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2011年7月21日 (木)

21世紀の高校生と「あの戦争」

 

  7月16日土曜日午前9時30分から
  高等過程1年ドキュメンタリー作品4本
  高等過程2年短編映画作品2本
  の発表会を講堂にて行ないます

  9時30分~「終わらない戦さ世(ゆう)」(1年)
 10時20分~「東京大空襲」(1年)
 11時10分~「満蒙開拓団」(1年)
 13時00分~「被爆」(1年)
 13時50分~「ひとます」(2年)
 14時40分~「声」(2年)

…なんてご案内に誘われてのお出掛け。

 

 文化学院(御茶ノ水)の高等課程のカリキュラムに映画制作が必修で導入され、三年目になるというその三年目の成果の確認という感じ。

 映像のプロが教師役を務め、高校生にドキュメンタリーとドラマ制作を指導するという試みなわけだ。その中で(映像制作体験を通して)、シネマリテラシー(そしてメディアリテラシー)の力をつけようということらしい。

 

 今年の特徴は、(あの)戦争をテーマとして全チームに課したこと(これまでは、「東京大空襲」だけはテーマのひとつとして課されていたが、それ以外は今回が初めて)。

 既に(あの)戦争から過ぎた時間は長く、生徒たちに実感として継承されているものなど、まったくと言っていいほどないというのが現実である。ちなみに昨年の「東京大空襲」(当時の2年)では、まさにその問題が映像化されていた。現在の高校生と、そのお婆ちゃんの体験の間にある断絶は、あまりに大きいのだ。

 そんな現代の高校1年生が、テーマとして(あの)戦争を課され、取り組んだ成果の相手をしてきたわけ。

 

 

 「終わらない戦さ世(ゆう)」は、タイトル通り、沖縄がテーマであるが、2人の人物のインタビューで構成されている。

 1950年生まれの写真家と、1939年生まれの女性である。つまり、前者は戦後生まれだし、後者も戦争は幼児期の体験であり、どちらもいわゆる「戦争体験」を語れる世代ではない。

 制作時間の制約から、沖縄戦の全体像の紹介や、その中での女性の体験の位置づけに不十分なところがあり、知識がないと発言の意味が理解出来ないように思えたのは残念なことではあったけれど、全体の構成としてはオーソドックスなものであった。

 東京の高校生作品なので、取材先の制約(現地取材は困難であろう)という問題もあるにせよ、戦後生まれと1939年生まれの証言に基づいて沖縄戦を語る(のを聞く)というのは、戦後66年過ぎてしまった2011年がどのような時点であるのかを示してもいるわけだ。

 しかし、同時に、戦後の沖縄の(米軍基地に象徴される)問題は、まさに沖縄戦以来の問題なのでもあり、戦後生まれの写真家の証言の価値は軽視されてはならないものだ。

 そんなことを考えながら、映像を観ていたのだった。

 

 「東京大空襲」の方は、全体の構成が見事で、監督(となった高校生)の力量に、ひたすら感心しながら観ていた。映像は、日本軍による重慶への無差別爆撃から始まるのだ。そして戦争の流れの中(字幕で真珠湾攻撃が1942年になっていたのは前日授業終了後も編集作業を続けていた頑張りにもかかわらずのチェック不足と思われるのがちょっと残念)に東京大空襲が位置付けられた上で、メインの体験者二人のインタビューが続く。

 体験者も、生徒の親戚だったり父親の知り合いだったりと、つながり(他人事ではない感じ)のある人物が選ばれている(つまり生徒たちがそのような人物を選んだ)ことにも、自分と無関係ではない体験として東京大空襲を位置付けようとする意欲が感じられた。

 そして証言自体も、価値の高いものであった。

 鈴木氏は焼夷弾の火に終われて街を逃げまわった果てに、広い通りの交差点の真ん中に追いつめられた人々の一人となるのだ。一夜明ければ、そこには死体が丸く小山のように積み上がり、その上に生き残っていた自分に気付いたという体験。そしてその後の死体処理の話。

 田中氏の体験は、ニコライ堂の堂内に横たえられていた死者のエピソード。一酸化炭素による死ではないかと証言者は語っていたが、傷一つない(焼け焦げたりなどまったくしていない)きちんと服を着た生きているような姿の30体ばかりの遺体。ステロタイプな戦災イメージ、空襲での焼死イメージとは異なる体験の証言である。リアルであることがどのようなことであるのか、体験を聞くということの意味がそこにあるように思われた。

 

 「満蒙開拓団」は、残留孤児・残留婦人となった二人の証言で構成されている。当時のニュースフィルム映像も交えての構成であったが、映像全体の仕上がりという面では、もうひと頑張りして欲しかった気もする(初めての映像制作なのだからそこまで要求する必要もない)が、証言そのものから伝わる怒り、それに共感している高校生の姿が(つまり、製作過程-編集過程-で共感が深まったであろうという意味で)印象深い作品となっていた。

 質疑応答時間での中心となったスタッフの話に、彼女が資料探しの中で体験した動画サイトにアップされていた残留孤児誹謗画像(ウヨクの皆さんによるヘイトスピーチ系動画)の氾濫に対する怒りがあったが、そこには、ドキュメンタリー制作授業の中で体験者と出会い、その過程で視野や想像力が広がったという意味で、授業自体の狙いが見事に実現されていたことをも感じさせられた。

 

 「被爆」は、タイトル通りで広島と長崎の原爆被爆体験者の証言である。事実の証言ということに尽きるのだが、原爆投下とその結果としての広島・長崎市民の体験の壮絶さは(やはり)想像力を超えているのである。本で読んで知識としては知っているにもかかわらず、語られる言葉は、聴く私を(あらためて)戦慄させる。

 映像的には、映画のシーンなども使用しているところに現代の高校生の奮闘の跡を見るべきなのだろうけれど、既に証言の力だけで十分のようにも思われたが、そこは好みの問題なのかも知れない。

 

 「被爆」の中で被爆二世の問題(つまり被爆者の子供世代に対する差別の問題である)にも触れられていたが、これは「満蒙開拓団」にも通底する問題だ。帰国した残留孤児に対する差別(それも二世三世にまで及ぶ)は、今現在の日本国民が抱える問題なのだ。

 (あの)戦争の記憶とは無縁に生きてきた高校生が、映画制作を通して、そのような問題の所在に気付くことが出来たとすれば、十分に授業の狙いは達成されていたことになる。

 

 

 2年生のドラマ(1年の時も中々な作品だったが、成長は著しい)の方も十分に楽しんだが、詳しい感想は(今回は)割愛。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2011/07/16 23:40 → http://www.freeml.com/bl/316274/168279/

 

 

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