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2012年9月14日 (金)

レベル7の流言

 

 「総特集 東日本大震災と〈こころ〉のゆくえ」として刊行された『現代思想』9月臨時増刊号(2011 Vol.39-12 緊急復刊[イマーゴ])を読み進めながら思うのは、掲載されている大震災後半年の時点で書かれた文章が、大震災後一年半が過ぎた今になっても依然として過去のものになっていないという事実である。

 

 

 今回は、荻上チキ氏の「震災とメディア」と題された文章から抜き書きをしておく。

 大震災は原発災害を伴うものとなり、原発事故や放射能被害に関するデマ情報の拡散という事態を招いた。一年半が過ぎた現在もその状況に変化はない。

 荻上氏は大震災後半年の時点で、

 

 

 東日本大震災の災害流言の特徴は、(1)ウェブ以降の災害であったこと、(2)被害範囲が広大であったこと、(3)原発事故が併発したこと、の三点と大きく関わる。流言の拡散範囲がこれまでのものより広大なものとなり、その拡散速度も早かった。しかしウェブ上で広がった流言については、ウェブ上で検証の動きも見られた。流言やデマを検証するためのブログやツイッターアカウントが複数作られ、個別に分析が行われていた。
 こうした「検証屋」は、特に何かの専門家というわけではない。しかし、ソースの有無や、発言内容の妥当性を探る作業によって、最低限度の確認を、「情報を欲している人たちの”代わりに”少し時間をかけて調べる作業」に注いでいった。そのことで、冷静さを取り戻すことのできた者も多くいた。
 検証屋の役割において重要なのは、彼らが必ずしも権威を持つ存在ではないことだ。だからこそ、「情報強者による啓蒙」などではなく、確かな情報を模索する作業をソーシャルに共有しようという作業となる。「検証屋=頼れる情報強者、だからあっちを信じよう」、というような態度は、検証作業そのものと矛盾し、問題がある。
 流言検証は、検証屋の情報発信にのみにて終わるものではない。流言検証そのものが間違えることもしばしばあるためだ。しかしその作業の反復が、情報の社会的精査作業に貢献する以上、無駄ではない。「検証作業そのものを検証できるようにしてあるか」「その都度、訂正できたか」を確認していくのが重要なのだ。
 流言が存在しない社会はありえない。だからこそ、あくまでも「流言を浄化すること」ではなく、「一緒に確からしい情報をシェアすること」が目的となる。「間違えない」努力はしつつも、それが自己目的化すると、誤らない=謝らない人となってしまう。
      (前掲誌 209~210ページ)

 

 流言を流す人が、しばしばその言い訳として「予防原則」を掲げることがある。「もし本当だったら大変だから、とりあえず拡散しておく。間違いであったとしても、誰も傷つけない情報なら問題ない」。こうした態度は、少なくとも二つの点で間違っている。一つは、そうした行動によって、検証なき情報が拡散しやすい情報環境そのものを追認・強化すること。もう一つは、「だれも傷つけない情報」であるか否かは、事前に把握できるものではないということ。
 身の危険を知らせるような情報について、事実確認がなされない状態において「予防原則」を採用することは、必ずしも間違いではない。だが一方で、例えば「予防原則」として異人流言を流し、差別を強化することは肯定できないものだ。「予防原則」が適応できる流言は一部であり、その肯定は結果論でしか語りにくい。
     (211~212ページ)

 

 通常の災害流言とは質的に異なるのが、原発に関わる情報であった。プロのジャーナリストや専門家でも情報が錯綜し、「判断」の正当性も、結果論的に判断せざるをえない状況にあった。原発事故の言葉をもじれば、「レベル7の流言・デマ」。流言対応の通常のレベルを超えていた。
 原発事故は、人命を左右する重要な事故。多くの人が、情報を欲していた。にも関わらず、そもそも専門家でなければ「正しい」情報の理解が難しい。専門家同士でも科学的決着もつきにくい。そもそも一時ソースそのものが存在しない。存在してもソースを関連企業などが隠してしまっているなど、情報の取得・判断が困難なものであった。こうした状況下では、流言を検証する作業そのものも困難になる。
 未曾有の情報錯綜。検証作業をしてた科学者やジャーナリストらも「間違える」。ある前提のもとでは「正しい」解釈も、その前提としての情報が誤っていたことが繰り返されてきた結果、いかなる応答を繰り返していようが「安全デマに加担した」と批判される。科学者や報道への不信感も増し、情報供給が様々に難しくなる。市民同士で一時的な敵対関係も作り出し、風評被害と実質被害の間の把握・コントロールも難しい。
     (212ページ)

 

 

…と、流言問題の構図を示したが、一年半後の今も我々は、全く同じ構図の有効性を目の当たりにし続けているのである。

 

 

 今年になり、「震災がれき広域処理問題」をめぐって、「震災がれき=放射性がれき」として位置付けた上での「受け入れ反対運動」が展開された。

 それは東日本大震災被災地の「震災がれき」を「放射性がれき」と決めつけるものであったが、「がれき」が「放射性がれき」であるかどうかは実際の放射線量の測定によってのみ判断出来ることである。その検証を抜きにした反対運動に、私は疑義を呈した(参照:「震災がれき」は「放射性がれき」なのか? )。現時点では、「震災がれき=放射性がれき」という告発の正当性は、かなり怪しくなっているように見えるが、反対理由を変更した上で「震災がれき受け入れ反対運動」自体は継続されている。

 私は、「放射性がれき受け入れ反対運動」の問題は、「震災がれき=放射性がれき」という位置付けの安易さにあったと考えている。

 それは、東北地方全域が高放射線量汚染地域であるかのような印象を外部の人間(多くの国民)に与えてしまうと同時に、放射能汚染を東北地方だけの問題として受け取られかねなくさせてしまうという、二つの重大な問題を内包していることに無自覚なものであった。それが実際の放射線量の検証という重要な手続きを踏まぬままに展開されたのである。詰まるところ、それは、「流言・デマ」として分類されるべき行為に終始したのである。

 私たちは、このようにして、「放射性がれき拡散反対」という言葉がネットを介して拡散していくのを目撃したのであった。

 「拡散」という言葉は、まさに「流言・デマ」にふさわしいものであることを痛感させられるエピソードであったが、東北地方全域を放射能汚染危険地帯であるかのように取扱ってしまった誤りを誰も謝りも訂正もしていない「事実」こそが、大震災一年半後の悲しい現実なのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2012/09/12 21:08 → http://www.freeml.com/bl/316274/196578/

 

 

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