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2009年12月20日 (日)

日本国の象徴と、國體の本義 9

 

 「ポツダム宣言」には、

日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ (第6項)

吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ (第10項)

そして、

前記諸目的ガ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルベシ (第12項)

…という文言がある。

 
 
 

 「戦争犯罪人」に天皇も含まれるのかどうかという問題と、「日本国国民ノ自由ニ表明セル意思」がどのような戦後体制を選択するのかという問題が、ここでは焦点となる。

 前者は連合国の意思の問題であるし、後者は日本国民の意思の所在の問題である。

 後者については、言うまでもないだろうが、敗戦後の日本における天皇の地位が問題となっているわけだ。

 
 
 

 1945年(昭和20年)6月29日付のワシントン・ポスト紙は、ギャラップ世論調査による、戦後の天皇の取り扱いに関する米国の世論として、

 処刑                     33%
 裁判で決定                17%
 終身刑                   11%
 追放                      9%
 軍閥の道具だから何もしない       4%
 日本を動かすパペットに利用せよ    3%
 雑、回答なし                23%

…という数字を掲載している。

 戦争犯罪人としての天皇認識を示す、処刑+裁判で決定+終身刑+追放のトータルは70%という圧倒的な数字となっている。

 まだ戦争が続く中での米国の世論は、天皇を裁かれるべき戦争犯罪人の一人として評価していたことになる。

 
 

 一方で、敗戦後の日本国民の「自由ニ表明セル意思」は、

 天皇制支持     95%
 天皇制否定      5%
          (「読売報知新聞」 1945年12月9日)

…というものであった。1946年1月23日付の「朝日新聞」の世論調査報道の見出しは「天皇は政治圏外に―支持が圧倒的多数九二対八%の比率」となっている。圧倒的な、大権を保有しない天皇(天皇制)への支持である。

 
 

 1945年10月16日の香港紙「華僑日報」の社説「論日本修改憲法」は、

  明治期に採択された旧憲法の特色の第一は天皇中心主義、天皇第一主義であり、国民は第二義的であり、第二の特色は天皇と国家は同一視され、天皇への忠義は国家への責任を果たすことと一つだとみなされる。第三の特色は、天皇と国民は一つの家族であり、国家は大家族と考えられ、天皇は家長とみなされる。第四に、天皇と臣民の間には明確な区別があり、天皇は絶対権を持ち、臣民は無条件的服従をなすことになっている。第五に、国体と政体とは別であり、政体は変わっても国体は不変であり、皇室が永久に支配する。こうした諸要素の総合によって世界征服の妄想、いわゆる八紘一宇の思想が唱えられた。従って、日本の中心的な伝統思想を根絶するためには、現人神的天皇は廃止すべきであり、天皇神聖の思想は打破されるべきである。

…と、大日本帝國憲法下の天皇の姿を描いていた。

 
 
 

 いずれにしても、「日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力」と天皇は分離可能なのかどうか、つまり大東亜戦争遂行と天皇の意思は分離可能なのかどうかが問題の焦点となるわけだ。

 これは、個人としての昭和天皇の意思の所在の問題であると共に、国体あるいは天皇制という制度の問題でもあることになる。

 
 
 
 
 
 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2009/06/11 22:44 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/106828

 

 

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コメント

サンフランシスコ条約により、アメリカの占領が終了しました.条約締結に際して吉田茂は、少しでも日本にとって対等な条約になるように交渉するつもりだったのですが、その頃、ソ連が、また戦争責任の話を持ち出してきたので、追求を怖れた昭和天皇は、吉田茂に条約締結を急がせました.
昭和天皇は象徴天皇になってからも、首相らを呼んで色々な情報を得て、なおかつ自分の意見を言って、政治に関与していました.戦後になっても、昭和天皇は、法律など全く無視した権力を持っていて現実に行使しているのです.ですから明治憲法の規定、統帥権等、法律上の観点から天皇の戦争責任を追求しても、全く意味がありません.
昭和天皇の、戦後の権力行使の実態も、戦中の戦争への口出しも、本に書かれています.昭和天皇は、皆の意見に従って戦争を行ったのではありません.皆が天皇が何を考えているか考えて、天皇の意向に添った意見を纏め、天皇はその意見を裁可して戦争を行いました.部下は上司が何を考えているか、それを考えて行動するのだ、以前、阿久根市長をしていた人が言っていましたが、天皇に対するこの考え方は、戦後になっても変わらなかったようです.

投稿: ルミちゃん | 2012年11月 1日 (木) 12時56分

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