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2010年8月16日 (月)

続々々々・「事変」と「中立」

 

 米国大統領には、

 

  ある物資、原料の合衆国より交戦国または内乱の存する国への輸送に制限を加えることが、合衆国の安寧を促進し、その平和を維持し、あるいは合衆国市民の生命を保護するために必要であると認めたときは、その旨を布告する

 

…権限が与えられていた。

 それにより、米国の「中立法」が発動されることになる。

 前回に続き、昭和十二年(1937年)に発行された、大山卯次郎博士執筆のパンフレット「米國中立法の意義及其適用に就いて」により、「中立法」発動以後の展開を復習しておこう。

 

 

 第二 交戦国並に内乱国に対し、武器、弾薬並に軍用器材の輸出を禁止し、且つそれが中立国に輸出せられる場合に於ても、交戦国に転送せられ、又は交戦国の使用に供せられるものと認められた時は、矢張りその輸出を禁じて居る。尤も中立国は国際法上斯る禁輸を実行せねばならぬ訳のものではないが、米国は自ら交戦国との紛争を避ける為、自分の都合で之を禁止するまでである。
  (註)本項に所謂武器、弾薬、器材とは如何なるものを云ふのであるかは大統領に於て遅滞なく時々明確に列挙して布告せねばならぬことになつて居るが、現在は一九三七年五月一日本法制定と同時に大統領令を以てその品目を定めて居り、軍用器材は主として薬品であつて、鉄、石油、綿花等は含まれて居らず。

 第三 武器弾薬軍用器材以外の物品、例へば食料又は製造原材料等の貨物も、大統領の見込みにより輸出を禁出し得ることにし、その例外として外国の政府が現金で買入れ、自分の船舶で積取る場合には輸出を許すことにして居る。之をキャツシュ・エンド・キャーリーの即ち「現金買入・自国船積取」の規定と云ひ、本法の最も大なる特色である。これは本年春米国会議で中立案を討議中英国商務大臣のランシマン氏が渡米して談判の結果、かういふ除外例を設けたのであつて、米国はこの結果、一方に於て武器、弾薬、軍用器材並びに原料その他の物品の輸出を禁ずることによつて、理想主義を実行したけれども、他方に於て斯る除外例を設け、米国自らの為に戦時商業の道を開き、併せて財力の豊かな海上の優者たる英国が交戦国である場合に之を援助しようとしたのであつて、主義上大なる矛盾と云はねばならない。

 第四 交戦国及交戦団体に対し金融上の援助を禁じて居るが、米国は予て米国に対し借金を払はない国に対して金融上の便宜を与えないと云ふ法律を作つてゐて、欧州諸国は大抵此法律の為に米国から金が借りられないことになつてゐるから、この禁止条項は欧州に関する限り、実際上余り効果はないのである。

 

 

…ということになるわけだが、中心となるのは、「交戦国並に内乱国に対し、武器、弾薬並に軍用器材の輸出を禁止」という条項であろう。

 

 

 ここに、大日本帝國により、「支那事変」があくまでも「事変」として処理され、日支間の「戦争」として取扱われないことの理由がある。

 「支那事変の完遂」という大日本帝國政府の目標達成のためには、米国による中立法発動は致命的なものとなり得るからだ。

 

 ここでは、その実態を、森本忠夫『魔性の歴史 マクロ経営学から見た太平洋戦争』(光人社NF文庫 1998)から引用してみたい。大日本帝國の対支軍事力行使は、米国からの輸入資源に、大きく依存していたのである。

 

 

  日本が戦争遂行上、不可欠とした資源、石油(原油)は、1938年に82パーセント(数量では1939年に90パーセント)の依存度にも達し、鉱油は56パーセント、綿花は38パーセントにも達していたのである。すでに述べたとおり、米英の経済圏に頼ることなく、日本は日中戦争といえども戦争を遂行することはおぼつかなかったのである。

 

 

…というのが、大日本帝國の内情であった。米国による「中立法」の発動は、米国からの石油輸入の途絶を意味することになり得るものなのであり、「事変の完遂」は不可能になる。大日本帝國には、拡大の一途を辿った対支軍事力行使は、あくまでも「事変」でなければならなかったのである。

 

 

 しかし、興味深いことに、米国政府の側にも、「中立法」の発動をためらう理由があった。

 大山博士は、「米國中立法の意義及其適用に就いて」の中で、その事情を次のように解説している。

 

 

    五、日支事変に対する中立法の適用

 斯くの如く米国の中立法は従来米国が最も重要とした海洋自由主義に対する一大転換であるに相違はないが、その実その重要部分に関し海上の優者たる英国をその適用外に置いたことに依り、立法の価値を少なくとも半減してゐるのみならず、本法の運用を大統領の採量に一任してゐる為、それが大統領の政治的駆け引きに利用せられることは免れないと云はれて居る。
 此処に我等の大に注意を要することは、米国が今回の日支事件に関しこの法律を持て余して居ると云ふことである。その理由は米国がこの法律を制定した時には、米国の眼中に欧州のみあつて、東洋のことは余り考えて居なかつたのである。
 それ故英国が中立法に対して英国に都合が良い様な修正を要求した時に米国は英国に利益を与える積りで之に同意し「現金購入・自船積取」の規定を設けた次第であるが、今度日支事件が起つたので考へて見ると、英国に有利なこの規定は同じ海軍国であり又海運国である日本にも有利であり、それが甚だしく支那に不利益であると云ふことが明らかになつたので、此法律をこの事件に適用することは考へものだといふ意見が、米国の有力者の間に於て盛に唱へられてゐる。
 尤も米国政府としてはこの際我国に対し極めて慎重な態度をとつて居るのであつて、率直な意見は発表せられて居ないが、
 この際この中立法を発動することの可否に就て大に迷つ居ると云ふことが伝へられてゐる。尤も大統領の意向を代弁するのではないかと思はれる米国上院外交委員長ピットマン氏は北支事変不拡大当時の七月二十九日「戦争状態の存在を決定することは困難な問題である、余り性急に行動しては現在米国政府が続けつつある平和の努力を水泡に帰せしむる恐れがあるのみならず、大統領が中立法を布告して間もなく戦争が止まる様なことがあつては、大統領が面目を失することになる」と云ひ、事変拡大後の八月十四日に至り「支那の新事態は明らかに戦争と認められる、しかし日支両国のいずれもが未だ宣戦の布告を為さざる以上、大統領がその存在を宣明する必要もあるまい」との意味の談話を発表して居るのであつて、人をして政府は中立法の施行を好まないのではないかと思はしめて居る。
 (以下略)

 

 

…ということなのであった。

 

 

 結果として「中立法」は発動されず、大日本帝國にとっての最重要の戦略物資であった米国からの石油の供給が止まることはなかった。つまり、

  事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。

…という話ではないのだ。確かに米国が蒋介石を支援したことも事実だが、大日本帝國が蒋介石相手の「実質国家間の戦争行為」を続けられた事実の背後にも、米国による大日本帝國への石油供給の継続という事実があったのである。

 問題の構図を論理的に整理すれば、「実質国家間の戦争行為」を「事変」として処理するという大日本帝國政府の方針は米国大統領にも尊重され、「実質国家間の戦争行為」が「戦争」ではない「事変」として米国からも取扱われることで、米国の国内法である「中立法」の発動が見送られれたわけである。「中立法」の不発動により米国からの石油供給は継続され、その結果として、「事変」という名による大日本帝國の「実質国家間の戦争行為」の継続も可能になったわけなのである。

  事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。

…という主張は、大日本帝國政府の立場を擁護しているように見えて、実は、当時の大日本帝國政府の方針への無理解を表明しているのものであるに過ぎない。

 

 

 

                    (次回へ続く)

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/08/04 23:40 → http://www.freeml.com/bl/316274/144253/

 

 

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