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2009年7月29日 (水)

「無差別爆撃」の転回点 (1)

 

 昨日、つまり2009年7月27日、御茶ノ水の明治大学に出かけ、「第3回無差別爆撃シンポジウム」に参加して来た。

 

 

 一昨年が、「無差別爆撃の源流 ― ゲルニカ・中国都市爆撃を検証する」(→ http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-156e.html)というタイトル、昨年のシンポジウムは、「世界の被災都市は空襲をどう伝えてきたのか - ゲルニカ・重慶・東京の博物館における展示/記憶継承活動の現在」(→ http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-5976.html)というタイトルで開催されている。今年は、「「無差別爆撃」の転回点 -ドイツ、日本都市空襲の位置付けを問う」というタイトルでの開催であった。

 

 

 

 開始時間である14時になり、まず、司会役の大岡聡氏による問題提起という形で今回のシンポジウムの焦点が説明された。

 レジメの文言を引用すれば、

 1. 〈空爆の世界史〉における東京大空襲の位置-第二次大戦後を見据えて

 2. 〈空襲・戦災の比較史〉-共通の歴史理解のために

 3. 空襲記憶のゆくえ-〈「空襲後」史〉の国際比較

ということになるが、これまでのシンポジウムで論じられた、歴史的時間軸と空間的拡がりの両面からの、「戦略爆撃」としての「都市無差別爆撃」という軍事的手法の展開を、前記3つのテーマに視点を据えてあらためて検証するということである。

 一昨年のシンポジウムでは、ゲルニカ・重慶に加え、それに先立つスペイン領モロッコでの空爆の実態等が取り上げられ、「東京大空襲」に至る「無差別爆撃」という軍事的手法の歴史的展開が、植民地主義との関連と共に報告されていた。

 昨年のシンポジウムでは、ゲルニカ、重慶及び東京の「空襲記録展示施設」の関係者の出席により、空襲記録の保存・記憶の継承という問題が、博物館展示という側面から語られていた。

 今回はそれを受けてのテーマ設定ということになるだろう。

 実際の報告及び議論は、時間的制約もあり、目論見のすべてを達成するところまではいけなかったようにも思うが、少なくとも大岡氏による問題提起により、参加者はイラク戦争までも視界内に想定した上で、それぞれの報告を聞き、質疑に参加したわけである。

 

 

 2人の報告者と、1名の論文参加者により、前記のテーマが具体的に論じられ、その上でコメント提供と質疑・討論という形でシンポジウムは進められた。

 

 

 

 まず、中山伊佐男氏(元 麻布高校教諭)による報告。タイトルは「日本への住民選別爆撃の実相-米軍研究資料から」である。

 

 「米軍研究資料」というのは、「米国戦略爆撃調査団報告書」を中心とした米国側の詳細な記録のことだ。1972年の大統領命令第11652号により機密指定が解除され、参照可能となったものである。つまり、東京大空襲を始めとした日本本土都市無差別爆撃の実行者自身による作戦計画と事後報告資料であり、極めて信頼性が高いと評価されているものなのである。

 

 中山氏は、まず、1945年3月10日のいわゆる東京大空襲=作戦任務40号の「作戦任務報告書」に付された「前書き(Foreword)」部分に注目する。

 そこには、東京・名古屋・大阪・神戸の市街地を目標と指定した上で、

 これらの攻撃の目的が、都市の市民を無差別に爆撃する(bomb indiscriminately civilian populations)ことではなかったということは注目すべきことである。目的は、これらの四つの重要な日本の都市の市街地に集中している工業的、戦略的な諸目標を破壊することであった。

と書かれているのである。

 中山氏はその報告で、目標情報票を始めとした実際の米軍側作戦計画の詳細資料を検証することにより、「前書き」の文言にある攻撃目的である「工業的・戦略的諸目標の破壊」が、空襲の実態と乖離していることを明らかにしてみせるのだ。

 米軍資料で「 Zone Ⅰ(焼夷地区1号)」として表示されている地域は正式には「Zone R1」なのだというのである。この「R」は(Residential)の略号なのであり、つまり住宅区域であることを示しているというのだ。つまり、米軍は事前の周到な情報収集により、住宅区域としての地域特性を掌握した上で、爆撃目標としての設定をしている事実が、米軍資料を活用することにより明らかにされているのである。

 中山氏の言葉を引用すれば、

 住居と工場が混在する地域である Zone X (Mixed Industrial Residential Zone)を攻撃目標とした爆撃であるのであれば、無差別爆撃といってもよかろう。しかし、3月10日の東京大空襲を始めとして、多くの都市の空襲は、住民を攻撃目標とした爆撃であると断ぜざるを得ないので、『住民標的爆撃』、『住民選別爆撃』というのが実相を示す表現である…

ということになるのである。

 「無差別爆撃」という用語が、特定の目標を対象とした「精密爆撃」との対比で用いられるものであるのに対し、実際には都市住民そのものをターゲットにしている(つまり目標として特定している)という意味で、米軍による日本の都市爆撃を「住民標的爆撃」あるいは「住民選別爆撃」として再定義することへの提案、と言えばよいだろうか?

 

 

          (続く)

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 2009/07/28 22:03 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/111462

 

 

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