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2013年4月28日 (日)

従軍と軍属 1

 

 ネットで「従軍」や「軍属」という語を検索していると、

 

  従軍という言葉は軍属という正式な身分を表す言葉であって、それは軍から給与をもらっていることを意味する。

 

  「従軍記者」「従軍看護婦」「従軍技師」 といった言葉があったが、これらの軍属は基本的に志願してなったものである。 「従軍」慰安婦なる言葉があったとしたら、 それはあくまで「志願慰安婦」と同じ意味を指す。

 

  従軍看護婦など軍属の身分を表す用語と.並べて「従軍慰安婦」という造語にしたため、従軍には強制の意味が含まれるので、 これが容易に強制連行に結びつき、強制連行が性的奴隷を想像させ…

 

…などといった主張が存在することを知ることが出来る。

 要するに「従軍慰安婦」という語の用語法を非難するものだが、興味深いのは相互に矛盾したものとなっている点である。

 

 他にも、シンプルなものとして「大東亜戦争当時には従軍慰安婦という呼称は存在しなかったから歴史用語として妥当ではない」というものがあるが、これは「源頼朝は自分が鎌倉時代に生きていると思っていたのか?」という問題を指摘することで、主張自体がナンセンスであることが明らかになるだろう。

 

 

 

 さて、まず、「従軍という言葉は軍属という正式な身分を表す言葉」との主張の真偽の検討から始めよう。

 

 岡本綺堂は自身の日清戦争時の「従軍記者」としての体験を回想し、

 

  これ等の従軍記者は宇品から御用船に乗込んで、朝鮮の釜山又は仁川に送られたのですが、前にもいふ通り、何分にも初めての事で、従軍記者に対する規律といふものが無いので…
     岡本綺堂 『随筆想ひ出草』相模書房 1937 (佐谷眞木人 『日清戦争 国民の誕生』 講談社現代新書 2009 50ページ)

 

…と、昭和12年出版の本で書いている。

 結論から言えば、日清戦争当時の「従軍」記者は「軍属」の「身分」にはなかったのである。もちろん岡本綺堂の給与の支払者は軍ではなく新聞社である。しかし岡本はその著書で自らの体験を書き記すに際して、「従軍」記者という表記を用いているのだ。「軍属」の「身分」にないものに対し「従軍」という語が用いられている戦前の事例である。

 

 そもそも「軍属」は軍の法規に規定された地位・身分だが、「従軍」は法令上の用語ではなく、語義の範囲も広いのである。

 

 日露戦争当時、戦地取材を求める外国人記者に対し、石本新六陸軍次官名で「外国通信員諸君ニ告グ」と題された文書が発せられたが、その冒頭には、

 

  今回、外国通信員諸君ガ海外万里ヲ遠シトセズ我陸軍ニ従軍シ、以テ其ノ戦況ヲ本国ニ通信スルノ労ヲ採ラレントスルハ、我帝国軍隊ノ名誉トスル所ナリ。此名誉アル外国通信員諸君ノ従軍ニ関シ、充分ナル便宜ヲ与ヘ…

 

…とある。ここで「従軍」の用語を以て語られている「外国通信員」にもまた「軍属」の「身分」など与えられてはいなかった。陸軍次官名で発せられた日露戦時の陸軍の公的文書中に、「軍属」ではない「外国通信員諸君」に対する「従軍」の用例があるということだ。

 

 要するに、日清日露の戦争から昭和に至るまで、「従軍」という語と「軍属」という語の用語法の範囲は異なるものであり、「従軍という言葉は軍属という正式な身分を表す言葉」との主張はまったくの誤りなのである。

 

 

 

 また、「従軍=強制」なのか「従軍=志願」なのかという問題にしても、これは用語法としてはどちらも存在し、どちらかが正しいという話にはならない。

 岡本綺堂は公的機関による強制ではなく自らの意思で「従軍記者」となったのだし、大東亜戦争期の「徴用」による「報道班員」としての「従軍」には「強制」として認識されていた側面がある(もちろん、積極的に報道班員となった者がいるのも事実だが)。

 

 

 

 要するに冒頭に示した三例の主張は、いずれもが歴史的事実の認識としては誤りなのである。

 共通しているのは、歴史的事実を精査し結論を出すという態度の不在である。オレ様定義(註:1)で「従軍=軍属」だったり「従軍=志願」だったり「従軍=強制」とした上で、「従軍慰安婦」という語の「従軍」の用語法をそれぞれに否定しているわけである。

 これは本人以外に通用するような話ではないが、この程度の話がネット上では拡散され蔓延しているのが現状(註:2)である。

 実に困ったもんだ。

 

 

 

【註:1】
 「植民地化=Colonization」と「併合=Annexation」のケースも同じ。
 「植民地化」と「併合」は異なる概念と主張し、日本は韓国を「併合(あるいは同化)」したが「植民地化」はしていないと主張する、大変に知的に不誠実な手法が存在する。

 政治学上の用語としての「植民地化」と「併合(同化)」は相互に排他的な概念ではなく、「併合(同化)」は「植民地化」に包含される概念なのであり、「併合(同化)」は「植民地化」の一手法に過ぎないのである。
 それをもっともらしく(オレ様定義で)、「植民地化」と「併合(同化)」を(排他的関係にある)異なる概念とした上で、日本による韓国の「植民地化」の事実を否定しようとするのだ。
(用語法の詳細については「「植民地化=Colonization」と「併合=Annexation」 」、「昭和十一年 宮澤俊義 『憲法講義案』 (植民地としての朝鮮) 」参照のこと)

【註:2】
 参考までに私の経験した事例を示すと、

  慰安婦が軍属で軍やその関係機関から俸給を貰っていたならば従軍にあたると考えられます。例えば、「従軍記者」等々。
  近辺に普段店を構えていて軍の移動にともなって店を移動しそこで営業をしていたのならば「従軍とはいえない」と考えられます。

…との主張の相手をしたことがある。

ここでは、

  軍やその関係機関から俸給を貰っていたならば従軍にあたる

…と主張され、その例として「従軍記者」が挙げられているわけだが、本文でも取り上げたように、「従軍記者」の「棒給」は「軍やその関係機関」ではなく新聞社が支給していた事実があるので、「軍やその関係機関から俸給を貰っていたならば従軍にあたる」との主張の根拠事例として「従軍記者」を挙げるのは、まことに不適切と言わざるを得ない話なのだが、ネットで仕入れた知識を検証することなく「拡散」する手合いの用いる理路は、この程度のものなのである。

 また、後半に示された、

  近辺に普段店を構えていて軍の移動にともなって店を移動しそこで営業をしていたのならば「従軍とはいえない」

…との主張にしても、「従軍看護婦」の基本的勤務形態で言えば、最前線の野戦病院(「衛生兵」の勤務領域である)ではなく後方の兵站病院勤務だったわけで、「近辺に普段店を構えていて軍の移動にともなって店を移動しそこで営業をしていた」という「従軍慰安婦」の勤務形態と大差はないものであり、当人の無知を自ら表明しているだけの話に過ぎない。
 ちなみに日清戦争時の「従軍看護婦」について言えば、その勤務地は国内限定であったという事実さえあることを勘案すれば、「従軍」という語の用法に、「軍の移動に伴って移動する」という条件さえないことも明らかとなるだろう。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/04/23 23:02 → http://www.freeml.com/bl/316274/202803/

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