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2011年1月31日 (月)

卒展攻略(MAUDS2010) 杉田GENPAKUって誰だ?

 

 ムサビの卒展(武蔵野美術大学 平成22年度卒業・修了制作展 Musashino Art University Degree Show 2010)のお話(一週間前の話だ)。

 四日間の全日程を通いつめたのだったが、観ていない展示は数多い(ダミニスト・モードで、出かけるのが午後になってからだったりしたし)。

 

 

 で、卒展堪能ルートをオーザッパに振り返ると、

 一日目は2号館の絵画彫刻、つまりファインアート系。

 二日目は、8号館で建築と工芸工業デザイン。

 三日目は、10号館の視覚伝達デザインと12号館の映像。

 四日目は、12号館の地下と9号館の地下。そして9号館の上階の芸文(芸術文化学科)エリア。

…という感じ(7号館の視デの展示のいくつかは観たが)であった。

 
 
 2号館のファイン系については、説明するのがメンドーなのでパス。

 工デや、映像の作品についても書きたいことは山のようにあるのだが、やはり、

 

   目で見たモノを言語化して表現することのメンドクサさよ!

 

…という問題はついて回る(お気に入り作品はデジカメ撮影してあるわけだが、ここにアップするのもメンドーだと思ってしまうのがダミニスト・クオリティーである)。

 で、「現代史のトラウマ」的視点からという、まったくもって極私的な関心から書き残しておきたいと思ったもののみを並べておくことにする。

 
 

 

 8号館の建築科エリアで最初に入った部屋で最初に出会ったのが、持田夏海さんの論文「正義の建築」だった。

 これが実にスバラシイ。明治に入っての近代化を、刑務所及び裁判所建築という視点から描こうとしたものだ。

 要するに、近代化=西欧化であり、明治初期の日本でも、司法に関しての近代的・西欧的法制度整備という課題だけではなく、インフラとしての近代的・西欧的な刑務所及び裁判所建築も必要とされわけだ。建築とは近代化の具体物なのである。

 それが一冊の論文ファイルと三冊の研究ファイルとしてまとめられていた。研究ファイルには、先行する西欧での刑務所・裁判所建築の事例と共に、明治以来の日本での建築事例が収録されており、見ているだけで興味は尽きない。建築という具体物からも、近代日本におけるドイツ法学の優位が理解出来るのだ。日本の裁判所建築もまた、たとえば米国流の裁判所建築ではなくドイツの裁判所建築のスタイルを踏襲しているというのであった。

 ジャズピアニストの山下洋輔氏の祖父(だったか、その兄弟だったか?)が、日本の近代刑務所建築設計に携わっていたことは知られているが、その事例が豊富に掲載されていたりするのである(ウチの親戚筋には、戦前に、その山下氏設計の千葉刑務所の刑務所長を務めていた人物がいたりするので、どこか他人事ではない世界だったりもする)。

 研究ファイルを読んで興奮しているだけで時間は過ぎてしまい(つまり、このままでは他の展示が観られなくなる←とにかく、これが最初の部屋の最初の展示物なのだ)、論文はパネル上の要約以上には読めなかったのが、実に心残りであった。

 

 建築学科は、その学科としての制約上、現物としての卒制は少なく、設計図と模型という組み合わせが主流となっているわけだが、その最初の部屋の展示で面白かったのが、「Arc Wisdom」と題された、(多分)遠藤洋佑さんの作品だった。

 中央部(前後方向の)で二つ割にされた、でかい空母の模型なのだ。パネル上には、

時代と共に使用されず、罪が蓄積された空母を建築的手法を用い知を集積させる大きな箱を形成し国々を繋ぐことで兵器のない世界を創造する。

…という言葉で始まる、作品コンセプトの説明等が添えられている。

 模型の甲板には飛行機もある(博物館展示として)が、内部には(まさに博物館らしく)恐竜骨格の展示などがあったりして、そもそもが移動式巨大空間(移動式巨大建築)である「空母」の換骨奪胎の試みとしての、建築家の卵にふさわしいオーブロシキ的ビジョンが気持ちよかった。

 

 建築科では他に、青木聖也さんの「中空」が面白かった。これは映像作品とも言えるが、階段状に形成されたスクリーン(額縁状の白いフレームが手前から段階的にセットされた奥が平面となっており、それぞれがスクリーンとして機能する←書くとややこしくなるが)に映写されることによって、首都高(?)を走る車内の前方に展開する光景に、フラットなスクリーンとは異なる躍動感が与えられることになる。視覚に対する、いわば建築的仕掛けが発揮する効果の面白さ、と、リクツを言っておこう。

 

 もう一つ、百野太陽さんの「おもかげ(仮)」がお気に入り。

 ある構造物を「机」と呼んでしまうと、その構造物が果たしうる機能が「机」に限定されてしまうという、言語上の性質・問題があるわけだが、彼はその問題を可視化することに成功しているように思われた。

 彼が作ったのは、二畳くらいの底面積を持つ、多面体を組み合わせた白色の構築物(腰かけられる高さの平面を含む)であった。つまり、用途不明の(←ここが重要)白い平面(水平面もあれば斜めの面もあり垂直面もあり)で構成された物体である(高いところでも、大人の胸よりは低い)。

 それを、大学の構内や街中、公園内、川の流れの中、波打ち際…といった場所に設置する(決められた数箇所を異なる時間帯に撮影したりしている)。そして周囲に引き起こされる状況を撮影する。

 上に登るヤツもいれば、座る人間もいるし、カバンを置いたり、カメラの三脚代わりに使用したり、滑り台にして遊んだり、不審物として観察されたり…と、様々なことが起きるわけだ(白ネコが日向ぼっこスペースにもしていた)。

 撮影に際して、等距離・同角度からという点が徹底されているので、画面上の物体の姿は一定である(時間や場所により影の出方が異なる以外は)。周囲だけが変化していくのだ。

 物体自体に意味があるのではなく、関与する人間が物体に意味づけをしていく(その都度、ベンチだったり、三脚だったり…あからさまな不審物だったり、と)。

 言語と人間と世界の関係性の本質的一面が、見事に可視化されているのであった。

 
 

 書き出したら長くなってしまったので、建築学科の最後にもう一つ。

 

 1号館の吹き抜け部に建築されていた「小平マンション」。村上慧さんの作品だ。

 鉄パイプを組んだ足場の上に、木材で組み上げられた小屋がある。小屋には鉄パイプの階段が設置されている。無塗装=木材むき出しの小屋だ。一見チープでシロートっぽい印象を与えるが、(実際には)ユニットで組み上がっていたりして、十分に考えられ設計されたものなのだ。

 その無造作感(オシャレじゃない感)が気に入っていたのだが、それを見た我がパートナーの評は「団結小屋」であった。言われてみれば、確かに、「そのもの」の雰囲気を醸し出してもいる。

 設計者の狙いはどこにあった(そこにあった?)のかは、気になるところであったりする。

 
 
 

 
 9号館の「芸文」エリアで、とても印象に残ったものを一つだけ挙げておく。

 

 チョ・ウンジさんの「宙ぶらリズム 中学生のためのメディアリテラシー」がそれだ。

 文庫本サイズの「作品表現」(芸文内の分類によれば)である。

 

 テーブルの上に、その「文庫本」数冊が置かれていて、来訪者が読めるようになっている。

 実は、卒展展示時間終了間際にたどり着いたもので、「文庫本」自体をきちんと読むことは出来なかった。テーブルの周囲にセッティングされていた、目次や本文からの抜粋を読んだだけである。

 
 

 しかし、その抜粋の文章が、実によく考え抜かれて書かれたものだったので、ここに再録せずにはいられない。

 

 まず、全体の構成について見ると、

 

 目次

 はじめに

 第一章  われらが生きるこの歴史とは
   僕が催涙弾を浴びた日
   書き記された歴史|正しい歴史はありえるの?
   蓋をされた記憶の主人たち―歴史のアウトサイダー
     a 在日のひとびと
     b 沖縄戦争―「生きること」、「死ぬこと」を決めたのはなぜ?
     c ユダヤ人は誰?

 コラムⅠ 僕は誰?―在日三世インタビュー

 第二章  「他者・自己/当事者・第三者」について考える
   ある「立場」 ・・在日三世との出会い
   集団記憶と個人記憶
   違う立場同士の記憶の共有 ・・連帯意識はどこからうまれるの
   記憶・感情の共有はできるの?
   イメージすること

 コラムⅡ 社会はどのように歴史を記憶するか?
   社会の記憶装置 ・・記念館のつくり方
   記念の物語 ・・歴史を象徴化すること

 第三章  歴史とメディア
   メディアとは?
   メディアは歪曲を生み出す
     a 意識の宙吊り
     b 中立・公正って何?
     c 釣られた!?
     d ニュースも間違えるの?
   メディア・リテラシー
     a リテラシー
     b マスメディア・パーソナルメディア

 小テスト

 あとがき ・・他者の痛みに連帯するために

 

…という内容の「文庫本」であったらしい。

 つまり、中学生をターゲットとした、歴史に対するリテラシーをめぐる(文庫本スタイルの)「作品表現」ということになる。

 

 78ページからの抜粋があったが、そこには、
 

 …
 そのような限界を超えて連帯したいというのが、僕がこの本を書いた動機の根底にある。

 そのためには何が必要だろうか。
 一言でいうと「イメージ」が必要だ。
 しかしながら、想像には限界があるということを僕たちは知っている。だとすれば、こんな事実さえも念頭に置いたイメージ行為を行うのだ。それは人間の限界を押しひろげて「イメージの不可能性」をイメージすることである。

 例えば沖縄の住民やアウシュヴィッツの例で言うと、その人たちの絶望感といった気持への共感不可能性をイメージすることであって、それはあえて「他者」という存在を思い描くことだ。
 自分の経験やそれによる思考範囲の外部をイメージすることは、お互いに相容れない思考や文化的・歴史的経験を持つ人同士が、解釈の限界を超えて相手の感情に連帯できる可能性へのカギを握っているのではないだろうか?
 

…と、書かれていた。

 ここには、私の言いたいこと(これまで言おうとして来たこと)が、見事に言語化されているではないか! 「現代史のトラウマ」シリーズの基底には、まさにこの思いが(認識と欲求が)、確かに、ある。

 

 別のページからの抜粋には、

  他者の痛みを知ることはできない。

  しかし、痛みほど連帯を誘うものはない。

…という言葉があった。

 ここには、私が付け加えるべき言葉はない。

 

 チョ・ウンジさんが卒業制作として「文庫本」の形に結晶させた思考の純度は高い。全文を読む時間が残されていなかったのが、実に残念であった。

 

 
 
 

 

 以下、卒展最終日、つまり四日目のエピソード。

 

 その日は家族全員参加で、午前中から出かけたのであった。バスで駅まで出て、駅からバスというのが通常ルートなのだが、駅に着いたら美大前行のバスは出たばかりで30分待ち(ショック!←せっかく早く家を出たというのにぃ)。タクシー・ルートを採用(こんなことなら最初から、つまり家からタクシーにしとけばよかった!)。

 

 到着後は、早速、あの白崎夏子センセイのブースを目指す。娘は、本日が初回(この父娘は、センセイが二年の時の芸祭展示に感動して以来のファンなのである)。

 期待を全く裏切らず、素晴らしくバカバカしいという言葉に尽きる作品群であった。実に見事に4年間我が道を行き、(あくまでもリーマン・ショックのせいで)就職が決まらない春を迎えてしまうようだが、誰もが認める(しかないだろう)才能には追従者はいない(誰にもマネ出来ないというわけだ―ヨイコノミナサンハマネヲシテハイケマセン…という問題でもあるが、やっぱ、常人・凡人・一般人にマネはムリだろう)。

 このまま世界を生き抜いて欲しい、と心から思うのであった。

 私が莫大な財産を相続してしまうような境遇にあったら、喜んでパトロンとなり、私専用のマンガ制作に励んでもらうところだが、残念ながら、そのような(つまり莫大な財産相続の)兆候はない。

 いや、ホント、残念な話だ。
(いっそのこと彼女には、一生をムサビで過ごして欲しい…と思わぬでもない私でもある←正門守衛室で飼われている姿を想像してしまう→将来はナツコの銅像が建つぞ)

 娘の母は展示されていた全作品を読破したらしいが、結局こちらは「戦国時代」と「江戸時代」篇を逃してしまった。

 展示のタイトルが「翔んでけ日本(ジャパン)」でサブタイトルが「日本史をテーマとした漫画作品」と、所属学科(とは、視覚伝達デザイン学科であるが、作品の荒っぽい造本ぶりには、4年間の学科生活の成果を感じさせるところはなく、彼女の偉大な作品を手にした者は白崎夏子センセイの才能と実力のほどを思い知るのである)の分厚いパンフには記されていたりするが、そのページには当人の、

日本人ほど自分の国の歴史に疎い連中がいましょうや?!あなたね、杉田GENPAKUが飛鳥時代の人だなんて公言したら恥かきますわよ。だからみんなで勉強しよう!!嘘か真か翔んでけJAPAN。夢か現か幻か。

…というお言葉も(そしてステキなポートレイト写真も)添えられている。

 

 自分の国の歴史に疎いネトウヨ君が、『万葉集』の「海ゆかば」は「応仁の乱」を歌ったものだ、とか、日韓併合は国連で承認されていた…などと得意気に語るのを実際に見聞した経験(「応仁の乱」が奈良時代の出来事ぉ??日韓併合時に「国連」があったぁぁぁ??)もあったりするので、白崎センセイのお言葉にも妙に説得力があったりするが、センセイの漫画にある「歴史」のお話も教科書には(まったく)載っていなかったりするというのも事実だ。

 しかし、「教科書に載っていない」というのはむしろそれが「歴史の真実」だということにネトウヨ君方面ではなっていたりするので、話はややこしいことになる(かも知れない)。

 
 
 

…まぁ、とにかく他にも観るべき作品は余りに多く、しかし時間には限りがある。

 

 てなわけで、ヘトヘトになりながらも、美大生の実力の氷山の一角を垣間見た四日間、なのであった(美大の卒展をネタにして画像ナシってのも、あまりにも…な話ではあるが、書いている当人があまりにも…な人物だということなのでございました・合掌)。

 
 
 
 

 

  

(オリジナルは、投降日時 : 2011/01/30 21:21 → http://www.freeml.com/bl/316274/157135/

 

 

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