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2010年7月11日 (日)

続々々・桃太郎の蘭印(インドネシア民族独立の幻)

 

 「占領諸地域ノ帰属及統治機構」についての議論がされたのは、やっと、開戦翌年の昭和17年3月14日の第九十五回大本営政府連絡会議になってのことであった。

 

 対米英戦争となった大東亜戦争の緒戦の勝利で、大日本帝国はかつての米英蘭各国の植民地であった地域を占領することになる。その占領諸地域に対し、どのような処遇をもって大日本帝國は臨もうとしてたのか?

 その問題に答えるために、『杉山メモ』に残された、大日本帝國の国策決定者達の議論を読み続けてきたわけである。大本営と政府のトップクラスによる会議で語られた、彼らのホンネの言葉に注目することで、大日本帝國にとっての大東亜戦争の現実的意義が明らかになりつつあるわけだ。

 

 

 前回は、当日の「議事」記録から、

 

 一、原案ニ就キ山本東亜局長ヨリ説明(別冊ヲ除ク)アリ
 二、本問題ニ関スル大東亜建設審議委員会ノ空気ニ就キ鈴木企画院総裁及武藤軍務局長ヨリ左ノ如キ紹介アリ
  (A)一般的空気ト認ムベキモノ
  (B)個人的意見ト認ムベキモノ

 

…の各項目の内容を全文引用してみた(『杉山メモ 下』による)。

 

 「註 以上極秘扱トスルコト」とあるだけあって、「本問題ニ関スル大東亜建設審議委員会」における「(A)一般的空気ト認ムベキモノ」として、たとえば、

  (1)占領地の帰属其ノ他ノ決定ハ国防上ノ要求ニ最モ重キヲ置キテ決定スルヲ要ス

  (6)今回掌握下ニ入リタル各民族ハ大体ニ於テ独立ノ経験無キヲ以テ独立セシムル必要ハ絶対的ナラズ

…などという、「植民地解放」とは逆方向を目指すかのような見解が表明されていたのであった。少なくとも、「植民地解放」という戦争目的の存在には疑問符を付けざるを得ない内容であろう。

 

 

 で、今回は前回の続き(つまり「占領諸地域ノ帰属及統治機構」についての議論の続き)を読むことにする。

 

三、山本東亜局長ノ原案説明ニ関シ未ダ「別冊」統治機構問題ノ説明ニ入ラザル内ニ左ノ如キ議論沸騰ス
   註 外務省ガ説明用トシテ準備セル帰属別地図ニ帝国領土ハ赤、独立予定地ハ黄ヲ以テ色別ヲ施シアリ、「ジャバ」ノミノ独立ガ強ク関心ヲ惹キタルモノノ如シ
 山本局長 本案ハ冒頭記述セラレアル如ク情勢ノ推移ニ依リ変更スルコトアルベク最後的決定ハ作戦ノ結果又ハ其ノ推移ヲ見ザレバ不可能ナリ、従テ本案ハ腹案トシテ置キ度 但シ国防上絶対必要ナル地域ハ之ヲ固ク把握スルノ要アルコト勿論ナリ
 大蔵大臣 此等ノ決定ハ単ニ軍事上ノミナラズ政治上及経済上ヨリモ十分検討ヲ加フベキモノナリ(鈴木企画院総裁強ク之ヲ同意ス)
  「ジャバ」本土ノミヲ独立セシメタル理由如何
 山本局長 軍事上ノ必要アリ「スマトラ」ハ取ラネバナラズ「ボルネオ」モ然リトシテ切リ詰メテ来ルト結局「ジャバ」本土ノミ残ルコトトナリタル次第ニシテ大シタ理由ナシ
 大蔵大臣 独立サセテ置イテ種々制限ヲ加ヘル位ナラ始メヨリ独立セシメザル方遥カニ有利ナリ、全部ヲ帝国ノ領土トシ必要ニ応ジテ高度ノ自治ヲ与フレバ可ナルニ非ズヤ
 書記官長 何モ左程遠慮スルノ要ナシ、敵国領有シアリシモノナルヲ以テ其ノ儘之ヲ取ツテモ一向差支無シ、和蘭ノ如キ無籍国ニ非ズ
 大蔵大臣 独立ハ時間的ニモ之ヲ明瞭ニスルノ要アリ、比島ノ如キハ間モ無ク独立セシメテ可ナルヤモ知レザルモ「ジャバ」ノ如キハ「ズーッ」ト永ク軍政ヲ行フヲ要スベシ、従テ主権ハ先ヅ日本ニ取リ適当ノ時機ニ独立ヲ与フレバ可ナリ
  独立サセルト言フモ実際ハ独立出来ザルヤモ知レズ
 企画院総裁 軍政ハ「ズーッ」ト永ク施行セザルベカラズ、過早ニ蘭印ニ独立ヲ約シタリナドシテ増長我儘サセテハナラヌ(大蔵大臣強ク同意)
  独立セシムト言フモ実質的独立ニハ非ズシテ相当ノ干渉ヲ受クル独立ナラズヤ、何レニセヨ今ヲ独立ト決定スルハ過早ナリ
 山本局長 高度ノ自治ヨリ独立ニ進ムト言フコトモ考慮シ得ベキモ何レ独立セシムルモノナラバ今ノ内ニ決定シテ置クヲ可トス
 以上ニテ大体ノ空気ハ「ジャバ」ノミ何故独立セシムルヤ、実質的ニ掌握シテ独立セシメテハ却テ文句ガ起ルベシトノ意見強ク会議ヲ支配ス
 総理 統帥関係事項ナルモ海軍ハ根拠地設定ノ為何レ位ノ地域ヲ確実ニ把握スルヲ必要ト認メラレアリヤ
 軍令部次長 先ヅ以テ日本海ヲ中心トシ其ノ周辺ハ国防ノ中心タラザルベカラズ
  次テ小笠原諸島ヨリ南洋委任統治領ヲ経テ「ビスマルク」諸島ニ亘ル線及昭南港並ニ「スラバヤ」ヲ中心トスル海域ヲ確保スルヲ要シ「ニューギニア」東部「サラモア」附近ヲ確保スレバ豪州ヲ制圧シ得ベシ
  対英国防ノ為ニハ「ジャバ」「スマトラ」ヲ以テ第一線トシ之ニ「アンダマン」ヲ加ヘテ確保スルヲ要スルモ「ジャバ」「スマトラ」西南岸ニハ良好ナル基地ナシ、結局昭南港「スラバヤ」及「サラモア」ヲ確保スルノ外ナシ
  対英作戦ノ為ニハ南支那海ト「ジャバ」海トヲ確保スレバ先ヅ大丈夫ナリ
  東方ニ対シテハ小笠原諸島ト「ニューギニア」間ニ若干ノ心配アリ
  此等ノ見地ヨリ南方占領地域ハ全部帝国領土トスルコト可能ナラバ申分無キモ局地ニヨリテハ政治的民族的各種ノ事情アリ、其此ニ研究ヲ要スル問題アリ
 総理 然ラバ「ジャバ」モ皆我ガ手ニ収メザルベカラズ何故「ジャバ」ノミヲ残シタルヤ
 武藤局長 ドウモ全部取ラネバナラヌト思フモ何ト無ク蘭印ハ独立セシメザルベカラズ、然ルニ「スマトラ」ハ取ラネバナラヌ、「ボルネオ」ハ取ラネバナラヌト漸次逐ヒ詰メテ行ケバ結局「ジャバ」ノミ残ラザルヲ得ズ、斯ル経緯ニテ「ジャバ」ノミ独立セシムルコトトナレル次第ナリ
 斯クテ依然「ジャバ」ノ独立ハ今ヨリ決定シテカカルノ要ナシトノ空気トナリ最後ニハ海軍大臣ヨリ「ジャバ」ヲ独立セシメテ如何ナル利益アリヤヲ研究セルモノナリヤ』トノ詰問的意見モアリ
 「其処迄行カンデモヨカロウ」トノ仲裁モアリ
四、結局本件ハ更ニ研究ヲ要ストシテ未決ノ儘別冊ノ検討ニモ入ラズ散会トナル

 

…というのが全文であるが、ここでは特に蘭印の取り扱いが議論の焦点となっている観がある。

 

 蘭印(インドネシア)の民族独立実現への積極的主張は、まったく、存在しないのであった。

 むしろ、蘭印(インドネシア)における民族独立否定への積極的主張が、第九十五回大本営政府連絡会議の議論を主導していたのである。

 

 

 

 そして、昭和18年5月31日御前会議決定の「大東亜政略指導大綱」に至り、

  (イ)「マライ」、「スマトラ」、「ジャワ」、「ボルネオ」、「セレベス」ハ帝国領土ト決定シ重要資源ノ供給源トシテ極力之ガ開発並ニ民心ノ把握ニ努ム

…との文言と共に、蘭印は「帝国領土ト決定」され、つまり国家意思として、大日本帝國のインドネシア民族独立への否定的姿勢は明確化されたのであった(『杉山メモ 下』)。それは、民族独立を希求して来た蘭印(インドネシア)の民族主義者の視点からすれば、植民地状態の継続を意味する事態なのである。実際、そのインドネシアの民族主義者であるイワ・クスマ・スマントリは、自伝の中で、

  オランダは去ったが、日本が支配していた。虎の口からは逃げたが、鰐の口の中にはいっていた。これがインドネシア民族の置かれていた状況である。

…と、彼らにとっての日本軍による占領の意味を語っていたのであった。

 

 占領地としての蘭印に関する限り、御前会議決定(つまり国策決定の最高段階)の中に、大東亜戦争の戦争目的としての「植民地解放」への関心・配慮を発見することは出来ない、ということなのだ。

 国策文書の中に発見することは出来ないし、蘭印(インドネシア)の地においても、(当然のことながら)「植民地解放」という現実を発見することは出来ないのである。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/07/10 21:40 → http://www.freeml.com/bl/316274/142394/

 

 

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