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2009年8月27日 (木)

日本国の象徴と、國體の本義 1

 

 

  明治憲法における天皇の概念(規定の仕方)は、二千年余の日本の歴史から見ると、それはある時代における特殊の天皇の概念なのであって、それが古今にわたって適用すべきものとは考えない。明治憲法における天皇の規定の仕方やその歴史的性格を脱却することが、天皇の概念に大きさと広さと豊かさを与えるものと思う。

…と、1963年3月13日の憲法調査会の席で発言したのは、若き日の中曾根康弘であった。

 ケネス・オルフ 『国民の天皇 戦後日本の民主主義と天皇制』 (岩波現代文庫 2009) には、そんなエピソードが紹介されている。

 

 中曾根康弘の名前は、戦後の保守勢力による改憲論の流れと共に語られるものだが、このエピソードからは、明治憲法(大日本帝國憲法)への復帰への希求は読み取れない。

 
 

 敗戦後のGHQ主導での新憲法制定に際し、当時の日本政府にとり、何より受け入れ難く思われたのが、「国民主権」とセットで提示された「象徴」としての天皇の地位であった。

 
 

第一章 天皇
第一條
大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二條
皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス
第三條
天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第四條
天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ
第五條
天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ
第六條
天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第七條
天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス
第八條
天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス
此ノ勅令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第九條
天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ增進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス
第十條
天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ揭ケタルモノハ各〻其ノ條項ニ依ル
第十一條
天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第十二條
天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
第十三條
天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス
第十四條
天皇ハ戒嚴ヲ宣告ス
戒嚴ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第十五條
天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス
第十六條
天皇ハ大赦特赦減刑及復權ヲ命ス
第十七條
攝政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
攝政ハ天皇ノ名ニ於テ大權ヲ行フ
 (大日本帝國憲法)

 
 

第一章 天皇
第一條
天皇は、日本國の象徵であり日本國民統合の象徵であつて、この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く。
第二條
皇位は、世襲のものであつて、國會の議決した皇室典範の定めるところにより、これを繼承する。
第三條
天皇の國事に關するすべての行爲には、內閣の助言と承認を必要とし、內閣が、その責任を負ふ。
第四條
1.天皇は、この憲法の定める國事に關する行爲のみを行ひ、國政に關する權能を有しない。
2.天皇は、法律の定めるところにより、その國事に關する行爲を委任することができる。
第五條
皇室典範の定めるところにより攝政を置くときは、攝政は、天皇の名でその國事に關する行爲を行ふ。この場合には、前條第一項の規定を準用する。
第六條
1.天皇は、國會の指名に基いて、內閣總理大臣を任命する。
2.天皇は、內閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七條
天皇は、內閣の助言と承認により、國民のために、左の國事に關する行爲を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び條約を公布すること。
二 國會を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 國會議員の總選擧の施行を公示すること。
五 國務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免竝びに全權委任狀及び大使及び公使の信任狀を認證すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復權を認證すること。
七 榮典を授與すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認證すること。
九 外國の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八條
皇室に財產を讓り渡し、又は皇室が、財產を讓り受け、若しくは賜與することは、國會の議決に基かなければならない。
 (日本国憲法) 
 

 

 

 「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と、「この地位は、主權の存する日本國民の總意に基く」には大きな断絶がある。

 

 日本の国体を、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という認識と不可分のものと考える限り、敗戦を境に、国体は護持されなかったのだと考えざるを得ないだろう。

 大東亜戦争において、継続的かつ破滅的な戦局の悪化にもかかわらず、更なる戦争の継続を支えたのは、国体護持という観念であった。敗戦の受け入れは、米英による占領統治を意味し、天皇の地位の変更すなわち国体の否定の受け入れとして帰結してしまうと考えられていたわけだ。

 最後の局面に至っても、ポツダム宣言の受諾の是非は、実際の戦闘継続能力の問題としてではなく、国体護持の可能性の有無と関連付けられて、議論が続けられることになった。その議論に終止符を与えたのは、広島と長崎への原爆投下であり、ソ連の対日参戦であり、その状況を受けての昭和天皇の決断であった。

 その際、ポツダム宣言の受諾は、国体の変更を意味しないという文言解釈が、戦争継続派のポツダム宣言受諾を支えたことも忘れられない。

 
 
 あくまでも護持されるべきは、統治する天皇の地位なのである。政治的軍事的な存在としての天皇の姿と言うことも出来るだろう。「天皇親政」こそが、「大日本帝國憲法」に示された「國體」のあるべき姿と考えられていたのであった。

 
 

 

 

 

大日本帝國憲法
→ http://ja.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B8%9D%E5%9C%8B%E6%86%B2%E6%B3%95

日本国憲法
→ http://ja.wikisource.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9C%8B%E6%86%B2%E6%B3%95

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 : 2009/05/26 22:51 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/105287/user_id/316274

 

 

 

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