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2010年5月16日 (日)

続・聖戦の論理(支那事変と大東亜戦争)

 

 前回の記事で、私は、

  植民地保有、そして植民地的権益の維持が、大東亜戦争の有無に関わらず、いずれかの時点で困難となるものであった(世界史的な展望として)にせよ、事変の拡大を抑制し対米英開戦に至ることさえなければ、大日本帝國は1945年8月15日以降も植民地保有国・植民地的権益保有国としての地位を保ち続けることは可能であったはずである。

…と書いた。また、

  大東亜戦争が植民地解放戦争であったという主張を可能にするのは、植民地あるいは他国への植民地的従属状態にある民族の持つナショナリズムへの理解、民族独立への希求への理解であろう。中国国民のナショナリズムもまた正当なものであると考えざるを得ない以上、大日本帝國の「合法的」な植民地的権益維持への努力が中国の愛国的民族主義者からの排撃の対象となることは、理の当然なのである。
  しかし、その上で、「権益保有の合法性」という言い分を維持しようとするならば、「合法的」である「権益」外での軍事力行使の徹底的な抑制以外に選択の道はない。

…とも書いた。

 

 

 今回は、前回の考察から得られた認識を出発点として、大東亜戦争の意義付けの試みと大日本帝國の植民地保有との関連をテーマとして書いてみたい。

 

 

 

 大東亜戦争を「正しい戦争」として意義付けるために、「植民地解放戦争」として位置付けることが一般的には行われている。

 昭和16年12月8日以降の戦争は、確かに植民地宗主国としての米英蘭に対するものであった。しかし、「大東亜戦争」と大日本帝國政府により名付けられたその戦争は、中国大陸を舞台として続いていた「支那事変」と呼ばれる実質的な戦争と不可分のものである。実際問題として、帝國政府自身が「今次の対米英戦は、支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す」(情報局発表 12月13日「朝日新聞」)と宣言しているのである以上、支那事変と対米英戦は一体のものとして考えなければならない。

 

 

 ここで、前回の記事の元となったコメントを思い出しておきたい。コメントの趣旨は、支那事変の正当化の試みであったように思われる。あらためて引用すれば、

支那事変(日中戦争)前、というか中華民国建国・成立以前より、日本は中国大陸に軍の駐留権、その他権益を保有していたこと、中央政権を自称する勢力が多数存在し、対日本以前から血みどろの内戦を繰り広げていたこと、日本は在支日本人・権益・日本軍が度重なるテロ行為により脅かされた為に軍事力を行使したこと、その他支那側のあらゆる違法行為に触れていません。

…と書かれている。

 つまり、「中華民国建国・成立以前より、日本は中国大陸に軍の駐留権、その他権益を保有していた」のであり、その「権益」の保護を大日本帝國にとっての事変の目的と位置付けることで、「事変」の正当化が可能だとする論理がここにある。植民地的権益の維持を目的とした中国に対する敵対的軍事力の行使が正当なものであるとの主張がここにあるのである。

 

 

 しかし、ここで気付かねばならないのは、

  大東亜戦争の正当化への努力(=植民地解放戦争としての位置付けによる)

  支那事変の正当化への努力(=植民地的権益の維持の合法性の主張による)

…という二つの主張を同時に行おうとすれば、論理的整合性において破綻せざるを得ないという事実に直面してしまうという、論理的かつ倫理的な問題の存在ではないだろうか?

 

 

 

 そもそもの話、植民地支配の正当化の論理は、

 鍵がかかっていなかったからと他人の住居に侵入し、
 住人を一発殴ったら言うことを聞くようになったから居座ることは、
 侵入者の正しい権利である

…という主張及び、

 それを西欧国家が実行していた以上、
 続く大日本帝國もその論理を採用することは正当である

…とする、二つの命題により構成されるものとして要約出来るだろう。

 
 「支那事変」とは、日中間のニ国間条約に規定されたという意味では「正当」な(はずの)中国大陸における大日本帝國の「植民地的権益」の維持を目的とした、しかし「権益」の区域外である中国の主権下にある地域での、拡大の一途を辿った大日本帝國による軍事行動の一連の過程の呼称である。である以上、既に指摘したように、まさに支那事変=植民地的権益維持戦争と言うべきなのである。

 ここで、植民地「的」権益という語法を用いたからといって、「だからそれは植民地そのものとは異なる」と主張することは、不適切であろう。

 そこにあった「権益」とは、そもそも上記の、

 鍵がかかっていなかったからと他人の住居に侵入し、
 住人を一発殴ったら言うことを聞くようになったから居座ることは、
 侵入者の正しい権利である

との論理に基づいて獲得されたものなのであり、中国大陸における大日本帝國の「権益の正当化」の論理は、既に植民地獲得正当化の論理そのものと言うべきものなのだから。

 

 つまり、「支那事変」とは、まさに大日本帝國による植民地維持戦争であったのであり、その支那事変の展開の結果としての対米英戦争を植民地維持戦争と別の枠組みで捉えようとする試みは、欺瞞に満ちたものとならざるを得ないことになる。

 先に示したように、「大東亜戦争」という呼称は、当時の大日本帝國政府により、対米英戦争のみではなく支那事変をも含む呼称として採用されている以上、事変と対米英戦争は一体・不可分のものと考えらるべきものなのである。つまり、昭和16年12月8日に始まる対米英戦争は、植民地維持戦争としての支那事変の「展開・延長」として位置付けられなければならないということだ。

 そもそも、支那事変の拡大がなければ対米英開戦もないのであって、昭和16年12月8日以降の展開のみを取り出して「植民地解放戦争」として大東亜戦争を語ろうとすることは、歴史的事実関係の隠蔽・歪曲の試み以外の何物でもなく、論者の知的誠実さの欠如を証明する結果となるだけの話なのである。

 
 対米英戦争としての大東亜戦争が、言葉の真の意味での「植民地解放戦争」として評価されるべきだと主張するのであれば、それに先立って、大日本帝國の中国大陸における権益は帝國政府により率先して放棄されているべきなのであり朝鮮半島が朝鮮民族の手に委ねられているべきであることは、主張における論理的整合性の維持を知的誠実さの要件とするならば、つまり自身が倫理的であろうとするならば、当然の論理的かつ倫理的な帰結であろう。

 
 「大日本帝國による植民地支配の正当化」と同時に、植民地解放戦争として「大東亜戦争の正当化」を試みようとすれば、「大東亜戦争」と大日本帝國政府が名付けた戦争が、植民地維持戦争としての「支那事変」と一体不可分であった現実との両立不能性に直面せざるを得ないのであって、そのことから眼を逸らした上で展開されるような議論は欺瞞であり、論理的には無効なものに過ぎなくなる。

 
 もし、米英の対日外交政策に関し、中国大陸における大日本帝國の植民地的権益の維持を妨害し帝國の植民地維持政策に反するものであった、との理解の上で、植民地帝国としての大日本帝國の維持という国益の観点から、

 帝國の自存自衛戦争=大東亜戦争=植民地維持戦争

…として対米英戦をも含む大東亜戦争を正当化しようとするのであれば、そこに論理的整合性を保つことは可能である。

 

 つまり、大日本帝國の植民地保有を正当化しようとするならば、大東亜戦争=植民地解放戦争という図式での大東亜戦争正当化論を主張することは論理的に出来ないし、大東亜戦争=植民地解放戦争という戦争正当化論を本気で主張しようとするならば、支那事変=植民地維持戦争であったことを真摯に反省し、まず支那人に対する謝罪から始めるのが筋というものに思える(それが知的に誠実であるということだ)。

 しかし現実には、大日本帝國の植民地保有は正当なものだったのであり、なおかつ大東亜戦争=植民地解放戦争であったというのが、支那事変正当化論と大東亜戦争正当化論の主要な主張を構成する以上、そこに論理的整合性を見出すことは出来ないのである。
 

 

 

 

 知的な誠実さを持ち合わせているならば、

  大日本帝國の植民地保有を正当化しようとするなら、大東亜戦争=植民地解放戦争論は捨て去る

  大東亜戦争=植民地解放戦争論を主張するなら、支那事変=植民地維持戦争であったことを認め支那人に謝罪する

…のどちらかを選択しなければならない。もし、従前通りの主張を続けると言うならば、それは論者が、

 「知的」であっても「誠実」でない
 「知的」ではないが「誠実」かも知れない
 「知的」でも「誠実」でもない

…のどれかなのだということになる。
 

 潔さが日本人の美徳であると考える知的で誠実な人物ならば、過去の主張はどうあれ、私に同意するはずである。

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2010/05/16 21:53 → http://www.freeml.com/bl/316274/138135/

 

 

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