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2009年4月11日 (土)

続々々・「幻想の痕跡」

 

 再び…

 

 東京都立松沢病院内にある「日本精神医学資料館」をめぐるお話は、昨夜で終わるはずだったのだが、昨日の記事へのコメントに「葦原将軍」への言及があった。

 
…というわけで、今夜も、『怪』0026号(カドカワムック)の荒俣宏「松沢病院に残された幻想の痕跡に出会う」からのご紹介を続けたい。

 
 

 葦原将軍の話題としては、これまでに取り上げた発言の他に、まず鼎談の冒頭に、

 
 

荒(荒俣宏)  松沢病院を見学するのは、初めてです。それにしても広い敷地ですね。体育館も、コンビニも、集会所も中にあるし、椅子に座って飲み物を飲みながら談笑してらっしゃるのは、入院患者さんですね。われわれ外部の者が話しかけてよろしいですか?

春(春日武彦)  はい、ここは自由です。…(略)…。なにしろ広いので、医師は自転車で回診しなきゃいけません。…(略)…。

荒  この病院がこんなに駅の近くにあるとは、思ってもいませんでした。なんでも、五十年も居る患者さんもおいでだとか。普通の病院だとなかなか考えられませんね。もうここで、町と病院の共同社会が形成されてしまっている。

春  長い時間かけて、町と一体になった感じがありますね。近くのお店で何か買ったり、もう街に溶け込んでますよ。

京(京極夏彦)  他の疾病で入院する場合、入院が長引くすなわち症状が改善しない、悪くなるということですし、最後にはお亡くなりになってしまうわけですけれども、ここの患者さんの場合はそうではない。

春  葦原将軍のような方も居て、ここに居ながら、いろいろな色紙や証書を出して金儲けをしたりしていましたものね。

荒  販売とかは昔は自由だったんですか。揮毫などを売ったりと。

春  別に、本人がしたければしてもいい。わりと自由だったみたいです。…(略)…。

京  地域全体が本当の意味での開放病棟的に機能しているんですね。病院としても町としても。僕も暮らせるなあ、ここなら。

 
 

という形で登場する。

 

 実際、『ウィキペディア』には、

 
 

 病院に来る新聞記者や参観人に勅語を乱発しては売りつけたりした。葦原将軍の乃木希典との会見や、伊藤博文に金を無心して無視された事もある。また、明治天皇が巡幸した際に、「やあ、兄貴」と声をかけたこともある(大澤真幸『思想のケミストリー』紀伊国屋書店、118頁)。日露戦争時、「相撲取りの部隊を出してロシア軍のトーチカを破壊せよ」と発言するなど戦前のジャーナリズムを大いに賑わす人気者であった。奇矯かつ過激な言動は格好のゴシップネタとなり、新聞記者の間では「記事のネタに困ったときは葦原将軍に話を聞きに行け」と言われたくらいであった。
 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%A6%E5%8E%9F%E5%B0%86%E8%BB%8D

 
 

と、その「逸話」が紹介されている。

 
 
 

荒  おっと、とうとう遭えましたよ。葦原将軍の遺品です!

春  そこにデスマスクも脳みそも、あります。

荒  大礼服や帽子も、ほとんど自作、サーベルも安ピカの手作り品ですね。

京  もうちょっと立派なのかと思ってました。でも、かわいいな、素朴で。

春  この葦原将軍に関して、だれか伝記を書かないかと思うんですけれどもね。種村季弘産は、予告だけして亡くなっちゃったし。

荒  当時は言論が弾圧されていましたが、この人は狂人だということで、どんな言論を発してもフリーだったそうですね。

春  マスコミが、何かにつけて話を聞きにきました。葦原将軍の話だからということで、過激な発言もお目こぼしになったんでしょう。

荒  そうですね。それで皆利用したんですよね。

春  そのあとが、山下清ですよ。彼の発言も比較的フリーだった。でも、さらにそのあとが居ないですよね、そういう役割を引き受けられる人が。

荒  いないですね、また表に一切出てきませんしね。でも以前、春日先生がおっしゃったことで、今は葦原将軍のような、宇宙的な広がりを持つ誇大妄想を語る人は居なくなった。俺は誰かに狙われているとか、小さい、しょぼい妄想しか存在しなくなったという話。妄想が小ぶりになったというのが、わたしには印象的でした。電気治療を跳ね返すくらいの妄想が、なかなか出てこない。

京  自分は偉いんだという人が居なくなってしまった……。

荒  デーモン閣下くらいですか。でも、『閣下』どまりですね。あとは有栖川で『殿下』が出たけれども、皇帝とか将軍と自称する人はいないなあ。

京  だからみんな、宇宙にいっちゃうんですね。でも、コリン星あたりじゃ偉くはないね。

 
 

…と、ここでは、『ウィキペディア』の記事にもあった、ジャーナリズムとの関係にも触れられている。

 ちなみに、その『ウィキペディア』によれば、山下清はサヴァン症候群ということになるらしい。

 葦原将軍の方は、確定した診断名はないという話だが、症状としては「誇大妄想」だろう。

 
 

 さて、鼎談には、

 
 

荒  元気になる妄想や、精神の異常状態を、人工的に体験すること(薬物使用についての言及-引用者)はまあ、本人の自覚次第としても、自分でどうしようもないのは統合失調症などの発症です。後遺症とは違う、薬害とも違う形になりますよね。発症すると、自力だけでは治せないですよね。

春  そうですね。家族や社会がパラメーターに入ってきますから。それと、統合失調症の研究が遅れている理由は、動物実験ができないことです。統合失調症のマウスなんて、イメージすることすらおぼつかない。

京  逆に、ほっとけばいい精神疾患というのもありませんか。それはそれで精神の安定が保たれているので、そのままでも良い、というような。たとえば、自分のしたことを覚えていないような場合、それを天井裏の妖怪がしていることだ、と信じこむ。でも、そう信じ込むことで精神の安定が得られているなら、本人も周囲も、それでかまわないのではないでしょうか。

春  そうなんです。わたしもそう思います。心を治すことは、風邪を治すようにはゆかない。ポイントは、本人にとっての幸せは何か、ということです。妄想を持っていてもそれなりに幸せということはありますよ。まわりが許容できるかどうかですが。

荒  統合失調症にかかると、たいていあまり幸せそうではなくなるみたい。

春  まわりからはじかれてしまうわけですよ。ただ昔だったら、どこの町にも一人くらい有名な人が居たわけです。今は街にそういう包容力が無くなったということが、いえます。

 
 

というやり取りも記録されている。

 
 
 

 葦原将軍は幸福だったのだろうか? その墓碑銘には、「狂聖」という語が刻まれているそうである。

 
 
 
 
 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2009/04/08 21:49 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/100589

 

 

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