« 北支事変といふ思ひがけない災厄… | トップページ | 売国民主党政権打倒、あるいは傀儡政治の所在 »

2009年12月12日 (土)

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル…

 

 『日米交渉の経緯』と題された、昭和17年12月の刊行物を読んでいるわけだ。

 

 

 タイトルページの次には、見開きの左ページに「詔書」の文字のみ記されている。そこには振り仮名が付されているのだが、「セウシヨ」となっている。

 つまり、刊行元の東京日日新聞社及び大阪毎日新聞社は、昭和17年7月の国語審議会の提議した「字音仮名遣整理案」を無視していることになる。もっとも、文部省からの修正・正式発表は同年12月のことらしいので、手続き的には問題ないのかも知れない(発行日と発表日の前後関係が今のところ不明なので、正確なことを言うことは出来ない)。

 

 その次のページには、見開きの左右を用いて、詔書本文が掲載されている。冒頭は、言わずと知れた(?)、

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル…

となっているわけだが、そこに付された振り仮名は、

 天佑=テンイフ

 保有=ホイウ

 萬世一系=バンセイイツケイ

 皇祚=クワウソ

 踐=フ

である。振り仮名の示す音の通りに読んでしまうと、

テンイフヲホイウシバンセイイツケイノクワウソヲフメル…

となってしまう。もちろん、それを、

テンユウヲホユウシバンセイイッケイノコウソヲフメル…

という本来の音で訓めたからといって、意味の理解に結びつくという保証はない。

 しかし、振り仮名の役割が、漢字音の訓み方の補助にあるのだとすれば(それ以外にどのような役割があるのかは知らないが)、「テンイフヲホイウシバンセイイツケイノクワウソヲフメル」では、その本来の役割を果たすことにはならない。

 確立されるべき大東亜共栄圏における機軸語としての、日本語の期待されるべき地位を考えれば、つまり非日本語圏の人々への日本語の普及という課題として問題を考えるならば、あるべき振り仮名の姿は「テンユウヲホユウシバンセイイッケイノコウソヲフメル」でなければならないだろう。

 

 いわゆる「歴史的仮名遣ひ」に対する「字音仮名遣」の優位性は、確立されるべき大東亜共栄圏という、広大な非日本語地域の存在を前にする時、疑問の余地のないものとなる。

 「歴史的仮名遣ひ」に関する知識は、もちろん、大日本帝國の誇るべき古典文学の読解には必要不可欠なものである。日本の古典文学が、日本語圏の外の世界でも通用するものであるならば、まずは翻訳がその流通を助けるであろうし、それ以上の理解を求める人々が現れれば躊躇することなく古日本語の学習に勤しむことになるだろう。シェイクスピアは日本国内では翻訳で流通しているわけだし、シェイクスピア研究者ならばまずエリザベス朝英語を学習するのと、話として異なるところはない。

 最優先されるべき日常に必要な日本語の学習において、「歴史的仮名遣ひ」の優先度が低くなるのは当たり前のことだろう。非日本語圏の人々への日本語の普及という、大東亜共栄圏における政治的課題を前にして、趣味的な「歴史的仮名遣ひ」への執着など問題にならない話なのである。

 
 
 

 もっとも、ミッドウェー海戦での敗北は1942年(昭和17年)6月のことであり、国語審議会の答申の時点で、既に大東亜共栄圏の確立という目標には暗雲が生じつつあったわけである。爾後、大日本帝國の占領域は拡大から縮小に転じることになる。やがて自ら策定した「絶対国防圏」を侵され、硫黄島そして沖縄を失い、本土決戦を残すのみというところまで追い詰められ、最終的にポツダム宣言受諾に至るわけである。

 

 結局のところ、昭和17年の国語審議会が課題とした「日本語の大東亜共栄圏進出」という想定は、歴史的には、実現することなく終わってしまった。

 英語には、「ピジン・イングリッシュ」と呼ばれる現地流通形態語の発生や、「ベーシック・イングリッシュ」という簡易化英語の試みが生まれている。

 昭和17年の国語審議会の奮闘を振り返る時、そこに、現在とは異なる日本語への可能性が(少しだけ)開かれていたようにも思える。ピジン・ジャパニーズあるいはベーシック・ジャパニーズへの可能性である。「歴史的仮名遣ひ」派にとってはとんでもない話だろうが…

 
 
 
 
 
 
 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2009/12/12 00:34 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/124563

 

 

|

« 北支事変といふ思ひがけない災厄… | トップページ | 売国民主党政権打倒、あるいは傀儡政治の所在 »

ウヨク、サヨク、そしてリベラル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1135955/32586833

この記事へのトラックバック一覧です: 天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル…:

« 北支事変といふ思ひがけない災厄… | トップページ | 売国民主党政権打倒、あるいは傀儡政治の所在 »