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2010年7月10日 (土)

続々・桃太郎の蘭印(インドネシア民族独立の幻)

 

 

 対米英戦争としての大東亜戦争開戦に際し、占領地の処遇に関して、大日本帝國がどのような展望の下に戦争に臨もうとしていたのか?
 特に、蘭印(インドネシア)の民族独立に、大日本帝國はどのような形で貢献しようとしていたのか?

 

 その二つの問いに対し、大本営政府連絡会議及び御前会議の決定という、大日本帝國の国策策定の最高レベルでの決定事項を参照することで、答えを見出そうとして来たわけだ。

 

 

 

 開戦前の大本営政府連絡会議での、来たる戦争において帝國が獲得するであろう占領地に関する議論としては、昭和16年11月20日第七十回大本営政府連絡会議開催時に決定された、「南方占領地行政実施要領」中の、

 

  第一 方針
占領地ニ対シテハ差シ当リ軍政ヲ実施シ治安ノ恢復、重要国防資源ノ急速獲得及作戦軍ノ自活確保ニ資ス
占領地領域ノ最終的帰属並ニ将来ニ対スル処理ニ関シテハ別ニ之ヲ定ムルモノトス
   第二 要領
八 原住土民ニ対シテハ皇軍ニ対スル信倚観念ヲ助長セシムル如ク指導シ其ノ独立運動ハ過早ニ誘発セシムルコトヲ避クルモノトス

 

…という条項に注目しておくべきであろう(文言は『杉山メモ』)。

 ここに示された、

  占領地領域ノ最終的帰属並ニ将来ニ対スル処理ニ関シテハ別ニ之ヲ定ムルモノトス

  原住土民ニ対シテハ…其ノ独立運動ハ過早ニ誘発セシムルコトヲ避クルモノトス

…という文言からは、米英蘭の植民地下にあったアジア民族の独立支援への積極的姿勢の存在を見出すことは出来ない。見出すことが出来るのは、単なる消極的姿勢ではなく、むしろ「其ノ独立運動ハ過早ニ誘発セシムルコトヲ避クルモノトス」という民族独立抑制への積極的姿勢なのである。

 前回にも指摘したように、「占領地領域ノ最終的帰属並ニ将来ニ対スル処理ニ関シテハ別ニ之ヲ定ムルモノトス」としながらも、開戦前の連絡会議のその後の議論では「占領地領域ノ最終的帰属並ニ将来ニ対スル処理ニ関シテ」の決定がされることはなかった。つまり、「占領地領域ノ最終的帰属並ニ将来ニ対スル処理ニ関シテ」の確たる展望を欠いたままに、大日本帝國は対米英戦に突入してしまったのである。

 

 

 開戦翌年の昭和17年3月14日の第九十五回大本営政府連絡会議に至り、やっと「占領諸地域ノ帰属及統治機構」についての議論がされる。

 しかし、記録に残された議論の内容は、たとえば、

 

   議題
一、研究問題第七「占領地域ノ帰属及統治機構」(未完)
   議事
一、原案ニ就キ山本東亜局長ヨリ説明(別冊ヲ除ク)アリ
  其ノ際左ノ如キ補足的説明アリ
 (イ)各地域人口説明中「ジャバ」、「スマトラ」等ニハ相当ノ支那人アル点注意ヲ惹ケリ
 (ロ)「ジャバ」ノ人口密度ハ世界中ニテモ有数ノ部ニ属シ此ノ狭小ナル地域ニ人口四千万ヲ擁ス、而モ種族ノ数十数種ニ達ス
   (蘭印ニハ土候ノ数二八〇ヲ超ユ)
 (ハ)其ノ他ノ地域ニハ相当ノ未開ノ種族アリ、「ミンダナオ」島ノ「モロ」族、「サラワク」ノ「ダイヤル」族等ノ外「スマトラ」ニモ未開ノ種族アリ、「チモール」ニハ最モ未開ノ土族アリ
 (ニ)比島ノ統治ニ関スル米人ノ地位ハ高キモ実際政治機関ニ入レル米人ノ数ハ極メテ少数ニシテ百七、八十名ニ過ギザリシモノノ如シ
二、本問題ニ関スル大東亜建設審議委員会ノ空気ニ就キ鈴木企画院総裁及武藤軍務局長ヨリ左ノ如キ紹介アリ
 (A)一般的空気ト認ムベキモノ
  (1)占領地の帰属其ノ他ノ決定ハ国防上ノ要求ニ最モ重キヲ置キテ決定スルヲ要ス
  (2)占領地処理ハ躊躇又ハ遠慮ヲ要セズ、明快率直徹底的ニ断行スベシ
  (3)政治的、民族的、経済的ニ複雑ナル地方ニ対シ直接繁累ニ携ハルハ不利ナリ、成ルベク従来ノ機構ヲ活用スルヲ可トス
  (4)右ニ反シ人口稀薄ニシテ未開ノ処女地ハ帝国ニ於テ強力ニ把握スベシ
    但シ戦争遂行中ノ現情ニ於テハ統治ノ容易ニシテ而モ開発ニ手数ヲ要セザル地域ヲ把握スルヲ要ス
  (5)占領地域ニ関シテハ豪州又ハ「ニュージーランド」ヲ包含セヨトカ西ハ「インダス」河迄、東ハ「パナマ」迄占領セヨトカノ説アリ
  (6)今回掌握下ニ入リタル各民族ハ大体ニ於テ独立ノ経験無キヲ以テ独立セシムル必要ハ絶対的ナラズ
  (7)蘭印ハ従来一組織内ニ在リシヲ以テ今後モ一組織トシテ取扱フヲ可トス、然ラザレバ帝国ノ手ニ依リ凡テノ組織ヲ改編スルノ必要ヲ生ズベク満洲等ノ経験ニ依ルモ此レハ一考ヲ要ス
  (8)統帥事項ニ触ルルコトトナルモ飛ビ石ニ利用セラルル諸島嶼ハ必ズ我ガ手ニ収ムルヲ要ス
 (B)個人的意見ト認ムベキモノ
  (1)占領地ノ帰属其ノ他ノ決定ニハ先ズ以テ八紘一宇ノ理念ヲ基礎トシ細部ニ入ルノ要アリ、方針ヲ忘レテ直接具体的問題ニ入ルハ不可ナリ
  (2)占領地処理ハ戦争遂行ニ有利ナラシムルヲ以テ第一義トスベシ、四、五十年ノ将来必ズ大戦争ヲ惹起スベシ
  (3)占領地域ニ対シテハ軍事ト外交トノミヲ十分把握シ其ノ他ハ細部ニ干渉スベカラズ
  (4)大東亜建設ハ日満支ヲ中心トシテ実施スベシ南方ノ如キ遠距離ノ地域ニ重点ヲ持テ行クハ不可ナリ、南方ノミニ夢中ニナルベカラズ、帝国ト南方トノ距離ハ英米間ノ距離ヨリモ大ナリ(某海軍将官)
  (5)徒ラニ領土ヲ拡張スルノミガ能ニアラズ、占領地域ノ各民族ガ喜ンデ働ク様ニ指導スルノ要アリ、然ラザレバ将来戦ニ於テ却テ指導下民族ノ反噬ヲ受クルニ至ルベシ
  (6)マゴマゴスルト独逸人支那人等ニ良イ所ヲ全部取ラルル虞アリ、今ヨリ之ヲ警戒シテ所要ノ方策ヲ講ズルノ要アリ
  (7)占領地域ヲ余ニ細分スルハ統治ノ複雑ナラシムルヲ以テ少数の区画ニ区分スルヲ要ス
  註 以上極秘扱トスルコト

 

…のようなものであった(明治百年史叢書 『杉山メモ 下』 原書房 1967、による。まだ記録は続くが、後半部分の引用紹介は次回とする)。

 これが、本題としての山本局長による「原案」説明に至る前の「補足的説明」と、企画院総裁と軍務局長による「大東亜建設審議委員会」の議論内容の紹介部分の全文なのである。

 

 「大東亜建設審議委員会ノ空気」にも、(新たに帝國の占領地となった)かつての米英蘭の植民地下にあったアジア民族の独立支援への積極的姿勢の存在を見出すことは出来ない。そこでも、

  (1)占領地の帰属其ノ他ノ決定ハ国防上ノ要求ニ最モ重キヲ置キテ決定スルヲ要ス

  (6)今回掌握下ニ入リタル各民族ハ大体ニ於テ独立ノ経験無キヲ以テ独立セシムル必要ハ絶対的ナラズ

…といった見解が、「一般的空気ト認ムベキモノ」として語られているのである。

 全体を読んでも、国策上の統一された意思の存在を見出すことすら難しいのが「本問題ニ関スル大東亜建設審議委員会」での議論の実態であったような印象しか残らない(国策レベルでの公式委員会の議論というよりは、赤提灯が似合いそうな内容にさえ感じられる)。

 

 

 

 大東亜戦争における緒戦の勝利と、蘭印(インドネシア)の民族独立とのつながりは、大変に頼りなく心細いものなのであった(見出すには拡大鏡が必要…いや必要なのは特殊な色眼鏡であろうか?)。

 

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/07/08 22:28 → http://www.freeml.com/bl/316274/142265/

 

 

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