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2010年10月29日 (金)

日本国の象徴と、國體の本義 14(君臨し統治する天皇)

 

 現在、「立憲君主」という言葉から連想されるのは英国国王であり、「君臨すれども統治せず」こそが「立憲君主」の姿のように思われていると考えて大きな誤りはないであろう。そして、その英国国王イメージの延長として、君臨すれども統治しない「立憲君主」としての天皇像が流通しているように思われる。

 

 

 大日本帝國憲法下の日本で、オーソドックスな憲法学・国法学を展開した清水澄博士によれば、英国国王は、

  英国ノ統治権ハ国王及国会ニ存シ元首タル国王ハ単純ナル国家機関ニアラサルト共ニ又其統治権ノ一部ヲ有スルニ止マルモノナリ

  英国国王ハ統治権ヲ総攬スルコトナク君主国ノ元首ニ専属スル立法権ノ如キハ英国ニテハ国会ノミニ存スルモノニテ国王ニ属セサルナリ

…として位置付けられ、「統治権ヲ総攬スル」天皇とは異なる存在であった。しかし、同時に清水博士は天皇をも「立憲君主」として取扱っている。つまり、その地位・権能が、

  統治権ノ所在ヲ宣明シ立憲政治ノ法則ニ基キ統治権行使ノ形式ヲ定メタル大則

…としての「憲法」に基づくものであれば、君臨し統治するのか君臨すれども統治しないのかの相違にかかわらず、「立憲君主」と呼ぶことが出来るということなのである。

 

 

 ただし、戦後の日々の中で、「君臨すれども統治せず」の英国式立憲君主としての天皇像が戦前からの伝統あるものとして語られることにより、「立憲君主」という言葉から「君臨し統治する君主」の姿がイメージされることがなくなってしまった、ということのようである。

 

 

 実際問題として、最近のお付き合いの中で、

  戦前においても天皇って立憲君主ではなかったですか?
  天皇親政なら責任はあるでしょうが立憲君主の場合お飾りに近く憲法(帝国憲法にしても)に縛られるのが立憲君主だと思いますが?

…という言葉が、いわゆる天皇の戦争責任をめぐる議論の過程で発せられるのに立ち会った経験がある。

 この認識を支えているのは、まさに「君臨すれども統治せず」という言葉で語られる「立憲君主」イメージであり、天皇親政=君臨し統治する天皇の姿が、「立憲君主」とは異なるものとして示されているわけである。つまり、天皇不親政であってこその「立憲君主」イメージということだ。

 

 

 そのような意味で、「国体明徴に関する政府声明」は「天皇親政」の宣言であり、「君臨し統治する」天皇像を「明徴」にしたものなのである。

 要するに、現在の日本で流布している「君臨し統治せず」の英国式立憲君主としての天皇像(不親政的天皇像)を、戦前・戦中の天皇像にまで延長することは誤りだということなのである。

 

 ここでは、昭和二十年八月十五日、国内的には終戦を迎えた日(あの玉音放送の日)の『朝日新聞』から、「國體護持に邁進 親政厳たり随順し奉る」というタイトルの記事を紹介しておこう。「戰争終結の大詔渙發さる」という大見出しの記事が最上段にある紙面の中央部にあるのが、

 

 國體護持に邁進
  親政厳たり随順し奉る

皇國三千年、最初にして最後のこの一大試煉を直視するとき悲慨胸を焦し、痛恨骨を噛むのみには止まらない。この日この時こそ、まさに我ら一億が眞に素裸の日本人となつて、大君を御中心にはらからの血〇をしつかと固めねばならぬのである
われわれは國體護持に対する保障を敵に求めんとするのか、否國體護持はわれら民草の胸中にある、沸々と湧いて止まず、煌々と輝いて盡きぬ民族傳統の血脈の裡にある
『御前会議の末席を汚してご聖断を拝し余りの辱さに感涙滂沱たるものがありました、現人神に存ずればこそで臣下の顧慮の及ぶところではありませぬ、本当に生神様であらせられるといふことを畏れ多いことながら観念でなく現実に拝して身も慄ふ感激に打たれました』ある閣僚は涙を溜めて謹話した、大方針決した刹那の尊きその光景を拝察するとき、われわれは皇國に生を享けた感激に泣かざるを得ない。そしてこの感激は今日只今からのわれわれの行動を律するものであらねばならぬ、親政厳として一切の夾雑物を排しわが心魂に〇るる思ひである、この親政に一切の私欲を棄てて随順し奉ることが皇國再生の活路であり、そしてまた敗戰欧洲にみるが如き恥辱と混沌からわが國家民族を護る唯一の途である
     (『朝日新聞』 昭和二十年八月十五日  〇は判読不能文字)

 

…という、記者の「悲慨胸を焦し、痛恨骨を噛むのみには止まらない」心境を吐露した記事なのである。文中の、

  この親政に一切の私欲を棄てて随順し奉ることが皇國再生の活路であり、そしてまた敗戰欧洲にみるが如き恥辱と混沌からわが國家民族を護る唯一の途である

…との朝日新聞紙面上の主張を、ここでは特に、深く味わっておくことにしたい。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/10/29 19:14 → http://www.freeml.com/bl/316274/150507/

 

 

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