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2009年6月26日 (金)

老眼と自己決定 (12) 脳死を生きる 5

 

 生き続ける希望の焦点に他人の死が位置付けられてしまうという状況。

 

 戦場の出来事ではなく、病院のベッドの上での話である。

 

 脳死体からの臓器移植という医療は、病いに苦しむ患者をそのような状況下へと導いてしまう。どこかの誰かの脳死。それが健康の維持回復の条件となるのである。

 

 

  人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

という問いは、ここでは脳死の決定と関連付けて考えられることになる。

 

 脳死体からの臓器移植医療の出現による、脳死体の臓器利用という局面を抜きにしては、脳死の定義が法的問題として現在のようにクローズアップされることはなかっただろうと思われる。

 

 ここではまず、『ウィキペディア』の記述を利用して、従来の「伝統的」な死と脳死の相違を復習しておこう。

 

古来、人間の死とは何かは自明のことであったため、医学的に厳密に定義することはさほど重要ではなかった。一般に、脳、心臓、肺すべての機能が停止した場合(三兆候説)と考えられており、医師が死亡確認の際に呼吸、脈拍、対光反射の消失を確認することはこれに由来している。順序としては一般に

 肺機能の停止
 心臓機能の停止
 脳機能の停止

という過程を辿ることになる。

しかし医療技術の発達により、脳の機能が完全に廃絶していても(そのため自発呼吸も消失していても)、人工呼吸器により呼吸と循環が保たれた状態が出現することとなった。すなわち、

 脳幹機能の停止
 本来ならば心臓機能が停止する筈だが、人工呼吸器により呼吸が継続される
 心臓機能も維持される

という過程の結果生ずる状態が脳死である。脳死は、心肺機能に致命的な損傷はないが、頭部にのみ(例えば何らかの事故を原因として)強い衝撃を受けた場合やくも膜下出血等の脳の病気が原因で発生することが多い。

本来、脳死に陥った患者は随意運動ができず、何も感じず、近いうちに(あるいは人工呼吸器を外せば)確実に心停止するとされる状態の筈であるが、それを否定するような現象の報告例も多い。また、心臓は動いており、身体も温かい。脳死者の多くは、脊髄反射によって身体を動かすことがある。

脳死という状態は、人工呼吸器が開発・実用化された1950年代頃に現れるようになった。当時は「超昏睡」や「不可逆昏睡」などと呼ばれ、あくまで生きている状態とされていた。

 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%AD%BB

 

 

 要するに、人工呼吸器の出現なしに、脳死状態を人類が経験することはなかっただろう。20世紀の後半になるまで、人類は脳死という死のあり方を経験することはなかったわけだ。現在でも、人工呼吸器のない医療現場には脳死状態は存在しないことになる。

 たとえ人工呼吸器があって、脳死状態が出現しても、目の前の患者の臓器を取り出し移植するという発想がなければ、積極的に(かつ新たに)脳死を人の死とする必要も生じない。これまで通り、心臓死=人の死、とすることで何の問題もないのである。

 心臓死後の「伝統的」な死体からの臓器摘出でも角膜や腎臓などは利用可能であるが、心臓のような臓器は脳死状態の「死体」からの摘出でなければ利用出来ない。心臓死を待っていては遅すぎる、ということになる。

 そこで、脳の機能の廃絶の判定に基き、たとえ心臓が動き身体が温かくとも、人工呼吸器を着けベッドの上に横たわる人物を死体と認定しておくことの必要が生じたわけなのである。

 

 健康状態を喪失し、人工呼吸器を装着した患者を死体として取り扱うことにより、健康状態を喪失し、臓器移植医療以外に健康の維持回復の可能性のない患者の、健康の維持回復への願望を満たすことが出来る。

 それが脳死体からの臓器移植医療の構図なのである。

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 2009/06/25 22:55 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/108159

 

 

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