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2009年8月18日 (火)

無差別爆撃の論理 6 (竹槍 vs 戦略爆撃)

  

 戦闘(そして戦争)の勝利のために合理的に振舞う人々、という軍人像には、どこか誤りがありそうなのである。

 

と、書いたわけだが(昨日の話)、もちろん、非合理主義に徹し、組織的に敗北を重ねて行ったようにしか見えない大日本帝國陸海軍の存在を忘れたわけではない。

 実際、その非合理的精神主義が大日本帝國を滅ぼした、という印象が間違っているとは思えないのである。

 

 敵の戦法に対してわれらの戦法を対抗せしめねばならない。敵が飛行機で攻めて来るのに、竹槍を持っては戦い得ないのだ。問題は戦力の結集である。
     毎日新聞 昭和19年2月23日朝刊

という記事を、時の東條首相が発禁処分にした(ただし、指示は朝刊の配達後だった)のは有名な話だろう(記事を書いた記者は、後に懲罰的召集の対象となった)。つまり、竹槍で敵の飛行機と戦え、それが東條首相の発想ということになる。国民は、その後の空襲激化の下で、B-29に竹槍で立ち向かうことを求められるわけだ。

 同日の毎日新聞には、

 大東亜戦争は太平洋戦争であり、海洋戦である。われらの最大の敵は太平洋より来寇しつつあるのだ。海洋戦の攻防は海上にて決せられることはいうまでもない。しかも太平洋の攻防の決戦は日本の本土沿岸にて決せられるものではなくして、数千海里を隔てた基地の争奪をめぐって戦われるのである。本土沿岸に敵が侵攻し来るにおいては最早万事休すである。

という記事も掲載されていた。しかし、その後の戦争の経過は、「絶対国防圏」を破られ「本土沿岸に敵が侵攻し来る」ところまで進行してしまう。その過程で、「玉砕」が相次ぎ、「特攻」が始まるのである。

 しかし、「万事休す」とは考えられず、むしろ、竹槍での「本土決戦」にこそ希望が見出されるのだと主張されるという事態に陥るのである。

 その意味で、「竹槍精神」は、非合理的精神主義の代名詞と言えるだろう。

 

 しかし、言うまでもないことであるが、竹槍では、最新鋭の重爆撃機B-29による戦略爆撃に対抗することは出来ないのである。3月10日の東京大空襲に、「竹槍精神」は無力であった。

 

 

 

 

 さて、これまで、軍事思想としての「戦略爆撃」を対象として、その「論理」について考えてきたわけだ。

 

 第一次世界大戦での、当初の予想をはるかに超える膨大な犠牲者の存在が、戦略爆撃というアイディアの背後にあることは、既に説明し終えたものと思う。

 地上戦における、あまりに多過ぎる戦死者の数が、戦争に対する忌避感をもたらし、国際連盟の成立や数々の軍縮の試み、そして不戦条約が成立したのも、第一次世界大戦後の時代である。もっとも、戦争回避を重視するあまり、ミュンヘン会談でのヒトラーへの譲歩も生じたわけである。実際、ミュンヘン会談の「成果」は、英仏国民にも歓迎されたのである(結果的には第二次世界大戦への呼び水となってしまったのだが)。

 軍縮や不戦条約が、戦争そのものの回避への努力だとすれば、「戦略爆撃」という発想は、戦争の早期終結の可能性追求の論理として生じたものなのである。

 

 当事者である軍人にとっても、第一次世界大戦の経験は、耐え難いものであった、ということだ。前線兵士の膨大な犠牲を回避することが、民間人への直接攻撃により達成されるという予測は、実際には誤りであった(悲劇的な誤りであったが)。しかし、理念としては、戦略爆撃の効果として、銃後の国民の継戦意思の低下がもたらされ、戦争の早期終結となり、総計での戦争による死者数の減少が期待されていたのである。

 少なくとも、戦略爆撃思想の背後にあったのは軍関係者の合理主義的精神であった、ということは言えそうである。基本的に、軍人とは戦争の回避ではなく、現実化した戦争への対処がその任務なのである。戦争の回避は、まずは政治家の任務である。

 

 

 では、第一次世界大戦における膨大な犠牲者を生み出したメカニズムはどのようなものであったのだろうか。

 

 第一次世界大戦とは、様々な近代兵器が登場した戦争であった。

 その新兵器に、軍司令官達はどのように対応していたのか?

 軍人に合理主義を期待することの当否が、次回のテーマとなる、はずである。

 

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2009/08/17 22:23 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/113443

 

 

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