« 戦争のトラウマ 1 | トップページ | なるほどポキン(石子順造的世界) »

2012年2月16日 (木)

戦争のトラウマ 2

 

 「戦争体験を語り継ぐ」ということが果して可能なのかどうか?

 

…という問題が、そもそもはあるのではないか?

 

 

 およそそれがどのような「体験」であれ、「体験」とは本質的に個人的なものなのであり、「戦争体験」もまた、それを体験した当事者としての個人を離れたところで語り得るものなのだろうか? 当事者としての個人を離れたところで語られる「体験」とは、どこまでその名に値するものなのだろうか?

 

 

 そんなことを考えたりしていたのである。

 

 

 ネットを介して、「戦争体験の語り継ぎ」という行為に加担しつつも、その行為自体の可能性と共に「語り継ぐ」という意思(志すこと)の限界にも気付かざるを得ない。

 他人の「体験」を自らのこととして語ること、語ろうとすることの限界である。

 

 

 

 そんな中で、先日、ネット上(メーリングリスト利用)でお付き合い下さっている方々と顔を合わせる機会を持つことが出来た(いわゆる「オフ会」である)。

 20代から80代までの男女取り混ぜて十数名が集り、話をしたわけだ。ネット上のお付き合いでは「文」でしか知らない相手と、顔を合わせ、言葉を交し合ったわけである。

 

 80代のシベリア帰りの元少年航空兵が、実は日本橋浜町生まれ新宿育ちのチャキチャキの江戸っ子シティーボーイであり、戦前のモダンボーイ生活の延長にある軍国少年化であり、その果ての戦場体験・シベリア抑留体験であったことが、あらためて判明する。ネット上のメールのやり取りでは、元少年航空兵の歯切れのいい江戸弁は伝わらないのである。

 ご当人は、

  戦場体験は、兵士の数だけあります。その人の戦場体験はその人でなければ語れません。誰もその元兵士に代ることは出来ません。

あるいは、それに加えて、

  戦場体験というのは、話す人の数だけあります。軍隊は、人を殺すための軍隊です。同時に、軍隊の中の身分が将校か下士官か兵隊かという違いや、古参兵だったのか新兵だったのかで、同じ体験に遭っても全部違ってきます。それぞれの考えも違っています。同時に日本に帰ってきた後、どのような生活体験をしたかによっても思いが違ってきます。その意味で、一人の人の体験が全てではないのです。同じ場面に遭っても、指揮する立場と、指揮される立場とは全然違います。
  やがては消えていく体験なので、より多くの人に語り残していくということが求められているのです。

…などという言い方をした上で(つまりそれがご自身の個人的な「体験」であることを念押しした上で)、様々な機会に様々な聴衆を相手にご自身の「戦場体験」について語っているわけだが、その「体験」を活字で読むのと、生で聴くのは異なる経験であることを実感させられたのである。かつてのモダン東京のシティーボーイが由緒正しい江戸っ子の語り口で語るのを聞くことの持つ意味を考えてしまったりするわけだ。

 活字で読む限り、どこまでも陰々滅々の暗い老人の話となってしまうのだが、そして実際に皇軍組織の救い難さの体験が語られているわけなのだが、それがシャレのわかる江戸っ子の歯切れのいい口調で語られるのを聞けば、(活字知識としての暗い話とは異なる)陰影あるかつての少年兵としての日々が伝わってくるのである。

 

 (そしてまた、この江戸っ子の語り口を語り継ぐことの不可能さをも思わざるを得ないのである)

 

 

 そんなことを思いながら、かつての少年航空兵のお話を伺っていたのだが、「戦場体験」を語る機会が増えたことの喜びを聞くと同時に、その難しさの指摘にもうなずかざるを得ない。

 小学生を相手に、零下20度のシベリアの寒さ(それも十分な毛布も暖房もない中でのいつまで続くのかもわからない日々である)をどのように説明すれば理解を得られるのか? 「飢え」の感覚、つまり単なる空腹感とは隔絶した「飢え」の感覚を現代の小学生に伝えることは出来るのか? そこが理解されなければ、本来伝えるべき話は伝わらないのである。

 

 

 そんな話の流れから、参加者の間でも当時の「飢え」が話題となった。戦後になっての日々、復興後の日々にも、決して「混ぜご飯」を食べようとしなかった家族(父親であったか?)のエピソードは、つまり白米のない戦時下・終戦直後の日々への反動である。あるいは家族にはお土産にバナナを買って帰っても、自らは決して食べようとしなかった復員後の父のエピソード(南方でのバナナだけで飢えをしのいだ日々への反動である)。

 このような話は、戦中派の体験談には珍しいものではない。戦後は決してカボチャをサツマイモをトウモロコシを口にすることなく過ごそうとした人々の話は、むしろ「ありふれた」という印象を与えるものにさえ思える。

 「飢え」のトラウマ、つまり、毎日それだけしか食べられなかったことへの反動から、それを絶対に食べないという決意が生まれたわけである。いや、「決意」という種類のもの(つまり頭で考えたという次元の話)ではなく、「それを身体が受け付けなくなってしまった」という種類の出来事であったようにさえ思われる。これはむしろ身体性に刻み込まれた「トラウマ」と言うべきだろう。

 

 

 

 そんなことを考えながら、この数日間を過ごしていたのであった。

 しかし、あらためて考えると、あの世代の「日の丸・君が代」に対する忌避感もまた、そのような身体性のトラウマとして理解すべきであるようにも思われてくるのである。

 あの世代の人間にとってカボチャを食べないのはリクツの問題ではないし、「日の丸・君が代」に対する忌避感もまたリクツの問題ではないのではないだろうか?

 戦後生まれとしては、正直なところ、あの、

  日の丸・君が代いやだ

…という感覚を体感として共有し合うことは出来ない。戦時下での体験を聞き、当時の記録類を読めば、なぜ彼らが「日の丸・君が代」への忌避感を持つに至ったのかをリクツとして理解することまでは、私たちにも可能である。家族が死に仲間が死に、家が灰となり街が焼き尽くされ、そこで飢えと不安をとことん味う惨憺たる日々を送った。その背後には日の丸があり、命令と服従の体系があり、日の丸には教壇から発せられ町内会長から発せられ古参兵から発せられそして軍司令官から発せられるあらゆる理不尽な命令をも正当化させる力があった。その日の丸の下で、愛着あるあらゆるものが失われたのである。

 そこに日の丸への(君が代への)忌避感が胚胎したであろうことは、リクツとして理解出来るし、リクツとして説明することは出来る。しかし、それはあくまでもリクツであり説明なのであって、戦争を生き抜いた世代の身体感覚に到達するものではない。身体感覚として刻み込まれた体験の質への想像力は(共感への道は)求め得ないものなのであろうか?

 しかし、そこに、

  カボチャが食べられない

…というあの世代の身体感覚を重ねることで、「日の丸・君が代いやだ」への理解への道が拓かれたように感じたのである。カボチャやサツマイモは、しかしそれでも彼らの食糧となり、彼らを飢えから救い、彼らを生き延びさせた、にもかかわらず、二度と口にしたくないものとなってしまっているのである。その彼らの皮膚感覚からすれば、「ニッポン」は彼らをそのような飢えに追い込み、「日の丸・君が代」はその飢えから彼らを救うものではなかった。家族や仲間の死は、そして自分の飢えは、日の丸を背負った命令と服従の体系の終着点に起きた出来事なのである。

 「戦争体験を語り継ぐ」と言葉で言うのは簡単だが、体感・身体感覚を離れたところでの「体験」の「語り継ぎ」の限界は思わざるを得ない。詰まるところ「体験」は代弁することが出来ないのである。しかし、それをあっさりと他人事で終わらせてしまうことには、実際に身近で話を聞いてしまった以上、抵抗感が残るのである。

 「日の丸君が代いやだ」の忌避感が身体感覚に刻まれたものであり、その刻まれ方が、「今でもカボチャが食べられない」の感覚を参照することで、戦後世代にも「理解」が可能になるのではないか? 「カボチャ」を参照することで、「日の丸・君が代」についての忌避感を「反日的」などと切り捨てる(いくらなんでもカボチャが食べられないことを「反日」とは言わないだろう)のではなく、ある時代のある世代の身体に刻み込まれた体験として、つまりこの国の歴史の重要なひとつのエピソードとして私たちが継承することを可能にするのではないか? 「代弁」は出来ないにしても、彼らの体験に、そして個人としての彼あるいは彼女の体験に、より近いところで寄り添うことは出来るはずである。その時、彼らの体験は「他人事」ではなくなっているはずである。

 

 そんなことを思ったわけだ。

 

 

 もちろん、この話も、

  戦場体験は、兵士の数だけあります。その人の戦場体験はその人でなければ語れません。誰もその元兵士に代ることは出来ません。

…というのと同様で、すべてのあの世代がカボチャを食べないわけではないし、すべてのあの世代が「日の丸・君が代」への忌避感情を持ってしまったわけではない。あくまでも個別の問題である。

 しかし、その「個別」のあり方への想像力を持ち続けることこそが、現在を生きる私たちの重要な課題ではないのか? 「戦争体験の語り継ぎ」とは、まず、あの時代を生きた一人の人間と出会うことから始まるのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2012/02/07 22:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/181876/

 

 

|

« 戦争のトラウマ 1 | トップページ | なるほどポキン(石子順造的世界) »

戦争のトラウマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1135955/44144743

この記事へのトラックバック一覧です: 戦争のトラウマ 2:

« 戦争のトラウマ 1 | トップページ | なるほどポキン(石子順造的世界) »