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2010年8月11日 (水)

「事変」と「中立」

 

 

支那事変(日中戦争)前、というか中華民国建国・成立以前より、日本は中国大陸に軍の駐留権、その他権益を保有していたこと、中央政権を自称する勢力が多数存在し、対日本以前から血みどろの内戦を繰り広げていたこと、日本は在支日本人・権益・日本軍が度重なるテロ行為により脅かされた為に軍事力を行使したこと、その他支那側のあらゆる違法行為に触れていません。
これは明らかに第二次世界大戦戦勝国側、連合国側の主張だと思いますね。
盧溝橋事件、度重なる停戦交渉、停戦協定、そして通州虐殺・・・それでも日本は停戦交渉を重ね、軍人が惨殺され、
その上での第二次上海事変ですよ?
通州も上海も日本軍の軍事力が無く、確実に民間の日本人が殺害できるシチュエーションを狙ってきている。
現在においても、このような仕打ちを受けながら容認する国があるでしょうか?
軍事力を行使しない国があるでしょうか?
敵対勢力を制圧せよ!と世論が爆発することが異常な事でしょうか?
たしかに支那事変は日本の国際的立場を危うくさせました。
しかし、その後の歴史が経緯を踏まえず断片的に断罪する事はいかがなものか。
中国を近代化させたのもまた日本です。
事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。
そもそも侵略者は軍事力によって日本を脅かし、先制攻撃をした支那側であり、日本は被害者なのです。
(詳細は、「南京事件否定論への視点 2 便衣兵の姿」 → http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-3e58.html コメント欄参照)

 

 

…という主張に対比する形で、支那事変前後の陸軍参謀本部の分析・提言を読み進めて来た(前回までの話)。

 

 

 あらためて言うまでもないこととは思うが、

  帝国が其欧米依存主義の是正を要求しつつ我れ自ら彼を欧米依存に追い込む奇現象を将来する結果となり誠に自省分別の足らざるものと謂ふべし

  欧米の恐るるところは日本の所謂対支仁愛政策にして彼らの最も希望する所は民族相鬩ぐ日本の感情的圧迫政策なり

  我対支政策は日本的独我心を排除し日本的利益のみに終始する小乗的諸工作を一掃すべきなり

  之を新支那建設運動に転化せしむる一大動因は実に帝国が従来の帝国主義的侵寇活動を放棄し…

  此見地よりすれば必然新建設運動竝統一運動には援助の労を吝むべからざるは勿論侵略的独占的優位的態度の是正を要望せざるを得ざるなり

…という認識を示していたのは陸軍参謀本部なのであって、明らかに第二次世界大戦戦勝国側、連合国側の主張などではない。それも、「第二次世界大戦」以前の段階での、陸軍参謀本部第二課の「主張」なのであった。

 

 

 

 

 さて、今回は、

  事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。

…というお説の当否について考えてみたい。

 これは正確な表現とは言えないだろう、と思う。

 私に言わせれば、

  「実質国家間の戦争行為」を「事変」と言ったのが日本だったことは明らかで(蒋介石の側も「戦争」として取扱うことはしなかったにせよ)、列強の蒋への支援を中立違反と考える行為にも論理的な問題があるのではないか?

…ということになる。

 

 

 

 事変であることの意味はといえば、戦争ではないということだ。

 この問題に関して、当時の大日本帝國が拘束されていたのは、まず、

 

 

戦争ノ抛棄ニ関スル条約

 …人類ノ福祉ヲ増進スベキ其ノ厳粛ナル責務ヲ深ク感銘シ
 其ノ人民間ニ現存スル平和及友好ノ関係ヲ永久ナラシメンガ為国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ率直ニ抛棄スベキ時期ノ到来セルコトヲ確信シ
 其ノ相互関係ニ於ケル一切ノ変更ハ平和的手段ニ依リテノミ之ヲ求ムベク又平和的ニシテ秩序アル手続ノ結果タルベキコト及今後戦争ニ訴ヘテ国家ノ利益ヲ増進セントスル署名国ハ本条約ノ供与スル利益ヲ拒否セラルベキモノナルコトヲ確信シ
 其ノ範例ニ促サレ世界ノ他ノ一切ノ国ガ此ノ人道的努力ニ参加シ且本条約ノ実施後速ニ加入スルコトニ依リテ其ノ人民ヲシテ本条約ノ規定スル恩沢ニ浴セシメ、以テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ノ共同抛棄ニ世界ノ文明諸国ヲ結合センコトヲ希望シ
 茲ニ条約ヲ締結スルコトニ決シ…

第一条
 締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル

第二条
 締約国ハ相互間ニ起コルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ処理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

第三条
 (略)

 千九百二十八年八月二十七日
http://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/paris_convention_1929.htm

 

 

…であったと(国際法的観点からは)言えるだろう。いわゆる「不戦条約」である。

 第一次世界大戦の、当初の予想をはるかに超えた惨禍は、各国をして戦争自体の回避の試みへと向かわせたのであった。「国際連盟」の設立もまた、同じ経験から生まれたものである。そこでは、集団安全保障による戦争の回避が目指されていたわけだ。その調印国に、我が大日本帝國も名を連ねていたのである。

 つまり、「事変」であってそれは「戦争行為」ではないから「戦争ノ抛棄ニ関スル条約」違反は犯していない、ということなのだ。

 

 さて、「事変」であって「戦争」ではないと言い得る理由がどこに求められていたかというと、

 

 
開戦ニ関スル条約

…平和関係ノ安固ヲ期スル為戦争ハ予告ナクシテ之ヲ開始セサルヲ必要トスルコト及戦争状態ハ遅滞ナク之ヲ中立国ニ通告スルヲ必要トスルコトヲ考慮シ之カ為条約ヲ締結セムコトヲ希望シ…
…因テ各全権委員ハ其ノ良好妥当ナリト認メラレタル委任状ヲ寄託シタル後左ノ条項ヲ協定セリ

第一条
 締約国ハ理由ヲ附シタル開戦宣言ノ形式又ハ条件附開戦宣言ヲ含ム最後通牒ノ形式ヲ有スル明瞭且事前ノ通告ナクシテ其ノ相互間ニ戦争ヲ開始スヘカラサルコトヲ承認ス

第二条
 戦争状態ハ遅滞ナク中立国ニ通告スヘク通告受領ノ後ニ非サレハ該国ニ対シ其ノ効果ヲ生セサルモノトス該通告ハ電報ヲ以テ之ヲ為スコトヲ得但シ中立国カ実際戦争状態ヲ知リタルコト確実ナルトキハ該中立国ハ通告ノ欠缺ヲ主張スルコトヲ得ス

第三条 
本条約第一条ハ締約国中ノ二国又ハ数国間ノ戦争ノ場合ニ効力ヲ有スルモノトス
第二条ハ締約国タル一交戦国ト均シク締約国タル諸中立国間ノ関係ニ付拘束力ヲ有ス

第四条以下 (略)

 千九百七年十月十八日
http://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/hc3.htm

 

 

…ではなかったかと思われる。
(日露戦争が、日本による宣戦布告なしの奇襲攻撃で開始されたことが条約化の背景にあった、との話もあるらしいが、事実関係については未確認である)

 

 「支那事変」においては、

  開戦宣言ノ形式又ハ条件附開戦宣言ヲ含ム最後通牒ノ形式ヲ有スル明瞭且事前ノ通告

…は存在しないし、

  戦争状態ハ遅滞ナク中立国ニ通告スヘク通告受領ノ後ニ非サレハ該国ニ対シ其ノ効果ヲ生セサルモノトス

…と規定されている「通告」も存在しない。

 それ故に、日支間に「戦争状態」は存在しないという理屈なのであったはずだ。

 

 

 

 論理から言って、「事変であって戦争ではない」以上、

  中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です

…という形で、「列強の行為」を「問題」にすることは出来ないのではないだろうか?

 特定の国家間が「戦争状態」にあることを前提とするからこそ、「戦争状態」にある国家に対し「中立」であることが宣言され得るわけなのであって、「戦争状態」にない国家に対しての「中立」を問題にすることは出来ないように思える。

 

…というわけで、

  事変と言っても実質国家間の戦争行為だった事は明らかで、中立を守らず蒋を支援し続けた列強の行為も問題です。

…というお説の当否に関しては、論拠が弱すぎるぞ、という感想を申し述べるしかないだろう。

 

 

                    (次回に続く)

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/07/30 22:38 → http://www.freeml.com/bl/316274/143891/

 

 

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