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2009年2月

2009年2月14日 (土)

続々々々々々・老眼と自己決定

 

人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

 

 

…という話題に、久しぶり、立ち戻る。

 

 

 

 「続々々々・老眼と自己決定」では、自殺をめぐり、

 

自殺とは、自身の生命を、自身の決定により処分可能であるという事実の上に成立する。ここにも、可能であるのかどうかと、それを権利として主張出来るのかどうかという、異なる二つの側面がある。

生命の処分権は誰のものなのか?

 

という問い方をしてみた。

 

 その上で、

 

一般的な文脈において、自己の権利として処分し得る対象は、自身の所有物として想定されているものだろう。当人の所有物に関しては、当人に処分権が属すると考えるのが、私達の生きる現代社会である。

 

という視点を設定し、その検討の後に、

 

…つまり、自身の生命は自身の所有物とは言えない。

…つまり、自身の生命の処分を自身の権利として主張することは不適切である。

 

と結論付けた。

 

 

 この論点について、今回は別の観点から論じてみたい。

 

 

 

 生命の処分権は誰のものなのか?と考えた時に、処分の対象と成り得るものと、その処分の決定権者の関係について、再度、ここでは考えてみたいのである。

 

 処分の対象物に対し、処分権保有者が処分の実行をした際に生ずる変化に着目しよう。

 処分=破棄と考えた場合、処分実行後には処分対象は破棄され、その存在を失う。しかし、処分権保有者=処分実行者の存在はそのまま残る。

 そこに、所有関係に基づく「処分」を特徴付ける性格を見出すことが出来るだろう。所有物の処分後にも、その所有者の存在自体は、そこにそのまま残るのである。もちろん、そこに残されるのは、かつての所有者としてという意味における存在であり、既に破棄された物件の所有者ではないのであるが、その人物の生命は維持されているのである。

 

 それに対し、「自殺=自身の生命の処分・破棄」と考えてみよう。自分の生命が自身の所有物であるならば、その処分・破棄後にも、自分自身が生き続けている必要がある。もちろん、自殺の意味するのは、自身の生命の抹消であり、処分実行後には、自身の生命の所有者であったはずの自分自身の存在は失われてしまうことになる。

 つまり、結論として、自分自身の生命に関し、それを自身の所有対象として考え、自分自身にその処分権が属すると考えることは誤りである、という認識が導き出されるだろう。

 

 

 

 自殺は行為として可能であるが、やはり、それを当人の「権利」として主張し得るような性格のものとして考えることは妥当ではない。

 

 

 

 

 しかし…

 自身にとっての耐え難い苦痛が存在し、その上で、自身の生の存続を望まぬこと。

 それが自殺の理由であり、安楽死(「尊厳死」と呼ぶにせよ)を望む理由として考えられている事態であろう。その当人に対し、苦痛ある生の存続を強要する権利を持つ者の存在を、私は、想定出来ない。

 

 

 

人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

生命の処分権は誰のものなのか?

 

 

 

 もう少し、考え続けてみたい。

 

 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/14 23:40→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/95153

 

 

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2009年2月11日 (水)

建物のカケラ

 

 「建物のカケラ」と題された展覧会に出かけた。

 サブタイトルに「一木努コレクション」とある通り、一木努氏による個人コレクションの展示である。内容は、タイトル通り、解体された建物の「カケラ」のコレクションだ。

 展覧会図録にある主催者による「ごあいさつ」の文章には、

建物にとっていちばん幸福な姿とは、建物がその場所に存在し、人々や土地の記憶の中で生き続けること(現地保存)であると私達は考えます。しかし建物は、時が経てばその多くが解体される運命にあります。思い出の建物、風景の一部であった建物は、大小無数のカケラをのこして姿を消すのです。

本展覧会で皆様にご紹介する約700点にもおよぶ建物のカケラたちは、現役の歯科医師でもある一木努氏が、約900箇所の解体現場に通い、40年の長きにわたり収集してきた個人コレクションの一部です。…

…とある。

 開催場所が、「江戸東京たてもの園」(東京都小金井市)であることが、冒頭の「建物にとっていちばん幸福な姿とは、建物がその場所に存在し、人々や土地の記憶の中で生き続けること(現地保存)であると私達は考えます」という言葉に反映されているように思える。「江戸東京たてもの園」とは、現地保存の叶わなくなった建物を移転保存するための施設なのである。

 もちろん、移転保存も叶わない建物、解体され姿を消してしまう建物のほうが圧倒的に多い。「江戸東京たてもの園」の関係者にとっても、実に悲しく歯がゆい事態であるに違いない。

 「江戸東京たてもの園」の学芸員氏が書いたのであろう「ごあいさつ」の文章の後ろには、そんな日々の経験が隠されているように思えるわけだ。

 

 下館市の歯科医師、一木努氏は、現地保存が叶わず、移転保存も出来ずに解体され姿を消していく建物のカケラを解体現場から救い出すことで、その建物のかつてあった徴を保存するという行為を続けて来た方なのだ。

 
 

 図録から、一木氏自身の文章を紹介しよう。

どんな名建築でも取り壊しとなれば、美しい壁もはがされ、立派な柱も倒され、つぶし砕かれて、建築廃棄物となってしまう。つまり、廃材というか、ゴミ。でも、捨てられてしまうそのゴミの一部(カケラ)を集めるとなると、それなりの努力がいる。ゴミといっても、通りの集積場に出してあるわけではない。解体現場の仮囲いの中で、廃棄物となった建物のカケラは、ダンプに積まれ、人目に触れることもなく、そのまま処分場に運ばれてしまう。

建物のカケラを手に入れるには、解体中に、その仮囲いの中に入って、取り外すか、拾い上げるしかない。後から入手するのはほとんど不可能だし、解体前も難しい。

そのため、解体の日程を把握し、現場を巡回しながら頃合いをみて交渉。承諾を得て、現場に入り、選択、最終、運搬という手順になる。

つまり、このコレクションは、建物の持ち主や現場作業員の理解と協力がなければ、成り立たなかった。現場では、解体作業中に、部外者から廃材をねだられるのだから、かなり迷惑だったに違いない。にもかかわらず、どこでも本当に親切にしていただいた。その好意に報いることができるとすれば、現場から救い出したカケラを、少しでも多くの人に、見ていただくことしかないだろう。

 

…と、その収集の方法が明かされているわけだが、その第一号は、1966年、一木氏17歳の夏に始まる。もちろん、その時のカケラ(常陽製菓煙突レンガ)も展示会場にある、というか展示自体もそこから始まるのである。

 

 公共建築もあれば、個人住宅もあるし、ありとあらゆる種類の「建物のカケラ」が集められていることに驚く。

 たとえば、図録中の素材別のコーナーの「石」の項目には、渋谷区神宮前の社会事業大学(旧海軍館)、岡山県岡山市の「中国銀行本店」、千代田区丸の内の「白石ビル」、大阪市南区心斎橋筋の「戎橋キリン会館」、港区海岸の「芝浦石畳」、台東区上野の「本牧亭」、港区芝大門の「昭和電工(旧不動貯蓄銀行本店)」…といった具合である。

 中には、1968年の国際反戦デーに新宿駅での投石に使われた石、なんてものまである。

…と、石もあれば金属金物もあり、タイルのカケラから装飾のレリーフ、そして「キャッツシアター(大阪)」のテント地まで、素材も様々なら、大きさも様々である。

 すべて解体され、建物は現存しないのである。写真でかつての姿を見ることは出来るわけだが、しかし、その建物の一部の実物の持つ存在感は、また格別のものなのだ。

 

 一木氏の営為を讃えないわけにはいかない。

 

 しかし、すべて廃材、ゴミである。そのようなもののコレクションに、家族の理解は得られているのだろうか?と、誰しも不安になるところであろう。

 しかし、ここにもまた驚くべきストーリーが展開するのであった。

 

 展示品に、渋谷区千駄ヶ谷の「藤井邸」のカケラがあった。それには次のようなキャプションが付けられていたのだ。

こののち、結婚することになった女性からもらった初めてのプレゼント。実は、彼女も建物のカケラを中学校時代に収集していたことが判明。

 

 一木氏の伴侶となった女性をも、ここで讃えなければならないのである。

   (これは、同行した家族全員が感動したエピソードである)

 

 

 

なお、「建物のカケラ」展は、江戸東京たてもの園(東京都小金井市)にて、3月1日まで開催。

  

 
 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/11 20:23→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/94803

 

 

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昭和四年文部省檢定濟『家事新教科書』 (2)

 

   第11章 竃・燃料

    第一節 竃

一、要部 竃には、燃焼部・用熱部・通風部を備へることが必要である。

1、燃焼部 燃料を燃やす部で、火網と、焚込口と、爈戸とがなければならぬ、その構造は燃料の種類によつて異なる。

2、用熱部 熱を利用する部で、煮炊きをするものならば、鍋・釜の大きさに適せしめる等、その構造は利用の目的によつて異なる。

3、通風部 燃焼部に空気を入れ、且廃気を去る部で、開閉し得る通風口と、煙を生ずる燃料では煙突とがなければならぬ、その構造は燃料の種類によつて異なる。

二、種類 普通に用ふる竃には、日本竃・西洋竃・改良竃等がある、この外七輪類も亦多く用ひられる。

1、日本竃 日本従来の竃で土又は石を以てつくり、焚込口と通風口を兼ねし口があつて爈戸はない、故に燃焼は不完全で多くの煙を出す。

2、西洋竃 西洋式の竃で鉄を以てつくり、三要部を備へ、通常周囲を煉瓦にてかこむ、燃焼は完全で多くの煙を出さぬ。

3、改良竃 種類多く、鉄製で三要部を備へ、木炭用のものは煙突がない、必要に応じて、用熱部の形を種種に組み換へ得るから便である、愃六竃の如きはそれである。

4、炭七輪 土製と鉄製とがあり、用熱部の大きさを変ずるために枠がある、土製は鉄製よりも熱効率は大であるが、破損し易い。

5、ガス七輪 鉄製で括栓によつてガス量を加減し得る、もし空気量と鍋釜の高さとを加減し得るように改良すれば一層便利である。

6、電気七輪 燃焼によらず電気熱を利用したもので、切替スヰッチにより、電流の断続と電流の強さの加減とをなし得るから便である。

7、石油厨爈 種類多く、鉄製で、石油を燈心に吸上げて燃やすものと、石油を圧力で押上げ気化させたものを燃やすものとの二種がある、火力はやや強いから石炭ガスのない所では便である、スタンダード石油厨爈、平栄竃の如きものである。

    第二節 燃料

一、種類 普通に用ふる燃料は、薪・木炭・石炭・石炭ガス・及び石油である、近年電気も亦燃料の代りに次第に用ひられる。

1、薪 樫・楢・山毛欅・櫟等の堅木と松その他の雑木とがある、堅木は雑木よりも、又冬に切り取つた木は夏に切り取つた木よりも炭素分多く、従つて火力は強く、火持ちは長い。水分あるものは気化熱を奪ひ去るから、乾いたものよりも有効熱量は小である、残火は消し置きて利用する。

よい薪は、(1)その質かたく、(2)よく乾き、(3)木理はととのつている。薪に点火するには、先づ適当に組み重ねた下に、焚付を入れ、マッチを以て点火し、焚付の燃え切らぬ間に、次次と同じ場所に少しづつ焚付を送り入れ、薪の同一部を発火点に熱すればよい。

2、木炭 堅炭・佐倉炭・松炭等がある、堅炭は樫性が最良で、火付あしきも、火力は強く火持は長い。佐倉炭は櫟製が最良で、火力は堅炭に劣るも、火付はよく、火持は長く、埋火に適する。松炭は松製で、火力は弱く、火持は短い。故に炊事用には堅炭を用ひ、火鉢・煙草盆には佐倉炭を用ひる、残火は消し置きて利用する。

よい木炭は、(1)木理正しく、(2)切口黒くして、(3)堅くして打てば金属音を発する。

木炭に点火するには、先づ火種を中にして消炭を寄せかけ、更に堅炭を寄せかけて、その上に火起筒を立てればよい。

3、石炭 褐炭・黒炭・無煙炭等があり、普通に用ひるものは黒炭である、石炭は火力は強く、火持は長いが、火付はあしく、煙と悪臭とを発するから、煙突のある竃でなければ用ひ難い。

よい石炭は、(1)黒くして輝き、(2)かたくして重く、(3)結晶状に塊まつてゐる。

4、石炭ガス (1)点火・消火は容易で、(2)火力は強く、(3)火加減は自由で、(4)且周囲を汚さず、(5)至急の間に合ふことが他の燃料にまさる、しかし都市でなければ得難い。

石炭ガスを点火するには、先づ鍋・釜を七輪又はかも度にのせ、次にマッチをすり、括栓を少し開いて直に点火し、更に括栓を開いて焔の大きさを加減する。

5、電流 電気熱を利用せしもので、(1)電流の断続及び、(2)熱加減はやや自由で、(3)空気及び周囲を汚さぬから、他の燃料にまさるが、都市でなければ得難い。

6、石油 近年は燈用以外に、炊事・ストーブにも用ふ、点火に少し手数を要し、且空気を汚すが、(1)火力はやや強く、(2)火加減は自由であるため、石炭ガスや電流のない地では便である。

 
 

…と、80年前の、高等女学校師範学校用家事科用教科書には書いてある。

 既に昭和の時代の教科書なわけだが、炊事の主力は「薪」であり「竃」なのであった。

 こういうことは、知識としては確かにインプットされているのだが、しかし普段の想像力の外にあるようにも感じる。

 

 火力の主力として「1」が薪、「2」が木炭、「3」が石炭と続いているのだが、どれも火力調整の難しい「燃料」である。弱火から強火までを瞬時に使い分ける、現代の感覚での「料理」には向いていない。

 

 「石炭ガス」の項目の、

  (1)点火・消火は容易で、

  (2)火力は強く、

  (3)火加減は自由で、

  (4)且周囲を汚さず、

  (5)至急の間に合ふことが他の燃料にまさる

という記述には、今さらながら驚かされることになるだろう。言うまでもなく、どれも今や当たり前の話なのである。しかし、80年前の日本の少女達には、そして当時の主婦達にも、必ずしも当たり前の話ではなかったわけだ。

 時代を経た日常感覚への想像力を持つことの意外なほどの難しさを、家事科教科書の記述を通して味わうことが出来る。

 
 

 現代人である私達に、日常的に、「ガス七輪」や「電気七輪」を用いて生活しているという自覚はあるだろうか?

 
 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/10 20:40→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/94721

 

 

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昭和四年文部省檢定濟『家事新教科書』 (1)

 

   第五章 嗜好品

    第一節 嗜好品の意義・種類

一、意義 嗜好品は、(1)神經を刺戟し、(2)心身の働きを盛にするものである。

二、種類 普通のものは、(1)茶・コーヒー・ココア・酒類等の飲料、(2)山葵・生薑・山椒・胡椒・芥子・蕃椒等の香辛料及び、(3)煙草等である。

    第二節 嗜好品の性質

一、茶 緑茶・紅茶・烏龍茶等があり…

 
 

…と、昨日購入の、昭和四年文部省檢定濟『家事新教科書』の「嗜好品」の項は始まっている。

 文中それぞれのルビは、

 …山葵(ワサビ)・生薑(シヤウガ)・山椒(サンセウ)・胡椒(コセウ)・芥子(カラシ)・蕃椒(タウガラシ)等の香辛料(カウシンレウ)及び…

といった具合だ。

 毎度のことながら、舊字體の文章を相手にするのには、労力が要求される。「IMEパッド」様のご厄介になりつつ、注意力と根気の勝負となる。老眼人間には辛い。

ので、以下は、漢字の旧字体への変換をなしで済ませてしまうことにする。

 で、「嗜好品」についてのお勉強を続けると、

 
 

三、酒類 醸造酒・蒸留酒・混成酒の別がある、いづれも主成分はエチルアルコールで、その含量は酒の種類によって左の如く異なる。

 (酒名 エチルアルコール の順で)

ビール 4・5  葡萄酒 8・5  清酒 17・5  ウイスキー 39・6  焼酎 39・5  ブランデー 48・6

酒類は、(1)適量を飲めば、精神を興奮させ、血行を盛にし、消化を進める効はあるが、常用者は次第にその分量を増し易く、(2)過量を飲めば、胃腸と脳を害する、且その害は独り現在の我が身のみにとどまらず、子孫にも及ぼすことがある、而してこれ等の害は、エチルアルコール量の多い酒ほど甚だしい、故に飲酒の習慣をつけぬがよい、我が国では、未成年者には法律を以て飲用を禁じてゐる。   

四、山葵・生薑・山椒等 (1)少量を用ひれば、消化器を刺激し、食欲を進めるが、(2)多量を用ひれば、逆上をまねき、胃を害する。

五、煙草 刻煙草・紙巻煙草、葉巻煙草がある、いづれも、主成分はニコチンである、喫煙の際その大部分は分解するが、微量は煙と共に体内に入る。常用者は、(1)適度に用ひれば、神経を興奮し、心身の疲れをいやす効あるも、(2)過度に用ひれば、咽喉及び胃を害し、脳に作用して、記憶力・推理力を減ずる、故に喫煙の習慣をつけぬがよい、我が国では未成年者には法律を以て喫煙を禁じてゐる。

六、清涼飲料水 ラムネ・サイダー・平野水等は、炭酸ガスを含める清涼飲料で、蜜柑水・薄荷水・葡萄水等は炭酸ガスを含まぬ清涼飲料である。これ等は、(1)適量を飲めば、渇をいやし、清涼の感をあたへ、食欲を進める効はあるが、(2)妄に用ひれば胃腸を害する。

清涼飲料は、濁れるものは古くして有害であるから、用ひるときに壜のままこれを振って日光にすかし、透明なるものを選ぶがよい。

 
 
 

 戦前の新聞記事もそうだが、句読点の用い方が、現在と異なっている。

 現代の学校で、このようなスタイルで文章を書いたら、少なくとも句読点については、先生から直されてしまうだろう。しかし、これが、昭和4年の教科書の文章だったのである。

 まぁ、「適量・少量・適度」に用ひれば効があるが、「過量・多量・過度・妄」に用ひれば胃に悪い、というのが嗜好品の共通点、ということは理解出来るだろう。

 脳にも悪影響のある嗜好品もあるわけだが、心当たりのある方は注意されたい。

 
 
 

 ホントは、第11章の「竃・燃料」の項目を取り上げて、80年前の主婦の調理の苦労について考えるはずだったのだが…

 しかし、「平野水」とはどんな飲み物なのだろうか?

 
 

 
 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/09 20:05→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/94591

 

 

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ダミニストの日曜日、あるいは古本屋のダブニスト

 

 また古書店での浪費である。

 
 

 午前中は、娘は美術系予備校通い。

 こちらは、某MLの饒舌氏への「アドバイス」を書いて過ごしていた。

 

 昼食を駅近くのステーキハウスで、という話だったので、娘の母と出かける。

 合流し、レアのロースで昼食。店のオーナーが、60代突入を機会に引退→閉店ということなので、この店で食べられるのも今のうちなのだ。

 食後には、向かいの果実店のケーキを購入し、帰宅後のお楽しみとする。

 

 家路の途中に古書店がある。

 銀行に寄り、手持ち資金に余裕があったもので、店内突入。

 
 
 

加藤典洋 『敗戦後論』 (講談社 1997) 100円

川上弘美 『ニシノユキヒコの恋と冒険』 (新潮社 2003) 100円

西川長夫・姜尚中・西成彦編著 『20世紀をいかに越えるか』 (平凡社 2000) 1800円

I.I.ゴッデスマン 『分裂病の起源』 (日本評論社 1992) 500円

折原浩 『大学の頽廃の淵にて』 (筑摩書房 1969) 350円

石澤吉麿 『家事新教科書 上巻』 (東京集成堂 昭和3年訂正13版) 1000円

 

 結局、以上の6冊を購入してしまった。

 

 加藤典洋の『敗戦後論』は、とっくに読んでおいていいはずの本なのだが、未読であった。増補版が文庫になってるはずだが、今回はあえて当初のハードカバーで購入。

 前の持ち主の「1997・10・21」という書き込みと、朝日新聞に掲載された赤坂憲雄の書評、「H・9・12・8」という書き込みのある『天声人語』の貼付というオマケ付き。

 

 川上弘美は、娘のために購入。

 

 『20世紀をいかに越えるか』には、編者3人を入れて15人の論文が収められており、「多言語・多文化主義を手がかりにして」というサブタイトルが付けられている。

 読んどかなきゃね、な内容だ。

 

 『分裂病の起源』の方は、分裂病=統合失調症に関して、近代化との関連での論考をかつて読んだのだが、その妥当性の確認が主目的である。

 

 折原浩は、かつての紛争時に、大学当局に対する批判者として名を残した人物である。その批判の内実を、当人の文章で読む。それが購入の目的。

 後に、教官への中沢新一採用をめぐり、西部邁と対立し、西部の辞任の因となった人物でもある。

 30代の折原浩の姿を再確認しておきたくなるわけだ。

 

 『家事新教科書 上巻』は、「昭和四年一月十一日 文部省検定済」の、「高等女学校師範学校家事用教科書」である。

 いわゆる「主婦」の登場する時代の、主婦予備軍のための教科書、ということになる。戦前の中・上層家庭の中における、母にして妻となるべく定められた少女達へ向けて書かれているわけだ。戦前の都会生活が反映されたものでもあるだろう。様々な文脈での読みが可能であるはずだ。

 
 
 

…というのが私の購入本。

 娘及び娘の母もそれぞれに購入していたので、本日も、我が家の中は、より狭くなったのであった。

 
 
 

 大型店で、キャットフードと、人間の食材を購入し帰宅。

 ケーキで一服した。お値段も上等だったが、味も値段に見合う上等なものだった。手を抜かないことって大事だよなぁ、とつくづく思ってしまった。

 
 

 さて、後は夕食だ。

 
 
 

 
 

 
(オリジナルは、投稿日時:2009/02/08 17:20→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/94453

 

 

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2009年2月 4日 (水)

続々々々々・老眼と自己決定

 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 
 

…という問いを重ねて、ついにタイトルに「続々々々々」と「々」が4つも並ぶところまで来てしまった。

 しかし、まだ考えておくべきことはある。

 
 

 自殺、あるいは安楽死の実行を求めることに、「権利」という語を用いることの妥当性について、昨日は考えた。

 自らの意思で、自らの命を断つこと。自らの手で実行出来れば、それは自殺であるし、他者の手助け無しに実行し得ないのが安楽死である。

 そこに「権利」という語を用いることに関しての違和感と、その根底にあるであろう論理について、昨日は論じてみたわけだ。

 
 

 自殺も安楽死も、自らに対する殺人という意味を帯びてしまう行為であることを否定出来ないが、しかし、他者に対する殺人行為とは大きく異なる側面もある。殺人の対象となる他者は、その行為の被害者であり、実行者は加害者である。自殺の場合は、自らの意思に基づく自らに対する殺人行為であり、そこに被害と加害という関係性は生じ得ない。安楽死の場合も、その実行役としての他者が加害者として、安楽死の実行を希望した当人からみなされることはない。

 殺人と呼ぶことの出来る行為がそこに存在することは確かであるが、しかし、その場所には、一般的な意味において、被害者も加害者も存在しないのである。

 まずそのことを確認しておきたい。

 

 

 さて、その上で、自殺あるいは安楽死の「権利」についての考察を思い出してみよう。「権利」という語を使用して、もう一度問題を見つめておこうと思う。

 

 

 自らの意思で死を選択ようとする人物に対し、その死を禁ずる「権利」を持つ者は存在するのであろうか?

 自ら選択する死は、当人の自由な意思による選択として、尊重されるべきものではないのだろうか?

…という問いが生まれて来てしまうのである。

 
 

 苦痛でしかないと当人には思われる人生の継続を望まぬという、当人による決断を前にして、その決断を禁じ、あるいは阻止する権利は存在するのだろうか?

 
 
 

 一昨日の日記で、その夜の『クローズアップ現代』の話題を取り上げた。

 将来的な安楽死の実行(番組中では「安楽死」という語の使用は慎重に避けられていたように思うが)を希望するALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の男性である照川氏の意思に関し、

 

  照川氏の選択に対し、言葉はない。

 

  もう一度繰り返すが、照川氏の選択自体を非難する理由は、私にはない。

 

と、私は書いた。

 その背後には、先に示した問題があるのだ。自由意志による当人の選択に対し、当人自身による当人自身の人生に関する選択に対し、他人であるに過ぎない私が介入する権利などないだろう。

 
 

 しかし、現実問題として、身近な人間(多分、身近な人物でなくとも)が自殺を志そうとする場に立ち会ってしまったら、私には決してその背中を押すことは出来ないようにも思う。

 あなたが自らの意思で死ぬことは、あなたの自由に属するのかも知れないし、それを阻止する権利は私にはないのかも知れない。しかし、それならば、あなたの死を望まぬ者の存在を無視して自らの死を選択することは、決してあなたの権利ではないことの自覚を求めることも私の自由に属する事柄であろうし、あなたの自殺を阻止するのもまた私の自由に属する行為であろう。

…ということを考えてしまったりもする。

 
 
 
 
 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 
 
 
 
 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/04 20:11→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/94020

 

 

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2009年2月 3日 (火)

続々々々・老眼と自己決定

 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

…という問いかけに答えること。

 

 昨日も書いたが、最優先されるべきは、当人の意思だろう。

 自分の死を自分で決定するとはどのようなことなのか?

 生物としての人間の身の上について考えれば、災害死・事故死という偶発的ケースを除外し、重篤な感染症や様々な進行性の疾患を免れることが出来たとしても、身体の老化の果てに、死は必ず向こうから訪れて来るものだ。何人も、最終的な死を免れることは出来ない。

 自身の決定により、最後に訪れる死を左右することは出来ないのである。

 つまり、自身の決定の対象となり得る死とは、生物的あるいは生理学的な過程の果ての肉体の死ではない。事故死・災害死、そして疾病による自ら望まぬ死もまた、自身による選択的決定の対象とは言えないだろう。

 事故死・災害死は、外部から強要される死であろうし、老化の果ての死は、内部崩壊の結果である。疾病による死は、両者の中間にあると言えるだろうか。そのいずれもが、自らの決定によらぬ死であることにおいては同列のものである。

 自身の決定の対象となる死とは、生物としての肉体として避けられぬ死ではなく、生物としての肉体に生の継続の可能性があるにもかかわらず、自ら選び取る死なのである。

 自殺、自死と呼ばれる死こそが、自身の決定の対象となり得る、自らの身の上に起きる死、自らの身の上に自ら起す死なのである。

 自殺という選択は、死を対象化する能力を抜きには存在し得ない。その意味で、大変に「人間的」な能力の上にのみ実現可能な、大変に「人間的」な選択だと言うことも出来るだろう。

 人間であるからこそ、自殺は可能なのである。

 

 人は望めば自殺をすることが出来るのだ。その意味で、自殺は自己決定の問題である。当人の意思に基づく自己決定は尊重されるべきだろう。

 しかし、ここで考えなくてはならないのは、当人の意思の尊重の重要性であると共に、その自殺への自己決定は、他者に対し自らの権利として主張されるべき性格のものであるのかどうか、ということだ。

 自らの生命を自己の意思でストップすること、つまり自らの意思で自らを殺害することは、「権利」として主張されるべき性格の行為なのだろうか?

 自身に対する殺人は、自身の権利であるのだろうか?

…つまり、自殺をめぐる自己決定権の主張とは、自身に対する殺人の権利の主張なのである、と考えることに論理的錯誤は存在するのであろうか?

…つまり、人は殺人の権利を、権利として主張出来るものなのだろうか?

…という問いかけをし、考えることに、私は意味を見出してしまうわけだ。

 

 さて、次に、異なる視点から、事態を見ておくことにしよう。

 自殺とは、自身の生命を、自身の決定により処分可能であるという事実の上に成立する。ここにも、可能であるのかどうかと、それを権利として主張出来るのかどうかという、異なる二つの側面がある。

 生命の処分権は誰のものなのか?

 一般的な文脈において、自己の権利として処分し得る対象は、自身の所有物として想定されているものだろう。当人の所有物に関しては、当人に処分権が属すると考えるのが、私達の生きる現代社会である。

 だとすれば、自身の生命は自身の所有物であるのかどうか?という問いが、ここに浮上して来るのである。

 所有物となり得るのは、自身の労働の成果、金銭による購入物、他者からの譲渡物、そして相続物件、ということになるであろうか?

 自身の生命は、自身の労働の結果の獲得物ではないし、購入物でも譲渡により得たものでもない。相続物件という主張が出来そうにも思えるが、相続対象と成り得る物件の元を辿れば、これも先行世代の労働・売買・譲渡による獲得物なのである。生命と呼ばれる現象を相続物件とみなすことは妥当ではない。

…つまり、自身の生命は自身の所有物とは言えない。

…つまり、自身の生命の処分を自身の権利として主張することは不適切である。

 

 

 人間にとって、他者の殺害であれ、自己の殺害であれ、行為としては可能なものである。

 しかし、それは、権利という範疇で論じられるべき性格の問題ではない。

 そのように考えるわけだ。

 

 「安楽死」もまた、自殺の延長として考えることが可能な行為である。

 自殺は個人の行為として実現可能なものであるが、安楽死は、その実行に他者の手を必要とする。安楽死は、社会的な場においてしか実現出来ないという制約の下にあるということだ。自殺の延長であると共に、自殺との相違も大きい行為として考えることも必要なのである。

 自殺が権利という範疇で論じられるべき問題でないのだとすれば、安楽死もまた権利という範疇の問題ではないだろう。

 どのような文脈で語ることで、社会的に可能な事態として認め得る地点に到達出来るのだろうか?

 安楽死の実行に関与するということは、他者の殺害に関与することでもあるのだ。

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 まだ問いを続けなければならない。

 
 
 

 

 
(オリジナルは、投稿日時:2009/02/03 19:03→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/93904

 

 

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2009年2月 2日 (月)

続々々・老眼と自己決定

 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

…というテーマ。軽い話ではない。

 そんな話を続けて、今日で4回目である。

 

 

 今夜の『クローズアップ現代』のテーマは、まさにその問題であった。

 意思の疎通が不可能になった時点での、人工呼吸器の取り外しを求めるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の男性の話である。

 筋萎縮性側索硬化症は、文字通り、筋肉の機能が停止することにより、生命の維持が困難になる難病である。肺による呼吸も、食物の咀嚼摂取も、筋肉の働きによるものだ。もちろん、歩くことを含めて、私達が通常、運動として理解している能力は失われてしまう。寝返りも打てないのである。

 かつては、呼吸器の筋肉の停止が、患者に死をもたらしていた。現在では、人工呼吸器の使用により、肺の筋肉の機能が失われても、生き続けることが可能となった。

 

 番組に登場した男性患者、照川氏は20年以上の病歴を持つ方だ。

 通常の会話能力は失われているが(と簡単に書いてしまっているが、声を出さずに他人とコミュニケーションすることの困難をどこまで想像出来るだろうか?)、頬の筋肉の動きを利用し、周囲に伝えたいことはパソコンに入力することが出来る。つまり、そのことにより意思の伝達が可能になっているのである。

 照川氏は、その能力が失われた時点で、つまり周囲に対する自らの意思伝達能力が失われた時点での呼吸器の取り外しを、病院に求めたのである。

 意思伝達能力の喪失と共に、彼の恐れているのは、瞼の筋肉の機能停止により視覚を失うことである。暗闇と化した世界の中で、身動きすることが出来ず、意思の伝達も出来ない自分の姿。照川氏は、その状態での生の存続を望まない。

 病院の倫理委員会は、一年にわたる議論の後に、彼の求めに応じる報告書を提出する。しかし、病院長は、刑事訴追の可能性を指摘し(番組内では、それが明示的な表現であったかどうかは記憶にないが)、実現には消極的である。

 

 

…というのが、現在の照川氏を取り巻く状況だ。

 

 

 さて、どのように考えるべきか? 

…とは私の考えるべきことではない。私に書けるのは、どのように考えるべきかではなく、私はどのように考えるか、それだけだ。

 

 

 まず、人の生死については、最優先されるべきは当事者本人の意思であると思っている。他人が、当人を差し置いて、口を出し・指図すべき問題ではないと考えている、ということだ。

 特に照川氏の場合、ALSの病歴20年の積極的な闘病人生の後の、現在の心情である。その20年という時間は、私の想像力の殆ど及ばぬ場所にある。

 照川氏の選択に対し、言葉はない。

 

 

 その上で、人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか? この視点から、私が何を考えたのか、それを記しておきたい。

 

 病院長の対応を、不適切なものと考えることは私には出来ない。法的なシステムの下に生きるのが、現代の人間の条件である。

 照川氏の希望の実現には、制度的な対応が不可欠と考えざるを得ない。医師や家族による、恣意的な、安楽死という名目の殺人行為が可能となるような条件は、事前に、制度的に、取り除かれねばならないのだ。

 しかし、制度化は両刃の剣である。患者自身、家族、そして医師、更に周囲の社会に対し、難病患者に対する医療継続の打ち切りを促す契機として機能しかねないのである。早期の安楽死実行の決断を求める圧力として機能する可能性は十分にあると考えておくべきだろう。

 難病患者への救いとして想定されていることは確かだが、難病患者の社会からの(世界からの)排除として帰結してしまう可能性も否定出来ないのである。

 問題の書物、『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(1920)での主張の帰結は、不健康な者の排除(ガス殺の対象となったのである)を制度化した、アドルフ・ヒトラー氏のユートピアであるナチスドイツの国家政策として現実化したのである。

 同書で、共著者の一人カール=ビンディングは、安楽死の対象として、

  1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
  2)治療不能な知的障害者
  3)瀕死の重傷者

の3つの事例を提示していたのであるが、その3事例の共通項は「治療不能状態」なのである。

 ナチスドイツは、治療不能な精神障害者に対するガス殺の実行を制度化してしまった。7万人以上が殺害されたと言われている。

 

 照川氏の願いが、ナチスドイツに直結しているなどど言うのではない。

 しかし、歴史的経験を想像力の内に持ち続けることは、少しは役に立つものだ。

 照川氏の願いの制度化を試みようとするならば、そして難病患者の社会的排除としての帰結を希望しないならば、そのような過去の歴史的経験を見据えておくことが必要だ。

 

 その上で、意思の伝達手段の喪失を理由に、安楽死を認めることは、意思の伝達手段を持たない、それどころか意思の存在すら疑問に付されてしまうような重度心身障害者の生の存続に、消極的な態度を社会にもたらすことにつながる可能性をも秘めているのである。

 重度心身障害者の社会からの(世界からの)積極的排除として帰結してしまう可能性がある、ということだ。

 現在の日本のマジョリティーの現実は、そのような危惧にリアリティーを感じさせるものでありはしないだろうか?

 

 そしてもう一つ。

 安楽死の権利とは、論理的には自殺の権利である。

 自殺は人間にとって権利なのだろうか?

 ある種の精神障害者にとっての自殺への誘惑は、侮ることが出来ないものだ。医療行為とは、彼らをその誘惑から守り、生の側へとつなぎとめておくことではないのだろうか? 自殺の権利の容認は、そのような努力を無効にしてしまう。

 あくまでも論理上の話ではあるのだが…

 

 もう一度繰り返すが、照川氏の選択自体を非難する理由は、私にはない。

 しかし、照川氏の選択が、結果としてどのように機能してしまう可能性があるのかについては、私は考えておかないわけにはいかない。

 人は社会の中で生きているのである。照川氏自身の個人的選択は尊重されるべきだが、その個人的選択は、同時に社会性を帯びたものとして機能してしまうのだ。そして、この人間に課せられた条件からは、誰も逃れることは出来ないのである。

 

 
 

 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/02 20:52→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/93796

 

 

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2009年2月 1日 (日)

続々・老眼と自己決定

 

 人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 

 

…という話になってしまっているが、発端は「老眼のカミングアウト」だった。まぁ、論文を書いているわけではないので、話の流れに身を任せるのもアリだと考えることにしよう。

 

 老眼になる(なってしまった)のは、自らの意思の結果ではない。つまり、考え・企み・思いつき・計画し・戦略を立て…といった言葉で表現される私の振る舞いの結果ではない。言い換えれば、私が自発的に老眼になったわけではない。

 しかし、一方で、外部の誰かの強制により、老眼となった私が存在するわけでもない。生体としての私に組み込まれたプログラムが発現した結果の老眼、と言うことも出来るだろう。

 私=意思する私、と考えれば、私の自発性に基づく老眼ではない。

 私=生体としての私、と考えれば、老眼は自発的な生体の老化に伴う自発的な現象として表現され得るものだ。

 既に、「私」として表現される対象が、必ずしも自明のものではないということが理解出来るはずだ。

 文脈により、私=意思する私であったり、私=生体としての私であったりする、というのが実際のところだろうか?

 

 さて、人の身の上に起る死は、誰によって決定されるべきものなのか?

 私にとっての死自体も、意思する私の死であるのか、それとも生体としての私の死として想定されるのかによって、見え方が異なるものとなるであろう。

 老化による死は、意思する私の「意思」に反するものであるかも知れないが、生体としての私にとっては「自発的な過程」の最終段階に過ぎない。

 外部から強制される死は、意思する私の意思に反する死であると共に、生体としての私の自発性を無視したところに成立する(成立させられる)死でもある。

 

 

 『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(1920)において、法律家カール=ビンディングは、
 

  1)助かる見込みのない患者〈末期癌の患者など〉。
  2)治療不能な知的障害者
  3)瀕死の重傷者
 

の三つのケースを、安楽死の対象とすることの法学的可能性を問題として提起していた。
 しかし、ビンディング自身の本来の議論は、共著者アルフレート=ホッヘの論点(社会的コスト削減を趣旨とした、政策としての知的障害者への安楽死を提言)とは異なり、「自殺」をめぐる法学的考察であった。

 1)と3)のケースは、まさに「自殺」の延長としての「安楽死」であり、意思する私の意思に基づく、他者の手を借りた自殺としての安楽死である。もちろん、社会的合意の存在という前提があっての話だ。1)および3)のケースの対象とされた当事者も、その社会の成員として、安楽死に関する社会的合意の同意者であるという想定が、安楽死実行の合法性を保障するわけである。

 ビンディングは、自殺行為の違法性(の有無)を法学的に考察したわけだが、その違法性を主張する論拠を見出すことは出来なかった。その結果、安楽死の違法性に関しても、自殺の延長と考えることにより、そこに違法性を見出すことは出来ないと考えていたのであろう。

…「考えていたのであろう」とは実に歯切れの悪い表現ではあるが、手元に本がないので記憶に頼って書いていることの結果とご理解いただきたい。ビンディングやホッヘの思想の祖述・紹介ではなく、提出された論点をより深く考えることが今回の一連の文章の焦点なのである、と書いている当人は考えているわけだ。

 

 さて、ビンディングの提出した三つのケースに戻ろう。

 そこには共通点も存在する。「治療不能」という事態だ。

 医療の目的が、「治癒」に至る「医療行為」であるとすれば、「治療不能」という状態は、「医療行為」の終着点であろう。

 しかし、「医療行為」とは「治癒」という終着点をのみ目指すものであるのだろうか? 「苦痛の緩和」もまた、医療行為の中心を占める行為ではないだろうか? 言い換えれば、生体としての人間に対する、生きているという状態へのサポートこそが、「医療行為」の基底を形成するのだと考えることは出来ないだろうか?

 

 

 これは、法学者ではなく、医師にこそ問われるべき問題なのかも知れないが、しかし、医師であるアルフレート=ホッヘこそが、知的障害者への安楽死の積極的主張者なのであった、というのが『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』と題された出版物により世界に放たれた問題の焦点のようにも思えて来るのである。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2009/02/01 21:49→ http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/93678

 

 

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