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2009年5月 8日 (金)

続々々・映画「靖国」を観る

 

 「メイシネマ祭 ’09」で、映画『靖国』(2007年 李纓監督作品)が上映されたのは5月3日のことであった。その日の夜以来、映画『靖国』上映が提起した問題を考えて来た。

 

 

 映画『靖国』は、「反日映画」であると言えるのかどうか?

 もう一度、そのあたりを考えてみたい。

 

 昨日も触れたことだが、そもそも「反日」という語の内実があやふやに過ぎる。

 

 映画『靖国』を誌面で問題にし、しかも映画に「反日」のレッテルを貼ったのは、一般誌では「週刊新潮」の記事が最初であった。記事のタイトルは、「反日映画『靖国』は『日本の助成金』750万円で作られた」であり、当初から「反日映画」として『靖国』は取り扱われていたのである。

 その2007年12月20日号の「週刊新潮」の取材ぶりの一端が、鈴木邦夫氏(一水会顧問)により明らかにされている。

 「靖国」については右翼の間でも、あの映画は反日的だと批判する人がいるけれど、実際に映画を観ないで抗議の電話をかけたり、街宣車で押しかけたりする人が多い。今回のような騒ぎになったのは、07年末に『週刊新潮』が取り上げたせいですよ。僕のところにも取材に来ましたが、こんな映画を許しておいていいんですか、としきりに煽っていましたね。

          『靖国 上映中止をめぐる大討論』(創出版 2008)

ということであって、当初から「反日」という文脈で、扇動まがいの取材がされていたことになる。

 

 

 しかし、映画のどこが「反日的」だったのだろうか?

 

 「映画『靖国』を観る」では、私は、「反日映画」としては不合格、と書いた。

 つまり、そのまま何も編集に手を加えずに、ナレーションを少し加えれば、靖国神社の宣伝映画として通用してしまうだろう、というのが私の判定。

 現状では、制作側の誘導的ナレーションは存在せず、2005年8月15日の靖国神社境内のドキュメントと、現役の最後の靖国刀の刀鍛冶である刈谷直治氏(当時90歳)の神社奉納用日本刀制作風景とインタビュー、合祀取り下げを求める日本人と台湾人遺族の神社との交渉風景とインタビューと過去の歴史映像だけで構成された映画であるに過ぎない。カメラの前に展開された事実の提示、それが映画『靖国』の基本なのである。

 ここに、「反日的」という評価の対象となりうるナレーションを加えれば、確かに「反日映画」になるのだろうが、そのような付加物はない。

というのがその理由であった。

 

 実際、この映画の評価をめぐっても、まさにその点を理由に、ドキュメンタリーとしての「つまらなさ・ものたりなさ」を指摘する論者は少なくない。

 宮台真司、吉岡忍、呉智英といった諸氏の評価はその点において共通している。ここでは、呉智英氏の、

 情報は整理されて初めて知識になり、事実は解釈されて初めて真実になる

という言葉(「論座」 2008 6)をご紹介しておこう。

 私の書いた、

 凝った味付けの料理を提供することではなくて、良質な素材を提供すること。それが目指されていたように見えるし、そのことに成功した作品であるように、私には思えたのだ。

という評価は、呉智英氏の言葉と表裏一体の関係にあるわけだ。

 

 

 私は、李纓監督によって提供された素材の面白さを堪能したわけであるし、上記のような諸氏にとっては、料理の仕上がりとして期待はずれなものだったということであろう。

 靖国刀の刀匠の存在そのものが、そしてその作業自体が、私には面白くてたまらなかったし、八月十五日の靖国神社境内の情景も、それだけで十分に楽しめるものであった。

 

…という視点で映画を観る限り、(どちらの視点からも)『靖国』は「反日的」作品たりえない。

 

 

 稲田朋美議員が、この映画から、

 靖国神社が侵略戦争に国民を駆り立て、天皇陛下のために死ぬ国民を作る一種の装置だった

というメッセージが発せられていると主張する根拠(それが「反日的」であることの意味だろう)はどこにあったのか?

 

 昨日も触れたように、問題は、「民族革新会議」の山口申氏の、

 最後に南京で首を切り落とすスライドが映りましたが、われわれの感覚からすれば、それだけで反日だということになります。

という指摘に集約されるだろう。

 

 しかし、それは、あくまでも敗戦後の日本人の感覚なのであって、大日本帝國の日本人の感覚ではない。そこには、靖国刀を含む軍刀の使用法の実際が写されているだけの話なのである。そこにやましさを感じるのは、敗戦後の日本人であることの証左となり得るかもしれないが、映し出されている帝國陸軍将校にとり、そしてその写真に接した銃後の人々にとっては、「やましさ」は無縁の感覚なのである。

 

 稲田朋美議員は、弁護士としては「南京百人斬り競争名誉毀損裁判」の主任代理人だったそうだが、まさに過熱した「百人斬り競争」報道の存在が、「やましさ」とは無縁だった、当時の大日本帝國の日本人の感覚を伝えるものだろう。

 「百人斬り競争」の実態がどうであったのか(私自身はマスコミの過剰報道という疑念を否定出来ないが)とは別に、戦場での軍刀を使用した「百人斬り競争」が、新聞読者にはリアルなものとして、しかも肯定的に受け止められていたことは確かである。

 そのような風土では、「南京で首を切り落とす」光景は、決して「反日的」なものではなく、むしろ皇軍の武威の象徴として受け取られ得るものであったことを理解しておく必要がある。

 

 「南京で首を切り落とす」光景に「反日的」メッセージを嗅ぎ取るのは、そこに「やましさ」を感じてしまう敗戦後の日本人の一員であるからなのだ。

 

 つまり、映像自体が「反日的」なのではなく、稲田朋美議員を含めた敗戦後の日本人の抱く「やましさ」が、そこに「反日的メッセージ」を見出させてしまうのである。

 

 

 

 まず私たちは、その構造を理解しておく必要がある。

 

 

 

 
 

 

 

(オリジナルは、投稿日時 2009/05/07 23:06 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/103433/user_id/316274

 

 

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