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2012年8月 8日 (水)

統帥の無責任としての特攻精神 5 (洋上のB-29と特攻精神)

 

 そもそもは「特攻精神」を俎上にして、戦闘員の生命尊重という問題を考えていたわけだ。あるいは、皇軍における、戦闘員の死を自己目的化したようにさえ見える、軍中央で企画立案された作戦行動としての「特攻」の問題。

 

 

 そんな中で、二回に亘って、B-29のスーパー・ダンボと呼ばれる洋上救難型の機種の存在と、遭難したB-29搭乗員救助の実際を確認してみたわけである。

 

 そして、問題のスーパー・ダンボ・タイプのB-29のスペックの詳細、あるいはB-29に搭載されたエドA-3型の救難用ボートのスペックの詳細を、複数の資料を読みながら追求したわけだが、それをマニアックな軍事的知識の問題としてではなく、不時着水したB-29搭乗員の救難への米軍の努力の実態の問題として考えたいのである。

 

 その努力は、本来なら爆撃用のB-29の改造機種をわざわざ製造し(並行して救難用ボートの開発・製造も行なわれていたであろう)、それぞれ(B-29改造機種、A-3のそれぞれ)に必要な資材を調達し、製造工程を構築し、配備し、搭乗員の訓練をし、運用部隊を組織し…と、実に様々な過程を経て実現されるものであった。

 そのためには資金も人員も時間も必要なのであり、米軍はそれを、実際に用意し、供給したのである。

 

 そのような問題として、スーパー・ダンボの存在や、A-3のスペックの意味を考えたいわけである。

 

 

 一方で、わが日本の誇る「特攻精神」を考えようとする上で、「統帥の無責任」という観点を提示したわけだが、帝國陸海軍の統帥システムのどこにも、スーパー・ダンボやA-3に相当する装備の開発・配備の必要性という認識を見出すことは出来ないように思われる。

 

 そんなことを考えつつ、しかしそれを「戦闘員の人命尊重」というセンチメンタルな問題としてだけではなく、戦争遂行のマネジメントの問題としても提示してみたわけだ。

 

 

 あらためて再録すれば、

 

  救難システムの存在には、単なる人命尊重以上の意味があったのである。搭乗員には訓練が必要であり、その養成には時間と資金の投下が不可欠なのである。爆撃機搭乗員とは、その養成に多くのコストを要するものなのであり、使い捨てにするのではなく使いまわさねばならないものなのである。要するに、米軍における救難システムの存在は、単に軍人兵士の人命尊重を意味するだけではなく、戦争遂行のマネジメントの問題でもあるということなのだ。
  特攻とは、訓練養成にコストを要するパイロットを使い捨てにすること(もちろん、航空機という生産に高いコストを要する兵器も使い捨てにされる)で可能となる軍事行動である。
  戦争遂行のマネジメントという観点からしても、軍事作戦としての「特攻」という選択は、「統帥の無責任」を象徴した行為であることを、あらためて確認しておく必要を感じる。

 

…ということなのであり、

 

  B-29一機の喪失は、11人の搭乗員の喪失に結びつく。機体は失われても、搭乗員を失わないための努力が、このような海上救難システムとして組み上げられていたわけである。それは何より搭乗員自身の生命の問題であるが、銃後で無事な帰還を待つ搭乗員の家族―それぞれに一票を投じる権利を持った、政治的決定に関与出来る、国内世論を形成する家族である―の問題であり、訓練を経た貴重な搭乗員を失う軍の問題でもある。
  米軍の場合、手厚い救難システムの整備をすることが、前線兵士のより高い士気を支えると考えられ、戦争遂行に対する国内世論の確保に結びつくと考えられ、様々な意味で軍の利益に合致すると考えられていた、ということになるのであろう。

 

…ということであったのだと思われる。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2011/12/07 22:16 → http://www.freeml.com/bl/316274/177071/

 

 

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