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2013年3月16日 (土)

琉球國の「独立」と伊江朝直 8

 

 前回は、安良城氏の紹介する、真境名安興の『沖縄現代史』(1923)により、既に1858年の時点で、

 

  安政5(1858)年即ち明治12(1879)年に於ける沖縄の廃藩置県を距ること20年前に於て、当時73歳の紫金大夫林文海 (城間親方) は、英仏の勢力が漸く東亜に瀰漫し来り、支那に朝貢せし安南の未路を観て、琉球の運命を揣摩し、支那と朝貢を絶ちて、我本土と併合統一せられべきことを論断し

 

あるいは、維新後間もない時期の、

 

  当時の碩学本国興 (津波古親方政正)の如きは、明治4 (1871) 年に於ける各藩の廃藩置県の処分を観て、沖縄の将来を揣摩し、視察員を内地の藩に派遣して、その状況を調査せしめ、寧ろ我より進んで、版籍奉還を為すを以て沖縄の国益なり

 

…といった、琉球國支配層による主張の存在事例を示した。

 ここには、それぞれ、

  支那に朝貢せし安南の未路を観て、琉球の運命を揣摩し

  各藩の廃藩置県の処分を観て、沖縄の将来を揣摩し

…とあるように、あくまでも問題の焦点は「琉球の運命」であり「沖縄の将来」であって、その問題意識の上に、

  支那と朝貢を絶ちて、我本土と併合統一せられべきこと

  寧ろ我より進んで、版籍奉還を為すを以て沖縄の国益なり

…との判断があるという構図に留意しておく必要がある。

 

 そこでは、「英仏の勢力が漸く東亜に瀰漫し来」るような国際情勢の中での、琉球國の国家としての存続の可能性が問われているわけである。小さな島々で成り立つ小国の存続可能性という問題である。

 

 

 

 

 ここで21世紀の議論を見ておきたい。

 松島泰勝氏は、「島嶼経済」の置かれた条件という観点から、

 

 

 島嶼経済を論じるにあたってまず認識しなければならないのは、島嶼性という地理的条件の中で経済活動が行われているということである。島嶼性から生じる問題としては次の諸点を指摘できる。

(1) 面積に限りがあるため「規模の経済」が働かない。大量生産、大量消費が不可能であり、生産、消費においてコスト高になりやすい。
(2) 天然資源の賦存量に限りがある。幾つかの島嶼を除いて、その限定性は開発用の資源だけでなく、環礁島において生活必需のための土地、水、野菜等が不足しがちになる。
(3) 少ない熱帯商品の輸出に依存している。島嶼は経済規模が小さいため交易条件に対して影響力をもちえず、世界市場の動向に左右される。
(4) 大市場との距離が離れすぎており、国内または国外における輸送コストが高くなり、それが島内のインフレを増進させる。
(5) 島内企業が競争力をもたず、輸入品が増大するため、国際収支が赤字になりやすい。
(6) 技能のある労働力が不足し、外国人技能者に依存する。一方で教育を受けた者の職場の確保困難であるという理由で、島外に職を求めるという頭脳流出問題が存在する。
(7) 島内資本の規模が小さく、少数の多国籍企業によって島内経済が支配される場合が多い。
(8) 金融と生産との有機的関係が強くなく、域外からの援助金に大きく依存する構造になりやすい。
(9) 自然災害の影響を大きく受けやすい。台風、飢饉等で島嶼経済が混乱し、経済基盤を最初から作り直す必要が生じる場合がある。その際、他国からの援助金を必要とし、それが更に援助依存の構造を強化することになる。
(10) 生態系や物理的環境が非常に脆い。また、遺伝子の種類や量も少なく、植物や動物が絶滅しやすい。
(11) 海によって隣国と隔てられているため、経済活動をする上で不効率性が生じやすい。例えばクック諸島とリヒテンシュタインは人口や領土面積はほぼ同じである。しかし、後者の場合、陸地によって隣国とつながっているため容易に隣国のインフラ等を利用できるが、前者ではそれが不可能である。
(12) 輸送コスト、工事監督者への給与、エネルギーコスト等、工業化のための様々な追加的費用が必要となる。それらは島内の低い賃金率、無税地域の設定、為替レートの調節等によっては補うことが困難である場合が多い。ゆえに島嶼は恒常的に財政赤字体質になりやすい。

 以上のように多種多様な経済問題の解決を島嶼地域は迫らせている。上に紹介した島嶼問題は、島嶼のみに焦点をあわせた、それから派生する問題であるといえる。島嶼経済問題を新たな観点から分析した議論に、MIRAB経済論がある。MIRABとは次の言葉の頭文字を組み合わせたものである。MIは移民社会、Rは送金収入、Aは経済援助、Bは官僚組織の肥大化と民間セクターの欠如をそれぞれ意味している。島嶼民には移民が多く、彼らによる送金、そして、外国援助を主な対外収入として得ており、その結果、政府部門が拡大するという島嶼経済の現状を示している言葉である。
     松島泰勝 「西太平洋島嶼貿易圏構想の可能性」 2001
     http://www.spf.org/yashinomi/pacific/international/matsushima03.html

 

 

…と、「島嶼経済」の抱える様々な困難を提示している。

 経済的困難は、政治的独立の困難に直結する問題である。

 かつて伊波普猷が「孤島苦」と表現した琉球・沖縄の宿命的困難の、現代的表現と言えるだろうか。

 

 佐藤優氏は、「沖縄の独立」をめぐって、

 

 

 まず沖縄独立に関してです。結論から言って、私は沖縄独立に反対です。その第一の理由は、独立した沖縄(琉球)共和国は、アメリカ、中国、日本という3つの帝国主義国に囲まれます。そのような環境で生き残るには多大なエネルギーがかかります。他方、沖縄国家の独立は可能と私は考えます。沖縄独立に関して、内地(ここでは沖縄以外の日本を内地と言います)の人々はもとより、沖縄の人々もその可能性を明らかに過小評価しています。沖縄独立は可能です。おそらく3年くらいあればできるでしょう。まずですね、沖縄の独立論云々と言ってもそれは「居酒屋独立論」じゃないか、圧倒的大多数の沖縄県民は独立なんて考えていないという議論がよくなされ、それが常識として通用しているところがあります。国家独立、民族独立、--沖縄の人々は、日本人の中の2つの国家を作っていくという方向なのか、別の民族として国家を作っていくことなのかは、とりあえずここでは詰めないでおきます。いずれにせよ独立可能性についての過小評価があるのです。
 まず、「居酒屋独立論」という言い方ですが、すべての独立運動というのは居酒屋から始まっているんです。これはヨーロッパで見ていただければ分かるんです。パブであり、あるいはコーヒー・ハウス、ティー・ショップ、そこに入るのは誰でも自由なんですね。こういう場所で、「おい、俺たちちょっとコケにされてるんじゃないか」「ふざけやがって」と、こういう話を飲みながらするうちに、だんだん国家独立という方向へ向かっていくわけなんです。ですから、居酒屋独立論というものが出てきているということは、それは一つの独立へ向けた土壌だということです。ちなみに沖縄の人々が居酒屋独立論だと言うことは構わないんです、若干の自嘲であれ、アイロニーだからです。ところが、内地の沖縄の置かれた状況を理解しようとしない人間が居酒屋独立論だと言うことはいけないんです。それは揶揄だからです。言葉というのは、その中に言霊が宿っています。ですから、それを発声する人の誠意によってその言葉の内容が異なるものになるからです。
     佐藤優 「沖縄の独立は3年くらいあれば可能だ」 『情況』2008年7月号
     http://www7b.biglobe.ne.jp/~whoyou/jokyo0807.htm#satomasaru

 

 

…と語っていた。

 佐藤氏は、

  独立した沖縄(琉球)共和国は、アメリカ、中国、日本という3つの帝国主義国に囲まれます。そのような環境で生き残るには多大なエネルギーがかかります

…という政治的な困難の大きさを理由に沖縄の独立には反対しているわけだが、

  他方、沖縄国家の独立は可能と私は考えます。沖縄独立に関して、内地(ここでは沖縄以外の日本を内地と言います)の人々はもとより、沖縄の人々もその可能性を明らかに過小評価しています。沖縄独立は可能です。おそらく3年くらいあればできるでしょう。

…と、独立の可能性を評価もしているのである。

 その先では、

 

 

 さらにですね、住民の圧倒的大多数が賛成していないから独立ができないということは、ありません。1991年3月に、ソ連全体でソ連維持に関する国民投票というのをやったんですね。8割のソ連人が「ソ連維持」です。バルト諸国でも過半数が独立反対です。ところが、その年の終わりにソ連は崩壊してしまって、15の独立共和国ができたじゃないですか。過去3回、「ウチナー評論」という「琉球新報」の評論に、ルーマニア人とまったく同じモルドバ人という人たちがいるんですが、これがルーマニア人からモルドバ人となって別の国家を建てていくプロセスについて書きました。国家がどういうときに独立するかという興味深い実例だからです。簡単に言いますと、独立というのは県会議員が国会議員になりたいと本気で思って、県会議長が国会議長になりたいと思って、知事が大統領になりたいと思う、商工部長が商工大臣になりたいと思う、と。そう思うと瞬く間に実現するんです。住民全体にとっては非常に不利になってもそれでも実現するんです。この例は、東欧の崩壊の中でも、ソ連の崩壊の中でもよく見られる現象でした。ですから、去年、教科書検定に対する抗議行動として11万6千人という一つの物語なり神話ができたということがすごく重要なんですね。
 あの11万6千人という数字は、一つ一つカウントすればそこまではいかないなということは、集会の主催者や参加者がいちばんよく知ってます。他方、内地の沖縄に対する目つきのよくない連中が、「航空写真で数えてみたら1万数千人しかいない」などと言うと話が変わってきます。沖縄戦の意味が何かを理解しようとしていない人間がアヤをつける。そんなことになるんだったら断固11万6千でいこう、とこう思うんです。沖縄の人々の心理を考えた場合、こうなるのは当たり前なんです。こうやって神話を作らせるようなことをしているのは、沖縄を軽く見てる奴ら、内地の一部の有識者なんですね。ただこういう雰囲気になって、仲里利信県会議長あたりが、けっして革命的と言う人ではないですからね、その人がカーッとする。この雰囲気というのは、独立の土壌を作るのに明らかに貢献しているわけなんです。この辺のことは、ナショナリズムの成立過程とか、ソ連や東欧の崩壊再編過程というものと比較してみると、私は端的に言いまして、1987年のバルト諸国の様子に今の沖縄は似ているなと思うんです。そして、翌1988年にはソ連からの分離独立の動きが本格化しました。そしてその3年後の1991年にソ連は崩壊しました。ですから、今後、沖縄がそのまま内地との統合の力を強めていくのか、あるいはどんどん独立の方向に行くのか、これは誰も分からないというところです。

 

 

…と、バルト諸国のソ連からの分離独立の経験に重ねて、沖縄の独立を現実的可能性として論じているのである。

 しかしそこには、

  独立した沖縄(琉球)共和国は、アメリカ、中国、日本という3つの帝国主義国に囲まれます。そのような環境で生き残るには多大なエネルギーがかかります

…という政治的困難と同時に、松島氏の指摘する経済的困難が存在しているわけである。

 

 

 

 これは21世紀の時点での判断だが、振り返って、19世紀後半の世界の中で、独立した琉球國の可能性は現実的なものであったのだろうか?

 隣国に日本という国家の存在がある。それが19世紀後半の琉球國の置かれた状況であった。

 19世紀後半、「列強」によるアジアの植民地化が進行する、まさに「英仏の勢力が漸く東亜に瀰漫し来」るような国際情勢の中で、維新後の日本は「富国強兵」による近代化を国策として採用することで国家としての独立の維持を図っていた。それは西欧起源の植民地主義の内面化による生き残り策でもあった。そこに琉球國の独立の維持の可能性が存在し得たのかどうか?

 もちろん、そもそも、

  17世紀以後の琉球國を独立国と呼べるのか?

…という問題も存在するわけだが、これまでに論じたように、

  東アジアの冊封体制における国家の独立とは何であるのか?

…という問題も存在し、話は簡単ではない。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/02/21 23:17 → http://www.freeml.com/bl/316274/201398/

 

 

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