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2010年8月12日 (木)

続・「事変」と「中立」

 

 

  事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。
 

…というお説の正当性を考えているわけだ(前回に始まる話)。

 

 

 現実には、「実質国家間の戦争行為」を「事変」と命名し、「戦争」とは異なる事態として取扱おうとしていたのは日本だったのである。ここで焦点となっている「中立」とは、戦争状態にある国家に対する第三国の態度の問題と言えるだろう。そもそもが「戦争」ではない「事変」において、第三国が「中立」であるかどうかは問題になり得ない性質のものなのであった。

 

 国際法上は、「開戦ニ関スル条約」(1907年)の、

 

第一条
 締約国ハ理由ヲ附シタル開戦宣言ノ形式又ハ条件附開戦宣言ヲ含ム最後通牒ノ形式ヲ有スル明瞭且事前ノ通告ナクシテ其ノ相互間ニ戦争ヲ開始スヘカラサルコトヲ承認ス
第二条
 戦争状態ハ遅滞ナク中立国ニ通告スヘク通告受領ノ後ニ非サレハ該国ニ対シ其ノ効果ヲ生セサルモノトス該通告ハ電報ヲ以テ之ヲ為スコトヲ得但シ中立国カ実際戦争状態ヲ知リタルコト確実ナルトキハ該中立国ハ通告ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ得ス

 

…との条文が、「戦争状態」を規定するものとなる。

 第二条にある「中立国」の文言は、単に、戦争当事国(「開戦宣言」を挟んで「戦争状態」となった国家)ではない第三国を意味していると考えておくべきであろう。条約が目指しているのは「開戦」の規定なのであり、そもそも「戦争状態」に対する「中立状態」(「開戦宣言」を発するのでもなく、「開戦宣言」の対象ともならない状態)は開戦に先立っては存在し得ないものだからである。「開戦ニ関スル条約」で示されている「中立国」と、開戦宣言後の「中立」は、位相の異なる問題なのであり、その両者の混同から生み出されるのは不毛な議論であろう。

 対立する国家が「開戦宣言」あるいは「開戦宣言ノ形式又ハ条件附開戦宣言ヲ含ム最後通牒ノ形式ヲ有スル明瞭且事前ノ通告」を通して「戦争状態」に入り(第一条)、その「戦争状態」の発生は「遅滞ナク中立国(今回の「開戦宣言」の当事者ではない国家、つまり第三国)ニ通告スヘク」規定されている(第二条)ものとして理解されなければならないわけである。

 

 その「開戦宣言」あるいは「開戦宣言ノ形式又ハ条件附開戦宣言ヲ含ム最後通牒ノ形式ヲ有スル明瞭且事前ノ通告」を行わないことにより(行っていない以上)、大日本帝國の支那における軍事力行使は「戦争」としての条件を満たしていない、即ち「戦争状態」は存在しない、というのが「事変」という名称の背後にある日本政府の側の論理なのである。

 

 

 「戦争状態」にある国家に対し、戦争の当事者ではない国家による「どちらの側にも与しない」という選択が、これまで論じようとして来た「中立」の意味するところなのであった(「事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です」という主張にある「中立」という語に込められているであろう「意味」の問題である)。

 

 では、「戦争状態」にある国家に対するものとしての「中立国」の国際法上の位置付けは、そもそもどのようになっているのだろうか?

 それが次なる問題である。

 

 

 少し長くなるが、

 

 

陸戦ノ場合ニ於ケル中立国及中立人ノ権利義務ニ関スル条約

 …陸戦ノ場合ニ於ケル中立国ノ権利義務ヲ一層明確ナラシメ且中立領土ニ避退シタル交戦者ノ地位ヲ規定セルコトヲ欲シ又交戦者トノ関係ニ於ケル中立人ノ地位ヲ其ノ全体ニ付テ規定スルコトハ之ヲ後日ニ期待シ茲ニ中立人ノ資格ヲ定メムコトヲ希望シ之カ為条約ヲ締結スルニ決シ…因テ各全権委員ハ…左ノ条項ヲ協定セリ

   第一章 中立国ノ権利義務
第一条
 中立国ノ領土ハ不可侵トス

第二条
 交戦者ハ軍隊又ハ弾薬若ハ軍需品ノ輜重ヲシテ中立国ノ領土ヲ通過セシムルコトヲ得ス

第三条
 交戦者ハ又左ノ事項ヲ為スコトヲ得ス
 イ 無線電信局又ハ陸上若ハ海上ニ於ケル交戦国兵力トノ通信ノ用ニ供スヘキ一切ノ機械ヲ中立国ノ領土ニ設置スルコト
 ロ 交戦者カ戦争前ニ全然軍事上ノ目的ヲ以テ中立国ノ領土ニ設置シタル此ノ種ノ設備ニシテ公衆通信ノ用ニ供セラレサルモノヲ利用スルコト

第四条
 交戦者ノ為中立国ノ領土ニ於テ戦闘部隊ヲ編成シ又ハ徴募事務所ヲ開設スルコトヲ得ス

第五条
 中立国ハ其ノ領土ニ於テ第二条乃至第四条ニ掲ケタル一切ノ行為ヲ寛容スヘカラサルモノトス
 中立国ハ其ノ領土ニ於テ行ハレタルモノニ非サレハ中立違反ノ行為ヲ処罰スルヲ要セサルモノトス

第六条
 中立国ハ交戦者ノ一方ノ勤務ニ服スル為個人カ箇箇ニ其ノ国境ヲ通過スルノ事実ニ付其ノ責ニ任セス

第七条
 中立国ハ交戦者ノ一方又ハ他方ノ為ニスル兵器、弾薬其ノ他軍隊又ハ艦隊ノ用ニ供シ得ヘキ一切ノ物件ノ輸出又ハ通過ヲ防止スルヲ要セサルモノトス

第八条
 中立国ハ其ノ所有ニ属スルト会社又ハ個人ノ所有ニ属スルトヲ問ハス交戦者ノ為ニ電信又ハ電話ノ線条並無線電信機ヲ使用スルコトヲ禁止シ又ハ制限スルヲ要セサルモノトス

第九条
 第七条及第八条ニ規定シタル事項ニ関シ中立国ノ定ムル一切ノ制限又ハ禁止ハ両交戦者ニ対シ一様ニ之ヲ適用スヘキモノトス
中立国ハ電信若ハ電話ノ線条又ハ無線電信機ノ所有者タル会社又ハ個人ヲシテ右ノ義務ヲ履行セシムル様監視スヘシ

第十条
 中立国カ其ノ中立ノ侵害ヲ防止スル事実ハ兵力ヲ用井ル場合ト雖之ヲ以テ敵対行為ト認ムルコトヲ得ス

   第二章 中立国内ニ於テ留置スル交戦者及救護スル傷者
第十一条
 交戦国ノ軍ニ属スル軍隊カ中立国領土ニ入リタルトキハ該中立国ハ成ルヘク戦地ヨリ隔離シテ之ヲ留置スヘシ
中立国ハ右軍隊ヲ陣営内ニ監置シ且城寨若ハ特ニ之カ為ニ設備シタル場所ニ幽閉スルコトヲ得
 許可ナクシテ中立領土ヲ去ラサルノ宣誓ヲ為サシメテ将校ニ自由ヲ与フルト否トハ中立国ニ於テ之ヲ決スヘシ

第十二条
 特別ノ条約ナキトキハ中立国ハ其ノ留置シタル人員ニ糧食、被服及人道ニ基ク救助ヲ供与スヘシ
 留置ノ為ニ生シタル費用ハ平和克復ニ至リ償却セラルヘシ

第十三条
 逃走シタル俘虜カ中立国ニ入リタルトキハ該中立国ハ之ヲ自由ニ任スヘシ若其ノ領土内ニ滞留スルコトヲ寛容スルトキハ之カ居所ヲ指定スルコトヲ得
 右規定ハ中立国ノ領土ニ避退スル軍隊ノ引率シタル俘虜ニ之ヲ適用ス

第十四条
 中立国ハ交戦国ノ軍ニ属スル傷者又ハ病者カ其ノ領土ヲ通過スルヲ許スコトヲ得但シ之ヲ輸送スル列車ニハ戦闘ノ人員及材料ヲ搭載スルコトヲ得サルモノトス此ノ場合ニ於テハ中立国ハ之カ為必要ナル保安及監督ノ処置ヲ執ルヘキモノトス
 交戦者ノ一方カ前記条件ノ下ニ中立領土内ニ引率シタル傷者又ハ病者ニシテ対手交戦者ニ属スヘキ者ハ再ヒ作戦動作ニ加ルコトヲ得サル様該中立国ニ於テ之ヲ監守スヘシ右中立国ハ自己ニ委ネラレタル他方軍隊ノ傷者又ハ病者ニ付同一ノ義務ヲ有スルモノトス

第十五条
 「ジェネヴァ」条約ハ中立領土ニ留置セラレタル病者及傷者ニ之ヲ適用ス

   第三章 中立人
第十六条
 戦争ニ与ラサル国ノ国民ハ中立人トス

第十七条
 左ノ場合ニ於テ中立人ハ其ノ中立ヲ主張スルコトヲ得ス
 イ 交戦者ニ対シ敵対行為ヲ為ストキ
 ロ 交戦者ノ利益ト為ルヘキ行為ヲ為ストキ殊ニ任意ニ交戦国ノ一方ノ軍ニ入リテ服務スルトキ
 右ノ場合ニ於テ交戦者ニ対シ中立ヲ守ラサリシ中立人ハ該交戦者ヨリ同一ノ行為ヲ為シタル他方交戦国ノ国民ニ比シ一層厳ナル取扱ヲ受クルコトナシ

第十八条
 左ニ掲グル事項ハ第十七条ロ号ニ所謂交戦者ノ一方ノ利益ト為ルヘキ行為ト認メス
 イ 交戦者ノ一方ニ供給ヲ為シ又ハ其ノ公債ニ応スルコト但シ供給者又ハ債主カ他方ノ交戦者ノ領土又ハ其ノ占領地ニ住居セス且供給品カ此等地方ヨリ来ラサルモノナルトキニ限ル
 ロ 警察又ハ民政ニ関スル勤務ニ服スルコト

   第四章 鉄道材料
第十九条
 中立国ノ領土ヨリ来リタル鉄道材料ニシテ該中立国又ハ私立会社若ハ個人ニ属シ及属スト認ムヘキモノハ必要已ムヲ得サル場合及程度ニ於テスルノ外交戦者ニ於テ之ヲ徴発使用スルコトヲ得ス右材料ハ成ルヘク速ニ本国ニ送還スヘシ
 中立国モ亦必要ナル場合ニ於テハ交戦国ノ領土ヨリ来リタル材料ヲ該交戦国カ徴発使用シタル程度以内ニ於テ留置使用スルコトヲ得
 右ニ関スル賠償ハ使用シタル材料及使用ノ期間ニ応シテ双方ニ於テ之ヲ為スヘシ

   第五章 附則
第二十条(以下省略)

 千九百七年十月十八日
http://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/hc5.htm

 

 

…というのが、「中立国」を拘束する国際法上の規定である。

 

 まず確認しておかなければならないのは、どのような国家がここでは「中立国」と見なされているのか?という問題ではないだろうか。全体を見渡しても、「中立国」である要件を積極的に定義する条項は見当たらないように見えるが、ここでは、次の条文に注目してみよう。

第十一条
 交戦国ノ軍ニ属スル軍隊カ中立国領土ニ入リタルトキハ該中立国ハ成ルヘク戦地ヨリ隔離シテ之ヲ留置スヘシ

 ここにも明言されているわけではないが、「中立国」が「交戦国」に対比される形で、つまり「非交戦国」としてまず規定されていることを、条文から読み取ることが出来るであろう。それに加えて、

第十六条
 戦争ニ与ラサル国ノ国民ハ中立人トス

…との条文がある。この文言からは、「中立国」すなわち「戦争ニ与ラサル国」であることが理解可能である。

 つまり、「陸戦ノ場合ニ於ケル中立国及中立人ノ権利義務ニ関スル条約」において、条約上の「中立国」とされているのは、「戦争ニ与ラサル国(非交戦国)」だということになる。

 

 

 今回のテーマから焦点となるのは、

第七条
 中立国ハ交戦者ノ一方又ハ他方ノ為ニスル兵器、弾薬其ノ他軍隊又ハ艦隊ノ用ニ供シ得ヘキ一切ノ物件ノ輸出又ハ通過ヲ防止スルヲ要セサルモノトス

第十八条
 左ニ掲グル事項ハ第十七条ロ号ニ所謂交戦者ノ一方ノ利益ト為ルヘキ行為ト認メス
 イ 交戦者ノ一方ニ供給ヲ為シ又ハ其ノ公債ニ応スルコト

…という条項であろう。

 つまり、「事変」ではなく「戦争状態」であったとしても、ある国家が「中立国」であること、つまり「戦争ニ与ラサル国(非交戦国)」であることにより、「交戦者ノ一方又ハ他方ノ為ニスル兵器、弾薬其ノ他軍隊又ハ艦隊ノ用ニ供シ得ヘキ一切ノ物件ノ輸出又ハ通過」あるいは「交戦者ノ一方ニ供給ヲ為シ又ハ其ノ公債ニ応スルコト」が禁じられることはないのである。

 

 ただし、

第九条
 第七条及第八条ニ規定シタル事項ニ関シ中立国ノ定ムル一切ノ制限又ハ禁止ハ両交戦者ニ対シ一様ニ之ヲ適用スヘキモノトス

…ことは求められる。つまり国内法による「制限又ハ禁止」については、「両交戦者ニ対シ一様ニ之ヲ適用」しなければならないのである。

 

 

 それが国際法上の現実なのであった。

 

 

 

 

 つまり、たとえ日支間の「事変」が「戦争」であったにしても、「中立国」であることと「交戦者ノ一方又ハ他方ノ為ニスル兵器、弾薬其ノ他軍隊又ハ艦隊ノ用ニ供シ得ヘキ一切ノ物件ノ輸出」は両立するのであって、国際法上の問題とはならないのである。実際の第二次世界大戦でのケースでは、

  中立国スイスによるドイツへの精密機械の輸出

  中立国スウェーデンによるドイツへのボールベアリングの輸出

…の事実があり、それに対し連合国(英米空軍)は、スイス国内、スウェーデン国内の工場を意図的に「誤爆」することで対処していた、なんてエピソードもあるようである(飯山幸伸 『中立国の戦い』 光人社NF文庫 2005)。

 

 結局のところ、「中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題」という認識にこそ「問題」があるのであり、事実として「中立を守り蒋を支援し続けること」が国際法上の問題となることはない、ということなのだ。

 

 

                    (次回に続く)

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/07/31 22:29 → http://www.freeml.com/bl/316274/143973/

 

 

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