大臣の園田直は、

 

 委員の御指摘の点、私もそのように考えますので、たとえば無給軍属の契約をしておる、あるいは戦争の混乱時で後方勤務をやったとか、あるいは弾薬運びをやったとか、あるいは看護婦さんの仕事をやったとか、そういうものはそういう面からできるだけ広げていって、将来こういう方々にも何とかお報いができるような方針で、事務当局で検討したいと考えております。

 

…という見解を示しているが、園田大臣は、給付対象の拡大について、

  無給軍属の契約をしておる
  戦争の混乱時で後方勤務をやった
  弾薬運びをやった
  看護婦さんの仕事をやった

…というものを挙げ、その上で、

  そういうもの(=給付条件)はそういう面からできるだけ広げていって、
  将来こういう方々(つまり「慰安婦」)にも何とかお報いができるような方針で

…との方向性を打ち出しているわけである。

 その後の政府委員(実本厚生省援護局長)とのやり取りでは、現行規定で可能なものとして、

  戦争の混乱時で後方勤務をやった
  弾薬運びをやった
  看護婦さんの仕事をやった

…といったものが示され、議論は給付対象拡大の方向ではなく、現行規定で可能な対象者への周知の必要性に焦点が向かっているが、園田厚生大臣の言葉には、「慰安婦」にまで給付対象を拡大する可能性の追及という方向性が示されているように見える。

 

 

 あらためて、やり取りされた言葉を読むと、

 

 これは、たとえば自分の家族なりきょうだいなりが戦場に派遣された――振り返ってそういうことは言えるわけでございますけれども、しかしながら、あまりかっこうのいい話ではございませんので、言いたくても言わずにしんぼうしておる人があるんじゃないかというふうなことも推察できるわけなんです。いま申し上げましたような、先ほど言ったように、戦場で、あるときには戦闘部隊になり、あるときにはたまを運ぶ、あるときには兵隊さんを肉体的に激励する、こういうふうないろいろな苦労をした慰安婦…
 当時大臣も兵隊に行っておられて、慰安婦等の数なりその他につきましては、千名や二千名ではなかろうと思います。おそらく数千名の慰安婦が第一線なりその他多くの戦場に派遣されておった、これはもう間違いないと思うのです。その中の、先ほど申し上げましたような犠牲者が、全部うまく把握されて援護法の適用をされておるかというと、そこまではいっておらないと私は思います。それなら一体、先ほど申し上げましたような条件にある人を、その援護法の適用対象にする、そういうようなことになったといたしますと、それなりの何かの手続をしていただかないと、せっかくそういう条件にありながら、ありがたい法律が適用されないことになってしまう…
     (後藤委員)

 したがいまして、こういう人たちの実態というものは、先生が先ほどちょっと触れられましたように、現実には何か相当前線の将兵の士気を鼓舞するために必要なわけで、軍が相当な勧奨をしておったのではないかというふうに思われますが、形の上ではそういった目的で軍が送りました女性というものとの間には雇用関係はございませんで、そういう前線の将兵との間にケース、ケースで個別的に金銭の授受を行なって事が運ばれていた模様でございます。軍はそういった意味で雇用関係はなかったわけでございますが、しかし、一応戦地におって施設、宿舎等の便宜を与えるためには、何か身分がなければなりませんので、無給の軍属というふうな身分を与えて宿舎その他の便宜を供与していた、こういう実態でございます。
     (実本政府委員)

 

…といったものが印象深く感じられる。「当時大臣も兵隊に行っておられて」という世代の、「慰安婦」をめぐるやり取りということになるけだが、どの言葉にも「慰安婦」の境遇に対する思いやりがある。

 橋下徹氏の「慰安婦必要論」が下品な印象を与えるのは(橋下氏の主張を含む現代の議論が総じて下品な印象を与えるのは)、つまるところ、このような同時代の世代が持っていた思いやりを、まったく欠いているからであるようにも感じられる。

 「当時大臣も兵隊に行っておられて」という世代が持つ、「慰安婦の境遇に対する思いやり」とはまさに、ひとりの生身の「慰安婦」との肌を触れ合う関係の中から生まれたものであり、何も好き好んで慰安婦になったわけではない事情=境遇もまた、「兵隊」と「慰安婦」の双方に共有されたものであったろう。

 その構図をしっかり押さえることで、

  しかしながら、あまりかっこうのいい話ではございませんので、言いたくても言わずにしんぼうしておる人があるんじゃないかというふうなことも推察できるわけなんです。
  それと同時に、こんなことを申し上げるとまことに失礼かもしれませんけれども、それらの条件に該当する人は、生活も裕福な人は少なかろうと思うのです。いわば生活に非常に苦しんでおられる家庭の人が多いのじゃないか。しかも遺族の人も、まことにいい話ではございませんので遠慮しがちになってくる。全然声が出てこない。そういうところへこの援護法等の適用につきましても手を差し伸べていくのが政治の力であろうと私は考えるわけです。

・・・という後藤委員の言葉への理解も深まるはずである。

 「慰安婦」として日々を送らねばならなかった「境遇」の裏には、家庭の貧困というものがあり、それがいわば常識として、「当時大臣も兵隊に行っておられて」いた世代に共有されたものであったことが、昭和43年の国会でのやり取りから読み取れるわけである。いやむしろ、45年後の我々はそれを読み取らなければならない、と言うべきかも知れない。

 

  先ほど言ったように、戦場で、あるときには戦闘部隊になり、あるときにはたまを運ぶ、あるときには兵隊さんを肉体的に激励する、こういうふうないろいろな苦労をした慰安婦…
     (後藤委員)
  こういう人たちの実態というものは、先生が先ほどちょっと触れられましたように、現実には何か相当前線の将兵の士気を鼓舞するために必要なわけで、軍が相当な勧奨をしておったのではないかというふうに思われますが…
     (実本政府委員)

 ここでは「慰安婦」の本来の職能として、「兵隊さんを肉体的に激励する」ということが挙げられ、それが、「現実には何か相当前線の将兵の士気を鼓舞するために必要」と考えられているわけである。

 そのような職能に関連して、実本政府委員の、

  こういう人たち並びにその御遺族の人は、何といいますか、外へ出たくないというようなグループですから

…との認識も生まれるわけであるし、それが「慰安婦」の「境遇」として、「当時大臣も兵隊に行っておられて」いた世代に共有されていた、ということなのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/14 21:39 → http://www.freeml.com/bl/316274/203394/

 

 

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2013年5月 7日 (火)

『先祖になる』を観る

 

 今年の「メイシネマ祭」は昨日で終わってしまったが、翌日の今日もドキュメンタリー映画に浸る。

 

 

 

 池谷薫監督の『先祖になる』。ここ数カ月間、観たくて観たくて…だった作品を、ようやく観ることが出来た(「ポレポレ東中野」にて)。

 

 

 気仙沼に住む大震災の津波被害に遭った老人を主人公にしたドキュメンタリー、と書いて間違いではないが、しかしそれでは内容を伝えたことにはならない。

 気仙沼に住む大震災の津波被害者の復興への思いを描いたドキュメンタリー、と書いて間違いではないが、しかしそれではやはり内容を伝えたことにはならない。

 津波被害から自分の力で復興してしまう老人の姿を追ったドキュメンタリー、と書けば、ある程度は内容を伝えたことになるだろうか。

 

 老人は1934年生まれ。きこりとしての技術を持っている。

 老人の家も津波被害には遭い、2階の床上まで水が来たという。しかし、家の柱は依然として垂直に保たれていることをカメラに向かって示し、老人は気仙大工の技術への信頼を語る。老人は、浸水被害に遭った家の建て替えを決意するのである。そして実行するのだ。

 老人は、水田を借りて苗を植え、津波被害に遭った土地にソバの種をまき、町内会の存続を訴え、地元の七夕祭りの開催(震災の夏に実行された)を支え、とにかく自ら動くのである。

 

 きこりである老人は、山に入り、家の材料となるべき木を切り倒し、必要な数を揃えてしまう(それが大震災の年の出来事である)。

 

 そんな老人に惚れ込んで(誰が惚れ込まずにいられようか)支え続ける男。彼がまた見事に老人をサポートするのだ。

 行政としては被災地に居住し続けるのではなく避難所に暮らすことを求め、次には仮設住宅への入居を求める。行政にとっての「復興」はその先の話なのだ。被災者が勝手に家を建て替えてしまうような話は、行政の発想にはなじまないのである。それに対し、徹底的に老人を擁護するのが彼。彼の喧嘩っ早い男気のある性格が快い。

 

 

 震災被害からの復興の問題、被災者と行政の間の問題を考える際に、普通は行政の対応の不備を告発する形になるものだが、ここでは「行政は余計なことをするな!」と求められているのである。

 「お上が何もしてくれない」という感覚は、老人には存在しない。

 観る者は、「公」と「個人」の関係をあらためて問われるのである。

 

 老人は決して利己的な人間ではない。むしろ被災地の共同体としての存続のために、その第一歩として自分の家を自分の力で建て替えるのである。

 

 

 しかし、あの東日本大震災の被災地の被災者のそんな老人の存在を誰が想像し得たであろうか?

 私の観たのは、確かに、「津波被害から自分の力で復興してしまう老人の姿を追ったドキュメンタリー」なのであった。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/06 21:09 → http://www.freeml.com/bl/316274/203106/

 

 

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2013年5月 6日 (月)

『オロ Olo. The boy from Tibet』を観る

 

 平井の小松川区民館ホールでの「メイシネマ祭’13」も二日目、最終日。

 最終日のプログラムの最後の上映作品、岩佐寿弥監督の『オロ Olo. The boy from Tibet』を観る。

 

「メイシネマ祭」のチラシには、

 

 6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年の物語。なんと愛しく、美しい映画。今映画祭のとり。ぜひ、この素敵な映画を見て下さい。

 

…とある。主催者の思い入れのほども伝わってくるのである。

 

 

 『オロ』については、知人が関わっており、ここ数年の賀状にも必ず『オロ』に触れた一文が添えられていて、ずっと気になっていた作品でもあった。そんな作品を、ついに、それも「メイシネマ祭」の場で観ることにになるのだ(こちらも気合が入ってしまう展開である)。

 

 「6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年の物語」といっても、主人公は既に6歳ではない。映画の中で、これから小学校5年に進学するという話が出てくるから、主人公の少年オロは、撮影時には(多分)小学校4年生ということになる。

 

 画面は、スタート!の声と共に階段を上り下りするオロの姿から始まる。ナレーションの原稿を読むのもオロだということも、マイクの前で原稿を読んでいるオロの姿で示される。

 オロは、ダラムサラにある「チベット子供村」に寄宿し、勉強している。そんなオロの日常が、オロを取り巻く人々の姿と共に丁寧に描かれるわけである。

 前半は、主にダラムサラでのエピソード。後半は、冬休みを利用しての、ネパールのポカラにあるチベット難民居住地区訪問の際のエピソード。

 

 オロのおじさんが語る、オロの家族・親せきのエピソードを聞いても、ダラムサラの学校でのオロの仲良しの姉妹の父のエピソードを聞いても、ポカラで出会った家族のエピソードを通しても、チベットが中国の占領下にあり、彼らは難民としてダラムサラやポカラに亡命生活を送っているのだという事実が痛いほど伝わってくる。

 オロは、確かに「6歳のときヒマラヤを越えてチベットから亡命した少年」なのだが、その「亡命」が家族と別れてオロ一人でのものであった事実(家族に支援されての亡命ではあるけれど)は、やはり衝撃的である。家族と別れての、一人でのダラムサラ生活なのである。

 夏休みのエピソードでは、オロは寄宿舎を出てダラムサラの街のおじさん宅に滞在することになるのだが、そんな行き先(親族)のない少年は夏休みも寄宿舎で暮らしているのである。祖国が占領下にあるということの意味が、そこに凝縮されて示される(中国の支配するチベットでは、チベット語の教育が許されていない。チベット語の伝統を守り、チベット文化の伝統を守るために、チベット人は小さい我が子を一人で「亡命」させ、チベット語による教育を受けさせようと努力するのである)。

 

 しかし、そんな屈託を感じさせないオロの性格と、オロが出会う周囲の人々の姿からは、難民・亡命者としての悲劇的状況がストレートに伝わるわけではない。そこには日常生活があり、日常生活からは様々な感情が生まれ、小さな幸福も遍在しているのである。

 登場する人々が、小さな幸福を慈しみ生きる姿を岩佐監督は丁寧にすくい取っており、そんなチベット人への憧憬と共感が伝わってくる(こここはあえて「憧憬」という言葉を使ってしまうことにする)。政治的プロパガンダドキュメントにもなってしまい得る状況を、政治的プロパガンダとして図式的に示すことはしていないのである。

 

 

 「メイシネマ祭」の最終日に出会うにふさわしい映画であった。主催者への感謝の念を強く感じる中、上映後のトークが始まった。

 登場したのはプロデューサーとして『オロ』に関わった代島治彦さんである。その代島さんの口から語られたのは、岩佐監督の死であった。それも昨日の話だという(宮城での上映会の後、宿泊先での出来事!)。

 代島さんに促されて、会場内にいた関係者がトークに加わる。南椌椌さんと田嶋朗子さんのおふた方が、監督の突然の死の悲しみの中、参加者に語りかけた。

 

 ここでは、南さん(実は毎年の賀状の主である)の話の特に印象深いものを書きとめておく。

 2011年の3月11日の話である。

 岩佐監督と南さんは(多分、東京で)、撮り上がったばかりのラッシュをチェックしていた。一段落したところに、あの地震。テレビをつければ被災現地の惨状が次々と伝わってくる。

 そこでの岩佐監督のひとこと。

  こういう時は、まず、コーヒーを飲みましょうよ。

 その言葉と共に、コーヒーを淹れる作業に取り掛かる岩佐監督の姿。

 そんなエピソードを語った南さんもまた、昨日の岩佐監督の訃報に接した際は、もちろん動揺しながらも、まずコーヒーを飲むための作業に取り掛かったのだという。

 渦中にいて溺れないための知恵とでも言えるであろうか? 『オロ』というドキュメンタリーもまた、その知恵に貫かれた作品であったようにも思われてくる。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/05 22:32 → http://www.freeml.com/bl/316274/203076/

 

 

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2013年5月 5日 (日)

『タケヤネの里』を観る

 

 平井の小松川区民館ホールでの「メイシネマ祭’13」の二日目。

 

 

 二日目は、青原さとし監督の『タケヤネの里』を観る。

 

 映画は、「竹皮編み」に取り組む前島美江さんの紹介から始まる。

 青原監督と前島さんの出会いの場は80年代の新宿、「民族文化映像研究所」であった。前島さんが「竹皮編み」の世界に入るのは、その後の話なのである。当時の民族映像研究所内で撮られた写真もスクリーンに映し出されるのだが、そこには青原・前島両人と共に私の姿もあったりして…(そんな仕掛けに個人的に驚かされたりしながらも、竹皮の世界にぐいぐいと引き込まれていくのである)。

 

 「メイシネマ祭」のチラシには、

 

 竹と人間の壮大な営みを浮き彫りにするロードムービー。竹皮の話から、こんなにも興味が尽きないドキュメンタリーが出来るとは驚きと感動。

 

…との言葉で作品が紹介されているが、青原監督の作品に共通しているのが、監督当人の興味に導かれるままに続く移動であり、観客として映像を通してそれに同行するロードムービー的感覚である。そして題材そのものの徹底的な地味さと、ドキュメンタリーとして掘り出される世界の思いもよらぬ豊かさの対比である。

 

 

 前島さんの取り組む「竹皮編み」も伝統工芸のように見えるが、意外に歴史は浅い。高崎に伝えられていた、南部表として知られる種類の履物の「表」に用いられる竹皮工芸の伝統と、30年代に日本に亡命していたブルーノ・タウトとの出会いがなければ、現在の「竹皮編み」は存在しないのである。ナチスの支配がなければ、タウトが高崎に滞在することはなく、タウトが伝えたドイツの工芸技法と日本の竹皮を用いた履物職人の技法が合体することはなかったはずである。

 

 竹皮の工芸的利用を可能にするのは、その素材としての特性であるが、それだけにどのような竹でもよいというわけではない。特定の種類の竹でなくてはならず、それが白竹(シラタケ、学名はカシロダケ)である。その白竹の産地は、福岡県の八女に限定されているのである。他の地方では採れないのだ。

 で、観客は、監督と共に(前島さんの案内で)八女に移動する。そして竹林に分け入る。

 監督の興味は白竹の生態に向かい、良質な竹皮の採集法に向かい、採集された竹皮の流通に向かい…

 

 映像は、竹皮編み工芸の解説の域を超えて、八女でしか採れない白竹の、日本国内での全国的な流通の歴史に及び、竹皮を利用した他の様々な工芸品の紹介にまで展開していく。そこに見えてくるのは、竹皮を介した日本人の歴史である。八女の山村の人々から、問屋という流通過程を経て、様々な職人の手元に渡り、それが製品として商店に並び、人々の使用に供されることになる。そのすべての過程を、映像を通して目の当たりにすることになるのだ。

 竹皮編みの他に、日光下駄、舞妓さんの履く「こっぽリ」、木版画用の「本ばれん」、茶道具としての羽箒などの職人の手技の見事さ(それが丁寧に撮影されている)。

 そして「こっぽり」を履く舞妓さん、浮世絵版画の刷り師、茶道具を使いこなす茶人の姿。かつての日本でもっともポピュラーであったのは、食品を包む竹皮の姿であったろう。

 八女の人々は製品となった竹皮の姿をほとんど知らないし、職人さんも、製品として使用する人々も、八女の地に生える白竹の姿を知らない。

 もちろん、観客である我々は、そもそも何も知らなかった。

 そんな人々が、映像を介して、互いの姿を知ることになるのである。映像を介した壮大な出会いがあるのだ。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/04 21:55 → http://www.freeml.com/bl/316274/203047/

 

 

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2013年5月 3日 (金)

『相馬看花』と『モバイルハウスのつくりかた』を観る

 

 今年もドキュメンタリー映画を集めた「メイシネマ祭」が、5月3日から5月5日まで、平井駅下車の「小松川区民館ホール」を会場として開催される。…というわけで、第一日目の朝から出かける。

 

 

 

  今年のプログラムは、

 

5月3日

11時00分から 
 松林要樹監督 『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』 2011年 109分 

13時40分から
 長岡英子監督 『コマドリ姉妹がやって来る ヤア!ヤア!ヤア!』 2009年 71分

15時40分から
 本田孝秀監督 『モバイルハウスのつくりかた』 2011年 98分

18時00分から
 小池征人監督 『だんらんにっぽん 愛知・南医療生協の奇跡』 2012年 118分

5月4日

10時30分から
 香取直孝監督 『関さんの森 1.2.』 1. 2008年 70分 2. 2012年 58分

13時30分から
 伊東英明監督 『放射線を浴びたX年後』 2012年 83分

15時40分から
 青原さとし監督 『タケヤネの里』 2012年 112分

18時20分から
 岡村敦監督 『リオ フクシマ』 2012年 104分

5月5日

10時30分から
 三浦淳子監督 『さなぎ~学校に行きたくない~』 2012年 103分

13時00分から
 四ノ宮浩監督 『わすれないふくしま』 2013年 98分

15時20分から
 飯塚俊男監督 『プッチーニに挑む 岡村喬生のオペラ人生』 2012年 88分

17時30分から
 岩佐寿弥監督 『オロ Olo. The boy from Tibet』 2012年 108分

 

…という構成。

 

 

 

 本日は松林要樹監督の『相馬看花』と本田孝義監督の『モバイルハウスのつくりかた』の二作品を観た。

 

 

 

 松林監督は、娘の関係で言葉を交わしたことはあるが、作品に接するのは初めて。

 表題通り、2011年の3月11日からの南相馬の人々の姿を記録したドキュメンタリー作品だが、映像は、地震に揺れる経堂(世田谷区)のアパートの窓辺のサボテンから始まる。映像関係者として、まず何が起ころうが記録するという姿勢が伝わってくる。

 4月に入り、南相馬へ支援物資を運ぶという友人のトラックに同乗し、南相馬との縁が生まれる。トラックは南相馬のビジネスホテル前に到着し、その場にいた市会議員(女性)の田中さんの協力を得て、支援物資としての役割を果たしていくことになる。

 映像は、その田中さんと共に、南相馬の被災地の惨状(目に見えるのは津波被害であり、それだけでも言葉を失うほどのものだが、その背後では原発災害も進行中なのである)の中に入って行くことになる。

 奮闘する田中さん夫妻の姿、避難所で出会った末永さん夫妻の姿、被災現地にとどまる粂夫妻の姿を中心に、進行する原発災害の中で変化していくそれぞれの生活が丁寧に描かれる。

 ここではエピソードを書き連ねるよりは、パンフレット中にある松林監督の言葉を紹介しておきたい。

 

 結論がわかっていたら、映画つくっていないと思うんですよね。わからないから、現場に行って考えようっていう気持ちが強いんです。タイトルの『相馬看花』は、中国の故事「走馬看花」という言葉に由来しています。本来は、「物事の本質ではなく、うわべだけを見てまわり、理解をしていない」という意味になるんですね。でも、私がすごく尊敬している橋田信介さんというイラク取材中に亡くなったジャーナリストが、「走っている馬の上からでも、花という大事なものは見落とさない」と言って、大切なことを見落とさなかったことを肯定しても良いんじゃないかって仰っている。この言葉を肯定的に捉えようとされています。橋田さんはどんな現場にもすぐ駆けつけるんですね。走っている馬のように、すぐ現場にたどり着く。「現場に行って物事を考えよう」って、私は橋田さんの言葉から読み替えたんです。現場に行かずにインターネットで集めた情報を分析してツイッターやってるジャーナリストもいるけど、私は現場に行って、相馬で花を看ようって。人の生活だったり、「花」には色々な意味があると思うんですが、それらをきちんと捉えたいと思って。

 

 この言葉は、確かに『相馬看花』にふさわしい。甚大な津波災害に加えての原発災害の中の日々を生きるそれぞれに個性あふれる人々の日常の姿(そこでは「非常事態」が「日常」なのである)を、その日の(衝撃的な)話題の提供を任務とする一過性のジャーナリズムの視線ではなく、ドキュメンタリストとしての丁寧な目配りをもって、松林監督は「きちんと」記録しているのである。原発災害に巻き込まれるとはどういうことであるのかを、原発災害に巻き込まれてしまった南相馬の人々の日常の経験として、自らも南相馬の人々の日常の経験に巻き込まれながら、丁寧に記録しているのだ。花の姿をきちんと捉えるには、馬から下りなければならない、ということなのである。

 

 

 

 『モバイルハウスのつくりかた』の方は、「メイシネマ祭’13」のプログラムを見て、何だかわからないが面白いに違いないという直感を頼りに観ることにした作品なのだが、そんな我が「直感」は「大当たり」となった。

 

 主人公は「建築家」の坂口恭平さんである。

 彼の主宰するワークショップの光景から映像は始まる。指導役の老人(鈴木さん)と若者を中心とした参加者、そして坂口さん。

 廃材と思しき角材を組み合わせ、釘で接合する。枠組が出来、筋交いが渡され、壁と床には合板が用いられる。参加者が作業を進める要所要所で、指導役の鈴木さんの的確なアドバイスが加えられ、小屋は完成する。

 「災害時に役立つ0円ハウスのつくりかた」というワークショップであり、指導役の鈴木さんは、実は、「路上生活者」である。

 

 簡易な建築は、もちろん災害には弱い。が、しかし、再建も簡易に出来るのである。

 

 「建築家」としての坂口さんには、「建築に本来求められるのは居場所の確保ではないか?」とでもいうような発想がある。人間の巣としての建築、であろうか?

 その意味で現代日本の路上生活者たちは、その手本となるような住まいのアイディアの実践者なのである。彼らの生活は、現代にふさわしく、なんと電化までされているのだ(もちろんそれは盗電なんかではなく、自動車用のバッテリーの利用による蓄電、ソーラー発電システムの導入までが含まれる! ということは、あの震災時の計画停電の影響を受けることもなかったはずだ)。

 

 多摩川の河原で生活する船越さんの指導の下で展開されるモバイルハウス(移動式住居)の制作過程などを追いながら、さらに「家」ないし「住居」をめぐる思考と実践は深められていく…などと書くと理屈っぽくなってしまうが(それに映像作品のすべてを書いてしまってはいけないし)、坂口恭平という個性ある人物(建築家)と、それぞれの住居を確保する方法を身につけたこれまた個性ある路上・河川敷生活者(建築実践家)たちの姿に口を開けたまま、1時間半ちょっとの上映時間は過ぎてしまうのであった。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/05/03 21:47 → http://www.freeml.com/bl/316274/203036/

 

 

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