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2013年1月23日 (水)

恐ろしき者の末

 

 『平家物語』の巻第八、「緒環」の章に登場する緒方三郎維義は、巳年にふさわしい人物かも知れない。

 

 「件の大蛇は日向国に崇められさせ給ふ高千穂の明神の神体なりとぞ承る」という言葉で「緒環」の章は終わるが、その「件の大蛇」の末裔とされているのが緒方三郎維義なのである(以下に本文を示す)。

 

 

  豊後国は刑部卿三位頼資卿の国なりけり`子息頼経朝臣を代官に置かれたりけるが京より頼経の許へ`平家は既に神明にも放たれ奉り君にも捨てられ参らせて帝都を出で波の上に漂ふ落人となれり`然るを九州の者共が請ひ取つてもてあつかふこそ然るべからね`当国に於いては従ふべからず一味同心して九国の内を追ひ出だし奉るべき`由宣ひ遣はされたりければこれを緒方三郎維義に下知す`かの維義と申すは恐ろしき者の末にてぞ候ひける`たとへば豊後国片山里に女ありき`ある人の一人娘夫も無かりけるが許へ男夜な夜な通ふほどに年月も隔たれば身もただならずなりぬ`母これを怪しんで`汝が許へ通ふ者はいかなる者ぞ`と問ひければ`来るをば見れども帰るを知らず`とぞ云ひける`さらば朝帰りせん時印を付けて見よ`とぞ教へける`娘母の教へに随ひて朝帰りしける男の水色の狩衣を着たりける首上に`賤の緒環`といふ物を付けて経て行く方を繋いで見れば豊後国に取つても日向境優婆嶽といふ嵩の裾大きなる岩屋の内へぞ繋ぎ入れたる`女岩屋の口に佇んで聞きければ大きなる声してにえびければ`御姿を見参らせんが為にわらはこそこれまで参つて候へ`と云ひければ`我はこれ人の姿にはあらず`汝我が姿を見ては肝魂も身に添ふまじきぞ`孕める子は男子なるべし`弓矢打物取つては九州二島に並ぶ者あるまじきぞ`とぞ教へける`女重ねて申しけるは`たとひいかなる姿にてもあらばあれ日比の誼いかでか忘るべき`ただ見参せん`と云ひければ`さらば`とて岩屋の内より臥丈は五六尺ばかりにて跡枕へは十四五丈もあらんと覚ゆる大蛇にて動揺してぞ這ひ出でたる`女肝魂も身に添はず召し具したる十余人の所従共喚き叫んで逃げ去りぬ`首上に刺すと思ひし針は大蛇の喉笛にぞ立てたりける`女帰つてほどなく産をしたりければ男子にてぞありける`母方の祖父`育てみん`とて育てたれば未だ十歳にも満たざるに背大きう顔も長かりけり`七歳にて元服せさせ母方の祖父を`大太夫`といふ間これをば`大太`とこそ付けたりけれ`夏も冬も手足に皹隙なく破れたりければ`皹大太`とこそ申しける`かの維義は件の大太には五代の孫なりける`恐ろしき者の末なればにや国司の仰せを院宣と号して九州二島に廻文をしたりければ然るべき者共維義に皆従ひ付く`件の大蛇は日向国に崇められさせ給ふ高千穂の明神の神体なりとぞ承る
     (http://www.koten.net/heike/gen/117.html

 

 

 本文から抜き書きすれば、

 

  ある人の一人娘夫も無かりけるが許へ男夜な夜な通ふほどに年月も隔たれば身もただならずなりぬ

 

 つまり、ある人の独身の娘のところへ夜な夜な訪ねて来る男がいて、やがて娘を妊娠させてしまう。

 

  母これを怪しんで`汝が許へ通ふ者はいかなる者ぞ`と問ひければ`来るをば見れども帰るを知らず`とぞ云ひける`さらば朝帰りせん時印を付けて見よ`とぞ教へける`娘母の教へに随ひて朝帰りしける男の水色の狩衣を着たりける首上に`賤の緒環`といふ物を付けて経て行く方を繋いで見れば豊後国に取つても日向境優婆嶽といふ嵩の裾大きなる岩屋の内へぞ繋ぎ入れたる

 

 で、娘は母から男の正体を問われるが、「来るをば見れども帰るを知らず」としか答えられない。そこで、母が「朝帰りせん時印を付けて見よ」と言うので、それに従い辿って行くと「日向境優婆嶽といふ嵩の裾大きなる岩屋の内へぞ繋ぎ入れたる」という展開となり、男の正体が「十四五丈もあらんと覚ゆる大蛇」であることが判明する。

 

 やがて娘は無事に出産し、その「五代の孫」が緒方三郎維義ということになる。

 

 

 

…で、その先、何代の孫になるのかは知らないが、私にはその血が流れている、ということになっている(註:1)のでありました。

 

 

 

【註:1】
 母方の祖母の父の名が尾形惟善(おがたこれよし)で、緒方三郎維義の末裔ということになる。尾形惟善は明治の草創期からの海軍軍人で、佐世保鎮守府艦隊司令官まで務めた人物(海軍少将)であった。
 その話の印象(海軍軍人のルーツとしての武将)が強くて、緒方三郎維義を母方の母方の祖としてだけ認識していたのだが、あらためて調べてみると母方の祖父の家系(加来)もルーツは一緒だということが判明。
(→ http://www.kaku-net.jp/kakuh/index.html

…ということは、つまり、「夜な夜な女性を訪ねて妊娠させた大蛇の末裔」の血が、私の半分を構成していることが明らかになったわけで、大蛇の血はこれまで思っていたより濃いいらしい。

 ついでに父方の話をしておくと、小田原藩の下っ端の武士(つまり当時のサラリーマンというか公務員)であったらしい。少なくとも文化文政期には江戸詰めの生活をしていて、大田南畝(蜀山人)なんかと遊んでいた話が伝わっている。

 ペリーが来た時には、上役について江戸城の会議に…という話を聞いた覚えもある。

 で、幕末(文久)になって先祖代々の墓を麻布の寺に移し、これで完全に江戸のシティーボーイ化(…と言う間もなく、江戸は東京になっちゃったけど)。

 つまり、江戸のシティーボーイ家系と緒方三郎維義の末裔が一緒になって、現在の私がある、ということになるらしい。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2013/01/03 22:51 → http://www.freeml.com/bl/316274/200252/

 

 

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