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2009年12月11日 (金)

北支事変といふ思ひがけない災厄…

 

 去る六月十七日に標準漢字原案(常用漢字一一三四、準常用一三二〇、特別漢字七四字)を発表した国語審議会は、字音仮名遣整理案、漢字左書案(横書きの場合左書きにする)を満場一致で可決、文相への答申を経て閣議にかけ正式決定とともに交付し各官庁、全国学校および一般社会で使用励行して行くことになった。

…というのは、昭和17年7月17日の新聞記事(多分、「毎日」)である。ちなみに、

 新字音仮名遣は一口にいえば発音通りに書く。例えば、「ゐ、ゑ、を、くわ、ぐわ、ぢ、づ」などは「い、え、お、が、じ、ず」に統一し長音は全部「う」をつけて書く、この際「ぢ、づ」を「じ、ず」とし「づ」を「ず」とすることに押し通すには多少の無理が生じるので、連声によって濁る場合-たとえば入智恵の「ぢ」は「智」の原音を尊重して「じ」にしないこと、濁音によって濁る「地震」なども「ぢ」を尊重して「じ」としない。
 字音仮名遣は従来に比してずっとやさしくなったが正確な発音さえ知っていれば大体間違いない使い方が出来る。たとえば「後悔(くわい)」が「後悔(かい)」に「友(いう)人」が「友(ゆう)人」に、「八紘(くわう)」が「八紘(こう)」に、「象(ざう)」が「象(ぞう)」に「葡萄(だう)」が「葡萄(どう)」に、「法(はう)」あるいは「はふ」とつけたのが「法(ほう)」に、「給(きふ)金」が「給(きゅう)金」に、「職業(げふ)」が「職業(ぎょう)」になる。

というのが「字音仮名遣」の正体である。「戦後民主主義」が「犯人」だとばかり思っていたが、実際は、「大東亜共栄圏建設」の賜なのであった。

 翌日の記事によれば、

審議会による漢字制限は「日本語の大東亜共栄圏進出」を考慮して答申されたもの

なのである。ちなみに、この翌日の記事は、「戦時下わが国の歴史蔑視の風潮を招来する企てであるとして、答申案不採用の建白書を橋田文相に提出」した頭山満以下16名の行動を伝えるものであった。保守的人士からの評判は悪かったらしい。

 

 21世紀になっても、「歴史的仮名遣ひ」に拘泥する方もお見受けする。

 かの靖国神社の『遊就館図録』巻頭の「ご挨拶」や、巻末の小堀桂一郎先生による「解題」などがその見本であろう。ただし、この『遊就館図録』は、なぜか本文では「字音仮名遣」が用いられている。こちらは「日本語の大東亜共栄圏進出」に対する配慮なのだろうか?

 

 

 「歴史的仮名遣ひ」への拘泥は、「日本語の大東亜共栄圏進出」という新時代の要請に対し、公然と背を向けようとするものだ。

 大東亜戦争を称揚しようと試みるのであれば、新時代のための日本語表記改革の意義への無理解はいただけない。

 たとえば、

 盧溝橋事件に始まる北支事変といふ思ひがけない災厄…

という表現に拘泥することで、何が守られるのだろうか?

 盧溝橋事件に始まる北支事変という思いがけない災厄…

と表現することで何が失われるのだろうか?私には、彼らの拘泥は理解し難いものだ。

 

 「歴史的仮名遣ひ」への拘泥が示すのは、つまるところ、大東亜戦争の大義への不同意ではなかろうか?

 

 日本語の正書法を、発音に基づいたものにすることは合理的であり、私にはそれを否定すべき理由は思いつけない。大東亜共栄圏建設というかつての東亜の新秩序の理想を考えれば、共栄圏での機軸語の地位を期待された日本語の正書法を合理的に洗練させることの政治的意義は大きいだろう。

 懐古趣味に溺れて「歴史的仮名遣ひ」に拘泥し続けることは、結局のところ、大東亜戦争の歴史的意義への無関心を示すものに他ならない。その意味で、『遊就館図録』は実に興味深い読み物なのである。

 もっとも、現代の「ネトウヨ」諸氏の文章に至っては、「歴史的仮名遣ひ」どころか、現代日本語の「て・に・を・は」すら怪しいという壊滅的事態を示している。

 「日本の伝統・文化」の称揚を志しているつもりの彼らの文章の「て・に・を・は」の乱れぶりには、正直なところ、言葉を失ってしまう。日本人であることを誇示・礼賛しようとする文章が、日本語の範足りえていないという、何とも実に嘆かわしい話なのである。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2009/12/10 23:00 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/124473

 

 

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