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2010年6月20日 (日)

「植民地化=Colonization」と「併合=Annexation」

 

 「対満政策私論(昭和二年十一月二十九日)」(在奉天日本総領事館)という文書が、みすず書房の『現代史資料 7 満洲事変』に収録されている。

 

 文中に、

     第二、移民問題より見たる満洲
一、現在日本の人口問題
 対満植民の要を述ぶるに先ち帝国現在の人口問題を一覧せんに大正十四年十月国勢調査に依る我国人口数は内地五千九百七十万、植民地即ち朝鮮千九百万、台湾四百万、樺太二十万、計八千三百五十万なる処其将来の発展率に付ては専門的攻究を要すべきも過去の増加率に依る推定方法に依るに左の如し(一調査に依る)

…という記述があるのが興味を惹いた。

 
 
 

  植民地即ち朝鮮千九百万、台湾四百万、樺太二十万、計八千三百五十万なる処…

…というフレーズを読んで(「植民地即ち朝鮮」というフレーズの話である)、不信感を抱く方は多くはないと思われるが、世の中には怪説も出回っているのである。

 
 

【本当に半島を植民地化したのか?】

韓国の教育による歴史改竄手法の一つに「不適切な用語の適用」がある。
1910年の日韓併合を(当時は朝鮮併合)「植民地化」と表記する。
英語表記をすれば、植民地化=Colonizationであり、併合=Annexationである。
この二つの歴史用語の意味する統治概念や対応する史実は全く異なる。
・「併合」
自国化が目的。
獲得地域に本土と同じ生活環境を整備し、住民を本土国民と同じ権利義務を持つ人として扱う。
その統治の基本方針は同化。
・「植民地化」
経済的収奪が目的
その為の開発だけが行なわれ、植民地住人は労働力として位置づけられる。
その統治の基本方針は本国の収益の最大化。
日本による数々の朝鮮半島併合後に行った近代化事業を見れば、日韓併合の実態は、将に自国化(Annexation)である。
実態と違う「植民地化」表記は日本的な誠実さや穏健性を隠蔽、日本が朝鮮半島を奴隷的に支配したかの様な負のイメージを目的としている。

 

 

…なぁんて話がマコトシヤカに語られているのである。

 読んでしまった以上、そしてそのインチキを理解してしまった以上、「現代史のトラウマ」サイドとしては見過ごすわけにもいかない。

 
 
 

 そんなヨタ話を読んで最初に考えたことをまず記しておく。

 

 まず何よりも、大日本帝國における国家官吏養成システムとしての当時の各帝国大学において、「植民政策学(”colonial studies” だ!)」の講座が開設されていたという歴史的事実の意味するところをよく味わっておくべきだということ。

 帝国大学における「植民政策学」講座の開設は、大日本帝國にとっての植民地経営という課題に対する官学側の対応として理解しておく必要がある。「植民政策学」の研究対象となったのは、先行帝国主義諸国の植民地経営の技術・実態であったと同時に、台湾、朝鮮、満洲等の調査研究であったという事実をどのように考えるのか?

 帝国大学という、大日本帝國の国策と不可分の教育研究システムにおいて、台湾、朝鮮、満洲等が「植民政策学」の研究対象であったことは、端的に言えば、それらの地域を、大日本帝國自身が、自らの植民地として「イメージ」していたことの証として理解しておくことが妥当に思える(それ以外に考えようがあるだろうか?)。

 

 引用・紹介した文章にある、

実態と違う「植民地化」表記は日本的な誠実さや穏健性を隠蔽、日本が朝鮮半島を奴隷的に支配したかの様な負のイメージを目的としている。

…という主張は、朝鮮半島をも「植民政策学(colonial studies)」の研究対象としていた、大日本帝國の負の現実(イメージではなく)を隠蔽する機能を果たすものであり、「誠実さ」からは遠いものと言わざるを得ない。

 

 日本の朝鮮半島支配が、「自国化(Annexation)」という用語をもって語られるべきという主張は、領有・統治方式の比較分析という観点からは意味あることかも知れないが、しかしその前に、大日本帝國が朝鮮半島に注いだ視線が、あくまでも、「植民政策学(colonial studies)」によるものであったという事実の意味を把握しておくべきであろう。

 「植民政策学(colonial studies)」の観点からは、「併合=Annexation」は、「植民地化=Colonization」の一形態として理解されるものであった、というだけのお話に思える。わかりやすく言えば、大阪人が日本国民に含まれるように、「併合」は「植民地化」に含まれる概念なのである。つまり、

  この二つの歴史用語の意味する統治概念や対応する史実は全く異なる。

…ということにはならないのだ。つまり、

  大日本帝國が「併合」という型式で韓国(朝鮮)を「植民地化」した

…と「史実」を記述するのが、「この二つの歴史用語の意味」の正しい理解の仕方なのである。

 
 ちなみに、『ウィキペディア』の「植民政策学」の項には、

 植民地統治を行う立場から、その下での諸政策を研究する学問

…と、きっぱり・あっさりと書いてあったりするのであった。もっとも、 ”colonial studies” を直訳すれば「植民地研究」になってしまうというミモフタモナイお話ではあるわけで、その ”colonial studies” の講座の中で、朝鮮や台湾が研究対象となっていたという、実に何ともミモフタモナイ話であったわけだ。
(その後、ふと思いついて『政治学辞典』の「植民政策」の項目に目を通してみたのだが、その結果は……この記事末尾の「追記」でお楽しみ下さい)

 
 
 
 

…なんてことを考えながら、ヨタ話でありながらも、そのマコトシヤカさの演出ぶりに感心させられてもいたのであった。

 
 
 
 

 まぁ、「植民政策学」の存在という視点(あるいは論点)には、ヨタ話へのストレートパンチとは言い難いところがあることも確かだ(註1)。

 

 しかし、今度は、在奉天日本総領事館員(つまり大日本帝國政府外務省に所属する公人である)が自ら、

  植民地即ち朝鮮千九百万、台湾四百万、樺太二十万、計八千三百五十万なる処…

…と、当たり前のこととして書いている文書に行き当たったというわけだ。

 

 「対満政策私論」の「私論」という文言にこだわり、

  「植民地即ち朝鮮…」という認識も、その館員の個人的なものに過ぎないのでは?

…なんていう反論をするおバカさんの出現も想像がつくが、それでは読解力の貧困を自ら語ることになるだけの話だ。

 「対満政策私論」中の問題の文章は、

  対満植民の要を述ぶるに先ち帝国現在の人口問題を一覧せんに…

…という言葉で始められている。つまり、この「私論」は、本論として「対満植民の要を述ぶる」ことが目指されるという構成の下に書かれているということだ。文書の筆者の「私論」としての主張部分は、つまり私的な認識として読まなければならないのは、その「対満植民の要を述」べた本論部分なのであって、「帝国現在の人口問題を一覧せんに」という言葉と共に示されている認識は「本論」展開の前提に過ぎず、当時の外交官としての共通認識が表現されているものとして理解すべきなのである。

 

 この場合、「植民地即ち朝鮮…」という認識を、単なる大日本帝國の公務員としての常識を示した(洩らした?)ものとして理解・解釈することが、基本中の基本とでも言うべき文章読解上の技術なのである。つまり、文脈の中で個々の表現は理解されなければならない、ということだ。

 
 
 
 
 

 つまるところ、

韓国の教育による歴史改竄手法の一つに「不適切な用語の適用」がある。
1910年の日韓併合を(当時は朝鮮併合)「植民地化」と表記する。

…という主張(ヨタ話)の前に、在奉天日本総領事館員の手による、

  内地五千九百七十万、植民地即ち朝鮮千九百万、台湾四百万、樺太二十万、計八千三百五十万…

…という記述、「韓国の教育」の影響下にありようのない記述が立ち塞がるというわけだ。

 

 

 いずれにしても、

実態と違う「植民地化」表記は日本的な誠実さや穏健性を隠蔽、日本が朝鮮半島を奴隷的に支配したかの様な負のイメージを目的としている。

…という主張が、当時の大日本帝國当局者自身の認識の「実態」を反映していないことは明らかだろう。「植民地即ち朝鮮…」という、大日本帝國の国策遂行者にとっての常識的認識のあり方の「隠蔽」を「目的」とした主張と考えておくことが妥当に思える。

 しかし、「日本的な誠実さ」とはどのようなものなのだろうか?

 大日本帝國によるかつての植民地支配を事実として認めることこそ、「誠実さ」の発露だと思われるのだが、「日本的な誠実さ」とは、そのような態度とは別のものなのだろうか?

 

 

 

 

[追記]

 せっかくの記事なので、思いついた勢いで『政治学辞典』に目を通してみた。その結果は…

 

【植民政策】 〔英〕 colonial policy 〔独〕 Kolonial-politik 〔仏〕 politique coloniale 

 植民地経営のための政策全般をいう。大別して三つの基本的な型に分類することができる。

  1) 資本の原始蓄積に対応するもので、植民地の生産力培養を顧慮しない略奪、搾取経営方式(スペイン対インカ植民地)。

  2) イギリス型あるいはダイアキー型。
     a 本国からの植民者(プランター)で構成されるばあいで、本国同様の政治的権利と政治的組織をみとめる。これはアメリカ、オーストラリアでみられたもので原住民を土地から追放しそこに’白人’の処女地、新大陸として’白人’の新しい資本主義社会を建設するもの(イギリスの自治植民地)。
     b 植民地の社会組織、慣習を基礎としてその上に直接ないし間接に統治するもの(イギリスの対インド、オランダの対インドネシア植民政策がその適例)。

  3) フランスないし日本型あるいは同化政策型。日本の台湾、朝鮮における’皇民化運動’に典型的にみられ、強大な軍事力を背景とする急激な干渉を意味し、当然政治的反抗を惹起する。

 (以下の記述は省略)

     『政治学辞典』 平凡社 昭和29年初版(昭和42年初版第16刷による)

 

…というものであった。これが、

・「併合」
自国化が目的。
獲得地域に本土と同じ生活環境を整備し、住民を本土国民と同じ権利義務を持つ人として扱う。
その統治の基本方針は同化。

…というお話(「統治の基本方針は同化」と書いてあるわけだ)の内実である。

 これは、40年以上前のロングセラーの『政治学辞典』の定義なのであり、つまり古典的定義と言うことが出来るだろう。要するに、「併合」が「植民地化」の一形態であるというのは、政治学の世界では常識に属する認識と考えておかなくてはならないのである。

                         (2010年8月10日)

【註1】
 その後、古書店で、宮澤俊義の『憲法講義案』(昭和十一年)を入手。当時の東京帝國大学における憲法学の講義中で、「台湾・朝鮮および樺太」が「外地(植民地)」として取扱われている事実を、文言として確認することが出来た。
 詳細については、「昭和十一年 宮澤俊義 『憲法講義案』 (植民地としての朝鮮)」をお読みいただきたい。
  (→ http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-9119.html

 

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/06/20 00:19 → http://www.freeml.com/bl/316274/140786/

 

 

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