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2009年5月 5日 (火)

続・映画『靖国』を観る

 

 映画『靖国』(2007年 李纓監督作品)が「反日映画」と名指され、一般上映が妨害されたのは昨年春のことである。

 

 
 本年の「メイシネマ祭 ’09」での『靖国』上映という機会を捉え、問題の映画『靖国』を観ることが出来た。昨日は、作品自体についての私の評価を書いたわけだが、本日も、李纓監督の映画、『靖国』をめぐる話題を続けたい。

 

 

 
 「論座」の2008年6月号が、「映画『靖国』騒動への疑問」という特集を載せている。まぁ、朝日新聞社という「反日」新聞社の出版物であるが、特集記事中の2006年7月から2008年4月21日に至る時系列での上映をめぐる出来事の整理を、事実関係確認の参考となりうるものと判断することに問題はないだろう。

 

 記事によれば、2007年3月20日に完成試写会が行われ、4月に芸術文化振興基金からの助成金750万円が支払われている。9月には上映館(東京4、大阪1)も決定し、12月11日からマスコミ試写会が始められた(2008年3月31まで計12回)。

 12月17日・24日付けの「神社新報」に、「客観性欠く映画『靖国』に政府出資の基金助成」という記事が掲載され(これは神社関係者限定誌である)、「週間新潮」が12月20日号で「反日映画『靖国』は『日本の助成金』750万円で作られた」との記事を掲載する(こちらは言うまでもなく一般誌である)。

 2008年2月12日に、『靖国』の制作会社である龍映に文化庁芸術文課から、「ある国会議員が『靖国』を見たがっているので、試写の日程を教えて欲しい」という電話。同13日に文化庁から龍映に「ある国会議員とは『靖国』にいい印象を持っていない人」との電話。龍映からアルゴ・ピクチャーズ(配給・宣伝担当)に連絡し、アルゴから文化庁に電話する。

 そして、14日から21日にかけてアルゴと文化庁でのやり取りが続く。アルゴはマスコミ試写の日程を教えるが、「スケジュールが合わない。場所や映写技師も押えたので、フィルムを貸してくれるだけでいい」という文化庁の返答を受け、「誰が何の目的で観るのか教えてもらわない限りできない」と伝える。

 22日の文化庁からのメールで「試写を希望しているのは稲田朋美議員(自民)と『伝統と創造の会』」と判明。その後の交渉の末、26日に、より多くの国会議員を対象とした試写会開催をアルゴが提案し、文化庁が了承。3月3日にアルゴが、全議員に対し試写会開催(協力 文化庁)を連絡。しかし、試写会開催経費をアルゴの負担としようとする文化庁と納得しないアルゴとの間でやり取りが続けられるが、文化庁との対立を望まぬアルゴが折れ、3月12日に国会議員対象の試写会が開かれる(議員と秘書、約80名参加)。

 その後、3月の終わりにかけて、上映予定館が上映中止を決定する事態へと発展してしまう。

 上映中止の背後には、右翼団体の圧力があったと言われているのだが、別の記事によれば、実際に活動に参加した右翼の街宣車は2台で、街宣活動は計3回のみ。しかもその内の1台は、搭乗者1名。実際に展開されていたのは、ささやかな抗議活動である。少なくとも、上映中止の決定の時点では、本格的な抗議活動は存在していなかったようである。

 上映中止は、現実の右翼団体による脅迫ではなく、想像上の脅威に基づくものであったという印象はぬぐえないだろう。それぞれの映画館運営会社の決定なわけだが、それをどう評価すべきだろうか?

 もっとも、それを受けて、他の映画館が上映に名乗りを上げ、4月21日の時点で23館での上映が予定される事態となった(当初の予定は5館のみである)のは、なんとも皮肉な結果であろう。

 

 右翼団体による(ささやかな)脅迫に早々と屈する興行主がいる一方で、あえて上映を買って出る興行主もいたという事実には、希望を見出しておくべきだろうか。

 

 

 ところで、4月18日には、新宿のライブハウス「ロフトプラスワン」で、右翼団体関係者150人を対象とした試写会も開かれていた。

 『靖国 上映中止をめぐる大議論』(創出版 2008)によれば、この試写会の呼びかけ人は、阿形充規(大日本朱光会)、河原博史(同血社)、木村三浩(一水会)、中尾征秀郎(正気塾)、福田邦宏(防共新聞社)、山口申(民族革新会議)、平野悠(ロフト代表)という顔ぶれ。案内状の文章は、

 

 マスコミの論調の多くで「右翼団体による抗議活動のため上映が中止された」という報道がされております。確かに一部団体が上映予定映画館に対して抗議活動を行いましたが、それをもって右翼全体が上映を潰したという見解は事実と大きくずれており、実際、多くの人はまだ映画そのものを観ていないのが現状です。「表現の自由の危機」という報道も目立ちますが、表現・言論活動は映画芸術だけに限らず、政治/思想団体、活動家などすべての人にとって重要なものであることは明らかです。

 

というものであった。

 上映後の討論での、

 

 一部のマスコミによって、われわれが加害者、彼らが被害者という図式を作られてしまった。表現の自由というのは妙に曖昧でがさつで、時として悪用される。つまり加害者と被害者が出てしまうということを、民族派として考えるための布石となった。 (河原氏)

 

 民族派の主義や主張は、テレビなどで何かしゃべっても、かならず短く切られてしまう。しかしこの映画は、最初から最後まで映してくれています。これまで右翼というと、街宣車でがなり立ててる部分しか見ていなかった一般の人が、映画を観て、「民族派というのは、しっかりした理念で行動しているのだな」と目を向けてくれるのではないかと思います。 (阿形氏)

 

 マスコミのバカ騒ぎに乗って、こんな駄作にプレミアがついて上映されることになりそうだ。これは徹底的に無視を決め込むというのが、有効な手段ではないか。 (福田氏)

 

 私は東京大空襲を経験しているものですから、目頭が熱くなるほど心を打たれました。最後に南京で首を切り落とすスライドが映りましたが、われわれの感覚からすれば、それだけで反日だということになります。しかし、中国人が靖国というテーマで撮るならば、そうならざるをえないと思うんです。我々はそう騒ぎ立てることもないでしょう。 (山口氏)

 

といった意見は、それぞれに興味深いものだろう(右翼・民族派と自負する人々の多面性を窺うことも出来る)。

 

 上映中止騒ぎでは、右翼・民族派の皆さんも「マスコミ報道の被害者」なのであった。

 

 

 

 明日は、稲田朋美議員とその同僚の行動について考えてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 2009/05/04 22:33 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/103140

 

 

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