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2009年6月24日 (水)

続々々々々々々々々・老眼と自己決定 脳死を生きる 3

 

 今回も、

 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

という問いかけを背後に潜ませながら、脳死と脳死体からの臓器移植をめぐる問題を考え続けていきたい。

 

 

 

 前回は、医師からの脳死宣告後、心臓死に至るまでに1年9ヶ月を要した有里ちゃんと、「無呼吸テスト」以外の4項目(臨床的にはそれで脳死とされ、脳死宣告の確定のために5項目目として自発呼吸の有無の判定が行われる)では脳死状態と判断されたものの、その8年後の現在も心臓死を迎えることなく「成長」し続けるみづほ君の事例を取り上げた。

 現在の脳死判定基準への疑念を呼び起こすものとして、考えておく必要を感じる。

 

 有里ちゃんの場合は「4歳8カ月で他界するまでの約1年9カ月」、みづほ君の場合は、「1歳のとき、原因不明のけいれんをきっかけに自発呼吸が止まり、脳内の血流も確認できなくなっ」て以来「8年、人工呼吸器をつけて自宅で過ごし、身長は伸び体重も増え」ているわけだが、どちらも成人ではないという共通性もある。ここには、幼児の場合も成人と同様の脳死判定基準で臨むことの是非という問題が浮上している、と言うことも出来る。

 ところが、今回、衆議院本会議で可決された臓器移植法改正案は、

脳死を人の死とし、本人の拒否の意思表示がなければ家族の同意で年齢に関係なく臓器提供を可能とする

という内容であり、「脳死を人の死」とするのみならず、「年齢に関係なく臓器提供を可能とする」というところが、現行法との大きな相違点なのである。

 つまり、結果として、幼児にも一律に現行の脳死判定基準が適用されることになってしまうのだ。

 ということは、有里ちゃんは死体として1年9ヶ月を過ごしたことを意味する。

 私は、有里ちゃんの1年9ヶ月を死体としての日々としてではなく、生ある日々として捉えることが大事だと思う。

 成人にも幼児にも一律な脳死判定基準を適用することは考え直すべきだろう。

 しかし、問題は、幼児を対象とした脳死判定だけではないのである。

 

 「ラザロ徴候」と呼ばれる脳死体が示す反応が報告されているのだ。たとえば『ウィキペディア』によれば、

ラザロ徴候(Lazarus sign)
1984年に米国の脳神経学者A・H・ロッパーによって5例が報告された。ラザロ徴候とは脳死の人が呼吸器を外した時に手足を動かすこと。脳死患者が医師の目の前で、突如両手を持ち上げ、胸の前に合わせて祈るような動作をする。動作後は自分で手を元の位置に戻す。同様の現象はその後各国で多数確認され、日本でも医学誌に症例報告がある。動作のビデオも収録されている。ロッパーは「脊髄自動反射」と理解するが、疑問視する声もある。脳死患者を家族に見せないようにすべきとロッパーは書いている。
 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E6%AD%BB

という状況が確認されているというのである。

 「脊髄自動反射」という解釈は、脳死臓器移植推進には親和性があるが、現在の脳死判定基準による脳死の判断、そして脳死を人の死とすることの妥当性への疑念を払拭するものではない。ラザロ徴候の存在は、「脳死」と呼ばれる状態に関し、より慎重な対応が必要とされていることを示すものではないだろうか。

 

 また、池田清彦は、

 執刀している医者たちが一番嫌うのは、脳死者から臓器を摘出するときに、苦しがってバタバタ暴れているようにしか見えない行動が出現する場合だ。脳が死んでいるから、その人は苦しんでいないというが、本当かどうかはわからない。脳死者から臓器を取り出すときに脳死者に麻酔をかけなければ、暴れてうまく手術が行えない事実こそは、脳死と言われているものが本当の死ではない証拠のように私には思える。

 (『脳死臓器移植は正しいか』 角川ソフィア文庫 2006)

と書いている。積極的な脳死臓器移植反対者である池田清彦の著書の記述であることは確かだが、しかし、「脳死者から臓器を摘出するときに、苦しがってバタバタ暴れているようにしか見えない行動が出現する」事例があることもまた確かなことだと考える必要は残る。

 

 

 

 要するに、脳死状態を人の死とすることに関しては、まだ様々な問題が残されているのが現状なのである。

 「脳死体」はまだ死体と呼ぶべき状態になく、脳死臓器移植が実は殺人行為であるという可能性は、完全に払拭出来ていないのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 2009/06/23 22:41 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/107981

 

 

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