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2008年12月 3日 (水)

ミュンヘンのネズミ

 

 フォトページの方に、今年の年賀状をアップしておいたが、その裏話めいたことを書いておこうというのが、正月も3日目の日記となるはずだ。

 ↑ こんなデザイン

 どこかで、少し触れたことでもあるけれど、ネズミ年ということで、ドレの版画のことを考えたのが、12月中旬くらいだったと思う。

 ↑ ドレのオリジナル

”Conseil tenu par les rats (La Fontaine)" de Gustave DORE

 ギュスターブ・ドレが、ラ・フォンテーヌによるテクストのために作製したものだ。

 ご存知のシーンだと思う。

 暴虐な猫に対抗するために、指導者の求めによって開催されたネズミの集会。そこで、猫の首に鈴を付けることを提案する老賢者ネズミ。

 一同の賛同は得られるが、実行者として誰も名乗り出ない。

 アイディアと実行の間にある深い溝という教訓だろうか。

 集会に参加しているネズミの姿。その陰には、子供たちの世話をする母ネズミの姿もある。

 背景として描き込まれた小道具がネズミのサイズを説明している。光の取り扱いも巧い。

 ファンタジーであるにもかかわらず、リアルな光景に仕立て上げられている。

 その版画をトリミングして、使うことにしたわけだ。

 暴虐な猫と、それに手を出せない政治指導者というメタファーとして考えた時に、1938年の「ミュンヘン会談」と「ミュンヘン協定」が連想された。

 ヒトラーの領土要求に対し、英仏の首脳が妥協的な態度を取り、チェコスロヴァキアの解体を(チェコスロヴァキア代表の意思-それはチェコスロヴァキア国民の意思でもある-を問うことなく)決定したという、ヨーロッパ史の一齣である。

← ヒトラー(左)

            チェンバレン(中右) ダラディエ(右)

 賀状では、

 1938年 ミュンヘン会談

 アドルフ・ヒトラーの首に鈴を付けるものはいなかった。

 その代わりに、チェコスロヴァキアがプレゼントされた…

という記述になっている。

 この、英首相チェンバレンの「宥和政策」は、当時は、ヨーロッパに平和をもたらすもの、戦争の危機を回避する政策として、英国民の歓迎を受けている。

 ← 「宥和政策」の立役者、

             英首相ネヴィル・チェンバレン 

 しかし、実際の歴史の進展は、「宥和政策」がまったく逆の効果を生み出してしまったことを告げている。

 それは、軍事的恫喝の有効性をヒトラーに確信させるものでしかなかったのである。

 同時に、ナチスドイツに対し英仏が軍事的対抗手段を取る可能性の低いことも、ヒトラーに確信させてしまった。

 そのことが、翌年のナチスドイツによるポーランド侵攻に始まる、第二次世界大戦への道を用意してしまうことに、結果として、つながってしまったわけだ。

 チェンバレンは、短期的には、ヨーロッパに平和にもたらしたかも知れないが、長期的には(といっても一年にも満たない未来の話なのだが)、第二次世界大戦の惨禍を用意した政治家として評価されることを免れないのである。

 チェンバレンの名誉のために、申し添えておけば、現実的な問題として、当時の英仏の軍事力は、ナチスドイツへ対抗するには非力であったという評価はある。

 しかし、外交的には、「恫喝に屈する」国家として、英仏をヒトラーに評価させてしまったことも確かであろう。

 しかも、小国チェコスロヴァキアの犠牲、チェコスロヴァキア国民の犠牲を無視しての「宥和政策」なのである。

1938――――――――――――2008

という、70年間の歴史の中でのエピソードとして、取り上げてみたわけだ。

 実際の賀状では、2008も斜体ではなかったのだが、「謹賀新年」の文字の左上の2008を斜体でデザインしたのに合わせて、ネット用ヴァージョンでは、賀状の最上部の2008も斜体へと変更してある。

 また、実際の賀状では、本名と共に、住所電話番号も記載してある。

 その分、全体のレイアウトも、若干、変更されているのが、このネットヴァージョンだ。

 デザイン的には、イマイチの完成度というのが正直な自己評価である。

 まぁ、70年前と現在とでは、「戦争」自体が変化しており、当時のような形での、領土獲得を目的とした戦争が先進国間で起きるとは考えにくい。

 しかし、「外交」が、言葉による国家間の勝負であることには変化はない。

 70年前のチェンバレンとヒトラーをめぐるエピソードは、依然として、教訓的ではある。

 現実問題として、軍事力行使への躊躇が生んでしまった戦争の惨禍として、ヨーロッパ諸国では理解されていることも確かだろう。日本における第二次世界大戦の経験が、徹底的な軍事力の否定として語られるようになる「戦後」とは別の戦後がそこにあった。そのことはよく理解されておくべきだとも感じている。

 そんな様々な思いが込められた賀状であるということだ。

 しかし、このところ、毎年毎年、賀状が不吉さを帯びているのは何とかならないものかと思うのだが、やはり、現実が不吉さをたたえたものである以上、いたし方のないことなのであろう。

 こんな賀状、受け取る方はたまったものじゃないだろうなぁ、と思いつつも、こうなってしまうのが、私という人間なのである。

 申し訳ない話だ。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/01/03 17:28 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/53643/user_id/316274

 

 

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